とあるゲームの批評のような
一応学校だと言うのに、彼女は無表情で細身の黒いヘッドフォンをしながら、手元をカチャカチャ言わせていた。
椅子の背凭れに完全に凭れ掛かった状態で、手元の小さな画面だけを見つめるその姿は、リラックスし切っていて、ここが学校であることを忘れてしまいそうになる。
「おはよう」
仕方なく隣の席に荷物を置いて、顔を覗き込むようにしながら声を掛ける。
一瞬だけ視線が持ち上がり、カチャカチャ。
数秒間の沈黙の後に、やっとヘッドフォンを外して、画面から目を離して私を見た。
「……おはよ」
掠れた声は、起きてから一度も発声してません、って感じのものだったけれど、どうなんだろうか。
咳払いをしながら、彼女は早々にヘッドフォンを装着し直しているのだが。
挨拶するだけまだマシなのだろうか。
私には判断しかねる。
静かにその画面を覗き込めば、薄っぺらい背景と人。
画面の中の人の吹き出しには、見事に彼女の名前が収まっていて、またか、と思う。
よくもまぁ、人目もはばからず。
「今日は、何?」
「……うん。ネット内の評価糞なやつ」
画面から目を離さずに紡がれた言葉に、はぁ?と素っ頓狂な声が漏れたが、彼女は気にしていない。
それどころか、既読スキップを始めた。
「ネット内の評価糞って、それでいいの」
「……別に。他人の評価で、やるやらないを決めるわけじゃないから。やりたいものをやるから」
彼女は超の付くゲーマーであり、何より愛しているのがシミュレーションゲームとのこと。
家にあるゲーム機は、昔懐かしファミリーなあれや、今やっている携帯系のものまで多種多様であり、コレクション状態だ。
勿論ソフトもRPGからパズル系まで、幅広く取り揃えている。
一度彼女の家に招かれたことがあったが、自分の部屋に置くにしては大きめのテレビに、綺麗に並べられたゲームソフトと、いつでも出来るように手入れがしっかりされたゲーム機本体達を見て、空いた口が塞がらなかった。
それでも専門がシミュレーションって、意味が分からん。
一狩り行こうぜ!なんて言いながら、長期休業期間中に、延々とモンスターを狩っていた時期もあったけれど、勇者になるかならないかの選択肢で、延々とイイエを選び続ける無意味な行為をしていた時もあったけれど、何よりもシミュレーションに時間を掛ける。
いや、既読スキップを使っているから、そこまで掛けているかと問われれば微妙だが。
兎に角、家にあるゲームの中でも一番多いのはシミュレーションだし、こうして学校でまでやるのはシミュレーションが多いって話だ。
真顔で選択肢パーフェクトしていく姿は、見ていて痛々しいものがあるけれど。
本人にその自覚はなし。
世の中そんなものだろう。
「キスゲーとか言われてるけど、シミュレーション系に必須要素だよね。なかったらなかったで、文句付けるくせに……」
無表情だけれど、少しだけ眉が寄る。
画面を見やれば、その中でヒロインとお相手がそういうシーンをやらかしているところだった。
残念ながらゲームなんてほぼしない私には、何が必須なのか良く分からない。
やったことあるゲームと言えば、あのスライムみたいなのを連鎖して消すパズルゲームくらいだ。
シミュレーション、ましてや恋愛シミュレーションゲームなんて、やったことどころか、触ったことすらないようなもの。
彼女は画面を見ながら溜息を吐き出して、ヘッドフォンを外して首に掛ける。
「ある種のゲームでは、卒業シーンまで一年そういうことをしなかったのに、卒業シーンでのキスが唇じゃなかったり、キスシーンのスチルすらないキャラがいたことで、少し不満みたいなのも出たから」
「ワガママね」
「人間だからだね」
視線を落とした彼女の目は、寝不足気味なのか目が少しだけ赤くなっている。
ついでに白い肌に、目立つ黒いクマにも今更気付いてしまう。
寝ないでプレイしてたんだな。
どうしてゲーム一本にここまで真剣になれるのか。
好きなことにそうなるのは理解出来るけれど、ゲームというところに理解が追い付かないのだと思う。
例えばこれがスポーツとかだったら、簡単に納得出来てしまうのだろうけれど。
これもまた、彼女の言うところの『人間だから』なのだろうか。
ヘッドフォンから微かな音楽が聞こえる。
小さな画面の中では、ゆったりと下から上へ流れていくスタッフロールと、エンディングアニメ。
クリア、したらしい。
「……面白かったの?」
「続編、あると思ったんだけど。ないみたいだし、まぁ、元ネタ自体はいいんだよね。むしろ、好き。ただ、ストーリー構成能力が低かっただけ」
ゲーム機を机の上に置いた彼女は、ズルズルと椅子に置いたお尻の位置を下げた。
目を細めながら青い機体を見つめる。
少し言葉を選ぶように、迷うように視線を動かして、唇をうっすらと開く。
「一つ一つ、要所要所に良い所はある。だけど、完全に物語が完結していないように見えるし、それに……」
「それに?」
「100%の満足度のゲームなんて、見たことないし」
ゲーム機からヘッドフォンのコードを抜く彼女。
その白くて細い指先に力を入れて、カチャッ、と音を立てて抜き取ったそれを、丁寧にまとめている。
本当にゲームが好きなんだと思わせるほどに、ゲーム関連の道具を大切に扱う。
キチンとデータを保存して、スリープモードにしたゲーム機を、それ専用のポーチに仕舞い込むのを間届けて、やっと私は彼女の言葉に「そうね」と返す。
彼女の言っていることは最もだ。
実際にゲームに限らず、どんなことでも満足度100%なんて数字は出ない。
「まぁ、どんなゲームでも愛を持ってプレイするべきだと思うよ」
そう言ってゲーム機及びにヘッドフォンを鞄に入れた彼女は、満足そうに口元を緩めていた。