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出発前に仇名を付ける

「さあ、出発前に荷物の確認をして!」


 張りのある声は、リーダー音無のもの。今回も体にピタッとフィットした行動着を纏い、形の良い尻を目の前で歪めている。片方の足に体重をかけた、いわゆる〝休め〟のポーズだ。腰に当てた手が悩ましい。


 俺の邪眼に気づいたのか振り向くと、


「貴方も手荷物はそれだけで良いの?」


 と足元に置かれた南風獅子の鞄を見た。中には指輪に入りきらなかった食料や術矢のストック、手振り包などが収められている。だが他のメンバーに比べれば極端に少ないといえるだろう。なにせ俺には便利な収納指輪があるからな。


 右手の〝ジュリン〟に対抗して、収納指輪には〝シュウ坊〟という仇名をつけてやった。サバ姉などは、


 〝まぁた適当な名前つけて、神器が泣くわよ〟


 と訴えるが、良いじゃないかシュウ坊、中坊みたいで可愛いと思うよ。そのシュウ坊を指の腹で撫でながら、中身を想起すると、


 *食料【シユロ(10)、シユロ(4)、干し大虫(10)、干し肉(10)、水袋(2リットル)】

 *魔法【大雷撃、硬化泥弾】

 *武器【死告嘴しこくし、十字弓(黒矢装填済)、黒矢(10)虫矢(10)】

 *薬【病気治癒1/2、傷治癒2/3、怪力、解毒】


 魔法欄が心許ないが、術矢や食料はタップリと補充してもらった。

 干し大虫というのは、靴の裏ほどもある甲虫を干したもので、煮て食べたりする高タンパクな食料なのだが、見た目がそのまんまGなやつだ。


 ある日道を間違えて、これを飼育する洞窟を見たが、闇にうごめく大虫の大群は、卒倒しそうなほど気持ち悪かった。

 だがこの洞窟で一番栄養価が高い万能食料との事で、遠征に向けて支給されている。口から食べるのは嫌だから、指輪で一番先に自動消費するように念じておこう。


 という訳で、遠征だ。どこに? 草原に。といっても偵察がてら、草原に放ってある接子達に案内されての安全な旅になる予定だという。


 それには斥候司という、偵察や隠遁に長けた部署の人間がついてくれるという事で、音無、俺、ヘタちゃん、セキ、ナナ、ミルのいつもの六人は、待ち合わせた斥候司の男を、門の部屋で待っていた。


 セキ、ナナ、ミルは、先代迷い人の遺産を身に付けた俺を守るという任務の為に、いつもより厳つい鎧を身に付け、テントにもなる雪獣の盾や、見たこともない凝ったこしらえの短剣、いかにも特殊な素材でできた短槍といった、新武装に身を包んでいる。


「いいな〜、それ。かっこいいな〜」


 と絡んでいったら、皆面倒臭がらずにそれぞれの装備品の説明をしてくれた。というか少し嬉しそうだ。男の子は武器が大好きだもんね、か〜わいい。


 俺と男達がワイワイと盛り上がっていると、音無とヘタちゃんのところに男がやって来て、深刻そうに耳打ちをした。気になったが、少しすると別の男がやってくる。


 いかにもできる男! という精悍な顔は、眉間についた皺が日焼けに濃淡をつけられるほど深く、痩せた顔に目玉だけが白く浮いて見えた。

 身長は高いが、手足は細く締まり、歩く感じからしていかにも身軽という雰囲気を醸し出している。


 フル装備のこいつが斥候司の男か? と見ていると、


「おう、ウクウクハンニャじゃねえか、今回の案内はシチハクゴクショじゃなかったのか?」


 とセキがたずねる。それに渋い顔をさらに歪めたウクウクハンニャ? が、


「シチハクゴクショはやられた。草原の偵察じゃ良くある事だが、遺体すら見つからない。シンの移動集落を探して数日前には帰還予定だったんだが……」


 と重く語り、先ほど説明を受けていた音無が、


「接子長はそのままウクウクハンニャに代替を務めさせるとの事だ。急な依頼だが、よろしく頼む」


 と言うと、右手を差し出した。それをジッと見たウクウクハンニャは、一瞬ギュッと眉根に皺を深めたが、素直に手をとって頷く。


 俺はというと、ウクウクハンニャにシチハクゴクショって癖の強い名前に〝ウク〟と〝ゴク〟だな、と故人にまで仇名を付けると、


「よろしくね、ウクさん」


 と会ったばかりのウクウクハンニャに手を差し出した。それに驚くほど反応を示したウクは、仇名そっちのけで、俺の手を避ける。


「え? よろしく?」


 と手を伸ばすと、まるでばい菌を見るように距離をとった。それを見たナナが、


「こいつは呪術が苦手なんだよ、親兄妹皆が呪術死してるからな。ちなみにシチハクゴクショもこいつの遠縁の親戚だ」


 と説明してくれた。そうか、それは仕方ないな、俺の右手には呪術の粋を集めたジュリンがハマってるし。目の前で申し訳なさそうに頭を下げるウクは、真面目なだけで悪い人間には思えない。

 そういえば音無に握手するのも一瞬のためらいがあったな。


「気にしないで下さいね、ウクさん、これからよろしくお願いします」


 と深く頭を下げると、恐縮されてしまった。心の中で、よし、これでウクって呼び名定着! と喝采を上げる俺に、


 〝はぁ〜、変な事にこだわるねぇ〟


 呆れたサバ姉が溜息をついた。

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