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「失礼します」
生徒会室に入ると生徒会長はPCに向かって作業をしていた。顔を上げてこちらを向け
「ごめんなさいね。これだけやってしまいたいから、少し待っていてもらえるかしら。適当に座ってもらって大丈夫だから」
「えぇ、もちろん構いませんよ」
千の言葉に生徒会長は礼を言って仕事を続ける。2人でソファーに腰掛けるが、千はこれ幸いとばかりに立ち上がって生徒会室を色々と調べ始めた。
「千、あまりうろうろするんじゃないぞ。生徒会長の仕事の邪魔になるだろう」
とたしなめるが気に留めない。怒られて話を聞くことも出来なくなるんじゃないかと思ったが、よほど集中しているのか、咎めるどころか気付いている様子もない。
少しすると千が戻ってきて
「うーん、間取りはあの図面と変わりがないみたい。特に不思議な点は見つからなかったし、やっぱり生徒会長に聞くしかないわね」
そう言うとソファーに座って考え込んでしまった。
10分ほど経った頃だろうか、俺が暇になって半分寝かけていると
「お待たせ、仕事も終わったからお話を伺うわ。あら、隆之くんは眠たそうね」
くすくすと笑われてしまった。千に睨まれたが何も言われはしなかった。生徒会長は俺たちの向かいのソファーに座る。
「それで聞きたいことって何かしら?来年度の部費に関してのことだったら私は何もしらないわよ。2年の子に全て任せてあるから」
「いえ、そんなことを聞きにきたのではありません」
「あら、部費は大事なのよ?毎年いくつもの部活が部費アップを要求に来るんだもの。こちらとしても願いは聞き入れてあげたいのだけど、中々そうもいかないのよねぇ」
困ったような表情で言う。確かに部費は部活動にとって生命線とも言えるだろう、特に小さな部活になればなるほど活動の範囲が変わってくる。ちなみに新聞部はそこそこもらっている、らしい。伊達に歴史ある部活でもないようだ。
「だから、部費のことについて聞きに来たわけではありません!」
千が声を荒げる。生徒会長は
「あら、そうだったわね。ごめんなさいね。」
と、柔和に笑っている。既にペースは生徒会長に握られてしまっているような気がする。このままでは話が進まないと思い
「生徒会長は『消える生徒会役員』という噂を聞いたことはありませんか?」
俺が質問してみる。生徒会長は考える素振りを見せるがすぐに
「いえ、無いわね。役員が消えちゃうってこと?今のところうちの役員でいなくなった子はいないはずだけど…」
「そういう意味ではないんです。消えるというのは生徒会を辞めるとか、神隠しに合うみたいなことでは無いんです」
「じゃあ、どういう意味なのかしら?」
生徒会長は意味がわからないというような表情で言う。すると今まで黙っていた千が
「生徒会長、単刀直入に聞きます。この生徒会室に隠し通路はありますか!?」
唐突すぎるだろう…!生徒会長も本格的に困った顔をしている。こいつは一体何を言っているんだろう?というような顔だ。
「えーっと…、隠し通路というのはあの隠し通路でいいのよね?」
「もちろんです。それ以外に何があるんでしょうか?過去に生徒会室に入った役員がいなくなったという話があるんです。ドアから出た形跡もないのに。これは生徒会室の中に外につながる隠し通路があるということなのではないのですか!?」
「ごめんなさい、残念だけれど私はそのようなものがあるという話は聞いたことがないわ。その人の勘違いだったのでは?隣の教室に入ったのを見間違えたとか」
「そんなことはありません!生徒会長、何か知っていることがあるのならば話した方が身のためですよ」
千は身を乗り出して生徒会長に迫っている。しかし、生徒会長のあの反応は本当に何も知らないのではないかと思う。いや、そもそも俺もあるとは思っていないのだが…。
「そうだ、それならこの部屋を好きに調べてもらうというのはどうかしら。さすがに触れてもらっては困る場所もあるけどそれ以外なら好きにしてもらっていいから」
しつこく追求してくる千に圧されたのかそんな提案をしてくる。ちょっと待ってて、と言って部屋の隅の棚に行って資料を手早く片付ける。
「この棚以外なら調べてもらって構わないわよ」
どうぞ、と手で示してソファーに戻ってくる。千は意気込んで室内の捜索を始めた。
「隆之くん、彼女はいつもこうなの?すごい勢いね」
「すいません、あいつ自分の興味のあることだと周りが見えなくなっちゃって…。俺も止めようとは思うんですけど、毎回無理で結局巻き込まれてしまって」
苦笑いで答えるしかない。
「望月さんとは付き合いが長いの?随分と仲が良さそうだけど」
「そうですね、もう十年以上の付き合いになります。家が隣でいわゆる幼馴染っていうやつです」
「へー、彼女のこと好きなんだ?」
「…は!?」
思わず大きな声が出てしまった。慌てて千の方を見るが部屋の捜索に夢中なのか気付いた気配はない。
「何を言っているんですか?そんなわけないじゃないですか」
生徒会長を見るとニヤニヤと笑ってこっちを見ている。普段のマジメな姿からは想像できない年相応の少女のような行動に少なからず驚いていた。
「だって彼女のことよく分かっているみたいだし、嫌だったらこんな調査だって断っているだろうしね。それをしないってことは彼女のことが好きだからなのかなー、って。少なくとも彼女は隆之くんのこと好ましく思っているんじゃないかしら?」
「それこそありえませんって。あいつは俺のことなんて都合の良い部下としか思っていませんよ。そもそも恋愛に興味をもつタイプとも思えませんし」
ちらっと部屋の隅を見ると、壁にあるコンセントの差込口を外そうとしている千が見えた。それを外して一体どうするつもりなんだ…。まだ動揺している心を落ち着かせながら
「それにしても生徒会長がこういう話をするのは意外でした。もっとお堅い人かと思っていました」
「あら、私だって女子高校生なのよ?恋愛話は大好物よ」
「だったら生徒会長の話も聞かせて下さいよ。生徒会長ならいくらでも男が寄ってくるでしょうし」
「私?私は何も無いわよ。言い寄られることなんて無いし」
絶対に嘘だろう。これだけ美人で能力も高い人がモテないわけがない。逆に俺のような凡人だと高嶺の花すぎて手が出しづらいが。それに俺だって新聞部員と常日頃から行動を共にしているんだ、それなりに情報は入ってくる。
「あれ?俺が聞いた話だと先月にサッカー部の山上先輩に南校舎裏の大きな木の下に呼び出されたとか」
その場所は有名な告白スポットだ。木の下で告白して結ばれたカップルは永遠に続くというよくあるやつだ。
山上先輩はサッカー部のキャプテンで格好良く、女子からの人気が非常に高い。そんな彼が告白スポットに呼び出したものだからウワサは校内に一気に広がった。ただし、呼び出したのが誰だったのかは誰も知らない。なぜならその人物は来なかったからだ。
そしてその人物こそが
「ど、どうしてそのことを…」
今俺の目の前で顔を赤くしている女性だ。
「千の情報収集能力を侮ってはいけませんよ」
そう、どこからかその情報を調べてきたのが千なのだ。どうやって調べたのかまでは知らない。生徒会長は千の方をちらちらと見ながらうろたえている。
「さて生徒会長、なぜ断ったのですか?彼は容姿も良いしサッカーも上手い、なんでもプロ契約も近いというウワサもあります」
うらたえている生徒会長が珍しく、可愛らしいのでついついからかってしまう。今や顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。他人の色恋沙汰は好きなようだが、自分のこととなると弱いようだ。
「そ、そうだ!喉が渇いたわ!何か買って来よう!隆之くんも何かいるかい!?」
はっ、と顔を上げ、そう言って慌てて生徒会室を出て行ってしまった。