接子長
接子長の部屋は、取り立てて立派という訳ではなく、ただ単に接子達の寝泊まりする大部屋にほど近い個室、という感じのこじんまりとしたものだった。
木製のドアをノックしたセキが、
「失礼します、ただいま岩場討伐隊帰還いたしました」
と言うと、奥から野太い声で、
「入れ」
と返事が返ってくる。
「失礼します」
と開けた分厚いドアの向こうには、これまた分厚い木の机の向こうに座りながら、背筋を伸ばしてこちらを見る角刈りのおっさんが居た。以前占婆達と牢屋に来た奴で間違いない。
「失礼します、今回同行しましたーー」
「ナナシ殿であろう、この度は初の遠征、お疲れ様でした」
渋い顔で浅く頭を下げる。なにそれ、目線が全く外れなくて、超怖いんですけど? 俺が慌てて頭を下げると、セキが、
「今回の遠征で、カンジヤが死亡、死因は敵呪術による呪死です」
と硬い声で告げ、遺品である短刀を差し出した。本来ならばここに頭髪も添えて提出するらしいが、今回は頭部損傷のため頭髪が全損、髪は無い。
「うむ、詳しく状況を述べよ」
苦々しい顔で短剣を受け取った接子長が命じると、セキは淀みなく今日起こった事を説明した。
「頭の無い黒犬だと? 黒い靄……そうか。それはナナシ殿の、いや雷魚竜の雷撃をも吸収したんだな?」
と聞かれて、
「雷撃三回分でした」
と訂正すると、低く唸りながら沈黙する。目線はこちらを見つめたまま、頭には血管が浮き出始めていた。歴戦の猛者であるセキやナナですら、どこか落ち着かない。まるで猛獣を前に怯える小動物のようだ。
「それで遺体は呪術窟で検分か……色々弄られているんだろうなぁ、カンジヤは」
グッと握り込んだ接子の短剣を鞘走らせると、ギラリと光る剣身を見つめる。そこには自分が映ってるのかな? ナルシストなのかな? こちらも観察し返していると、
「いつもいつも、犠牲になるのは接子ばかり。我々は消耗品か? なあミルクユガフよ」
後ろに佇むミルに声をかけると、不意に話を振られた彼は、うろたえてモゴモゴと口ごもった。
「ハッキリ喋れ!」
突然のカミナリに、皆の背筋が伸びる。言われたミルは、悲鳴をあげるように、
「ハイッ!」
と即答した。お〜怖、これだから体育会系は嫌なんだよなぁ。人を恫喝するなら、意味がある時にしなきゃ、今は疲れ切った部下を労えば良いのに。
そんな事を思っていると、ギッと睨みつけられて、
「ナナシ殿、これだけは言っておく。占婆様や音無と何をするか、その核心部は俺にも分からん。だがな、これ以上接子の犠牲者が増えるようなら……俺にも考えがある」
ギギと握った短剣の柄が微細に振動している。それがいつ飛んでくるかとハラハラしながら、
「せ、接子の皆さんには、良くしていただいています。私も占婆様の指示に従って行動していますが、決して接子の皆さんをないがしろにはしていません」
と頭を下げながら心の内を語った。これでいけるか? 目線を上げずに頭を下げ続ける。
無言のままが怖かったが、しばらくすると、
「分かった、もう良い。セキ、お前だけは残って、後の皆は下がって良し。遠征ご苦労だった」
と告げると、短剣を鞘にしまった。頭を下げる一同にならって、俺ももう一度頭を下げ、接子長を見る。その血走った目は、仇を見るように俺に注がれていた。半ば見上げるような上目づかいに、食いしばった歯。そこまで恨まれる事があるか? と軽くショックを受けていると、
〝目を合わせるんじゃないよ、そのまま頭を下げて退室しな〟
とサバ姉に警告を受ける。味方のはずの山岳民族本拠地内で、サバ姉の警告を受けようとは……只ならぬ事態に、本気で胃が痛くなった。




