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頭の無い犬

 山岳民族の集落にほど近い岩場の覇者、洞窟班目熊まだらめ。そのなかでも、齢を重ねた個体は体中にある複眼に千里眼の力を得て〝百目〟と呼ばれるようになる。

 その中でもさらに齢を重ね、体内に溜め込んだ魔力から、魔眼、幻術の類までを修めた個体がいた。


 名を狂い眼(くるいがん)という。


 狂い眼は己の洞窟で、近頃持て余し気味の魔力を毛穴から排泄すると、魔精(ほむら)立つあくびを一つ嚙み殺していた。


 そうしてまた畳んだ前脚の上に巨大な顎を乗せようとして、微かに感じ取った違和感に目を開ける。


 普段使う眼は十対二十個。ゾロリと開いたそれは、異変の無い事を確認すると、また閉じられた。だが次の瞬間、猛烈な違和感に全身の眼を見開き、うなじの毛を逆立てて飛び上がる。


「グオッ! グオッ! ブフーッ」


 威嚇音を立てながら全神経を洞窟の外に向ける。その先に透視されたのは、一匹の小さな四足獣だった。短毛に包まれた黒い犬。その頭部は靄がかかったように黒く霞んでいる。


 単なる侵入者ならばここまで警戒しない、だがこいつは何かおかしい。野生の勘に突き動かされた狂い眼は、牽制に幻術を用いると、入り口に洞窟班目熊まだらめの姿を作った。巨大な幻熊に威嚇させるが、全く動じた様子もない黒犬は、鼻を効かせて洞窟内を探る。


 気にくわない狂い眼は、近場の洞窟班目熊まだらめにも幻術を使うと、千里眼もまだ慣れぬ若い二頭を挑発し、呼び寄せた。


 その間にも無造作に洞窟を進む黒犬は、呆気なく狂い眼の居る空間に到達する。


 岩場に出来た裂け目を長年かけて掘り広げた空間は広く、暗闇の中でもはっきりと視認できる狂い眼は、四肢に力を貯めて臨戦態勢をとっていた。


 それに対してまるで散歩でもするかのように、軽快な爪音をたてて迫る黒犬。その緊張感の無さが、かえって狂い眼に恐怖を与える。


 溜め込んでいたのは力だけではない、瞑目する複眼の一揃えに溜め込んでいた千里眼を発動すると、目の前の黒犬の情報が狂い眼の脳内に流れ込んできた。


 その瞬間、理解不能の言葉が侵食すると、狂い眼は猛烈な頭痛に襲われて、のたうち回る。闇に光っていた千里眼は黒く変色し、思考のまとまらないまま、床や壁を魔爪で切り裂き、火花を散らした。


 涎を撒き散らして咆哮を上げる狂い眼の口に、頭部の靄を伸ばした黒犬は、さらに侵食を強めると、無力化させる。靄を移譲した黒犬の頭部は、スパッと切断されたように無かった。



 無頭狗むずくーー草原に住む野生の犬種で、脳の大部分の機能を捨てる事によって、感覚と反射行動を先鋭化した、呪獣じゅじゅうの一種である。だが黒い靄を纏うなどという種は皆無であった。



 四肢の力を失った狂い眼が横倒しに倒れこむと、悠然と歩み寄った黒犬に靄が纏わり付き、再び頭部が暗く覆われる。狂い眼の腹に噛み付くと、その穴を広げて鼻面を突っ込むと内臓をかきわけた。


 それが心臓まで達した時、張り付くように存在する魔石を咥えて引っ張り出す。その魔石を飲み込むと黒い靄が震え、振動で洞窟が揺さぶられた。


 べったりと付着した血を舌舐めずりした黒犬は、来た時と同じような身軽さで、洞窟の入り口へと向かう。その軽快な足音が、主人を失った洞窟に高く響いた。

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