感じちゃう薬(副作用付き)
「ありがとうヘタちゃん、今度ご飯でも一緒に食べようね〜」
翌早朝、集落の出入り口の中でも、湿地帯とは反対側の岩場に向かう門戸に案内された。またもやヘタちゃんとはここでお別れである。ニコニコと、しかし何も言わずに去って行くヘタちゃんと入れ替えに、しっかり装備を整えた音無が手を挙げてやってきた。
「おはようございます」
「おはよう、さてこれからお前さんの修練を始めるぞ。こちら側は湿地帯よりも、比較的安全とされている採石場だ。それに集落近くは呪術によって結界がはられているから、そうそう強敵は出ないはずだ。だが少し離れると、岩蠍や岩渡り、それに大物では洞窟斑目熊なども出るから、油断しないように」
と以前に教えてくれた事のおさらいをしてくれる。その時聞いた話では、岩蠍とは以前に死告鳥が捕食していた巨大サソリの事らしい。尻尾の猛毒と硬い甲羅が厄介で、成長した個体には十字弓も通らない事が有るという。
岩渡りは巨大なムカデ状のモンスターで、魔法やスキルは使わないが巨大な牙には毒があり、体長も育ち切ると十メートルにも及ぶという。
そして斑目熊、こいつが名前の通り、顔面と言わず身体中に複眼を多数持つ巨大な熊で、岩場の巣穴に潜む厄介なモンスターらしい。立ち上がると三メートルを超えるって……どこが安全なんすかね? 岩場。
「そこでナナシにはこれを服用してもらう」
と言われて差し出されたのは、親指の爪ほどの丸薬だった。
「これを飲むと、スキルが身につく?」
「スキルってほど確定した能力を得るわけではなくて、感覚をつかむための補助になるってところだな」
ウムム、何か怪しいな。俺は左手で受け取ると、分からないように手のひらの中で収納した。見ると*薬の中に【過敏薬】とある。過敏? 神経を鋭くする薬か? まじかよ、ドーピング修行とか、鬼畜過ぎるだろ?
「まあそう警戒するな、副作用も少ない安全な薬だ。これで飲み込むと良い」
荷物から水袋を取り出した音無が勧めてくる。少ないって、副作用有るんかい。
〝大丈夫だよ、私もついてるからね。しっかり修行に励みな!〟
サバ姉の激励が頼もしくて泣けてくるよ。こうなったら言われる通りにやるしかないか……なるようになれ! と丸薬を口に放り込むと、めちゃくちゃ苦いっす。テンション下がるわ〜。
すぐに水袋に口を付けると、少し革臭い水を口に含んだ。うえっ、この丸薬ちょうど喉と同じサイズで、つっかえそうになるな、うえっ。
嗚咽をおさえて、なんとか飲み込んでから水袋を返すと、目の前の風景がグワンと歪んだ。立ちくらみか? と思って額をおさえると、少し手先が痺れたように感じる。
「効いてきたか? じゃあ行こうか」
と言う声がボワボワと遠くから響く。なんだろう? とにかく気持ち悪いっす。
〝大丈夫、レベルが上がってるから、薬効も少なく済んでるよ。副作用もほとんど無いはずさ〟
だから少しとかほとんどとか、副作用は結局有るんでしょ? 人の体だと思って簡単に言ってくれるぜ。
音無が岩場を先行して行くのに気づいて後を追う。今回は彼女と二人きりで、四本の足が踏み鳴らす砂利の音が耳に痛いほど響いた。
ふと振り向いて見上げた集落のシルエットが、逆光になって目に焼き付く。ウムム、過敏状態苦手だな。全ての感覚が鋭くなり過ぎて、ともすれば痛みに感じる。そんな辛い道程にもなんとか慣れ始めた頃、
「そろそろ結界の端に来たぞ」
という音無の声が、修練の始まりを告げた。




