この世界なめるんじゃないよ!
「山と草原に黒呪が握られる時、現れし者にこの箱を与えよ」
音無がポツリと呟く。それを聞いたヘタちゃんが、
「迷い人様の予言、ですか?」
と尋ねると、コクリとうなずいた。
「封印の箱に添えられた、な。明らかにこの時点を指した言葉だろう。これを受けて占婆達もそれの開封を決めたのだ。もっとも、私が黒呪を受けた時点で、責任を感じた占婆自身が、一度開封を試されたがな」
ジュリンを見る目は、希望にすがるように、そして過去の出来事に対する遺恨に、鈍く光っている。
「つまり詳しくは分からないが、こいつがどうにかしてくれると期待しているわけね? 俺が現れて、ジュリンを装備した、この状況からすると、まんざら期待外れでもないと」
俺の言葉に頷いた音無は、
「もちろん問題自体は山岳民、いや少なくとも呪術窟の指揮の元、私や周囲の仲間達が解決に乗り出す。だが肝心の所は〝それ〟任せになるだろう。お願いできるか?」
ジュリンを真剣な目で見つめた後、地面に頭を擦り付けるほど頼みこまれた。うなじの送り毛が震えている、そこまで頭を下げなくても……
『もちろん! 任せろ』 〝確約は出来ないね!〟
俺とサバ姉の思考がぶつかり、言葉につまった。何だよ? ここは格好つけるところだろ?
〝そうした縛りをつけられるほど強いと思ってんの?
その指輪の力もよく分かってないのに、なにをいきがるつもり? 格好つける、ハア? そんなんで生き延びられると思ってんの? この世界なめるんじゃないよ!〟
おふ、凄え怒られた。まるで事務所の御局様の新人いびりみたいな口調で、それかスクールカースト上位者が、調子に乗った下位者に楔を打ち込む容赦の無さで……時折浮かんでくるこの無駄知識は何だ?
と現実逃避していると、自信無さげな音無と目が合う。ちょうど変な時に変な間が空いてしまったな……とても気まずい。
「善処します」
咄嗟にでたのは、格好良いセリフとは真逆のヘタレ発言だった。それを聞いた音無は、アテが外れたように緩く口を開ける。ヘタちゃんも、俺のあまりのヘタレっぷりに、失望感が否めないのだろう、
「善処……ですか」
と呟くと、気まずい沈黙の後、二人して退室していった。
なんだい! 文句が有るならサバ姉に言ってくれよな!
ゴロンと横になると、
〝あれで良いのよ、出来ない事させてるのは向こうなんだから〟
サバ姉の慰めともつかぬ慰めに、心落ち着かせた俺は、
そのまま眠りの世界へと旅立っていった。
*****
「何ですか? あれ。フワッとした性格だと思ってましたが、善処しますって……」
半ば怒り、半ば呆れた口調のヘタが、並び立つ音無に抗議の声をあげると、
「善処、か。善処ねぇ……クククッ」
小さな笑いを大きくして、ひとしきり笑った音無が、
「あ〜、おかしい。やっぱり奴は面白いな」
まだ腹を抱えて「クックックッ」と含み笑いをした。怪訝そうな顔のヘタは、よく分からないと小首を傾げると、何故か上機嫌の音無の後を追って、呪術窟へと向かう。
まだまだやる事は多い、実験は明け方まで続くはずだ。駆け出しのヘタは、これからの事を思うと、実践の場にようやく立てた境遇を喜んだ。




