湿地帯行
ウクの先導で、音無率いる偵察部隊は順調に湿地帯を通過していた。
雷魚竜や毒貝に注意を払いつつ、隠遁を駆使して進む。天にサンダーバードを上げた雷魚竜は目につきやすく、上空からの監視を避ける偽装と、電気的感知を拡散させる絶縁体を兼ねた行動着を装着していれば、それほど難しい隠遁行ではなかった。
俺も南風獅子の肉球ブーツがしっかりと機能し、野外活動に慣れた猛者達の行軍にも、なんとか食らいついていける。
同じ初心者であるヘタちゃんも流石は山岳民族、荷物こそ軽めだが、しっかりと行軍に食らいついている。手を貸そうかと思うこともあったが、歯を食いしばって頑張る彼女の修行の邪魔をしてもいけないと思い、見守るだけにとどめた。
そんな中、隊全体が彼女を見守るような、穏やかな空気が生まれつつある。ヘタちゃんは、いい意味で隊の中心的人物になっていた。あれだな、アイドル的存在ってやつだな。
後ろで束ねた髪が揺れるのを見ていると、
〝デレッとしてるんじゃないよ! 何かおかしな気配がするよ、分かるかい?〟
とサバ姉が警告を発した。俺が周囲を探知しても何も違和感を捉えられなかったが、その気配を察した音無が周囲を探知すると、不意に十字弓を放つ。
それは一見なんの変哲も無い木に突き立つと、
「ウグッ」
とくぐもった声をあげて、胸に矢を生やした男がまろび出た。それを契機に遠間に隠れていた男達が、何かを投擲してくる。
独特な風切り音を発するそれは、空中でグン! と勢いを増すと、手投げとは思えない威力で飛んできた。
音無は持ち前のスピードで、接子達は盾を密集させて、ヘタちゃんを守護するように固まり避ける。
え? 俺は?
目の前に迫る物を左手で受けると、指輪が自動的に収納した。先端が濡れてたから、何か毒でも塗ってるんじゃないの? と思って、指輪の*武器を念じると、
*武器【死告嘴、十字弓(黒矢装填済)、黒矢(10)、虫矢(10)、毒手槍】
もろ毒手槍ってなってる。傷がつかなくて良かった〜、とホッとする間も無く、次々と飛来する毒手槍を避けるために、俺も雪魔獣の盾の陰に入る。隣で十字弓を射って応戦していたセキに、
「良かった、どこに行ったかと思ったぜ。危ない時はすぐに盾の中に入りな」
と言われて頷く。まあ俺を弾き出すように、ヘタちゃんに集中したあんたに言われたくないがな。
「あいつらは誰だ?」
と聞くと、
「多分草原の民だ、風の部族と呼ばれる者達は風槍と呼ばれる、風の威力を乗せた手槍を投擲すると聞く。もっとも草原の南方に住む少数民族らしいから、滅多にお目にかかる事はないがな」
敵の動向を探りながら教えてくれた。ならば草原の民が湿地帯まで足を伸ばした事になる。山岳民族の結界外とはいえ、物騒な話だな。
俺も応戦しようと、左手に十字弓を具現化した時、偶然セキの背後に違和感を捉えた。
〝そこっ!〟
サバ姉の思念の後押しも得て引き金を絞ると、放たれた黒矢が何かに弾かれて逸れていった。弾いた空気のゆらぎから、女が姿をあらわすと、短剣を手に躍りかかる。
それに反応したセキも、雪魔獣の大盾を手放すと、短剣を抜き打った。
激しく火花を散らす両者の短剣。体格的に数段優れたセキが、そのまま押し込もうとすると、爆風を纏った女がセキの短剣をいなし、巻き込むような斬撃を繰り出した。
収納し直していた十字弓に、黒矢を装填していた俺は、すぐさま具現化して、先端の照準器だけを目安に速射する。
上手く発射できた黒矢を女が避けようとする。その隙をついたセキの体が淡く光り、スキルが発動した。
【超跳躍】
淡い光の残滓を尾引かせながら、一直線に女にぶつかったセキが、もつれながら湿地帯を転がる。とどめに短剣を突き立てようとしたセキが、信じられないほどの勢いで吹き飛ばされた。
その中心で殺気立つ女と一瞬目が合うと、爆風を纏った女がこっちに飛び込んで来る。咄嗟に右手でサバ姉を抜き打つと、熱を帯びた魔力の刃を突き込んだ。




