クエスト105:恋と覚悟と君の顔
なんでしょうね。
恋について書いていると体が熱くなってムズ痒くなります。
「兄さんが......兄さんが犯人......」
めまいがする。頭痛も酷く危うく机に倒れそうなところを紫苑に支えられた。
「お兄ちゃん......」
「ごめん紫苑。もう大丈夫だから」
僕は深呼吸をして、置いてあるジュースを無視して水を一気に飲んだ。
それでも落ち着かない気分をなんとか抑え込んで二人に告げる。
「僕も......確信はありません。ですが......」
もう一度、ですが。と続けた。
僕の手は震え、唇を噛み。恐らく情けない顔をしているだろう。
「兄なら......あの犯行が可能だと思います」
認めたくなかった。
兄は僕が不意打ちをしてようやく勝てるぐらいの強い男だ。
......憧れもあった。この世には届かない存在もあるのだとも思った。
「少し時間をください。......すみません」
僕は料金を大雑把に置くと外へ向かって駆け出した。
どこかへ行こうとは思わなくとも自然と走り出した。
☆ ☆ ☆
「すみません......お兄ちゃんが......」
「いや、翡翠も辛いだろうしな。身内に二人も敵となる人物が現れたのだから」
「それに比べて紫苑ちゃんはドライな関係なのね」
「私は父親からの期待も無く、業兄さんとの仲も良くありませんから」
紫苑は下を俯きながら翡翠が置いた小銭を回収した。
「......以前の会話からして君とあの兄、そして翡翠には何か過去にあったのだろう?」
「そうですね......実は私は芥川の子ではないのです」
「え!? 確か前には異母兄妹だって言ってなかったっけ?」
そう、蒼也と協力した際には紫苑自身から。
そして翡翠からも兄妹であると告げられていた。
「確かに私の母、アリス=フレン・芥川は3人の助手の中で唯一父と婚約をしています。
ですが既に母は私を身篭っていたのです。そこへ父はスキルを遺伝させる工夫をしたのだと思われます」
「なるほど......この事は翡翠が知らない事実という訳だな」
「難しい関係なのね~だからこそ距離があってしまうのね。貴女方は」
しかし翡翠との仲は良すぎではないかと密かに二人は思った。
無論口になどしないが。
「父は2年前に私を業兄さんと婚約させようとしていました。
しかし私は怖かった、父も業兄も。当時はお兄ちゃんでさえ距離を置いてましたから」
紫苑の表情は少し明るく、それでいて懐かしげに語る。
「だからお兄ちゃんに助けてもらった際は驚きだったんですよ!
お兄ちゃんは業兄さんと喧嘩ばかりしていましたがいつもボコボコにされていましたから」
「あの翡翠が負けるのか......想像もできんな」
「お人よしな面もあるけど意外に負けず嫌いだったのね」
そうでなければここまで戦えたはずが無い。朱里はそう確信していたし、翡翠に敗北した蒼也もそう思っていた。
「しかしその事実は翡翠には言わないのか? 見た感じ翡翠は君の事を悪く思っていないようだし、仲もいいじゃないか」
「ばっか!! わかってないわね~蒼也君は!」
「お兄ちゃんは妹として私と接してくれているんです。事実を伝えるのは怖いのです」
首をかしげる蒼也と呆れる朱里を見て少し微笑んだ紫苑はそう言った。
二人から見ればその表情は儚く、しかし恋をしている乙女の美しいものであった。
「それに私はまだ業兄さんから守られたままの弱い妹です。
......そんな私がお兄ちゃんと対等であって良いはずが無い」
「普段明るくふるまっているのも翡翠を心配させないためだろう?」
「!!」
「心を読める朱里でなくとも、離れたところから見ればわかるさ。
君が無茶をしていることなどな」
そうですか......と紫苑は消えそうな声で呟く。
そして拳を握り締め堂々と宣言をした。
「私、この事件の結末に辿り着いたら事実を話そうと思います。
その為にも、業兄さんと戦う覚悟はできています。たとえお兄ちゃんが戦えなくとも」
可愛らしい財布から取り出した小銭を二つ分置き、紫苑も立ち出した。
「私、お兄ちゃんと話してきます。どこへ向かったかはきっとわかりますから」
軽く返事をし、駆け出した背中を見送り店内に残ったのは二人だけである。
蒼也は関心にも近い苦笑いをし、朱里と話した。
「兄妹でなくともあの二人はそっくりだな。
誰かを守るために戦う原動力は変わらないとみた」
「それこそ君も燃え上がるような恋をすればいいのよ。
今からだって全然遅くないわよ?」
蒼也は笑みを別のものに変え、手を振りながら否定した。
「俺はもう手遅れさ。恋はおろか、友人ですら二度と作ることはできないだろう」
「そう......」
「しかしまあ、作戦を立てなければな。
単純に考えて俺を超越する素早さと朱里が認識できない謎のスキル。あの様子じゃあ兄妹もスキルについて知らないとみた」
「そうね、これは骨が折れるわよ」
兄妹とは対極に冷静に局面を見る二人。
それは敵が自らの関係者ではなく、大人としての余裕も持ち合わせているからだろう。
「それにしてもなかなかやるわね~翡翠君も」
「む? 翡翠も?」
☆ ☆ ☆
「お兄ちゃん、やっぱりここに居たんだね!」
「紫苑......」
ゲームセンターのベンチに座り込む僕に紫苑は声を掛けた。
テロリスト事件があったとは言えさすがの大型ショッピングモール、ちゃんと営業していたのだ。
「懐かしいよねここ! 家に居づらくなっちゃった私をお兄ちゃんが毎日連れてきてくれた場所!!」
「......そうだな。あの時はまだ何も知らなかったんだよな僕たちは」
紫苑は座る僕の前にしゃがみ、未だに震えている僕の手を握った。
「辛い時は逃げ出していいんだ。
逃げてしまえば負けていない。いつかまた立ち向かう限り負けていない。
いつかなんていつでも良い。だからその時までには笑顔でいるんだ」
「お前......!! その言葉は!」
「お兄ちゃんが私に言ってくれた言葉だよ。
未だに隠し事をしている私に言ってくれた大切な言葉」
そういや。そんな事言ったっけなあ。
いや結構恥ずかしいこといったもんだ僕も。
「お兄ちゃんが業兄さんに憧れているように私もお兄ちゃんに憧れているの!
世界で一番優しくて、いつも弱い立場の人の味方。そんなお兄ちゃんだって私は遠い存在」
「大げさだよ。僕はただ『弱い人を助けているつもり』の自分が好きなんだ。
ただ誰かに頼られたいだけの怠惰な『弱い人間さ』」
そんなことないよーと相変わらずの笑顔で語る彼女。
僕を過大評価し過ぎだと思うんだけどなあ。
「お兄ちゃん......私は今だよ。今戦うよ。
もう逃げない、だからお兄ちゃんはここで待っていて」
「え?」
「もし私が負けちゃってもいつかは仇を取ってね。
気が向いた時に。いつでもいいから」
ああ......
あーあ。なんかもう。
「今の僕。クッソかっこ悪いね!」
突然立ち上がりそんな事を言う僕に紫苑は目を丸くしている。
僕は金色に輝く彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「憧れるなんてアホらしいことはもうやーめた!
戦いたくないがために都合の良い言葉を遣っていただけじゃないか」
「え? え?」
彼女は相変わらずきょとんとしている。
あっはは、悪いね昔から自己完結してしまう兄で!
「大丈夫、もう覚悟はできてる。
だから紫苑。君も僕なんかに憧れるのはやめるんだ」
「え!? ええっ!!?」
僕はそっと彼女を抱きしめた。
「隠し事なんて気づいていないと思ったのか? 怠惰で弱虫なこの僕が」
「そ、そんな......!!」
彼女の顔は真っ赤で、恥ずかしさのあまり目の端には涙も浮かべている。
ああ気づいていたさ。僕らは初めから兄妹ではなく『男と女』だってことを。
......自分でも猛烈に恥ずかしくて目を逸らしそうになるのは内緒だ。
「さっ、喜びに浸る為にもちゃっちゃと終わらせよう!」
わかりやすくまとめます
・お父さんこと芥川善司の血を引いているのは業と翡翠。
・しかし業と翡翠は異母兄弟である。
・お母さんことアリス=フレン・芥川は紫苑の実の母である。
・アリスは翡翠が10歳になるまで善司と婚約をしており、業、翡翠、紫苑を育てていた。
......これでもわかり辛いですよね!
申し訳ないです!!




