クマさんに出会った
洞窟班目熊討伐に来た俺達の標的は、充分に育ち、百目と言われるようになった老獣であった。さらに占婆の予言によると、その中でも特別な個体が、時期を迎えようとしているらしい。
何の時期か?ーー最前倒した死告鳥の代替となる、死告獣の次代候補として、選定可能な成熟期のことである。
死告獣、それはこの地域一帯の管理者にして、食物連鎖の頂点。それを誰が選ぶのか? と占婆に聞いてみると、〝土地〟と答えが返ってきた。地に染み付いた呪いが集積して、自然に選定されるらしい。
そして主な活動は、新たに育ってきた強者ーーつまり次代死告獣の捕食。そうして強者が溢れ返らないように管理してきたという。
俺はその管理者を殺してしまったのか。そう思うと気後れしたが、占婆は、
「ウムウム、気にするな、ウム、あの死告鳥は育ちすぎたんじゃウム。どの道もうじき死ぬ運命での? それゆえに音無を張り付かせていたんじゃ、ウムウム」
と言ってくれた。さらには弱者の俺が強者たる死告鳥を倒せたのも、呪術に特化し過ぎて、肥大化した死告鳥の業がそうさせたのだという。そこらへんは詳しく聞いても訳が分からなかった。
まあ要するに、次の死告獣が誕生するまで、俺が代わりを勤めれば良いのだが……
「その百目が選ばれたらまずいのか?」
先導する音無に尋ねると、
「ああ、千里眼は全てを見通す力を持ち、百目がさらに育てば幻術、魔眼をも駆使し始める。それに洞窟班目熊は鳥に比べて大食らいだからな」
と言って、前方の岩陰を指差した。そこには大量の糞と、数匹分の岩蠍の甲殻が散乱しており、それを成した者の食事量を想起させる。
ありゃあ確かに凄く食いそうだな。そんな奴がヒエラルキーのトップ……うん、地獄だね。
〝目ざとい敵からは逃げられないからね〟
サバ姉の言葉に想像が膨らむ。全てを見通し、よく分からない能力を駆使する、3メートル超級の熊……確かに勝てる気がしないな。それに比べると、死告鳥は戦闘能力には長けていたものの、小さな脳は単純な思考しかできず、食事量もそれほど多くなくて、理想的な死告獣だったらしい。
それにしても百目に勝てるのか? 音無の能力に頼りっぱなしではいけないと、指輪をこすりながら、自分に何ができるかを確かめた。
〝彼女からは十字弓の援護を頼まれているでしょ? 百目ってのは複眼が多いらしいから、そこを一つ一つ狙うしか無いね〟
事前に何度も話し合った事を再度告げられる。う〜ん、矢はどうしようか? 今のところ通常の起術矢を装填しているが、あれは手振り紐を投げる接子との連携がものを言うからなぁ。
そう思いながらセキ達を見ると、呪術師であるヘタを中心に何かを見ていた。俺も覗き込むと、ヘタの後頭部越しに風見鶏の小型版のような物が見える。
占いに出た百目に、占婆が呪術マーキングを施した、その方向を示し続ける呪方器と言われる器具だ。
「百目はもう直ぐ、あの大岩を超えて下った辺りに居るようです。動きはありません」
ヘタが示す先には、切り立った岩肌が、曇天を切り裂いている。そこに歩き出そうとして、全身に悪寒が走った。
敵か!? 腰を屈めて周囲を探る。左手はいつでも十字弓を出せるように緩めつつ、魔法を行使したり、収納できるように、少し前に構えた。
自然と伸びる右手から、
〝左上、何か来るよ!〟
サバ姉の警告が発せられ、柄が震える。皆もとっくに気付いて、接子達は組み立て式の短槍を構えると、素早くヘタを庇う陣形が組まれた。
そこにのっそりと現れる影、淡い日に逆光となる巨体には、燃える目が無数に光っていた。




