洞窟班目熊狩り
「ボオウッ フゥッ ブフッ」
野太い咆哮を上げた洞窟班目熊は、しばらくこちらを観察するようにジッと後脚で立ち上がっていた。その間ヘタに、
「追っている個体か?」
と聞くも、首を振って否定される。どうやら熊違いらしい。しかしこの個体もかなり大きいようで、遠目で分かり辛いが、もしかしたら百目級かも知れなかった。
つまり、
〝千里眼と魔眼に注意!〟
うん、そうだね。
後輩達に、
「正面を頼む」
と言い残した音無は、岩陰に走り込むと気配を殺した。こうなると味方側からでも存在が掴めなくなる。流石は集落一の狩人。と、感心している暇は無い。
手振り包を回し出したナナに、
「術矢を頼む」
と声をかけられ、すかさず左手に十字弓を取り出すと、両手で構えて照準器を合わせた。この距離ならば高さを調整しなくても大丈夫だろう。
並び立つセキも十字弓を構え、飛び道具二段構えの布陣を敷く。
最前列のミルは巨躯のスキルを使い短槍を構えると、もう一人の接子も並び立つように短槍を構え、こちらも二人だけの前線を敷いた。彼らは何があろうともそこで突進を止める役割である。
岩肌を駆け下りてくる洞窟班目熊は、荒い息を吐き出しながら速度を上げる。このまま両者がぶつかれば、目も当てられない惨状が広がるに違いない。
そこに狙い澄ました手振り包がナナともう一人接子から放たれた。一つは少し手前に落ちたが、ナナの投擲した手振り包が真正面をとらえる。と思った次の瞬間、全身の複眼を見開いた洞窟班目熊は、その巨体からは考えられない敏捷さで手振り包を避けた。
代償としてバランスを崩した洞窟班目熊に、手前に広がっていった黒染みが、生き物のように絡みついていく。
今だ! 俺は一瞬呼吸を止めると引き金を絞る。ブレもなく放たれた術矢は黒染みに命中すると、セキの矢もつきたち、爆発的に黒煙が上がった。
全身を焼かれて転げまわる洞窟班目熊は、以前に見た腐肉鳥と同じように、急速に黒く干からびていく。悲鳴をあげて腕を地につけた瞬間、細く固まっていた右前腕が折れ飛んだ。
だが、残った腕で地を掴み、恨みのこもった腹部の眼を見開くと、そこから真っ赤な光が溢れ出す。
「なんだ?」〝魔眼よ! 気をつけて〟
質問と回答が重なる。どう気をつけたら良いかわからないが、ひとまず指輪で収納できるように、十字弓をしまった左手を前に、サバ姉を右手に構えた。即座に指輪の中の十字弓に黒矢を装填させながら。
デタラメな光の放射に、ミル達槍を構えた接子もとどめを刺せずにいた。その耳元に姿を現した音無は、筒を耳の穴に差し込むと、何かを吹き込む。
途端におとなしくなった洞窟班目熊は、全身を黒く干からびさせて絶命した。何度見ても気持ち悪い。特に今回の獲物は大きかったため、干からびて骨と皮になった死骸の小ささに戦慄を覚えた。
まあ上出来かな?
〝ちゃんと当たったじゃない〟
あったりまえよぅ! このくらい朝飯前だぜ!
調子にのる俺を止める者は居ない。並び立っていたセキにも絶賛された。音無に目で合図すると、こちらはさも当然といった感じで他所を向く。
うん、まあそんなに自慢するほどの活躍じゃないけどさ、少しくらい褒めてくれてもーーそう思って音無の目線を辿ると、洞窟から二匹の洞窟班目熊が飛び出してくる所だった。
何故か興奮し、俺たちとは逆方向に疾駆する洞窟班目熊。ただならぬ気配を感じ取った俺たちはその後を追いかけた。




