湿地帯
しばらく歩いて行くと、草原は湿地帯につながっていた。広大な湿地帯は、さらに山の麓までつながっている。
ここを通るしかないか。
〝そうね、そのためにこんな足回りにしたし〟
というサバ姉の指摘通り、俺の足は特殊なはき物で覆われていた。それは南風獅子の肉球ブーツ。
まるでゴムのような肉球の外皮を切りつなげ、強靭薬でコーティングした長靴は、撥水性に優れた逸品である。と思いたい。
〝そうね、南風獅子の生活圏には湿地も含まれてるから、湿気に強いはずよ〟
サバ姉ずいぶんと詳しいな、じゃあこの後の地形も分かっているのか?
〝私をあてにしないで、自分の目で見て、考えなさい。危ない時だけサポートしてあげる〟
突き放すように言うのも、タイムリミットがあるせいか? 言われて俺は、目の前の地形と、目指す山を観察した。
水面に日が反射して、遠くの方で何かが蠢くさまが見て取れる。あれは地中のガスか何かが湧き出ているのか? だとすれば有害かもしれないな。
〝正解ね、ほとんどは無害なガスだけど、中には地中の有害な成分が湧き出ているところもあるわ。そんな時は、周囲を良く観察して〟
もし死骸の多い場所があれば、近寄らない?
〝正解、あと湿地帯に住むモンスターの中には、水面下に潜んでいる種もいるから、気を付けなさい〟
いざという時は、サバ姉でズバッと?
〝ばか! いざという時は、逃げるのよ。私の力は逃げるための最低限の力だと思いなさい〟
魔法も? 南風って何?
〝それも奥の手の一つね。そこらへんは指輪の判断に任せたほうが賢明よ。一つだけ明言できるのは、南風と南風鞭は二つで一つだから、常に左手を開けておけって事〟
あと一つ、*薬の中の言語って……
〝それも指輪に任せなさい。間違っても勝手に飲まないこと。副作用なんかも知らないでしょ? さあ先ずはあの木を目指して、上空にも気をつけて進むのよ〟
と言われても、湿地帯の比較的乾いた場所にはかぎりがある。背の高い植物が所々に生えているが、基本的に見晴らしの良い場所で、身を隠す場所も見当たらなかった。
こっちに進むしかないのか?
〝そうね、反対方向に向かうなら、さっきの南風獅子や、巨大バネ顎蟻レベルのモンスターが、弱肉強食している草原を、三週間はさまよう事になるわ〟
おお、それは勘弁してほしい。素直に湿地を進めば?
〝今日中には麓につけるでしょうね〟
ならばこのまま行くか。そう思った時、サバ姉がブルリとふるえ、
〝そろそろ現れたわね、沼狼よ。あいつらは足が遅い代わりに、魔法を使ってくるわ。あなたには相性の良い敵だから、頑張って生き延びなさい〟
と言ったかと思うと、地面が何箇所かポコポコと持ち上がる。俺がその泥山を避けるように走り出すと、後方から、
「ゥボオォォーッ」
と野太い雄叫びが追いかけてきた。