黒い炎心 6
エルフィは、肩に当たらないように斜め上の位置で飛び、周囲の環境をしっかりと観察する。
そんな二人の姿を、ティアとラントはじっと見守っていた。その抱く感情は、それぞれに違う。
「くっそ……羨ましいなああいつ」
「大丈夫かな……怪我とかしないといいけど」
本気の戦いでもなく、あくまでも手合わせ。悩みを付け焼き刃的でも払拭するために持ちかけた勝負。
そうだとわかっていても、ラントはこの大我の状況がとても羨ましかった。
一方のティアは、いつの間にか話が進んでいたために多少の戸惑いが残っているが、せめてあまり怪我をしないようにと、二人の心配をしていた。
そして、一人離れた場所で落ち着いたような雰囲気を漂わせるエヴァンは、ふっと目を瞑り、かつてしのぎを削っていた友との思い出を巡らせていた。
「――そういえば、前にもこんなことがあったかな」
エヴァンの最も親しい友であり、唯一無二の好敵手。アレクシスとの思い出である。
『なあエヴァンよお、そんなシケた面してどうした? 妹と喧嘩でもしたか?』
『アリシアは関係ないよ……ちょっと色々あってね』
『ふむ、一々細けえことで悩みすぎても身体が持たんぞ。…………よし、いっちょ俺とぶつかるとしようや! そのほうがスッキリするぞ』
『いっつもやってることじゃないか』
『なあに、勝負の意味なんざ毎回同じじゃねえだろう。いつもは力競べ! たまにゃ練習! そんで今回は気晴らしってこった』
『……そうか。よし、じゃあその言葉に甘えさせてもらおう』
『手加減してくれても構わんぞ?』
『ふふっ、台無しだなあもう』
『はっはっは!』
今は遠い、明るくも楽しさに満ちていた過去の思い出。
そんな昔のことと似た流れが、まさか異の者からもたらされるとは。エヴァンは、この世の運命はとにかく数奇なものだと、表情を柔らかくした。
「――――さて、今は目の前のことに集中しようか」
振り返りを止め、今この瞬間へと思考を切り替えるエヴァン。
その視線のずっと先には、真剣な眼差しで構える大我と、その横につくエルフィの姿があった。
その型に意味があるわけではなく、あくまでどこかで見たものの見様見真似。それでも、心構えを作るには充分だった。
二人の間、それを見守る二人の観客の間に、静寂が包み込む。
川の流れる音、木々を縫って吹く柔らかな風、揺れ擦れる木の葉、鳥のさえずり。
大我もエヴァンも、影を縫われたように一歩も動く気配は無く、じっと視線を刺している。
そして、固まった空気揺り動かすように、遠くからぽちゃんと、川に石が落ちたような音が響いた。
「行くぞ!!」
その音を合図に、先制を仕掛けたのは大我だった。
左足で地面を踏み抜き、一直線に駆け抜ける。その勢いを右足に乗せ地を蹴り、放たれた弾丸の如く、右腕を構えでエヴァンへ飛びかかっていった。
「おらああぁぁ!!」
「わかりやすい!」
その動作は一直線。一連の流れが全て一撃への知らせとなっている。
怪物のような心理戦ややり取りの関係ない相手ならば有効ではあるが、対人戦に於いては強者相手にはまず通用しない。エヴァンはコンパクトに後方へとバックステップし、軽々と避けた。
「はっ! はっ! おらっ!」
一気に距離を詰めた大我。その距離を保ったまま、ひたすらにラッシュを叩き込む。
しかし、あくまで大我は身体能力が大幅に上がっただけの素人も同然。そのわかりやすい一発一発を見抜き、エヴァンは小さい動作で軽く避けていった。
「おりゃあっ!」
大きく振り被り、一撃のストレートを放つが、それもあっさりと横へ避けられ、体勢が前のめりになる。
隙だらけだと言わんばかりに、エヴァンはナイフの刃を上向きにして握り、その背中を柄で叩きつける準備を整えた。
刹那、大我はふらついた足を力強く踏ん張り、崩れかけたバランスを無理矢理整える。
体勢をそのままに、大我は身体を思いっきり捻り、残された足で後方への足刀蹴りを放った。
その直前、エヴァンは足元の地面が擦れる音を耳にする。
意図的ではない。直感的なリカバリーからそのまま一撃が来ると判断したエヴァンは、攻撃を中断し即座に離れた。
薙ぎ払うように振るった足刀は空を切り、ふらふらと左に右にふらつきながら、元の立ちの体勢へと戻った。
「おっとと……今の良いと思ったんだけどなあ」
「やるじゃないか。今のは危なかったよ」
余裕の口ぶりから称賛の言葉を向けるエヴァン。
本来ならば、一度下がり空振ったその瞬間に、一撃を叩き込むことも可能だった。しかし、その時既に、エルフィがフォローするように雷球を放つ準備を整えていた。
最初から織り込み済みだったのか、それとも個々の判断によるファインプレーなのか。どちらにせよ、素晴らしいコンビプレーだったのは間違いない。
エヴァンの中に眠る闘争心が、ふつふつと燃え上がる。
「よし、次は僕から行かせてもらう」
高ぶる心を宿すように、エヴァンはもう一本のナイフを抜き取り、それぞれに逆手に持つ。
一瞬だけ右足を曲げた次の瞬間、隼の如く真っ直ぐ正面を突っ切り、距離を詰める。
「――っ!!」
視覚的にも疾いと言わざるを得ないその接近速度。魔法は使わないと言いながらもこんな速いのかと驚愕しながら、大我は息を飲み、対応の準備を整える。
「速い! 寄られる前に……うおっ!」
その神速への反撃を最初に行ったのはエルフィだった。
既に放てる状態だった雷球を、最低でも減速の効果を狙い足止めとして放とうとした。
直後、エルフィの目の前にくるくると回転するナイフが飛び込んでくる。
ギリギリ当たらないように調整されたが如く滞空するナイフ。しかしそれは、援護射撃を止めて怯ませるには充分だった。
たじろいだのを確認した直後、エヴァンは手放したナイフに手を伸ばし、柄でコツンとエルフィを叩いてから、大我に至近距離まで近づいた。
「はっええ……!」
迎撃の間も無く、一瞬で接近戦に持ち込まれた大我。
意趣返しなのか、エヴァンはナイフの刃を持ったまま、大我と同様にラッシュをかけ始めた。
正面からの真っ直ぐな連続攻撃ではあるが、大我と違い、その起こりがとても小さく、速度も段違い。一発一発の放たれる回数が、大我よりも明らかに多い。
その攻勢に、大我は考える隙も無く、持ち前の反応速度でなんとか当たらないように避け続けることしかできなかった。
「どうした、反撃しないのか!」
煽りながらもラッシュの手を止めないエヴァン。
大我の足は、少しずつ後ろへと下がっていく。
(クソっ、これじゃ迂闊にも動けねえ……)
チャンスを伺おうにも、その実力差に隙間も見いだせない。
避け続けるうちになんとか生まれた小さな余裕から、大我は周囲を見渡す。
目の前のエヴァンの向こうには、小突かれたダメージから復帰したてのエルフィ。背後はまだ余裕がある。地面は水分が含まれたやや柔らかい土。大我の脳裏に、その場しのぎながらも策を見出す。
「やってみるか……!」
大我はほんの一瞬生まれたラッシュの隙間を抜け、さらに後方へとへと思いっきり飛び下がった。
「様子見かな」
大我が選んだ選択肢を冷静に分析し、エヴァンはすぐさま追いかける。
再び接近される前に、大我は爪先を地面に突き刺す。そして、土を抉るようにして足を持ち上げ、エヴァンの顔めがけて撒き散らした。
アリアによって限界まで引き上げられた身体能力。かつて気まぐれに地面を蹴ったときよりも、何倍もその飛距離も土の広がりも大きかった。
「くっ……やるね」
奇襲の土かけを、腕を盾に防ぐエヴァン。腕を下ろした直後、大我は一気に距離を詰めて反撃にかかった。
もう少しで届く大我の拳。エヴァンは大きく後方に飛び上がり、回避した。
「エルフィ!」
「よっしゃ!」
合図のごとく名前を叫ぶ大我。絶好のチャンスを掴んだエルフィは、待ってましたと言わんばかりの表情で、雷球を作り出す。
自ら空中に身を投げだしたエヴァン。魔法を使わないというルールを課した今、自由に機動を変化させる術が無い。
「間に合え……」
背後から雷球が放たれる一秒前。エヴァンはナイフの底をもう一本の先端で叩き、地面に向けてナイフ毎手を伸ばす。
ナイフは形状を変化させ、細長い槍へとその姿を変える。その全長はナイフ二本分よりも長くなり、その伸ばされた余剰分、エヴァンは握ったままの取手に押し出される形で、下がる勢いを保ったまま上に押し出された。
その僅かな位置のズレと体勢を変えることによって、エヴァンは雷球をスレスレの所で避けることが出来た。
「おわっ!」
避けられた雷球は大我へと飛んでいき、慌ててそれを避けて難を逃れた。
エヴァンの一連の動作に驚きを隠せないエルフィは、咄嗟に自分に風を纏わせ、大我の元へと真っ直ぐ飛び去っていった。
エヴァンはその後、小さく地面をスライドしつつ、しっかりと着地した。
「やーるぅ……あの状況からアレ避けるなんて」
「自分で持ちかけといてアレだけど、本当に勝てる気しねえな……」
身体能力が強化されているとはいえ、戦いに関しては素人。ましてや対人戦など経験したことはなく、ほぼ直感と思いつきで戦っている。
戦えば戦う程、エヴァンという男の技量が嫌でもわかる。その実力差、すぐに終わらないだけでも褒めてほしいと思う程だった。
「間違いなく素人だけど、とても頑張ってる。昔の人間って、こんな強さなのかな」
何かを察しているような口振りをしながら、素人なりになんとか頑張っている大我を賞賛するエヴァン。
久方振りのまともな対人戦。長い間、そのような楽しめる戦いはしていなかった。燻っていた心が刺激され、わくわくしてたまらない。
どこか乾いていた心が、少しずつ潤っていく。
「もう少し、付き合ってもらおうかな」
くるくると槍を振り回し、片手で握り構える。
楽しそうに明るく笑みを浮かべ、エヴァンは思いっきり槍を横に振り払った。
直後、槍の先端は分離し、真っ直ぐと大我目掛けて飛んでいった。
「まじかよ!?」
「危ねえ!」
知識にある槍の常識から外れた攻撃に驚く大我。
危険だと判断したエルフィは、即座に手を掲げ、対抗する火球を命中させ、衝撃を相殺させた。
防がれた穂は宙を舞い、元のナイフの形へと戻っていった。
「――っ!?」
二人の意識は、一瞬でも槍に向いていた。その隙に、エヴァンはワープしたかと思える程に距離を詰め、再び接近戦へと入った。
先程大我が直感的にぶつけた土かけ戦法を、上位互換の形で鋭く返された形となった。
「やるね、予想以上だ……よっ!」
「まだ一発も入ってないのに、何が予想以上だっての」
宙を舞うナイフをキャッチし、大我へ向けて一閃。大きく身体を動かして、その一撃を避ける。
これだけペースを握られては埒が明かないと、大我は、比較的モーションの大きな予備動作が見えた刹那、次に来るであろう一振りから逃れる為、足下に力を入れて、大きく後方へと下がろうとした。
「そうしてくれると信じていた」
大我に向けられようとしていた攻撃の起こりは、その次の行動を誘うためのフェイクだった。
散々振るった高速の連続攻撃。それをギリギリとはいえ避けきった大我ならば反応してくれるだろうと信じた故の誘い。
エヴァンはさらに一歩前へと踏み出し、追い打ちをかけようとした。
「しまった……」
「いや、まだだ!」
一本取られたという表情で、宙に浮いた状況からなんとか動こうとするが、エヴァンのように今更無理矢理にでも軌道変更する術を持っていない。
諦めかけたその時、エルフィが大我の足下を爆発させ、下がる飛距離を伸ばしつつ、爆風と土煙による目眩ましを行った。
大我は持っていないが、その術はエルフィが持っている。寸前に行われた渾身のファインプレー。
大我はその爆風の威力に押されながら距離を離し、バック宙も一回交えて勢いを殺しつつ、なんとか元の体勢を取り戻した。
「他者がやるからこそできる、一応は安全でも暴力的なアシストか……やるね」
「助かったけどこええよ!」
「仕切り直しできただけでもありがたいと思えよ!」
「なんだとてめー! ありがとな!」
「元気なのはいいことだね、うん」
アシストからすぐに、エルフィは大我の元へと再び飛んでいく。
助かりはしたが、それはちゃんと護られているとはいえ中々に危険な術。急にそれをぶつけられた大我が怒るのも無理はなかった。
「ったく、そろそろ俺達も、攻めに入ったほうがいいか」
「おう。やっぱ逃げてばかりなのは癪だよな」
「よし、じゃあやるか!」
「おうよ!」
二人は改めて気を取り直し、大人しく待ってくれていたエヴァンの方へと向き直す。
足元から火の粉を散らせ、エルフィの手助けのもと、今まで以上に攻める準備を整えた。
「改めて行くぞ!」
走り向かう一歩一歩。小さな爆発に足を乗せ、その衝撃で速度を上げる。
その強引ながらも直接的でわかりやすいやり方に、エヴァンは唸る。
「面白いやり方を使うねえ……」
今度はエルフィの魔法攻撃も交えた攻めの応酬。エヴァンは先程よりも表情に真剣さを宿し、二本のナイフを構えた。




