本気の音無
え? 行くぞって、俺?
どうして良いか分からずにいると、その言葉を受けて動いたのは、後ろに控えていたギョロ見男だった。
あ、こいつに言ったのね? 俺じゃないね?
〝何やら緊急事態らしい。お前が出るとかえってややこしくなるから、ここで成り行きを見守ろう〟
こうサバ姉もおっしゃっていますし、お言葉に甘えて、見学させていただこう。
その頃には、音無もかなり離れた場所まで走っていた。その体から、滾るように黄色い煙が立ち昇っている。
さらに後続のギョロ見男の体は、目に見えて一回り大きくなった。何だろう、あれは?
〝多分スキルの一種だね、ほら何か出てくるよ〟
窪みから巨大な翼が見え隠れしだすと、もう一人その場に残された接子と争うように、腐肉鳥が姿を現した。だがまるで遠近感が狂ったかのように、その姿は大きく、まるで近くの接子がミニチュアのように見える。
何だ? あれは?
〝多分腐肉鳥の上位種、腐肉鳳だね。あれがはぐれたグループのリーダーとなって、ここまで繁殖の場所を広げてきたんだろうよ〟
羽ばたくだけで、衝撃波が起こり、それでなくとも暴風にさらされている接子は、吹き飛ばされそうになる。だが接子も強者らしく、攻撃の隙をついては、接続式の短槍で反撃にかかる。ていうか、接子つええ! もう一人の吹き飛ばされた方も、自力で這い戻ってくると、後方から槍を構えて、投げつけた。
見事に腐肉鳳の足に突き刺さると、もう一人も突進して、胴体を突く。
だが、怒り狂った腐肉鳳は、一声吠えると、丸腰の方の接子に体ごとぶつかって行った。
振り回す翼が岩棚を削る音が、暴風の隙間に聞こえてくる。
傷をものともせずに、暴れまくる腐肉鳳。その近くまで素早く接近した音無は、黄色い煙のように見えていたものを、持っている筒に収束させると、口に当てて吹いた! 頭部に直撃したのは何かは分からなかったが、衝撃と共に黄色い煙が飛散する。
〝吹き矢? いやあれはそんな生易しいものでは無いね〟
サバ姉の解説中にも、苦しみのたうつ腐肉鳳を、後方から突進していったギョロ見男が取り押さえる。
かなりのサイズ差があるにも関わらず、力任せに後ろから翼を掴んだ男は、背中を足蹴にしながらーーそれを折った。
「ギョアアァアァッ!」
咆哮を上げる腐肉鳳の頭部にとどめを刺す槍持ち接子。だが次の瞬間、吹き飛ばされた方の接子は片膝をつくと、倒れこんでしまった。そのまま転がりそうになる男を、ギョロ見男が支え、こちらに引きずってくる。
音無ももう一人の男も、腐肉鳳には目もくれずに引き返して来たため、暴風にさらされた腐肉鳳は斜面を転がり落ちていった。
「大丈夫か?」
俺の所まで来たギョロ見男に聞くと、荒い息をつきながら、
「うるさい! どけ!」
と邪険に払い、地面に負傷した男を横たえる。武装ごしに見る男の顔は、血の気が引いて真っ青になり、滲み出た血が地面に広がった。
「どうだ?」
後から来た音無もその状態を見て顔をしかめる。どうやらひどくやられながらも、根性で戦っていたらしい。見ると先ほどまでテントで仮眠していた方の接子だった。
すぐにテントが組まれ、その中で防具を外して中の様子を見る。すると胸から腹にかけて真っ赤に腫れ上がり、頭部にも打撲痕が見られた。腹部に出来た傷からはとめどなく血が溢れ出てくる。
「ここまで酷いと応急処置じゃもたない、手持ちの薬で一番薬効の強いものでも、ここまでの傷には焼け石に水だ」
実際に軟膏を塗り、きつく布で巻いていくが、出血は止まらず、顔からはどんどんと血の気が引いていく。
「こっ、これを使ってくれ!」
俺は指輪から傷治癒薬を取り出すと、音無に渡した。
〝ばっ! 馬鹿! それはあんたの生命線だよ、何あげてんの?〟
サバ姉が驚き反対するが、俺はもう決めたんだ。
「これは?」
と聞く音無に、
「傷治癒の薬、傷口にかけてみて」
〝さらに馬鹿、それは飲み薬だよ!〟
薬の瓶を傷口に持って行こうとする、音無の手を制して、
「いやっ、飲ませてみて!」
と指示する。訝しそうにこちらを見る音無に、
「飲み薬だった」
とバツの悪い顔で告げると、
〝半分以下で効くはずだ、少しづつ与えるように言いな〟
と言われた内容も伝える。すると三分の一ほど口に含ませたところで、ホワッと光に包まれた男の傷が、見る見る回復していった。
驚く音無から瓶を回収すると、指輪に戻す。見ると【傷治癒2/3】に減っていた。まあしょうがないな。
〝馬鹿、なんで貴重な薬をこんな見ず知らずの奴に分けたりしたんだい?〟
と言われてもなぁ……だってこのお兄さん、超カッコ良かったんだもん。
〝……〟
俺の思考回路に絶句したサバ姉を置いて、作業を手伝う。回復した接子をギョロ見男がテントの革に包むと、強風吹きすさぶ中、一同は集落へと撤収していった。




