旧代の迷い人
「と……いう訳です」
今まであった事を残らず語り尽くした俺は、喉の渇きを覚えて我に返った。
あゝ、何かの精神的操作を受けたんだなぁ、という事は理解できたが、不思議と不快感は無い。目の前にいる老婆は、そういった類の能力に長けているのだろう。恐ろしいと思った眼光すら、今ではどこか頼もしいとすら感じ始めていた。
「ウムウム、それは大変だったのう、やはりお前さんは迷い人で間違いないのう、ウム。これから話すのは、ワシらの部族の大元となった、ある一人の男の事についてじゃ、長くなるが聞いておくれ、ウム」
と語り出したこの集落の歴史、それは数百年前にも及ぶというものだった。混沌としたこの地は以前〝不可集住〟と呼ばれ、今まで見てきた草原地帯や湿地帯、山岳地帯のように、怪物の跋扈する、人類不住の地だったらしい。
大国で犯罪を犯した者達の流刑地、もしくは元いた土地を何らかの理由で追い出された流浪の民の流れ着く場所だったが、厳しい環境と、他の地域とは隔絶した力を持つモンスターのせいで、多くの者は捕食され、残りの者も定住には至らず、無人の地のままだった。
そこに突如として現れた、異なる世界からやって来たという〝迷い人〟が、あれよあれよと言う間に犯罪者や流浪の民をまとめ上げると、一つの集落を築き上げた。
それがこの山岳民族であり、以来始祖の指導者である〝迷い人〟の教えを守って、居住地を守護し、厳しい環境の中で生き延びて来たという。
占婆によると、それとは違った経緯で、この地に定住する民が居るという。それが俺を捉えた理由である、草原の民であり、山岳民とは領土や資源を巡って、血みどろの争いをしているとう。
話を総合して一番関心を持ったのは、この集落とは違う文明社会が、遠からず存在するという事実である。大国というからには、元いた世界のような、発達した社会が存在するのかも知れない。
「それで次に現れた迷い人が……」
「ウムウム、お主という事になるのう、ウム」
占婆が皺だらけの手を伸ばすと、音無が剝き身のナイフを取り出した。それはっ、サバ姉! 俺が身を乗り出すのを制した占婆は、
「ウム、慌てるでない。今までの話から、これがお前さんにとっての神器という事は分かった。ウムウム、もちろんこれはお前さんに返すがな、ウム。一つ頼み事があるんじゃ、ウム」
頼み事?
「それは何でしょうか?」
と手を出したまま固まった俺に、サバ姉の柄を向けた占婆は、片目をつぶると、
「死告鳥の代わりをこなせ、という事だな、ウム」
と告げた。




