呪術窟
早朝の集落は、日も昇る前から、忙しそうにたち働く女達の活気で溢れていた。
そう、この集落にも年頃の女子は沢山いたのだ。それを知ることができたのは、俺の宿泊する客室から離れた、洞窟奥にある部族の共住区画に、初めて立ち入ったからだった。
水場では、老婆から年端もゆかぬ少女までが、早朝の務めであろう湧き水を汲みに、行列をなしている。
「あそこが関係者以外立ち入り禁止の、呪術窟だ」
その近くにある、音無に教えられた横穴は、暗い洞窟内にあって、さらに暗く、オドロオドロしい雰囲気を放っていた。
入り口にあるしめ縄を潜ろうとして、
「それを潜ってはダメ。横の隙間から通り抜けて。でないと呪いが降りかかります」
俺を迎えに来た少女に止められた。彼女の名前はヘタという、中々の器量良しで、占婆の末弟子らしい。
「ありがとうヘタ、こうで良い?」
と聞くと、元気に首を縦に振られた。ウヘヘ、何か良いな。
〝早く行くよ、変態〟
サバ姉そりゃ無いよ、単に可愛いものを可愛いと感じただけじゃないか。
〝でもチラチラ胸や尻をチェックしてるだろうに〟
そりゃあね、異性を無意識にチェックしてしまうのは、男のサガってもんよ。でも大丈夫、このくらいまで幼いと、俺のストライク・ゾーンからはボール一つ二つ低めだから。今後の発育次第では再検討案件ってところだな。
〝キモっ! 悲しくなってくるわ〟
と無言のままやりとりをしていると、
「そろそろ行くぞ。大丈夫、とって食ったりはしないから」
入るのに臆したと思ったのか、音無が手を取って誘導してくれた。ふふっ、手を握っちゃった、ラッキー。その石のように冷たい手は、女性にしては硬く、分厚かった。思わず表面を指でなぞると、怪訝そうな顔でこちらを見てくる。ごめんね、これじゃ本当にただの変態だ。
ヘタはここでお別れなのか、元気に手を振って見送ってくれる。ありがとう! また数年後を楽しみにしているよ。
〝……〟
やばい、最近サバ姉が睨みを効かせているのが、雰囲気でわかるようになってきた。さすがコミュニケーション・アニマル、人って凄い。
少し進んだ先の壁に開いた穴に、音無が懐から取り出した物を入れると、カチリと音がして、重厚な扉が開く。音無に続いて入った先で、
「ここが呪物工房」
と示された場所では、白衣に身を包んだ者達が、様々な物品に囲まれるように作業をしていた。中央に吊られた大鍋からは、なんとも言えない『薬です』って臭いが漂ってくる。
周囲の机には、干からびて目を剥いた獣や、魔獣らしき異形のものと、その内臓などが並んでおり、薄暗い室内とあいまって、不気味な雰囲気を醸し出している。
「ここで術矢や封印呪物などが作られている。その製法の多くは部外秘だから教えられないが」
おっと、音無に釘を刺された。そこを何とか……と思っていると、素材の中に一際大きなシユロを発見する。
「おっ、シユロだ、あれも何かの原料になるの?」
「ああ、煮出した灰汁が黒子汁の原料になるんだが、危険な湿地帯にしかないから、結構な貴重品ね」
え? そうなん? 指輪の中に用途不明のシユロ灰汁が沢山有りますけど? これに価値があるとは、しかも気になっていた黒子汁の原料とか、意外だわ〜。
と思っていると、一人の小柄な女性がやって来た。
「御万干のリー師、この呪術窟を束ねる、占婆の一番弟子だ。弟のヒョウ師は、占婆の側付きをされている」
と紹介された女性は、口に装着していた大きめのマスクを外すと、ジロリとこちらを見て……見て……穴が開くほどガン見してくる目線が離れない。年の頃は六十手前くらいか? 他の人とは違う赤い色の衣を着ている。
「ど、どうも」
と挨拶しても、返事もなく見続ける。気持ち悪くて音無を見ると、黙っているが目が笑っていた。こいつ、この状況を楽しんでやがるな!? という俺の気配を察したのか、
「リー師、ではお話していた通り、奥にて迷い人への教授をお願いいたします」
と言う。おっ、何か教えてくれるのか?
〝チャンス! しっかり聞くこと聞いときな、わかってるね?〟
お、おう分かってるって……え〜っと、何聞くんだったかな?




