同居生活にも慣れてきました
白蛇さんこと、翠さんを偶然助けて同居生活を始めておよそ一週間が経過した。
結論から言えば翠との同居生活は楽しいの一言につきた。
まず食事の面では、私と同じものを喜んで食べてくれたおかげで、ピンクマウスやカエルといった生き物を与えずに済んだ。
しかも、あーんしてあげれば、真っ赤な舌をチロチロさせながら翠はご飯を食べてくれるし、慣れてきた頃には同じお皿で食事が取れるようになった。
お風呂は最初こそ驚いていたのか、腕にギューギュー絞めついてイヤイヤと頭を振って抵抗を示した翠も、一緒に湯船に浸かったり、体を丁寧に洗ってやれば次の日から進んでお風呂に入るようになったのだ。
寝るときは最初の夜はカゴの中に戻って寝ていたのだが、クーラーが効いた部屋が寒かったのか、朝方に自分から私の布団に潜り込み私のお腹の上でとぐろを巻いていた。
起きてパッと見た時に、蛇がお腹の上でとぐろを巻いている状況に、声にならない叫びを上げて気絶してしまったのは、今となっては良い思い出だ。
言葉が話せないだけで、全身を使って感情表現をしてくれる翠は家族といっても過言ではない、と思う。
なので、翠との1日を語ってみたい。
pipipi...
携帯のアラームが鳴り始めると、翠がお腹の上から這って来て、そっと私のほほに頭を擦り寄せる。
冷たい鱗が肌を撫で、優しく何度もキスをするように唇が触れる。
まるで恋人がいとおしい者に行う神聖な儀式のようで、なんともくすぐったい気持ちになりながら目を覚ますと、翠のエメラルドと目線が合う。
「おはよ、翠」
翠は喋れない代わりにチロチロと舌を出して、唇をなめてくる。
くすぐったくて身をよじれば、翠はそのまま首に巻き付くので、落とさないように気を付けながら顔を洗って、朝御飯の準備にかかる。
パンとスープとサラダ、目玉焼きにフルーツヨーグルトという、ちょっぴり豪華な朝御飯を手早く作ると、翠と一緒に食べていく。
食べにくいものは取り分けてあげたり、スープは舐めやすいように浅いお皿に取ったりしてあげると、嬉しそうに翠は残さず食べてくれる。
「ごちそうさま、よし、片付けたら私は仕事だから、翠はお留守番お願いね」
ここからは仕事に行く私を邪魔しないように、翠は私のベッドに移動して、とぐろを巻いて微動だにしなくなる。
いってきます、と声をかけてしばらくはお別れだ。
「ただいまー、翠」
仕事が終わって帰宅すると、玄関先に翠がちょこんととぐろを巻いておかえり、と言わんばかりに頭を振る。
手を差し伸べると翠は這い登ってきて首に巻き付くので、そこからまた細々とした家の用事や、晩御飯の支度を始める。
一段落ついたら、おまちかねのお風呂タイムだ。
「今日は何の匂いにしようかなー、翠はどれがいい?」
脱衣場の床に様々な入浴剤を並べ、床におろした翠に尋ねると、きょとんとつぶらな瞳を私から入浴剤に向け、そしてしっぽの先で好きな入浴剤を示す。
翠はどうやら桃の香りがお気に入りのようで、白桃タルトの香りだとか、ピーチセーキの香り、とかを選んでくる。
今日はどうやら、ピーチメルバの香りをお気に召したようだ。
「よし、じゃあお風呂入ろっか」
翠を踏まないように気を付けながら服を脱ぎ、そして生まれたままの姿になると、翠がしゅるりと巻き付いて足から這い上がってくる。
ふくらはぎから太もも、そして際どい所を鱗がなぞるようにお尻へと登ってきて、お腹から胸そして定位置の首へと移動する。
翠が移動するとき、冷たく滑らかな鱗が肌に触れる感覚は妙な気持ちにさせ、あくまでも相手は蛇であるというのに、甘い感覚がじわじわと下から伝わってくるので少し恥ずかしくなるのだが。
「気持ちいーですかー?」
湯船に浸かり、翠を風呂桶に入れてぷかぷか浮かばせながら聞くと、翠は嬉しそうに身をくねらせる。
ピンクがかった乳白色のお湯は、甘い甘いピーチメルバの香りがして、肌は次第にもちもちすべすべになってくる。
翠と入るようになってから、肌の質感が変わったような気がしないでもない、毛穴がなくなって、こころもち無駄な毛が少なく薄くなったような気もする。
「はあー、疲れたなぁ、ゆっくり毎日こーやって翠とゴロゴロしてたい」
夏でも湯船に浸かり暖まれば、なんというか凝り固まった色んな所がほぐれてきて、いい気持ちになる。
こんな風に毎日が過ごせたらなぁ。
お風呂からあがれば、簡単に身体を拭いてクーラーの効いた部屋で、しばらくまったりと過ごす。
そんなとき翠は私の首がお気に入りなのか、大抵巻き付いていることが多い。
仕事のこととか、新刊の漫画とか、そうこうしていると、もう寝る時間になってしまい、小さくあくびが出てくる。
「寝るよー、翠さん」
布団に潜り込み、ふぁぁぁ、と大きく大きくあくびをする。翠も定位置に収まった。
眠りに入る時にぎゅっと誰かに抱き締められるような、そんな感覚を感じながらも、けれど睡魔に襲われて確認出来ないまま、いつも眠ってしまう。
こうして、私達の1日は終わる。
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久しぶりの投稿です