VSこの辺最強
身動きどころか、息すらも吐けない。死告鳥の無感情な瞳に映るのは、間抜けに歪んだ俺の顔。その深い色に意識が吸い込まれそうになるが、
〝慌てず、ゆっくりさがりなさい〟
という冷静なサバ姉の言葉が、俺の心を現実に繋ぎとめてくれた。
固まっていた俺は前を向いたまま、焦点をぼやかして、なるべく死告鳥を直視しないように、ジリジリと後退する。
相手もさしてこちらに興味が無いのだろう。時折足元のお化けサソリをついばんでは頭を上げ、まばたきをしては、またついばんでいる。
そ〜っと、そ〜っと……もとの岩場に時間をかけて後退すると、死告鳥の真っ黒な尾羽も見えなくなった。さて、これからどうする?
〝とにかくこの場から全速離脱! あいつの気配遮断のレベルはそうとう高いわよ〟
気配? サバ姉は感じ取れるのか?
〝私や指輪はある程度の感知能力があるわ。でも貴方に魔力が無い以上、私たちの能力も限定的にしか発揮できないけどね〟
そうなのか。この世界では、魔力によって気配を断ったり、感知したりできるんだな。
右手に持ったサバ姉が、ジンワリと暖かくなるのを感じた。多分普段よりも多くの魔力を放出して、相手の気配を察知しようとしてくれているんだろう。
ジリジリと後退していた足を少しづつ速めると、小走りに逃走を始める。その時、
〝しゃがんで!〟
サバ姉の警告に、とっさに身を低くすると、足をもつれさせて転んでしまった。
その頭上を真っ黒なものが通り過ぎる。鋭い足爪がちょうど俺の頭があった場所を空振りすると、死告鳥が小さな羽根を「パタタタタ」と振るって、着地した。
優雅にステップを踏む長い足がこちらに向き直った時、
〝硬化泥弾!〟
サバ姉の声と同時に*魔法の中から【硬化泥弾】を意識すると、突き出した左手から、大量の泥が噴射される。
イメージは、分厚い泥で死告鳥を覆い固めて、身動きを取れなくしてしまう事。その間に少しでも時間を稼げればもっけの幸いである。
狙い通りに泥弾が死告鳥に絡みつく。うまいことに、分厚い泥から離脱しようと首を出したところで、急速に固まりだした。
なす術もなく拘束される姿に、やった! と思っていると、死告鳥はコンクリートのように固まった泥弾を、嘴で突いた。するとその部位が真っ黒に変色してく。
〝黒呪ね、これは強烈よ。魔法にまで効くとは……この種限定、極限の呪いね〟
サバ姉が状況に見合わぬ冷静な分析を披露する。
そんな事言ってる場合か! と逃げようとした矢先。真っ黒に変色した泥弾は、内側からの羽ばたきと蹴りで、脆くも崩れ去った。
そのまま首を伸ばして俺に襲いかかってくる。その眼には、今まで眼中になかった俺に対する、尊大な怒りの感情が見て取れた。
もうだめだ! と咄嗟にかばった左手に、死告鳥の呪いの嘴を受ける。それはほんの少し接触したかどうかという優しいタッチで、思わず俺はその嘴を包み込んでしまった。すると、
〝生命の危機を確認、黒呪を発動します〟
という脳内アナウンスとともに、触れていた嘴から、死告鳥の体の艶が無くなっていき、握った嘴がホキリと折れる。
呆気にとられる俺の目の前で、倒れた死告鳥の体は、その衝撃でボロボロに崩れてしまった。
〝指輪が呪いを収納、即返してくれてよかったわ。あれが足爪の攻撃だったら終わっていたわね〟
サバ姉の声に心の中で頷いていると、首筋にチクリと痛みを覚える。
何だ? と思って首に手をやろうとしたが、意思に反して全く手が動かなかった。
〝どうしたの? 大丈夫?〟
というサバ姉の声も、どこか遠くから感じて……うつ伏せに倒れこんだ俺は、そのまま意識を失ってしまった。




