アクシデント
「いてっ!」
おもわず大きな声で叫んでしまった。
それは泥を踏みしめた時の事、踏み出した右足に突然の激痛が襲いかかってきたのだ。
「くうっ」
思わず出てしまう声を、極力抑えながら右足を見ると、くるぶしの辺りに棘が刺さっている。これは……
〝状態異常『毒』を確認しました……〟
という指輪の声と、
〝早く南風鞭を取り出しな!〟
というサバ姉の声が重なる。
俺はとっさに*武器の中にある南風鞭を念じると、左手にズッシリとした南風獅子の尻尾鞭が現れた。
〝……南風を発動します〟
それと同時に南風の魔法が放たれる。手の内にある鞭に、緑色の光が宿ると、それが尻尾の先端にある毛束に集中して、
「パンッ」
と乾燥した音と共に、緑の暴風が弾けた。風の刃が周囲の植物をズタズタに切り裂く、と同時に俺の体内にエネルギーの塊が宿る。
体を熱くたぎらせる力の奔流に、軽く酔いそうになりながらも、
〝状態異常『毒』の消失を確認しました〟
というアナウンスにホッとする。
〝あ〜あ、何やってんのよ。南風はもっとピンチの時に使うはずの、かなり優れものの魔法なのに。たかが毒巻貝に消費するなんて……ばかじゃないの?〟
上昇した気分に、サバ姉が冷や水をかける。確かに、周囲に攻撃を仕掛けつつ、自身の状態異常を治し、さらに力を引き上げるとか……どんだけ使える魔法だよ?
南風獅子って普通に戦えば、かなりの強敵だったんじゃないか? そんな事を思いつつ、手の中で毛を開ききった南風鞭を見て、ホゥと一息ため息をつく。
〝反省したら引きずらない! そんなヒマ無いよ。この魔法は反動が来るから、動ける内が勝負だからね!〟
そ、そうなのか? じゃあ急がないと! 焦った俺は、ぬかるむ足元の中で頑張って歩き通すと、ようやく乾いた地形に辿り着いた。
〝仕方ないね、あの木分かるかい?〟
あの少し白っぽい、葉っぱが分厚くテカった木かな?
〝そう、それ。その木に向かって、安全を確認したら登るんだ〟
少し歩いて、サバ姉監修の元、白い木の周囲を安全確認すると、頑張って枝に取り付き、濡れて重くなった体を引き上げる。サバ姉は南服の腰元に作った鞘にしまった。
レベルアップに南風の魔法効果が重なった俺は、元の体力からは考えられないほどのスピードで、ひたすら木を登っていく。
〝そこの二股になったところ。そこに腰掛けな〟
言われた通りに太い枝に腰を下ろすと、
〝指輪を枝に向けて【硬化泥弾】を発動しな〟
と指示を受ける。そうか、硬化した泥弾の中に入るんだな? 安全地帯という訳か。
〝そうさ、完成形をしっかり想起して、できたら発動しな〟
頭の中に、二股の枝に食い込むように出来上がった、コンクリートの球体を想起する。もちろん中は空洞で、そこには俺が余裕をもって寝転べる風に。
そうしておいて*魔法の中の【硬化泥弾】に意識を集中すると、
〝硬化泥弾を発動します〟
という脳内アナウンスの後で、指輪から大量の泥が発生する。それは見事な球体を作り出すと、急速に乾燥、硬化していった。
真っ暗になった巨大な球体の中で、その感触を確かめていた俺に、
〝さて、こうなったら休息をとるしか無いね。どうせ南風の効果が切れたら、強制的に気絶するんだから、今のうちにやる事をやっちゃいましょう。*薬の中の【言語】を消費して〟
と言われて【言語】の薬を意識する。何だろう、この際やることが言語薬を飲むとか……第一言語の薬って意味不明だし。とか思いつつも、
〝ポーション(言語)を使用します〟
というアナウンスとともに、胃の中にモワッと熱いものが広がった。
〝これでこの世界の言語が理解できるようになるわ。副作用は丸一日の爆睡眠、痛みがあろうが、死のうが目が覚めないわ。まあ魔法の効果と重なるから、問題無いわね〟
おいおい、そんなの聞いてなーー
そこで突然意識が途切れ、球面をズルリと滑り落ちる。それから丸一日かけて休止脳はアップデートされていった、もちろん本人には知る術もないのだが……
〝南風の魔法の効果により、ポーション(言語)の習得効果が上昇、全世界言語の習得、さらに異種族言語の理解(少)が追加されます〟
という脳内アナウンスが聞こえたような、聞こえないような……確かめようもない、夢幻の世界の中で。




