土とナイフとモンスター
長細い草を束ね、引っこぬく。程よく湿った地面は簡単にほぐれ、濃い茶色の土が露出した。
そこに指を突き入れて、掻き出す、掻き出す、掻き出すと、ウニョウニョと蠢くものに触れる。
うおっ、気持ち悪っ! と手を離すと、そこに現れたのは土でできた大きな腕。にょきにょきと生えた、俺の身長よりも長く太い腕が、こっちに向かって、おいでおいでとばかりに揺れている。
尻もちから、手をついて、警戒しながら立ち上がる。素っ裸の俺と、揺れる土の手。いまだシュールは進行中だ。
と、次の瞬間に、土の手が俺の左手に襲いかかると、ガッチリと握手をした。その瞬間に掻き消える土の手。その中から、大振りのナイフーーまるで軍隊に支給されるようなーー現代的なそれが落ちてきた。
思わず左手で受け取ると、それも掻き消える。全てが一瞬の出来事に、またもや全裸単体となった俺は、草原に立ち尽くした。
*武器には……うん【ナイフ*】って書いてある。後ろについた*に気を向けると、*は六方に散っていき【サバイバル・ナイフ】と文字が化けた。
拾うと詳しい名前に変わるのか? 気になって*薬の方も見ると【ポーション(赤)*】となっている。ここにも気を向けると、【ポーション(強靭)】と表示が変わった。
やっぱり、一度自分で取り込んだアイテムは、ある程度鑑定できるらしい。便利じゃないか! 指輪。
もう一つ気になった、消えた土の手を探すと*魔法の中にいた。
その名も【クレイ・ハンド】もうちょっと詳しく表記してくれたらなぁ。でもしょうがないか。これで満足するしかない。
中々便利な指輪をくれて、更にオプションまでつけてくれるなんて、あの神様(自称)中々気がきくじゃないか。と見直しかけて、
〜〜ビュウウゥ〜〜
「ハッ、クシュン! ハックション!」
冷たい風にクシャミが止まらなくなった。鼻水を垂らしながらブルリと震える。
おお神よ、何故あなたは服を用意してくれなかったのですか? 散らばった草を集めても、何の保温効果もない。そうこうするうちに体が熱っぽくなって、本格的に悪寒がしてきた。
〝病気の初期症状を認識、ポーション(青)を使用します〟
という言葉が頭に響くと、全身がふわっと暖かくなり、寒気が消えた。そのままポカポカと暖かさが続き、真っ裸でも平気だと思えるほど、元気になる。
〝ポーション(病気治癒)残量1/2〟
脳内アナウンスが流れる。あら、これが神様(自称)の言ってた、指輪が持つ自動消費の能力か。さらに使う事でも中身が認識されるわけね? こんな感じでヤバイ時に的確に回復してくれるのは、確かに有難いが……何もしないうちに、貴重なポーションを半分も消費してしまった。
もったいないなぁ、と残念に思ってふと目線をきると、草の影に居る何かと目が合う。
それは大型の……ライオンのような、しかし少なくとも一回り以上大きく、筋肉隆々で色も緑っぽい、明らかに異世界のモンスターだった。
凍りつく全身、なんて大きさだ……頭部なんか俺の10倍はありそうだ。そして明らかにこちらを意識している……獲物として! 割と堂々と接近してくるのは、こちらの反応が余りにもお粗末だからか?
次の瞬間、息を飲む間も無く飛びかかってきた巨大なライオン(みたいなもの)。その時頭に、
〝生命の危機を認識、クレイ・ハンドを発動します〟
と言葉が響き、巨大な土の手が地面から伸びると、ライオン(大)の胴体をつかみ、空中に持ち上げた。
頑丈な腕は、ライオン(大)がどれだけ暴れようともビクともしない。そのまま握り潰すかと思われた時、ライオン(大)のたてがみが緑色に光ると、暴風が巻き起こった。
とっさに左手で顔を覆うと、指輪に吸収される暴風。さらに、
〝攻撃の好機を認識、サバイバル・ナイフを具現化します〟
と言うと、左手にサバイバル・ナイフが出現する。だがナイフ一丁でどうしろというのか? 戸惑う俺に、ブルリと振動したサバイバル・ナイフから、
〝心臓を貫け!〟
という強烈なメッセージが伝播した。反射的に動く体、根元まで刺したその一撃は、心臓を貫き、大量に失血したライオン(大)は、しばらくするとダラリと息絶える。
呆然と立ち尽くす血まみれの全裸男。状況は良くなったのか? 悪くなったのか? 混乱しすぎてかえって冷静になる事ってあるんですね。
〝頭に響いた声は、女の物だったなぁ〟
というどうでも良い事を分析した俺は、ユラユラと手を振りながら消える、クレイ・ハンドを見送った。