集落にて
占婆はナナシらが出立したとの報を聞くと、呪獣の骨礫を振った。昨日から何度振っても要領を得ない占いに、得体の知れない力の介在を嗅ぎ取る。
だが地面に広げた魔獣の皮革には、またもや不可解な形に散らばる骨礫が、焼き慣らした飴色の表面を光らせていた。
「ウムウム、これは〜これはじゃなぁ、ウム」
独り言をブツブツと口ごもると、
「お〜い、ヒョウやい、ウムウム」
と乾いた拍手で付き人を呼び寄せると、
「月石の在綾粉を持ってこい、ウムウム」
と告げた。月石の在綾粉、それは西の果て山にある陥没湖の底、遥か100メートルの沈殿物のさらに下に有る、貴重な砂を指す。
滅多な事では持ち出さない、先代迷い人の遺品の一つに、命じられたヒョウ師は、弟子達を動員して、急ぎ占婆の祭事場へと運び込んだ。
大きな箱いっぱいに詰め込まれているのは、白く乾いた粒子の細かい砂である。それを大量に掴んだ占婆が、祈祷とともに地面にぶちまけると、最前骨礫を転がした魔獣の皮革に、真っ白な模様が浮かび上がった。
「ウムウム、なるほどのう、ウムウム」
ランダムに投げつけられた砂は、魔獣の皮革に血管のような模様を作り、一部の砂粒は何かの力によって動き続けている。
その部分を細かく眺める占婆は、ヒョウ師に、
「ここじゃウム、どう見る? ウムウム」
目線を外さずに尋ねた。それを食い入るように見つめていたヒョウ師は、
「これは死告獣の呪痕……それに人為的な操作を働く者が居る、でしょうか?」
とその模様を解析した。蠢めく砂粒の側には、もう一つの塊が微細な動きを見せている。それは二人にとって馴染みのある存在だった。
「ウム、中々良い見立てじゃ。ではこの状態が何を引き起こすか? 過去の事例に照らし合わせると? ウム?」
鋭い視線を向けると、それを受けたヒョウ師は青ざめた顔を強張らせて、
「死の……氾濫」
まるで言葉そのものに呪われるような重みで呟くと、そのまま口を固く閉ざした。
*****
運び込まれた接子の遺体は、迎えに出た呪術師達によって、速やかに呪術窟に運ばれて行った。
音無とヘタちゃんもついて行くと、残された接子達と一緒に門の間に呆然と立ち尽くす。
あれから裂け目の洞窟内を探索した俺たちは、無残に内臓を荒らされた二体の洞窟班目熊と、一回り大きな百目級の個体を発見した。
それこそが正に、今回俺たちが狙っていた獲物に違いない。検分に関わったヘタちゃんが、占婆の呪術痕を見つけた事で確定すると、首を切断して、それも防腐布で包んだ。
洞窟班目熊の分も含めて三つ、セキの背負子に結びつけられた包みが揺れる中、仲間の遺体を皆で交互に担ぎながら、周囲の警戒もしつつ帰路を急ぐ。集落に辿り着いた頃には、疲労困憊、すぐにでも部屋に戻って一眠りしたい気分だった。
「これから接子長に報告に行くが、お前はどうする?」
深いため息をついたセキが聞いてくる。接子長ってあれだろ? 牢屋で見かけた厳ついおっさんでしょ? 疲れたところであいつと会うなんて、悪い報告を抜きにしても勘弁願いたい。
〝でも、行くでしょ?〟
サバ姉の圧力に、内心わかっていた事を再確認されて、不承不承同意する。分かってるよ、この集落との繋がりを最重視するんだろ?
〝分かってるじゃない、ならば信頼を勝ち得るために?〟
要らぬ事を言わずに、聞かれた事を正確に答える。但し都合の悪い事はボカして、だろ?
同行する旨を伝えると、セキは、
「そうか」
と言って、ため息をついた。俺も生ぬるい息を吐き出すと、皆で重い足を引きずるように、接子長の部屋へと向かう。
あゝ、せめて目の前が音無の尻だったらなぁ。現実にあるのは、硬く締まったむさい男の尻……ハァ〜……やる気でねぇ〜。
疲れ切った男達の憂鬱な行軍は、気持ちとは裏腹に、早々と接子長の部屋に辿り着いた。




