音無の告白
「試して欲しい事があるんだが、命がけになる可能性がある」
真剣な顔の音無も美しいなぁ……いやいや、それどころじゃない、命がけ!? 音無が言う命がけって、またとんでもない事をさせられるんじゃないの?
昼間黒犬にやられたカンジヤが頭をよぎる。即死ならまだ良いが、命〝がけ〟って部分がまたえぐい。死にかけるって事? この過酷な世界で? 働けなくなった余所者を養うほど、生易しい世界じゃあるまい。半死状態の事を思うと恐ろしくなり、
「い、命がけなら、死にかけたときはトドメを刺してくれるか?」
と音無にすがった。いきなりの言葉は、音無にとって意外な反応らしく……しかし目を見開いた彼女は俺の顔を凝視すると、
「分かった」
と一言だけ告げた。その寡黙さだけが信頼に値する。少し落ち着いた俺は、
「で? 何をするの?」
と尋ねると、
「まあ待て、この話は本当に繊細な問題だから、私の口から言う事はできない。すまない、一方的で抽象的な話だけで命がけとか、訳が分からないだろう。神器のナイフ殿も、気を悪くしないでいただきたい。悪いようにはしないとだけ、約束する」
と頭を下げた。
〝全くもって気にくわないねぇ、命が一番大事なんだ、それをかける意味がある事なんて、この世に存在するのかね?〟
サバ姉が俺の代わりに怒ってくれる、サバ姉の意思もあり、そのまま音無に代弁すると、
「確かにそうだ、私に与えられた権限ではこれ以上の事は……明日占婆に詳しく聞いてくれ。その上でそれを受けるかどうか選んで欲しい。不義理の代わりに……私の秘密を教えよう。明日の話にも関わってくる事だ」
と言うと、身に纏う狩猟着を脱ぎ出した。おいおい、そんなサービス……うん、苦しゅうない、もっと脱げ脱げ。
汗の乾いた外衣の下には、これまた真っ黒な肌着を着込んでいる。その腹部を捲り上げると、さらにその下には、文字の書き込まれた布が巻きついていた。おしい、もう少しまくりあげたところの双丘が拝みたかったんだなぁ〜。寸止めなんて、音無は案外テクニシャンだな。
その布の端の封を解き、巻きつけながら剥がしていくと、漢方薬のような臭いが部屋に充満する。
その中から姿を現わしたのは……真っ黒な染みが渦巻く腹部だった。真っ白な肌を穢すような黒が、滲むようにポツポツと肌を染めている。
その布が完全に取り払われると、染みの中心部は真っ黒な塊だと分かる。艶消しの隆起が、見るものに不気味な求心力を放った。
魅入られた俺に、少し硬直した声で、
「これが私の力の源、死告獣と同じ究極の呪い〝黒呪〟だ」
と言われて気付く、あの死告鳥にやられた動物が真っ黒に変色していたのを。それと音無の腹が同じ状態とは、どういう事だ?
「幼少期、野外で死告鳥と遭遇して、黒呪を腹に受けた。その場にいた占婆の即座の処置にて、それは極一部分に封じられたんだ。その頃の死告鳥はまだ幼体で、力も弱かったからな。今ではこの封印黒呪を使いこなす事で、己の力と為す事もできる。今日も見ただろう? 煙の呪術、あれもその力の一部だ」
と説明すると、真っ黒な腹をさすった。凄い、腹黒と言われる人間はいるが、本当に腹が黒いなんて……
「汚いだろう?」
少し自嘲気味に問う声に被せるように、
「かっこいい」
自然と言葉が漏れていた、腹に呪いを宿す女狩人なんて、超絶カッチョエエ! 思わず触ってしまった俺に、驚いた音無は絶句して、しばらく無言のまま、腹をさする音だけが部屋を満たした。




