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Sword Face to Shield of tha WORLD

作者: yuki
掲載日:2018/06/06

剣と魔法、そして奇跡の力が世界を形作る時代。

世界には魔物がはびこり、人々の生活をおびやかしていた。

人々は、身を守る為に寄り添い集い、村を築き、街を作り、都市が生まれ、国家が成された。





とある北の王国に、一人の若い勇者が生まれた。

王国に選ばれ、巨悪の討伐を託されるという崇高なる使命を帯びた勇気ある者。

その名は、勇者アルガス。

彼には、兄がいた。歳の離れた兄だった。

兄は、王国に使える騎士であった。

若い頃から国家を支え、数々の伝説を残し、幾多もの栄誉を得た、王国に住む全ての騎士の憧れ。生ける英雄。それがアルガスの兄だった。

アルガスにとって、兄は誇りであった。尊敬に値する人物だった。人生の目標であった。

兄のようになりたい。そう思い、アルガスは修練に励んだ。

少しでもいいから、兄に近づく。そう思い、激しい鍛錬を続けた。

自身を鍛えること。それは、アルガスにとって充実した日々だった。



ある日、兄は、アルガスに問いた。「なぜ、力を求める?」と。

幼い弟は、無邪気に答えた。「僕は、いつか兄さんを越えるような、立派な勇者になる」と。

だが、ある日、兄が消えた。前触れもなく突然に。

兄が仕える王国の文官に兄の行方を訪ねたが、教えてはくれなかった。

もしかしたら、兄は、王国から密命を帯びて、外界に旅立ったのかもしれない。アルガスは、そう思った。

あの兄が、自らの使命や役割を捨てて、姿をくらますなどあり得ない。きっと兄は、何処かで人知れず、重要な機密の任務をこなしているのだ。

アルガスの中では、兄は以前と変わらず偉大な王国騎士であった。

いつか兄と再開した時に、兄に誇れる自分でありたい。そう決意し、アルガスは、兄が姿を消した後も、厳しい鍛錬に身をやつした。

それから数年後。

王国の御前試合に参加したアルガスは、圧倒的な実力で幾多の豪傑を打ち負かし、優勝を納めた。

そして、その実力を認められたアルガスは、王国からとある使命を託された。

国を脅かす呪いの苗床、通称『腐れ村』に蔓延る魔物の討伐、である。

アルガスは、喜びに打ち震えた。これで、尊敬する兄に一歩近づけた、と。




そして勇者アルガスの進撃が始まる。




アルガスが腐れ村に足を踏み入れると、申し合わせたかのように怪物が襲ってきた。人間の姿に似てはいるが、四肢は痩せ細ろえ、だがその殺意は確かにアルガスに向いていた。怪物は巧みに槍を使い、アルガスを村の端に追い詰める。

だが、アルガスも負けてはいない。迫り来る槍を弾くと怪物の懐に飛び込み、その無防備は腹部に致命の一撃を叩き込む。

突き刺したショートソードの刃を引き抜き、迫り来るもう一体の怪物を薙ぎ払う。

技量で勝るアルガスにとって、村に巣食う怪物程度では、障害にはなり得ない。




幾多の怪物を刺し滅ぼし、アルガスは、谷の底の沼地にたどり着く。と、沼地が盛り上がり、黒くぬめった巨体が現れる。

よく見れば、その巨体は、全身が蛭で構築されていた。つまり、多数の蛭が寄り添って、この怪物の巨体を形作っているということだ。

そして奇妙なことに、その怪物の頭と推測される部位には、鳥の羽をあしらった兜が被さっていた。

アルガスは、巨体の中心部にいる巨大な蛭に狙いを定めて攻撃を行った。相手は、水性生物の群体である。

そう推測したアルガスは、剣に炎を宿す呪術を使い、この醜悪なる蛭の怪物を打ち滅ぼしたのであった。





アルガスは、沼地を超え、毒素集まる巨大な湖を通り、村の谷の最新部に繋がる入り口に辿り着いた。

そこには、醜い巨体を幾多の蝿で覆い隠す醜悪なる化け物がいた。

身を守るように纏わり付く蝿のせいで、アルガスの剣先は、なかなか蝿の化け物の本体に当たらない。

アルガスはここで奥に手を使うことを決意する。

旅路の前に、<黒の学院>から貰い受けた「火薬爆弾壺」を使うことにしたのだ。

導火線に火を付け、蝿の怪物の向かって壺を投げつける。

アルガスの目論見通り、蝿の怪物は爆弾壺の炎に焼かれ、瀕死となった。

アルガスは、腰に携えたロングソードを抜き、一直線に、蝿に守られていた本体を突き刺す。

怪物は、絶命の寸前に、何かを呟いたような声が聞こえたが、村の他の最奥に目を向けるアルガスの耳にその声が届くことは無かった。





幾多の怪物を打ち滅ぼし、アルガスはついに腐れ村の最深部に辿り着いた。

最新部は巨大な遺跡になっていた。

遺跡の壁は湿り滑りながらも黄金色に輝いており、だがその反面、遺跡の底には赤黒くドロリとした液体が汚らしく溜まっており、美しさとグロテスクさが混ぜ合わされたかのような、異様な雰囲気の空間が広がっていた。

遺跡に続く道や崖には、道中で屠ってきたものと同様の怪物がいた。

だが、怪物どもは、アルガスの侵入に意を介する事もなく、遺跡の最奥に向けて膝を付きこうべを垂れていた。

化け物どものその姿は、まるで際奥にある存在に祈りを捧げているかのようである。

…この奥に、何かがいる。おそらくそれは、こも魔物の群れの、中心とも言える存在だ。

アルガスの勘が、そう告げる。

勇者は剣を握りしめ、覚悟を持って、遺跡の際奥に歩を進めた。

…

…

時は遡る。

…

…

北の大国ベルズタッド王国。

その王国は、城のある都市ごと、四方を巨大な壁に囲まれていた。

巨大な壁が作られた理由は、もちろん都市の周囲を徘徊する魔物の侵入を防ぐことである。

だが、王国にとって、その壁を作り維持しなければいけない大きな理由が、他にも二つあった。

その理由の一つ目は、『奴隷の逃亡を防ぐため』である。

王国には、階級制度があった。その制度は国家が管理し、低階級の人間は、高階級の人間に絶対服従という基本原則を敷いていた。そうやって国民の暴動を防いでいたのである。

その中で最も低階級の人間は、奴隷と呼ばれていた。奴隷は、国家にとっても、高階級の人間にとっても、大切な労働力であった。だが、その過酷さから、王国から逃げ出そうとする奴隷も少なからず存在した。壁は、その奴隷の逃亡を防ぐ役割も兼ねていた。

それでも、年に幾人もの奴隷が行方不明となっていた。だが、国家にとっては、大人数の奴隷が徒党を組んで都市から逃げ出すことが懸念であり、数人の奴隷が行方不明になることなど、どうでもよかった。

国家にとって、壁を維持するもう一つの理由の方が、重要であった。

もう一つの理由。それは、『病の侵入を防ぐこと』である。

いつの頃からか、都市の近隣に、とある病が蔓延を始めた。その病の感染経路は不明であったが、外界の魔物が媒介になっているという意見が大多数を占めていた。

そして、一度病に罹れば、身体は次第に痩せ細ろえ、知能は退行し、意思を失う。まるで生ける屍…ゾンビのようになってしまうのであった。

壁の存在を持ってしても、その病の都市への侵入を防ぎきれず、少なくない人数の感染者が都市内で発生していた。

国家の神殿に属する神官は、病を分析し、こう述べた。

「これは、まるで、呪いである」と。

だが、神官の研究もあり、この病を癒す術が開発された。

感染した国民は、神殿に集まり、癒しを求めた。その術は、神殿の神官や聖女のみが行使できる秘技とされた。

この成果もあり、王国の平和は水際で保たれていたが、以前として、病の根源を明かし撲滅を望む声と、外界にいる病を振りまく怪物を駆逐すべきだという声が、後を絶たなかった。

その声が、勇者の使命に繋がるのである。




病の発症の地が、ヴェルスタッドの近隣にある廃村である事が数年前に発表された。そこに住む魔物が、呪いを…病を生み出している、というのだ。

過去数回、その村の魔物を滅ぼすために討伐隊が組まれた。だが、その討伐隊が帰還することはなく、病がなりを潜めることもなかった。みな、失敗したのである。

アルガスは、『病み村』と名付けられたこの廃村に巣食う魔物を討伐するための勇者として選ばれたのだ。



都市の宿屋で旅の支度を整えながら、アルガスは、一人呟く。

「見ててください。兄さん。僕は、英雄になります。」と。

…

…

…

…

「ねえ、ストライダス。あなたに夢は、なあに?」

「…夢なんて、考えたことも無いなぁ。アルテイシア。君には夢があるのかい?」

「うん。私の夢は、困っている人を助けること。」

「そうか…。じゃあ、俺の夢は、君の夢を護る事、かな。」

「なによそれ。うふふ。でも、ありがとう。約束だよ。」

「ああ。約束だ。俺は、強くなる。」

月明かりに照らされた高台で、二人の子供が語り合う。




「まったく、貴女は! 才能の欠片も無いわね!」

中年に差し掛かる女性指導官の金切り声が、神殿の鍛錬場に響く。

「す、すいません! 次は頑張ります!」

神殿聖女を目指すアルテイシアは、指導官に頭を下げる。

「その言葉はもう何度も聞いたわ。言い訳を唱えるぐらいなら、まともな魔法が使えるように成果を見せなさい!」

今日の指導官は、頗る機嫌が悪いらしい。ネチネチとした嫌味を、杖を胸にかき抱きながら足元に小さく蹲るアルテイシアに浴びせ続ける。

「…貴女は、王国の神殿に属する女性神官の最高峰の称号である、奇跡使い『聖女』の称号を持つ身なのですよ。それなのに、貴女ときたら、今だに満足に奇跡を使うこともできないなんて…。そんなだから貴女は『第八聖女』なんですよ!」

「は、はい…。」

ますます小さくなるアルテイシア。

指導官の言葉は続く。

「入門試験の時、あなたは歴代最高の奇跡を生み出しました。それが認められ、『聖女』の称号が冠されたのに…。あの試験の時のあなたは、まさに奇跡だったのかしらね…。なぜ貴女が『第八聖女』と呼ばれているか、知っていますか?」

「い、いえ…。」

「神殿には、六人の聖女が属しています。『第一聖女』から『第六聖女』と呼ばれる方々です。

そして貴女は『第八聖女』。存在しないはずの幻の八番目の聖女。つまり貴女は、落ちこぼれ、というのです。」

「…。」

「その事を胸に刻んで、修練を積んで下さい!」

そう言って、指導官は鍛錬場から出て行った。

「落ちこぼれ…。」

一人残されたアルテイシアは、鍛錬場の冷たく硬い床に座り込みながら、指導官の言葉を心の中で反芻していた。




鍛錬場から寄宿舎へ向かうアルテイシア。陽は沈み、辺りは既に薄暗い。

石畳の通路を、アルテイシアは一人歩く。

「アルテイシア。」

と、そこへ男性の声が聞こえた。

「あ、ストライダス。」

声の主は、王国騎士ストライダスだった。

アルテイシアの、幼い頃からの親友である。

「調子はどうだい? 聖女の修行をしてるんだろ?」

ストライダスの質問に、アルテイシアは、

「う、うん。まあまあだよ。」

と、笑顔で答える。胸の痛みを悟られないように。

「そうか。『人の役に立てる聖女になる』、それが、君の夢だったものな。」

「う、うん。…あなたはどう? 忙しいみたいだけど…。」

「…ああ。先日、古い坑道に住み着いていたドラゴンを退治した。」

友人の手柄を聞き、アルテイシアは笑みを浮かべる。

「凄いじゃない!」

だが、喜ぶアルテイシアに対して、ストライダスの表情は暗かった。

「…どうしたの?」

「…ちょっと気になることがあってな…。」

「気になること?」

アルテイシアは、ストライダスに視線を向ける。

ストライダスは、まるで視線から逃れるように、アルテイシアから顔を背けた。

「ドラゴンの、目が…。」

「目が…?」

「いや。なんでもない。」

ストライダスは、会話を途中で止める。

「…大丈夫?」

心配するアルテイシア。

「大丈夫だ。…明日は早いから、もう行くよ。竜退治の勲章授与式があるんだ。」

そう言って、ストライダスはアルテイシアに背を向け歩き始める。まるで、罪から逃げ出すかのように。

「ねえ、ストライダス。」

アルテイシアはストライダスの背に向かって叫ぶ。

「あなたは強くなった。だから、自信を持って!」

月明かりの中、ストライダスがアルテイシアに背を向けながら、小さく手を振る姿が、アルテイシアの目に映る。




ある日、アルテイシアは、神殿の最高責任者である大神官に呼び出され、執務室に向かっていた。

大神官が、私に何の様なのだろうか。

…まさか、解雇? いやいや、せっかく聖女になったのに、それはないだろう。でも、まさか…。アルテイシアは不安に駆られながら、執務室の扉に手をかける。

「…失礼します。」

執務室の奥の机で、大神官は文官風の人物と会話をしていた。

不安に慄くアルテイシアの声は小さく、大神官はアルテイシアが部屋に入って来たことに気付いていないようだった。

「そう。国民の声に応えるために、犠牲が必要なんです。まだ噂の段階ですが、今のうちから手を打った方が国民感情を揺さぶらなくて済みますので…。」

「ふむ、ていの良い生贄というわけですな。用済みの役立たずなら、丁度いい奴がいますので、ご安心ください。」

「ありがとうございます。この件が成立したあかつきには、神殿には多額の寄付金を…、」

と、大神官と文官風の男の二人は、そこで始めてアルテイシアの存在に気づく。

「き、きみ! 来ていたのかね!」

狼狽する大神官。

「で、では先ほどの件、よろしくお願いします。」

文官風の男は、逃げるように執務室を後にする。

一体二人は、何を話していたのだろうか。断片的にしか聞いていなかったアルテイシアには、二人の会話の意味はわからなかった。

「オ、オホン。実は、聖女である君に、とある使命を託したい。」

「え!」

意外な提案に、アルテイシアは驚く。

「まだ内密の話なのだがね。王国の近隣に、とある廃村があるのだが、そこに『呪い』が発生している、とうのだ。」

「は、はい。」

「そこでだ。君の聖女の力を使って、その『呪い』を除去してきて欲しいのだ。」

「は、はい…って、え?」

アルテイシアは、使命の内容に驚く。

「そ、そんな大役、私には無理です。だいたい、奇跡の力だって、満足に使えないし…。私は落ちこぼれで、役立たずだし…。」

アルテイシアの言葉を意に返さず、大神官は話を続ける。

「神官の研究によれば、その『呪い』は、間も無く都市を脅かし始める。多くの人が死ぬかもしれない。」

「人が…。死ぬ…。」

アルテイシアの表情が曇る。

「そうだ。だから、もし君が『呪い』を除去できれば、君は、多くの国民を助けたことになるんだ。」

「私が、人を、助けられる…。」

「そうだ。君は人から感謝され、喜ばれる存在になる。まさしく『聖女』だ。」

「聖女に、なれる…。」

多くのものを助ける為に、聖女になる。それは、まさしくアルテイシアの夢だった。

「そう。君は、真の意味で救世の『聖女』になるんだ。」

「…。」

俯くアルテイシア。その口は固く結ばれ、目は意思を宿していた。

その表情に、アルテイシアの決意を読み取った大神官は、彼女に悟られないように、笑みを浮かべる。

「そう。君は、自らの命をかけて、世界を救うんだ。命をかけてこそ、君は真の聖女になれるんだ。」

…アルテイシアは悟っていた。自らが、生贄に捧げられるのだということを。そうしなければ、私のような役立たずは、人の助けになどなれないのだということを。




都市の夜道を、アルテイシアは一人歩いていた。

命を賭す理由はある。

聖女の使命でもある。

決意もした。

…だが、勇気が、足りない。

そう。アルテイシアは、怖かった。命を捧げることが。

アルテイシアは、ふと空を見上げる。

空には、満月が浮かんである。

そのまま視線を下げると、高台に、男の影があった。

遠くからでもわかる。ストライダスだ。

アルテイシアは、ストライダスの元に足を向ける。

高台に腰掛けたストライダスの手元には、酒瓶が下げられていた。

アルテイシアの姿を見かけ、ストライダスは、

「よう。」

と、陽気にアルテイシアに手を振る。

「酔っ払ってるの? 珍しいね。」

「ああ。」

アルテイシアは、ストライダスの胸元に立派な勲章が下げられている事に気付く。

「立派な勲章だね。」

「竜退治の勲章だ。」

ストライダスの表情が曇る。

「こんなものに、何の価値もない。」

「え?」

ストライダスは、勲章を胸元からもぎ取り、地面に叩きつける。

「どうしたの、ストライダス?」

アルテイシアの言葉に、ストライダスは堰を切ったように、先の竜退治で自身の身に起きた出来事を語り始めた。

「…両の羽を巨大な杭で貫かれ、身動きの取れないドラゴンの首を切る瞬間。あいつは、俺を見た。ドラゴンは、泣いていた。まるで、殺さないでくれと言っているようだった。ドラゴンは、怪物だ。魔物だ。滅びさなきゃいけない奴らなんだ。」

ストライダスは、まるで懺悔するかのように言葉を続ける。

「だから殺した。今までたくさんの魔物を殺した。これからも殺す。それが、俺の使命だ。」

「…。」

アルテイシアは、黙ってストライダスの話に耳を傾ける。

「ドラゴンを倒した後、国王直属の騎士達は、ドラゴンを解体した。まるで、土木工事をするかの如くだ。腹を割き、臓物を引きづりだし、心臓を抉り取った。爪を剥ぎ、眼球を穿り出した。」

「なんで、そんなことを…。」

「金になるからだ。」

アルテイシアの疑問に、ストライダスは呆気なく返事を返す。

ストライダスの告白は続く。

「ドラゴンが居た坑道の奥には、ドラゴンの巣があった。卵があった。産まれたばかりのドラゴンもいた。30センチぐいらいだ。まるで鳥の雛だった。俺は、ドラゴンが「殺さないでくれ」と言った理由が解った。」

「…。」

「同行していた騎士が俺に言った。『こいつらも殺せ』と。『殺さなければ竜退治は成らない』と。俺は、自身の大剣を構えた。だが、躊躇った。嫌だった。殺したくなかった。だけど、俺の後ろから声が聞こえる。『殺せ』『殺せ』『殺せ』と。俺は、大剣を振り下ろした。斬るなんてものじゃない。ただ、力任せに、無慈悲に、振り下ろした。」

「…。」

「今でも、あいつらの声が、頭から、消えない…。俺は、罪を犯したんだ。弱いものを、無慈悲な暴力で、叩き壊したんだ。俺は、罰せられるべきだ。償うべきだ。だが、どうやって償えばいいのか、わからないんだ…。」

ストライダスの言葉の最後の声は、か細く小さく、世界でただ一人、今ストライダスの隣にいるアルテイシアにしか、その懺悔の言葉は、聞こえなかっただろう。

「許してくれ…、許してくれ…、許して…。」

そう呟き続けるストライダス。

「…あなたを、許します。」

「…え?」

ストライダスの悔恨の声を遮るその声は、凛々しく、真っ直ぐで、そして眩しかった。

「あなたを、許します。」

声の主…アルテイシアは、もう一度、ストライダスに告げる。

「あなたは、罪を犯しました。解り合うこともせず、無慈悲な殺戮を行い、弱き者を駆逐しました。」

「…。」

「でも、あなたは、その事を、心から後悔している。その後悔は、あなたを一生苦しませる。それは死ぬことよりも苦しいこと。だから、あなたの罪を私が拭い去ることはできません。

でも、あなたがその罪を心から受け入れ贖罪に励めるよう、あなたの心の枷を取り払うことはできます。

あなたは強い人。

だからあなたが罪に縛られ、その身を自らが滅ぼし、責任から逃げ出すことは、さらなる罪です。

あなたが後悔の炎で身を焦がさぬように、心の枷を少しでも取り去って、あなたの強さを、責任を、贖罪を、あなたが全うできるように、誰かがあなたの罪を許さなければなりません。

だから私は、あなたの罪を、…許します。」

「…君は、一体…。」

「忘れたの? 私は、『聖女』。全ての人に幸福をもたらすために我が身を捧げる存在、だよ。

…そう。ストライダス。

私が、あなたを、『聖女』の名を持って、許します。」

「…ありがとう。」

そう言って、ストライダスは、アルテイシアの足元で、感謝を示す。



アルテイシアは、自らの心に誓う。

そう。私は、『聖女』。

もう、逃げない。

と。



旅立ちを前に、アルテイシアは、大神官より、<黒の学院>に寄るよう、申し付けられた。

黒の学院とは、王国の神殿に帰属する研究施設であり、魔法の力を込めた魔導具の作成や、新たな術法の開発、魔物の研究などを行っている場所だ。

噂によると、奴隷を用いて人体実験をしているなど、良くない噂が立っている。

黒の学院は都市の外れにあり、外界に向かって流れる川を跨ぐように建っているのだが、実験に使われた薬品や老廃物などをそのまま川に垂れ流しにしているなどの問題も取り上げられたことがある。現在は、王国からの「都市には影響がない」という発表により、この問題は不問となっている。

黒の学院に着くと、そこの研究員より、幾つかの魔導具を貰い受けた。生贄に捧げたことに対しての、大神官なりの心遣いなのだろうか。はたまた逃げ出さないようにするための縛りであろうか。



アルテイシアは、黒の学院が建つ町外れから、外界に向けて旅立つことになっていた。目的地である廃村は、川に沿って進むとあるのだそうだ。

見送りに、無骨な鎧に身を包んだ国王直属の騎士が付いてきた。いや。見送りではなく、逃亡を防止し、確かに「旅立った」という事実を確認するための使いなのだろう。

騎士達は、言葉一つ発することなく、アルテイシアが壁を過ぎ外界に向かう姿を確認すると、そのまま立ち去った。



連れはいない。

送り出すものもいないに等しい。

たった一人の、旅である。

もしかしたら、目的地に着く前に、魔物に殺されてしまうかもしれない。

まあ、大神官達にとっては、どうでもいい問題なのだろうが。

そう思うアルテイシアには、恐怖は無かった。

なぜかはわからない。だが、目的地に着く前に命を失うことは、絶対にない。そう感じ取った理由はわからないが、アルテイシアはそう確信していた。



「おい。」

王国が遠くに望める程歩いた辺りで、突然声が聞こえた。

その声は、アルテイシアの目前に聳える巨木の根元からした。

そこには、巨木を背にして体を預け寄りかかる、一人の騎士がいた。

旅衣装に身を包むその騎士は、ストライダスであった。

「なあ、アルテイシア。」

「なあに。ストライダス。」

アルテイシアは、笑顔で返事を返す。

「俺は、君が外界に出された理由を知っている。」

「そう。」

「わかっているのか。君は王国に生贄にされたんだぞ。」

「わかってるよ。」

ストライダスの表情は硬く、その眼差しは、アルテイシアの全ての動作や表情、そして感情を観察しているようであった。

対して、アルテイシアはストライダスに微笑みを浮かべたまま、微動だにしない。ストライダスの視線を、堂々と受け入れていた。

「なら、なぜ?」

「…夢、だから。そして、私は、…聖女だから。」

「君は、そんな理由で、命をかけるのか?」

「そう。おかしいかな?」

アルテイシアの表情は変わらない。

「そうか。ならば…。」

ストライダスは、自身の背にある大剣に手を伸ばし、両手で構え、鋒をアルテイシアに向ける。

それでもなお、アルテイシアは、震え一つ、生じさせてはいなかった。

ストライダスは、大剣の鋒を降ろし、刀身を大地に突き刺す。そして、自らも地面に平伏した。その姿勢で、ストライダスはアルテイシアに告げる。

「今より、このストライダスは、聖女アルテイシアに仕える騎士となり、御身に降りかかる災禍の全てを退ける為の剣となり盾となる事を、生涯誓う!」

「ス、ストライダス?」

ストライダスのまさかの行動に、流石のアルテイシアも驚く。

「おかしいか?」

「う、うふふ。あははははははは! いえ。全然おかしくない。なんか、こうなるような気がしてたよ。」

「ああ。俺もだ。…子供の頃、似たような会話をしたような気がするんだ。」

「私も、そう思った。」

「そう。俺の夢は、君がいないと叶えられないんだ。」

こうして、アルテイシアは、国内最強の騎士ストライダスと共に、目的地『腐れ村』を目指す。



腐れ村に近付くにつれ、騎士と聖女の二人は、異変に気付いた。

空気が淀んでいるのだ。凄まじい悪臭が、鼻を突く。その匂いは、村に向かって流れる川から発せられていた。

その悪臭は、生物が腐ったような匂いではなく、薬品から生じるような刺激臭を混ぜ合わしたような、自然では生じないような匂いであった。



二人は、腐れ村に到着する。

その村は、村というより、まるで遺跡のような作りであった。村全体が谷のようになっており、その谷の壁面には、石造りの建物が彫り込まれるように並び立ち、簡素な木の橋がその建物同士をつなげていた。

谷の奥底は見えず、まるで奈落に繋がるかのように深く暗かった。

村に人の気配はなく、二人は、谷の入り口に建つ簡素な建物で疲れた体を休めることにした。

大神官の言っていた『呪い』とは、この村のどこにあるのだろうか。

アルテイシアは、旅に疲れた体を休めながら、考えを巡らしていた。



その夜。二人が泊まる建物に近付く者達がいた。

建物の入り口で、番をしていたストライダスは、一早く異常に気付く。

だが、すでに建物は十数体の怪物に囲まれていた。

その怪物の姿を見て、ストライダスは息を飲む。

怪物の姿形は、人間に近いものであった。だが、四肢は痩せ細り、衣服も着ておらず、その表情に知性は感じ取れない。

ストライダスは、怪物を退治すべく、大剣を構える。

ジリジリと近付く怪物の群れ。ストライダスの額に汗が浮かぶ。

ストライダスが怪物の群れに向かって、一歩踏み出そうとしたその瞬間。

「待って下さい。」

アルテイシアの凛とした声が、闇夜に響く。

「なぜだ、アルテイシア。」

「彼らは、人間です。私には、解ります。」

「人間…だと?」

「耳を澄ましてみて下さい。」

アルテイシアに促され、ストライダスは、心を落ち着け、耳を澄ます。

「…助けて…」「痛い…」「苦しい…」「助けて…」

目の前の怪物たちは、そう呟いていた。

ストライダスは絶句する。

「彼らは、救いを求めてます。おそらく、彼らをこんな姿にしたものが、『呪い』です。」



夜が明けた。

アルテイシアとストライダスは、太陽の明かりもとで、彼らの声を聞き、症状の診断を行った。

そして、彼らの声に耳を傾け続け、この村に生じた災厄が朧げながら理解できた。

まず、彼らは、この村に古くから住まう住人だということ。

村人全員が、この症状に罹り、多くの者は動くことも、死ぬこともできず、体が朽ちる苦しみや痛みに耐えながら床に伏していること。

二人が村につき、その事に気付いた住人が、救いを求めて二人の泊まる家屋に近づいたこと。そして、驚かしてしまったことを詫びた。

彼らの知性は、確かに衰えつつある。だが、意識も心もある。その事を、二人は痛感した。



アルテイシアは、村人の看病を始めた。

聖女と言っても、実のところ、今のアルテイシアは無力だ。

だが、苦しむ人々を見て、放っておくこともできない。

アルテイシアは、村中から薬を集め、布を包帯代わりにし、少しでも苦痛が和らぐように必死に努めた。

汚れた包帯を交換し、井戸から汲んだ水で体を拭い、薬を塗った。毎日。村人全員に。



ストライダスは、村に迫る怪物の討伐や物資の調達、水汲みの傍ら、『呪い』の原因の究明に努めた。



だが、数日後、アルテイシアは倒れた。一人で村人全員の看病をしようなど、土台無理な話だったのだ。

アルテイシア本人も、それが無理であり、悲しいことに無駄な行為であることを、わかっていた。けれど、アルテイシアには、そうするしかなかった。

過労に倒れ、自らも病に罹る一歩手前の中で、アルテイシアは、神に祈った。

いや。

自身の可能性に祈った。



そして、奇跡は起こった。

神殿神官や聖女が行っていた人心掌握や金儲けの為の奇跡ではない。人を救う聖女こそが起こせる、本当の『奇跡』である。

アルテイシアの奇跡の力は、自らを蝕んでいた病を打ち消し、村人の病の進行を抑えたのだ!

アルテイシアの奇跡に力によって病の苦しみから解放された村人は、人間だった頃の、病に罹る前の頃の、意思と知恵を取り戻した。

姿こそ戻らなかったが、人の尊厳を取り戻した村人は、アルテイシアを、『聖女』と崇め奉った。



だが、その奇跡の力を行使するアルテイシアを見て、ストライダスに一つの懸念が生まれた。

ストライダスは、有能な王国騎士であった。だからこそ、国家と関係の深い神殿内部事情などの情報は、自然と耳に入ってきた。ストライダスにとって、もっとも興味があったのは、当然、アルテイシアの事だった。

奇跡とは、人本来の体に宿る一種の才能による魔力の発露…、いわゆる魔法の力である。

伝え聞くところによると、アルテイシアが奇跡の力を発動したのは、神殿への入門試験が初めてだったそうだ。

そして、その時の発動が、アルテイシアの神殿での日々において最初で最後の奇跡であった。

アルテイシアが試験で起こした能力は、奇跡や魔法の最高峰である、『生物の命を操る』力であった。

ある生物の命のエネルギーを、他の生物に移し替える能力。その能力を、アルテイシアは試験中に草花を用いてそれを行った。

『生命移し』。

それが、アルテイシアが起こした奇跡に名付けられた名称であった。神殿の神官たちは、慄いた。究極の奇跡を起こせる人材を手にしたのだから。

だが、アルテイシアは、その能力を再び起こせることはなかった。

まさに、神の気まぐれだったのか。神官たちは、彼女に失望し、「落ちこぼれ」の烙印を押し、役立たずとして、国家の安定のための生贄にしたのだ。

だが、ストライダスにとっての不安は、彼女のその不遇な経緯ではない。

不安の理由は、彼女の奇跡の力『生命移し』という能力の特性にあった。

『生命移し』の力は、例えるなら、健康なAという人物の命を、死にかけのBという人物に移し替え、死にかけのBを救う能力である。

つまり、アルテイシアは、病に苦しむ村人の為に、「誰か」の命のエネルギーを分け与えていることになる。

そして、その「誰か」とは、おそらく…。



程なくして、アルテイシアは再び倒れた。

やはりアルテイシアは、『生命移し』の力を用いて、自らの生命を削って、病を癒しているのだ。ストライダスの不安は、的中したのだ。

生命力は、いつか回復する。だが、回復すれば、アルテイシアは、また自らの生命を削り、治療に励む。その繰り返しの結果がもたらす未来は…彼女の死である。

この未来を防ぐ手段は、三つある。

一つは、アルテイシアに、救いの行為をやめさせる事。

…まず無理である。

二つ目は、病の根幹を滅する事。

ストライダスは、実の所、この病が…いや、呪いが発生した理由を突き止めていた。

だが、その解決に至るまでには膨大な時間が必要であり、恐らくストライダス自身が命を失う事になる。

自分がいなくなれば、アルテイシアを護る人間はいなくなる。それではダメだ。却下だ。

ストライダスは、三つ目の選択肢を選んだ。

アルテイシアに病を癒された者は、アルテイシアの『生命移し』の力を断片的に得ることができる。

その事に、ストライダスは気付いた。

もちろん、アルテイシアの能力全てを得るわけではない。

だが、アルテイシアに救われた村人が、強さに差はあれど『他人の生命のエネルギーをその身に宿すことができる』能力を得ている事は間違いない。

つまりそれは、<生命のエネルギーの運搬役が出来る>ということである。

ストライダスは、ある時、アルテイシアを聖女と崇拝する村人に囁いた。

「君達が、人間を襲って、その生命のエネルギーを身にまとい、聖女に捧げれば、村人は救われる。聖女が死ぬこともない」と。

アルテイシアに知らせる必要はない。アルテイシアを信奉する者達が、自らの意思でアルテイシアに奇跡の代償を払うだけ、なのだから。



こうして、人の姿からかけ離れた魔物の如き腐れ村の村人が、聖女の奇跡を保つため、病を振りまきながら王国の人間を襲う、という図式が出来上がったのだった。




腐れ村の脅威を実感した王国は、腐れ村の魔物の討伐のために、一人目の勇者を送り込んだ。迎え撃つは、聖女の騎士ストライダス。

二人は、腐れ村の谷底で対峙した。

一人目の勇者は、慄いた。今目の前で対峙する相手が、王国の英雄ストライダスだったからだ。

慄く勇者に意を介する事無く、聖女を護る騎士の大剣は、一人目の勇者の頭を切り裂いた。鳥の羽をあしらった兜が沼地に浮かぶ。

勇者が携えるウォーハンマーは、ストライダスに触れることもなかった。

その勇者は、聖女の奇跡で命を永らえた。毒を吸い出す特性を持つ環形生物の群れにその魂を移し替えられて。



追っ手を恐れた聖女と騎士は、腐れ村の谷底の、さらに奥地に広がる沼地に住み着いた。

そこでも彼女は奇跡を起こし続ける。癒された村人が狩り続け捧げられる魂のエネルギーを使いながら。




数年後。二人目の勇者が現れた。

二人目の勇者は、そう呼ぶには粗暴な人柄であった。

彼の汚い言葉に、聖女を穢させるわけにはいかない。聖女の騎士ストライダスは、二人目の勇者を、一言も発する隙も余裕も与えず、大剣で肉塊になるまで叩きつけた。

物言わぬ二人目の勇者は、聖女の慈悲で魂の在り処を変えられた。汚染された環境でも生き抜き、生命の繁栄のための尽力する昆虫にである。




聖女と騎士は、さらに村の奥まで居を移す。

沼地の更なる奥には、太古の民が築いた巨大な遺跡が広がっていた。

遺跡には、地上から流れる河川が流れ着く最果ての場所となっていた。

そして、遺跡は…深く汚染されていた。

つまり、遺跡自体が、呪いと言う名の病の、発症の地になっていたのだ。

…気付いている人間は、いるだろうか。

呪いとは、ヴェルスタッド王国が、その繁栄の裏で吐き出してきた不浄なもの、死体や汚染物、排泄物、廃棄物、そして実験に使われた数々の薬品が川に捨てられ、その汚染が辿り付き、蓄積した結果、生じたものなのだということを。その汚染物の流れ着く終着点が、この遺跡なのである。

この汚染を無くすには、ヴェルスタッド王国を滅ぼすしかない。それが以前、ストライダスが躊躇った、聖女を救う二つ目の手段であった。




だが、村の最下層の遺跡に居を移したストライダスは、この現状に満足していた。

ここは、外界の情報は一切入ってこない。

聖女は、生命という供物を受けて、病に罹る人々を癒し続ける。

それはつまり、聖女の『目の前にある』世界は救われ続ける、ということだ。

…彼女がどんなに望もうが、世界中の人々を救うことなどできない。それは、国家を滅ぼすということ。

つまり、多大な犠牲を生むことと同意なのだから。

…

…

…

そして、数年が経過した。

その年。新たな勇者が王国に選ばれ、使命を託された。

その使命とは、『病の元凶たる腐れ村の怪物を滅ぼす』こと。

その若き勇者の名は、アルガス。

…

…

…

僕は、勇者アルガス。

尊敬する兄に憧れて、勇者になった。

僕は、王国から、使命を託された。

王国の近隣にある廃村『腐れ村』に行き、病の根源たる魔物を討伐することだ。

僕の兄は、国家から、数々の栄誉を受けた。大剣を携え、人を脅かす数々の怪物を屠ってきた。数少ない『ドラゴン殺し』の名誉を得た騎士。まさに英雄だ。

この任務を達成すれば、僕も英雄の称号を得れるかもしれない。

「見ててください。兄さん。僕は、英雄になります。」

僕は、旅支度を整えながら、一人そう呟いた。




腐れ村に旅立つ前日、僕は、国王から『黒の学院』に寄るように申し付けられた。

そこで、僕は、さらなる任務を追加された。

その任務とは、『村に住む病を<癒す>魔物が住み着いている。その魔物は必ず消せ』というものであった。

僕は混乱した。この都市を脅かしている病を癒せるのなら、それは国家にとって有益なことではないのか、と。

だが、学院の研究員は語る。

この病を癒すには、『生命移し』の奇跡が必要である、と。

そして、学院は近年、その『生命移し』の奇跡を、機械的に行える術を確立した、と。

さらに、その術は、学院…つまり国家で管理したいと。だから、村に住む『病を癒す魔物を殺せ』ということだった。

僕は、研究員の話を聞くうちに理解した。

この病を治すために、多額の献金を患者やその家族に敷いていることを。それが、国家を支える財源の一つになっている、ということを。

『生命移し』の奇跡。それが存在していることを、僕は幼い頃、兄から聞いたことがあった。

たしか、その術を行うのは、『他人の生命』が必要なはずだ。僕は朧げな記憶を頼りに、研究員に質問する。

僕の質問に驚いたのか、研究員は、『生命を取り出す技法』を僕に解説した。

知識のない僕には、その説明のほとんどは意味が解らなかった。だが、掻い摘んで説明すれば、こういうことだ。

生命エネルギーは、肉体に最も奥に宿る。そして、最も儚いエネルギーである。それを抽出する行程は、水の濾過に似ている。何度も何度も、細かい網を通し続け、真水になるまでその工程繰り返す。汚れや不純物は削ぎ落とされ、その工程を行う内に、汚水は濾過され、目的である真水となる。

その工程を、人の体を用いて行う。それが、生命エネルギーの抽出作業である。では、その『網』にかけられる人間は誰なのか。

…奴隷である。

そして、生命エネルギーを抽出された後の肉体はどうなるかというと、…黒の学院に隣する川に廃棄物として捨てられる、そうだ。




研究員の話を聞いた後、僕は酷い嘔気に襲われた。

信じる国家の裏事情を知ったからか。

行方不明の奴隷の末路を知ったからか。

それは僕自身にも解らなかった。

だが、悩んだ末の結論は、覚えている。

国家に属さなければ、英雄にも、勇者にもなれない。

そして、僕の夢は、兄の様な英雄になることだ。

だから、昨日の話は、忘れよう。そして、『腐れ村の魔物の討伐』という使命を全うしよう。そう決意し、僕は腐れ村に向かった。

…

…

…

そして、時は今に至る。

アルガスが踏み入れた、腐れ村の際奥の、遺跡の底に在る者は…。




アルガスからは見えない位置にある遺跡の最奥の岩場から、一つの影がユラリと動き、立ち上がる。

その影は、傍らの地面に突き刺した大剣を軽々と抜き放ち肩に携える。

大剣は既に切れ味は無いに等しく、無骨な鉄塊はまるで分厚い板の様相だった。

影の主が、遺跡の壁の明かりに照らされその姿を現す。

全身を強固な暗銀の甲冑に身を包み大剣を携えるその者は…、聖女の騎士。ストライダスであった。

長らく病の根源である毒素に触れ続けた彼の身体は、毒に蝕まれ、醜く爛れていた。

だが、聖女の騎士ストライダスは、その身を重厚な鎧で多い尽くし、幾多の討伐者を自らの力で討ち果たし続けてきた。

聖女を護る。

その為にだけ、騎士は存在する。彼は、その体も心も、文字通りの、聖女の盾として成り果てているのであった。

「…行くのですね。」

無言で赤黒い汚水の溜まる地底湖の中を歩き出すストライダスの背に向かって、女性の声が響く。

白いフードを被り、汚水に足を浸しながら岸辺に座る女性は、聖女アルテイシア。

アルテイシアもまた、病を癒し続けた影響で毒素に蝕まれ、その身体を異形なものへと変貌させていた。

聖女の上半身はまだ人の形を保っていたが、汚水に浸る下半身は醜く皺がれ、樹木のようなものへ成り代わっていた。

毒素に触れ続けた彼女の身体は、むしろ毒素無しでは身を保てない程となっている。

アルテイシアは、再びストライダスに声をかける。

「すみません…。」

その声は、その見た目に似付かわしくない程、澄んでおり、以前と変わらぬ憂いを含んでいた。

ストライダスは、アルテイシアの声に振り向く事はなかった。

ただ、いつも通り、後ろ向きなまま、彼女に手を振るのであった。




遺跡の最奥に繋がる崖の道で。

若き勇者と、聖女の騎士は、対峙する。

勇者アルガスは、暗銀の甲冑の騎士の姿を一眼見て、その実力を、強大さを、実感する。

騎士の持つ大剣が仮に自分の身を人擦りするだけで、我が身が脆く砕け散る事を、アルガスは、互いの刃を交える前から、感じ取る。

アルガスが、目前の暗銀の騎士に合間見えて感じた感情は、死への恐怖であり、強大なる者への畏怖であった。

だが、暗銀の騎士…ストライダスは違った。対峙する若き勇者の姿を…、その勇気ある者の強き眼差しが宿るその顔を確認した時に感じた感情は、恐怖でも畏怖でもなかった。

ストライダスがその身に感じた感情は…、迷いであった。

その迷いから、聖女の騎士は自問する。『どちらが、大切か』を。

騎士がその迷いに費やした時間は、ものの数秒である。だが、騎士の心の中に流れる時間では、時間という数値では表せないほどの逡巡を繰り返していた。

そして、騎士は決断した。今まで何度も何度も、数限りないほどの回数決断してきたことと同じ決断を、自らの心に下した。

『俺は聖女の騎士。聖女の盾。聖女の夢を守り、聖女の世界を護る事がその使命。だから、目の前の侵入者を…殺す』と。



騎士が決断を下したその瞬間。若き勇者の刃が煌き、騎士を襲う。

騎士はその刃を大剣の腹に受け、そのまま刃を弾く。

だが、弾かれた瞬間の衝撃を受け流し、勇者はもう一本の刃を騎士に向ける。奇襲にも似たその動きを、騎士は動じることなく視野に収め、自らの肩を勇者の懐に向けて打ち放つ。

勇者の刃は騎士の頬を掠め、騎士の肩打は勇者の脇腹を掠める。

一瞬の攻防の後、二人の戦士は再び距離を空ける。

騎士は感じる。若き勇者の、恐怖を乗り越え、希望を込めた勇気満ちる斬撃を。

勇者は感じる。一切の感情を込めない、敵を打ち滅ぼすことにしか力を注ぐことのないその一撃を。

ここに至り、両者の力は、完全に拮抗していた。その拮抗を崩すことがあるとすれば、二人も持つ気迫…魂の在り方だけなのかもしれない。




「立ち去れ。」

騎士が、勇者に語りかける。

「ここは、聖女の住まう場所。聖女が病に苦しむ人間を救う場所。」

騎士の声に、言葉に、勇者は息を飲む。

騎士は語り続ける。

「若き勇者よ。お前は解っているのだろう。この村に蔓延る病は、王国の脅威になる呪いは、全てはお前たちが今まで垂れ流し続けてきた不浄によるものだということ。お前は、それでも、世界を救う勇者でいられるのか?」

騎士の言葉に、勇者は黙って耳を傾ける。だが、勇者の表情は硬く、強く唇を噛んでいる。手は震え、今にもその両の手に握る二振りの刃を掌から取りこぼしそうだった。

「若き勇者よ。愚かな勇者よ。お前のやっていることは、無意味だ。」

「…。」

無言の勇者の口元から、血が流れる。唇を噛みしめる歯が、皮膚を破ったのだ。

「お前の勇気に、意味はない。お前の護るものに、価値はない。…だから、今ここで、死ね。この谷で、腐り朽ちよ。」

「…なんでだよ。」

勇者が血に濡れた口を開き、言葉を発する。

だが、その内容は、騎士の発する言葉への回答ではなかった。

「なんで、あんたが…。」

騎士は、勇者の声に耳を傾けた。…対峙した瞬間から、騎士は覚悟していた。

勇者アルガスは、騎士に向かって叫ぶ。

「なんであんたが、そこにいる! ストライダス兄さん!」

王国に属する前騎士の憧れであり、偉大な英雄であり、アルガスが生涯目指すべき者だと憧れ続けてきた、兄・王国騎士ストライダスに向かい、アルガスの悲痛な叫びが響く。




「お前の目指す英雄は、もういない。俺は、聖女の騎士だ。俺は、お前を滅ぼすことを、躊躇わない。」

ストライダスの無慈悲な声が響く。

アルガスは動かない。動きたくとも動けなかった。

ストライダスがアルガスの目前に迫りる。

アルガスは、俯いたままであった。

ストライダスは自らの大剣を、高々と抱え上げる。自身の、弟を、殺すために。

アルガスは…弟は、大剣を抱える兄の姿を見つめた。

弟の視線の先で、兄は、大剣を振り下ろした。




その刹那。アルガスの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。

…ある日、兄は、アルガスに問いた。「なぜ、力を求める?」と。

…幼い弟は、無邪気に答えた。

「僕は、いつか兄さんを越えるような、立派な勇者になる」と。

そして、恥ずかしくて、兄に聞こえないような小さな声で、

「世界を救えるような、立派な英雄になるんだ!」と呟いた事を。

兄が消えた後も、それだけを信じて、今、アルガスはここにいる。



兄の悲しみを理解した。

自分の役割を理解した。

…そして、アルガスは、決断した。



それは、生存本能だったのかもしれない。

死に直面した時の走馬灯だったのかもしれない。

だが、勇者アルガスは、確かに心に宿る意志の力で持って、頭上に振り下ろされた騎士ストライダスの大剣を、両の刃で防いでいた。

驚くストライダスは、アルガスから距離を置く。

アルガスは、口を開く。その眼差しには、言葉には、決意が宿っていた。

「兄さん。あんたは間違っている。」

「…なんだと?」

「兄さんこそ、わかっているんだろ? あなたが護る聖女は、人間の命を使って、病を癒す。そして、この腐れ村の住人は、病を癒すために人間を襲い、命を狩り、聖女に捧げる。

あんたの世界は、あんたの聖女は、それで救われるかもしてない。だけど、その世界は、他の他人の命の犠牲で成り立っていることを!」

ストライダスは、アルガスの言葉を黙って聞く。

「あんたの世界は、矛盾している!」

アルガスの叫びを聞き、ストライダスは、自らの兜に手を掛け、取り払う。醜く爛れた顔が、兜の下から現れる。

「…そんなこと、最初から、解ってる。だが、それでも、俺には護りたい世界があるんだ!」

ストライダスは、大剣の鋒をアルガスに向け、その身を突進させる。身を翻し鋒を避けるアルガスの目前を、大剣が掠める。

大剣の風圧だけで、頬が焼け焦げそうであった。

騎士は叫ぶ。

「お前の矛盾と、俺の矛盾。どちらが正しいか、決着をつけよう! 来い! 若き勇者よ!」

「うるさい!」

アルガスの刃が、ストライダスの顔に迫る。

ストライダスはその身に纏う甲冑の重さを意に介する事なく刃を交わす。そして大剣を下方から上段に向かって薙ぎ払い、アルガスの首を切り飛ばそうとする。

だがアルガスはその大剣の腹に足を当て、そのまま勢いに乗り空中に身を交わす。空中では身をかわせない。

ストライダスは空中から舞い降りるアルガスに剣先を向ける。串刺しにするつもりだった。

その動きを察知したアルガスは、空中で自らの剣に魔法で炎を宿し、その爆炎で軌道を変える。

空中で、二つの刃が交差する。

「あんたは僕の憧れだった!」

地についたアルガスは、両の足で大地を踏みしめ、剣先をストライダスに向ける。ストライダスは一歩身を引き、アルガスの動きを見切り、カウンターに大剣を振るう。

「あんたみたいに、なりたかった!」

アルガスの剣は大剣に打ち据えられ、真上に弾かれる。

「あんたは、僕の心の居場所だった!」

ストライダスの大剣がアルガスを袈裟斬りに捉える。だが、アルガスはその動きを読んでいた。先程の剣は、囮であった。

「あんたは、僕の夢だった!」

アルガスのもう一本の剣は、ストライダスの剣を交わしながら、ストライダスの重厚な胸の甲冑に突き刺さる。

アルガスの一撃で、ストライダスの胸の甲冑が砕ける。同時に、アルガスの剣も砕けた。

「あんたは…、僕の…。」

…流れる涙と嗚咽で、言葉にならなかった。

アルガスは、先の攻防で宙に投げられた剣を手にし、身構える。

ストライダスも、大剣を掲げ、最後の一撃に賭ける。

その時、ストライダスの口が静かに動き、何事かを呟く。

その呟きは、確かに、アルガスの耳を揺さぶった。

しかし、決着は止められない。

刹那の後。二人の影が交差した。




一人の男が、聖女の居る遺跡の再奥に向かっていた。その足取りは重く、赤黒い血液が男の歩いた後を点々と染め上げている。

頬も大きく切り裂かれ、首筋を血が染めている。

男が血に染まる首を回し、後ろを振り返る。

血溜まりの中に、もう一人の男が倒れておる。

血溜まりの中に倒れる男は動かない。だがまるで、己の命を失ってでも使命を全うする意思があるかの如く、男は手にした大剣を離さずにいた。

貫かれた胸元から流れる血が、男を赤く染め上げる。

聖女の騎士ストライダスは、散った。弟の手で、殺された。




「…あなたがここに来たということは…。ストライダスは、倒れされたのですね…。」

アルガスの目前で、聖女アルテイシアは言葉を発する。

アルガスは頷く。

だが、聖女の傍に佇むアルガスの足元にも、赤黒い血溜まりが広がりつつあった。

絶命には至らなかったが、騎士の最後の致命の一撃は、アルガスの背を大きく切り裂いていた。そして、その大傷は、間も無くアルガスの命の火を、奪う。

「私は聖女アルテイシア。この腐れ村の聖女。そして、王国に害する呪いの元凶。」

「…。」

…この人は、自分のやっていたことを、理解していたのか…。おそらく兄も、それを解っていた…。

混濁する意識の中で、アルガスは聖女の言葉に耳を傾ける。

これが、この人が、兄が護った世界。兄が護りたかった聖女…。

「私の夢は、苦しむ人々を助けること。けれど、私の夢は、多くの人々を不幸にした…。私に生きる資格は、無い。」

…それは、違う…。そう言おうとしたアルガスの口は、もう動かなかった。

「あなたの偉大な兄は、私の愚かで小さな夢を叶えるために、命を賭してくれた。」

アルガスは、聖女の目前で倒れこむ。アルガスの命は、今まさに尽きようとしていた。

「…勇者アルガス。あなたは、何を望みますか? あなたの夢は、なんですか?」

…僕の、夢。僕の、願い…。

アルガスは、目を閉じる。

アルガスの目の前を闇が覆う瞬間。聖女アルテイシアの身体が、美しく輝いたかのように、感じた…。

その輝きが、アルガスの身に降り注ぐ。

それは、命の輝き。生あるものから、希望を継ぐものへ、生命の持つ輝きの可能性を受け渡す、奇跡の力…。

アルガスの脳裏に、兄の最後の言葉が過る。

「弟よ。俺を超えていけ。」

温かい光に包まれながら、アルガスの意識が途切れた。

…

…

…

腐れ村。

かつては国を脅かす病蔓延る呪いの苗床と言われ、魔物が徘徊し、病を振りまき、数多くの不幸を生み出し、幾多の勇者が命を散らした場所。

だがいつの頃からか、病は身を潜め、呪いは痕跡を失い、魔物は消え去り、誰も足を踏み入れる事のない廃村と化した。

しかし、その村の奥底で、誰も寄り付くことのない遺跡の果てで、二人の男女が身を寄り添いながら朽ちていることは、誰も知らない。

そう。ある人物を除いては…。




王宮の高台から、遥か彼方の廃村に目をやる、一人の男がいた。

男の頬には、巨大な傷痕があった。

その人物は、数多くの人々を救った英雄だった。

男は国家に反旗を翻し、奴隷制度の撲滅を掲げ、醜い利権に染まる神官や王族を追放した。そして、世界で最初の、平等と自由を約束した民主国家を創造した英雄であった。

…だが、その過程で、多くの血が流れた。

それは、平和を目指すための犠牲であった。




英雄は、廃村のある方向に広がる青く澄み渡る空を眺めながら、夢想する。

平和のために、誰かが犠牲になる。

それは、世界が変革する時に必ず生じる、矛盾である。

だがその矛盾は、人が人である限り、他人である限り、たとえ兄弟でも、たとえ誓いを共にした中であっても、必ず生じるものである。

だからこそ、その英雄は誓った。矛盾無き世界を作ることを。

いや。その矛盾で不幸になる人間が、少しでも減らせる事を。




だから、英雄は、矛盾と戦う。

たぶん、それが、最後の最後に、自分に意思を託し、命を預けた、聖女と騎士が目指した夢だと信じているからだ。




英雄の眼に、涙が流れる。




彼と彼女こそが、

真の聖女であり、

真の騎士であり、

そして、

…真の、英雄である。




かつて若き勇者と呼ばれた英雄は、

自身を押しつぶすかのように広がる大空の下で、

涙で滲む目を空に向けながら、

右の拳を胸に当て、

偉大な騎士と聖女に、

祈りを捧げた。



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