開かずの間
〝開かずの間〟
それは呪術窟の最奥部にある隠し扉の、更に奥にある秘匿された空間を指す。
当然ながら部外者は入室厳禁、それどころか役職を得た山岳民ですら、入室には許可が要るという。
その許可を出すのが、集落の呪術を統べる者、すなわち占婆だった。
故に俺という部外者中の部外者、異世界人なる最も怪しい輩でも、必要とあらば入室させる事ができるという。
しかしそれにも条件があった。先ずは目隠しをして、必要以外の事を見えなくする事。さらにサバ姉を魔断布に包み、しばらくの間干渉できなくする事である。
これには先ほどから、危険な試験を断りも無く行われ、機嫌の悪かったサバ姉がキレた。
〝ふざけんな! ×100〟
うるさ過ぎて耳鳴りがする。思考が混雑する中、何とか占婆と話し合って、開かずの間の仕切られた一角に入れば、布を取るという条件で折り合いをつけた。
そこまで条件を飲んで、酷い仕打ちにも耐えるのはーーもちろんそれなりの見返りがあるからである。先代の迷い人の力、それがどのようなものかは詳しく分からないが、相応のものに違いない。
目隠しをされて手を引かれる。この手は音無のものだな? まだ年若い女性の細い指なのに、歴戦の痕が節くれだって刻まれている。
何気なくその痕を指でなぞっていると、恥ずかしいのかギュッと握られて自由を奪われた。音無もそこらへんは女子としての恥じらいがあるのだろうか? 的なゲス思考も、サバ姉のツッコミがないと何となく寂しいな。
開かずの間を開ける、重厚な扉を擦る音が響く。正式な手続きを踏まないと、開けるのに相当苦労しそうだな、と感じた。
少しの段差もおっかなびっくり越えると、締め切った空間の悪い空気が胸に迫る。と同時にほこりとカビ臭に嗚咽が出た。
それに構わず皆はどんどん進む。俺は久しぶりにサバ姉と通じ合わない心細さに、今後サバ姉の内蔵魔力が尽きた時の事を想起した。
訳の分からない世界で、どれだけサバ姉が心の支えになっているか? 心に呼びかけて、明確な答えを示してくれる存在のありがたさを思い知る。
いつか来る孤独に備えて、今のうちにやれる事をやろう。これもそのうちの一つだ。
そうこうするうちに、最奥部に連れて来られた俺の、目隠しが剥ぎ取られた。ランタンの灯りに照らされる皆の顔が真剣で怖い。
真正面に腰掛ける占婆が、肉厚なテーブルに着席を勧めてくれると、魔断布に包まれたサバ姉が解放された。
〝今回の件は本当にイラつくわ、サッサと要件を済ませましょう〟
少しの間に沈静化していたサバ姉の声を聞いて、黒の刀身に手を乗せると、ああ、と念ずる。さあ、何が出て来る?




