重い箱に水滴プルン
翌朝、早くに下女が寝床を訪れ、新しい衣服を置いていった。脇に置かれていた汚れ物も回収していったが、後から「くっせ〜、まぢかよ」って文句でないかな? 自分でもちょっと引くほど汚れてたし。
その際に南風獅子の鎧服もと言われたが、万が一仕込んだ魔力が発動しては大騒動になると、丁重に断った。そして濡れた布巾だけをもらい、全身と鎧服を拭ってサッパリする。
少し寝不足気味なせいか、体がこっているように感じる。風呂……とまでは言わないが、行水くらいはできないかな〜?
〝ここでは水も貴重な資源だからね〟
だよね〜、こうして拭うだけでも、ありがたく思わなくちゃいけないわな。それにしてもマッサージとか、体をほぐす世話人とか居ないかね?
〝頼んでみれば? ゴリゴリの接子が来て、ヒーヒー言わせながら施術してくれるんじゃない?〟
この密室で、ゴリマッチョとくんずほぐれつ……うん、遠慮しておこう。この体の回復力は凄いものがあるしね。
回収と入れ替わりに支給された朝食を食べると、しばらくしてヘタちゃんが来訪した。美少女の訪問はいつだって歓迎だ。
二人連れだって呪術窟に向かうと、入り口で音無と出会う。
おう、何か気まずいな、ちょっと怒らせちゃったし。
「昨日は、いらん事してすみません」
取り敢えず謝っとけ。と思っていると、柔らかい顔で、
「気にするな、かっこいいってのも……まあ悪い気はしないから」
朝になって気分が変わったのか? どこか嬉し気に答える。機嫌が直って良かった、女心と秋の空って言うくらいだからな。いつでも来訪してよ、昨日の仇もとりたいし……そんな事を考えていると、扉が開いてヒョウ師が顔を出した。
「ナナシ殿、お待ちしておりました。占婆が待っております、奥までどうぞ」
と硬い表情で奥の間に通す。相変わらず薬臭い呪術窟は、人払いされているのか、朝早いせいか、以前来た時よりも人が少なかった。
以前通された場所よりも少し大きな土間に通されると、その中央にあるテーブルには既に、占婆が御万干のリー師と共に腰を下ろしていた。
「おはようございます」
と頭を下げると、
「ウムウム、おはよう、ご足労かけてすまなんだのう、ウムウム」
と手を上げて着席を促してきた。向かいの椅子が引かれて、そこに腰掛ける。
「どこまで聞いてるかな? ウム」
相変わらず鋭い視線に、
〝催眠術に気を付けて! もっとも私も居るから、向こうも警戒してるだろうけど〟
とサバ姉の警告が飛ぶ。分かってる、最初の時みたいにやられっ放しじゃすまさないつもりだ。
「何か命の危険がある試みとか?」
と言うと、
「ウムウム、命の危険というか、多分お前さんなら何の問題もないんじゃがのう、ウムウム。物が物だけにのう、ウムウム。ワシらでも扱いに困るほどじゃから、危険も相応って事じゃ、ウムウム」
と言って、リー師に何事かを告げる。頷いたリー師は、後ろの重厚な金庫を開けると、一抱えほどのこれまた重そうな金属製の箱を取り出した。
「こいつは本体ではない、先ずはお試し用の試技といったところかの? ウムウム」
占婆が机に置かれた箱に手をかざすと、厳重に巻き付けられた帯がひとりでに解ける。
「さて、皆の衆は一歩外へ、ナナシ殿はその箱を開けてもらえるかのう? ウム、何、こいつは大丈夫じゃ、本番前のお試し段階、お前さんに慣れるか、反発し合うか確かめるだけじゃ、ウムウム」
と言うと、占婆自身も一歩外に離れて、机の周りにある品を調整しだした。それを感知して、
〝結界を張られた、閉じ込められたよ〟
サバ姉が警告を発する。何か知らんが、緊急事態か? 俺は左手を突き出す構えで、箱に対峙した。
「大丈夫、さあ箱を開けて」
リー師も声をかけてくる。大丈夫って、本当かい? お試しで死にたくないんだけど? ビビリながらも、皆の視線を一身に浴びて、箱を開けなきゃならない雰囲気になる。
サバ姉、大丈夫かな?
〝全くもって説明不足だけど、こんな事で死なせるつもりもないでしょ? こうなったら開けてごらんなさい〟
その一言で覚悟を決めると、金属製の箱を掴んだ。どうやら上蓋を引っ張り上げるタイプらしい。鉛のように重い金属をずり上げると、そばにゴトンと置く。
下箱の中にはーー
一滴の水らしきものが、プルンと震えていた。




