雪月火 4
東門を過ぎてしばらく、足元を整えられた道から外れて、鳥類や昆虫の鳴き声が響く森の中を歩く四人。
木々の葉が影を作り周囲は少々暗くなっているが、雰囲気はそこまで暗くなく、若干散歩のような足取りで、指定された方向を目指していた。
その移動する順番は、先頭からエルフィ、大我、二人並んだルシールとセレナとなっている。
「なあエルフィ、もうそろそろか?」
「いや、もうしばらく歩くかな」
「け、結構あるくんですね……」
「まだへばるには早いよルシール? ……セレナもちょっときつくなってきたけど」
歩き詰めでほとほと疲れてしまったルシールの足取りは、なんとか疲れを誤魔化すようにふらふらとし始めていた。
半ば無理して連れられたようだった子に無理させるわけにはいかないと、大我は周囲を見渡す。
すると、ちょうど四人でも余裕を持って休憩できそうな大きさの倒木を発見した。
「あそこで休憩しないか? 急いでるわけでもないし」
「あ、ありがとうございます……」
三人は早速、苔生す倒木を椅子にして休憩を取ることにした。ひんやりとした感触が、疲れた身体に心地よい。
エルフィは倒木にはとまらず、座り込んだ大我の膝の上に待機する。
「ねえ大我さん。気になってたんだけど、大我さんはどうしてアルフヘイムに来たの? どこかからやってきたんでしょ?」
せっかくの休憩だからと、セレナがいの一番に会話の話題を切り出した。
しかしその話題は、大我がどう答えればいいのか非常に困るものだった。
何千年も前の日本からコールドスリープで目覚めたなどというのは到底信じられそうになく、そもそもその単語が通じるかという問題もあった。大我は小さく口を歪ませながら、ちょうどいい妥協点になりそうな答えを捻りだそうとする。
「うーん……えっとな……それは……」
「ここから結構離れた場所から来たとは聞いてるよ。アリア様ならわかると思うけど、俺はそこら辺のこと詳しく聞かされてないんだ」
「ああ……まあ、そういうこと」
エルフィの助け舟に、大我は胸を撫で下ろした。膝の上でエルフィはドヤ顔をかましている。
「ふーん……すごいね。来たばっかりなのに神様に認められたんでしょ? ルシールはどう思う?」
「へっ!? あ、あの……」
倒木に体重を乗せて休んでいたルシールは、突然のふりに全身で驚き間抜けな声を出してしまう。
ルシールはあわあわしながら、どうにかその返事を返そうとする。
「え、えーと、そ、そうですね……すごいと……思います」
「ありがとう二人とも。まだここに来たばかりで色々よくわかんないけど、とりあえずでも褒められるのは嬉しいよ」
目覚めてまた一週間も経たない大我は、まだまだ今の世界に馴染みきれていない。アリアによる説明や、エルフィという案内役がいても、まだまだどこか慣れない部分がある。
そのため、まだアリアに認められることがどれだけすごいことなのかはまだ掴みきれていなかった。だが、とりあえず褒められるということは嬉しいものでもある。それを大我は素直に喜んだ。
「そういえば、二人はどんな魔法使えるんだ? 戦うにしても、魔法で戦うっぽいけど」
「よくぞ聞いてくれました!」
その話題に、セレナは倒木から立ち上がり、アイドルのアピールが如くくるくると回りながら、決めポーズで三人の前に立つ。
「まあ、セレナは色々魔法は使えるけど……一番得意となったら雷魔法かな? えいっ」
セレナは再び、出発前に見せたような雷球を両方の手のひらに発生させる。
その二つを重ねて合わせて一つの雷球を作り上げ、上空へぽんっと放り投げた。雷球は風船が割れたような音を鳴らして弾け、周囲にばちばちと火花を散らせた。
その火花は広範囲に散っているが、大我とルシールがいる方へは多く飛ばないように調整されており、火傷しないように配慮されていた。
火花が自分の方へ飛ぶことに慣れていない大我は、僅かに飛んでくるそれをさっと小さくびっくりしながら避けた。
「どう? たまにやってるパフォーマンスなんだけど」
「すごいな。俺は魔法が使えないからどれだけのものかってのはわからないけど、綺麗だと思う」
「でしょ? セレナは雷魔法で、ルシールは氷魔法が得意なんだよ!」
セレナは続けて、順番だと言わんばかりに魔法の披露を促す。
ルシールは少し戸惑いながら、しかし嫌そうでもない表情で足元の枝を拾う。
そして、その枝の周囲を透き通るような氷で覆い尽くし、一本のナイフのような形に整えてみせた。
「おお……」
「あ、あんまり武器とか……得意じゃないけど……魔法でどうにかするのだったら……」
感心する大我の横で、少し恥ずかしそうに話すルシール。
短い間にいくつもの派手な魔法を目の当たりにしたが、未だその存在に驚いている大我には、ルシールのその言葉は大きな謙遜にしか思えなかった。
「いや、それでも充分すごいって。俺なんかエルフィに頼らないといけないからさ」
「……そうなんですか」
大我の一言で、ルシールの表情がちょっとだけ解れた。何気ない一言ではあるが、褒めてくれたことが嬉しかったようだ。
ここで大我はふと、二人の関係について少し気になり始める。
「そういえば、二人ってどういう経緯で知り合ったんだ? なんか、雰囲気的には正反対そうだけど」
「あっ、それは……」
「セレナがいる食堂とルシールが手伝ってる紹介所が隣り合ってるのは知ってるでしょ? こっちの看板娘はセレナだけど、ルシールも……まあ有名なんだからね。そこでちょっと仲良くなりたいかなーって……ようは、可愛い娘同士の惹かれ合いって感じかな!」
言葉が詰まったルシールに割り込むように、セレナがどこか脚色混じりと思えそうな簡単な経緯を、楽しそうに話した。
その中で容姿についてガッツリ可愛いと褒められたのが効いたのか、ルシールは顔を真っ赤にして口を歪ませながら、今にも声を上げてしまいそうな表情をしていた。
「実際そんなだったのか?」
「へっ!? あっ、ああ……はい! そ、そそ、そんなところで……」
正否を聞いた大我の声に過剰反応したルシールは、マンホールの蓋が跳ね返るような声の上ずり方で返事し、一応の回答を示した。
「まあこんな風に面白いところもあるけど、店員やってる時以外は本の虫だし、あまり外にも出たがらないしね……だからこうやって、たまには一緒にどこかいこーって誘ってるの」
「なるほどそれでか」
二人の会話の間に、ルシールは徐々に落ち着きを取り戻す。それでも、やはりどこか直球でセレナに可愛いと言われた恥ずかしさが抜けないのか、ぷるぷると震えたままである。
「セレナも一緒に本読ませてもらったりしてるしね。……中には難しいのもあって挫折しちゃうけど」
「そ、そこまで難しいの渡したっけ……?」
「あの推理小説、ちょっと読んだところで手が止まっちゃって……」
「中盤からが面白いのに」
「そこまで耐えられる気がしない〜〜!」
二人の温度差がありつつも楽しそうに話す様子を見て、本当に仲が良いんだなぁとほっこりとした気持ちになった大我。
その一方で、かつて仲が良かった、遥か昔大我の本来生きた時代に生きていた友達の事を思い出し、大我は少しだけ寂しさが蘇った。
「あはは……ん?」
疲れも紛れる楽しい会話を交わしていたその途中、ルシールは、視線の先に何か気づいたように遠くの方を見る。
「どうしたんだ? 何かいたのか?」
「はい……なにかまではよくわかりませんでしたけど」
その何かがいた方へと指を差すルシール。しかし、その方向には何者かの怪しい姿がいる様子は見られなかった。
「気をつけろ大我。慎重にな」
「わかってる。二人はそこで待っててくれ。エルフィ、そっちを頼む」
「おうよ」
少女二人を危険な目にはあわせまいと、大我はエルフィに護衛を任せながら、少しずつルシールが指した場所へと、足音を建てないように近づいていく。
倒木から離れていくにつれ、静かな森の中の音を拾えるようになってくる。よく耳を済ましてみると、付近から落ち葉を踏み抜くような音が聞こえることに気づいた。
「やっぱ何かいるのか」
大我は、ぐるっと回るように警戒しつつ周囲を確認する。
森の中はかなり視界が悪いというわけでもなく、かと言って見晴らしがいいと言われればそうでもない。音だけは聞こえる一点の何かを見つけようとするならば、面倒くさいという環境だった。
大我はもう一度耳を澄まして、もう一度僅かに聞こえた足音を再び耳に入れようとする。
すると、自然がもたらすいくつもの音の中に入り込む、先程と同じような踏み抜く何かの音が聞こえた。しかし今回は一つではなく、二つや三つ、それ以上が同時に耳に入る。
「なんだ……?」
大我はしっかりとその音がする方向に検討をつけ、その方向へと頭を向けた。
すると、木々植物が入り乱れるその先、緑色の肌をした人型の生物らしき何かが走る姿を目撃した。
まさかの光景を目にした大我は、唖然とした。
「マジかよ……!?」
自分の認識が間違っていなければ、おそらくそれはゴブリンとかオークとかそのような類の生物である。大我はまずそんな空想上の人型の怪物が存在していることに驚き、その次にあれもロボットなのだろうと思いながら、世界観の為にあんなものまで作っていたのかと続けて驚いた。
「さっきの足音、あいつらなのか」
遠くからでは詳しいことはわからないが、大我が聞いた足音、そしてルシールが見つけた相手は、おそらくあの怪物らしき者たちなのだろうと、大我は見当をつけた。
素性はわからずとも生きていた時代の知識から、あのような奴らは野蛮で危ないやつなのだろうと偏見混じりに考えた大我は、休んでいるルシール達に危険が及ばないようにと、足に力を入れて今すぐに追いかけようとした。
その時、意識が一方の方向へ集中した大我に、何者かが声をかけてきた。
「もしかして、大我さんですか?」
「あれ? 大我じゃーん! どうしたのこんなとこで」
その声は、アルフヘイムに来る前から聞いていた馴染み深い声だった。
大我はその声に応え即座に振り向く。
「ティアにアリシア!? なんでこんなとこに……」
声の主は、まさしく名前を挙げたティアとアリシアだった。
ティアは今朝、家を出る前に見たときとは違う、肌を守るように露出を少なめにした服装。対象的にアリシアは、動きやすいようにと露出の多めな服装で並んで立っていた。
「こっちの台詞だよそれー」
「確か大我さん、街の中見てみたい〜みたいなこと言ってましたよね? それがどうしてこんな」
「ちょっと、頼まれごとされちゃってさ。それで今、セレナとルシールの二人とここに」
「あの二人も来てるの!? 意外だねぇ……」
予想外という単語をそのまま顔に表したように驚くアリシア。
「そういう二人はなんでここに?」
「あたしはちょっとしたクエストでね。一部のゴブリン達がここらを荒らしてるって聞いたから、追い出してほしいって」
その言葉に、大我は仕事の内容よりも、一瞬見かけた緑の者達は本当にゴブリンだったのかと、放心するように驚く。
その上で、大我はゴブリンがどんな奴なのかという疑問を抑えて、同時に浮かんだ疑問を投げた。
「倒すんじゃないのか?」
「そこまでする必要はないって。あたし達の街よりかはうんと小さいけど、ゴブリン達はここから割と離れたところで集落を作ってるんだ。気性の荒い奴も多いけど、別に特段悪い奴らでもないしね。ただ、なんか起きてるのか、最近妙に荒れてるのが来てるみたいでさ」
「それで、その依頼をアリシアが受けたってわけか」
「そゆこと」
大我のイメージでは、ゴブリンと言えば人を襲い、奪い、暴力を奮うという蛮族の如き怪物の種族かつ雑魚敵だった。
しかし今の世界では、そんなことはないらしい。
「私はその付き添いですね」
「なんか、いっつも二人一緒にいるイメージがあるな」
「あはは、こう見えてアリシアって、寂しがりやなんですよ?」
「ちょっとティア! なにいってんだよ!」
「へえ、意外だなあ」
照れ隠しなのか、わたわたと両手を振ってティアの話を否定するアリシア。
言われてしまった事は即座に覆せないと悟ったのか、顔を赤くしたアリシアは小さく咳払いをしてから、無理矢理話を変えようとする。
「と、ところで、セレナやルシールと一緒に来てたって言ってたけど、今どこにいるんだ? というか、なんで一人なんだ?」
「そういえば、エルフィもいないですね」
「ああ、なんかルシールが怪しい何かを見つけたみたいでさ。それを確かめようと少し。エルフィは戻ってくるまでの護衛としていてもらってる」
「大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だよ。そこまで離れてないはずだし、さっきも……」
「きゃああああああああああああああ!!!」
二人の安全は確保されている、と言おうとしたその矢先、森の中に女の子の悲鳴が響き渡った。
その声は、大我達が休憩場所とした倒木がある方向から聞こえてきた。
三人の表情は緊張に包まれ、即座にその声の方を向く。
「今の声って……」
「間違いない。ルシールの声だ」
「マジかよ……急いで戻らなくちゃ!」
二人の付き添いを許可した大我は、焦りと共に一目散に走り出した。
その背中を追うように、ティアとアリシアの二人も足を踏み出した。
「無事でいてくれ……頼む」
エルフィのことを信頼し、護衛を任せていたとはいえ、完全なる安全が保証されているというわけではない。
昨日戦ったようなカーススケルトン達が相手ならば、おそらくはエルフィでも苦戦しないと思われるが、数が増えてしまえば捌ききれるかもわからない。
セレナは戦えるとは言っていたが、その実力はそもそもちょっと見せた魔法だけで測りきれていないし、ルシールは戦えるのかもわからない。不安が不安を呼び、大我の地面を踏む力が強くなる。
大我は、二人が来るのは断ったほうがよかったのかという後悔と共に、三人が無事であることを祈りながら、元来た道を走った。




