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悶々ナイト

 ハッと気がついた音無が俺の手を払う。その顔は怒っているのか? 少し赤みがさしていて、それもまた綺麗だった。


 見惚れる俺から、腹を隠すように背を向けた音無は、無言で手早く腹布を巻きつけていく。もちろん俺は好みのお尻をじっくりと観察した。


 〝驚いた、あの布によって隠されていたのね。もし貴方の指輪で触れたらどうなるかしら?〟


 サバ姉の言葉にハッと気づく。この指輪ならば収納できるのではないか? もし音無がそれを望んでいるのであれば、取り去ってやる事もできるかも知れない。


 肌着を戻して、床に置いた外衣に袖を通す音無の様子を伺って、


「その呪いなんだけど……」


 と声をかけると、振り向いた音無は元の顔色に戻っていた。心なしか表情が硬い、距離の近さと反比例して、心の壁は厚く張られたようだ。


「その黒呪、これで取れるかもよ?」


 と左手の薬指を示すと、ジッと見つめた後で、


「その可能性は考えた、あの死告鳥をお前が倒した時からな」


 と口を開く。だがすぐに苦いものを飲み込むように、額に一本の皺を刻むと、


「明日、とにかく呪術窟に来て欲しい、また迎えの者をやる」


 と告げると、嫌も応も無く退室していった。


 遠ざかる足音に、ハッ! と気づく。ふんどし一丁の若人と半裸の娘が、狭い密室にロウソクの灯りの元、何も無かったなんて……ドサクサに紛れてお触りくらいはいけたんじゃないのか!?


 重大な過失に、心苛まれたおれは、一晩を悶々と過ごした。





 *****





 全く何だ? あいつは。かっこいいだと? 私の人生を翻弄したこの黒呪をかっこいいだと? ふざけるな!


 占婆以外はリー師とヒョウ師、それに村長だけが知る秘密。その思いを〝かっこいい〟などと軽い言葉で返されて、自分の中の何かが傷ついた。


 しばらく怒りに任せて、わざと足音を立てながら自室に向かうと、汚れた外衣を乱暴に剥ぎ取り、床に置く。手入れは明日に回そう。


 肌着を脱ぐと、封印術の腹布を見る。これだけは時間と共に巻き直さねばならない。


 再び巻き取り、露わになった黒呪の腹を見下ろして、禍々しい黒の核を撫でる。


 〝かっこいい〟だと? 〝取れるかもよ?〟だと?……私がどれだけそれを望んでいるか、軽薄なお前には分かるまい。そしてそれが無理な事も。


 その想いに黒呪が喜び、胎動する。宿主の念によって成長する化け物。素早く新たな封印布を巻きつけながら、ナナシの指輪が近づいた時の黒呪の怯えを思い出した。


 あの時、確実に指輪は黒呪に狙いを定めていた。狩られる側のみが肌で知る感覚、腹に巣食う黒呪は、宿主に危機回避を懇願して、ナナシに対して殺意まで抱かせていた。


 普段からの修行でそれを押し殺すと、何とか自制する事に成功する。その間ナナシに思うさま腹を撫でられたが……かっこいいだと? ナナシの間抜け面を思い出し、黒呪の支配が完全に解けた音無は、フッと可笑しさがこみ上げてきた。


 かっこいいか、この黒呪の腹を、占婆ですら過酷な運命をもたらした事に、いまだに悩み続けているというのに……かっこいい、か。


 完全に封印を済ませた腹布を撫でながら、音無は感情の余韻に浸って床につくと、眠れぬ夜を悶々と過ごした。

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