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山ガール

 女は驚愕した。集落に近づきつつある死告鳥が、一人のひ弱そうな男に襲いかかった。と、思った瞬間に、逆に命を断たれた事実に。


 男の足元には、死告鳥の死骸が崩れ落ちている。周囲一帯、いや山岳地帯のみならず、湿地帯、草原を含む、全てのモンスターの頂点である死告鳥が……信じがたいが、全てを見ていた女は、その事実を飲み込むしかなかった。


 なおもよく見ると、男の着ている服は、緑の毛皮……あれは草原の雄、南風獅子のものではないか? それは集落の戦士が数人がかりでも、命を賭さねばならないほどの強敵である。その貴重な毛皮を纏っているという事は、どこぞの部族の首領クラスに違いない。


 湿地の向こう、草原の民がここまで足を伸ばして来たのか? そう思うと、ある決断に心が揺れた。それは彼女に死告鳥監視の任を命じた山岳民族の、


 〝テリトリーを犯す者には死を〟


 という鉄の掟。そしてもう一方で、集落一の長老である占婆せんばあの言葉、


「死告鳥を追えば、出会いがあるじゃろう。お前に深く関わってくる男との」


 が頭をよぎった。もしこの男が占婆のいう者ならば、何とか接触をはかるべきか? だが集落の掟は絶対である。


 悩んだ挙句、彼女が出した答えは……吹き矢に即効性の痺れ薬を仕込み、音もなく男に近寄る事だった。身体魔法由来の彼女の隠匿術は、集落でも右に出る者は無く、


音無おとなし


 という最高の狩人に与えられる称号を、誰よりも年若くいただいたほどである。


 標的より50歩半、風下から確実に狙える位置に移動した女は、体を沈めて、愛用の吹き矢を定める。


 もしこの痺れ薬が効かないほどの強敵ならば、腰元の剣鉈で死ぬまで抵抗しきろう。その果ての名誉ある戦死とあらば、祖先の霊達の導きで、死後の楽園に受け入れてもらえると信じて。


 悲壮な覚悟の上に放たれた矢は、呆気なく男の首に命中し、無言のうちに力を失った男は、膝からくずおれた。


 うそ……こんなに呆気なくて良いのだろうか? 周囲に罠がないかどうか、ジックリと確かめた女は、気配に敏感になりながらも、男の元に歩み寄ると、その手にあるナイフを踏んで、遠くに蹴り飛ばした。


 寝入る男を仰向けに裏がえすと、意外な事にかなり若い。


「美しい……」


 思わず女が口に出すほど、同じ人間とは思えないスベスベの肌に見惚れてしまい、思わず手を触れていた。


 その手触りは、まるで生まれたての赤子のようである。日にも焼けておらず、水や風にさらされて、ガサガサになった女の肌とは比べようもない。さらにその顔は、中性的で整っており、集落の男衆の厳しさとは、比べものにならない魅力を放っていた。


「うう〜ん」


 と身じろぐ青年に、ハッと緊張感を取り戻すと、周囲を見回して、他に仲間や魔獣が居ない事を、再度確認する。

 周囲に害意のあるものがいないと分かると、カバンの中からロープを取り出して、青年の手足を縛った。


 それから綿くずを取り出して、火打石で火花を散らす。しばらくして火がつくと、そこに周囲で拾ったまきをくべていった。

 見る見る大きくなる焚き火に、今度は小さな革袋に入った色粉をふりかける。

 モクモクと勢いよく上がる狼煙は、集落に救援を求める時の合図で、赤い色に染まっていた。


 これでよし。


 満足気に狼煙を見た女は、足元に転がる死告鳥の遺骸を蹴り崩すと、胸元に光る魔石を取り出す。

 死告鳥の魔石など初めて見るが、どれほどの価値があるのか? 想像もつかない。彼女の予測では、山岳サソリの数十、いや百倍はかたいかも知れない。


 思わぬ収穫に口角を上げた女は、蹴り飛ばした青年のナイフを拾うと、満足気に自分の腰に差しこんだ。

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