集落会議
「さて、どうするかの?」
ロウソクの薄明かりに照らされた小屋の中で、円座に集う者達に、上座の男が問いかける。その貫禄ある声を聞くのは、集落の中でも、それぞれに重要な役割を担う者たちだった。
「掟は絶対、侵入者は即殺すべきだ」
筋骨逞しい男衆が息巻く。彼は魔獣狩りの場において、一番危険な役割である、接子と呼ばれる近接戦闘要員の長だ。
「だが、あのような珍妙な奴は見たこともない。これは何かの異変の前兆かも知れんぞ。そう結論を早めることはあるまい。話を聞いてからでも遅くはあるまいて」
対面に座る初老の男がたしなめた。彼は長老である占婆の世話人長で、次期占い師の役割を担う予定の者である。
「しかし掟は絶対、我々の先祖は厳しい規律を守ることで、この世界を生き抜いてきた。その事実の前には、いかなる議論も無駄だ」
そう断言した男は、村落の家々を作り、占婆の結界作りを補助する大工達の棟梁である。角刈りのしまった風貌が、頑固さを滲ませていた。
「さて、皆の者はこう言っておるが、お主にも発言を願おうかな? 音無よ」
上座の男の指名に、わずかにたじろいだ後、落ち着きを取り戻した女は、
「占婆によると、この村に因縁のある人物とか。そして我々も手を出せなかった死告鳥を、一撃で倒したのも事実です。それをむげに殺すのは、村にとって損失ではないでしょうか?」
と言いつつ、懐から大きな魔石を取り出した。真っ黒で艶のあるこぶし大の魔石は、見る者が見れば、内包する魔力をすぐに感知できる。その魔力量たるや、長年生きてきた男衆でも、見たことのない容量の品だった。
「ウムウム……ワシが言ったのは、お前さんとの因縁がありそうだって事じゃ。そこのところは誤魔化さんでも良いぞい、ウム」
ゆっくりと口を開けた占婆。音無がどっちの味方? と見ると、口の端をニヤリと持ち上げた占婆が、
「奴は迷い人じゃ、今朝お告げを聞いた」
と言った。それを聞いた皆は、驚きの声と共に、ザワザワと雑談を始める。迷い人とは、この集落にとってある種伝説とも言える存在であった。
「ま、まさか。昔話でもあるまいに、迷い人などと……本当ですか? 占婆様」
接子長が思わずもらした言葉に、
「ウム、ワシを誰だと思うておるんじゃ? お告げに嘘を挟むほど、不信心だというのか? ウム」
皺に埋もれていた目を開いて、ジロリと睨む。それだけで場の空気がピリリと変化した。
「いやっ、俺はそんなつもりじゃ……申し訳ありません」
しどろもどろの男を他所に、黙考していた上座の男が、
「迷い人ならば、どん詰まりになった現状を変えてくれる可能性もある、か……では今の拘束した状態もよろしくないな」
と言って一同を見回した。そうだ、とか、急がねば、という声が出る中で、
「ウムウム、じゃがこれでええ、音無はようやったよ。あとは占婆と音無に任せてくれるかのう? なに、悪いようにはせんて、ウムウム」
という占婆に上座の男が頷くと、まだまだ続く会議の場から、音無はその名の通り、音もなく立ち去った。




