冬の招待状
著者初の童話です。
ほっこり、ふんわり。読んでくださる皆さんに温かな気持ちが届きますように。
ちらちらと、空から白いものが降っています。
それは音も立てず、そっと置かれます。
夜の帳にすっかりと包まれたある町に、小さなプレゼントが届けられまし
た。
最初は誰も気がつきません。しかし、ぺちょりと肌に触れたら。
「あっ。」誰かが空を見上げます。 それを見て、また1人、空を見ます。
そして、全員が気がつきます。
――“雪”が降ってきた、と。
「ねえねえ、お母さん!お母さんってば!」
ばたばたと盛大に足音を立てて、リビングで暖を取っていた母親に話しかけ
る少女がいました。
「なあに、エミリー。どうかしたの?」
娘の無邪気な態度を微笑ましく思ったのか、笑顔を絶やさないお母さんのエ
レンが言いました。
そんなお母さんにエミリーは、
「あのね、あのね!今、空から雪が降ってきているの!」
興奮を抑えきれずに、ぴょんぴょんと跳ねながら報告をしていました。
「あら、そうなの。……エミリー、どうしてそんなに手が冷たいの?」
偶然触った手が氷のように冷えていて、お母さんの顔から心配という感情が
読み取れました。
エミリーは照れたように、「えへへ。」と頭をポリポリ掻き毟った後、素直
に話しました。
「実はね、窓ガラスにべっとり、手もほっぺもくっつけていたんだよー。い
つもなら温かい窓も今日はとてもひんやりしていてびっくりしちゃった。」
理由を聞いてお顔さんも一安心。思わず息が漏れます。
エミリーはそんな動作を気にも留めずに質問しました。
「あ、そうだお母さん。どうして冬はこんなに寒いの?」
お母さんは、うーんと唸った後、ぽつりぽつりと語り始めました。
「それは、地球というお星様が悲しい思いをしているからなんだよ。」
「どういうこと?それが何で、寒さに繋がるの?」
お母さんの説明に、エミリーは納得していない様子です。
「地球にもこころがあってね。寂しかったり、悲しかったりするとこころに
ぽっかりと穴が開くの。その穴から風が吹き込んでくるから寒いのよ。」
ふむふむと頷きながらエミリーは話を聞いています。ここで手を上げまし
た。
「しつもーん。何で地球はそんな思いをしているの?私たちは冬になったら
楽しいイベントがいっぱいあるから悲しみも寂しさも無いのに。」
「そうだねえ。」お母さんも考え込みます。
半時が経った頃、お母さんが何かをひらめいたのか、ぽんと手を叩きまし
た。
「あのねえ、地球はお空の中で1人ぼっちなの。私たちは夜、空を見上げ
るとたくさんの星々が近くできらきらと輝いて見えるけど、実は1つ1つと
ても遠いところにあって、ぽつんと取り残されたようなんだよ。」
エミリーはお母さんの話についていけなかったのか、辺りにクエスチョンマ
ークを漂わせています。
しかし、何とか理解しようと、必死に自分の言葉で説明しようとしていま
す。
「えっと、じゃあ地球は私たちが冬を楽しんでいる間中も1人でいるってい
うことなのね。」
その言葉にお母さんは、
「そう、だから雪を降らせるの。」
賛同し、新たな疑問を与えました。でもエミリーの頭はパンク寸前です。
エミリーの様子に気がついたお母さんはふふっと笑った後に提案しました。
「じゃあここでいったん、休憩を取りましょうか。」
エミリーは元気よく「うん!」、と返事をしました。
お母さんはエミリーのためにホットミルクを淹れました。いつもならもうと
っくに就寝している時刻を過ぎてしまっているので、あまり刺激を与えないように
との気遣いです。
エミリーはその甘い香りに誘われて、ふうふうと冷ましつつごくり。
「あー、おいしい!冬が来たって感じがするね。お母さんもそう思わな
い?」
お母さんもホットミルクを啜り、「そうね。」と微笑みました。
小休憩が終わり、エミリーは、
「何で地球は雪を降らせるの?教えて、教えて!」
せがみましたが、お母さんはボーっと遠くを見ていて、答えてくれません。
しかも、「お迎えなのかしら。」と意味の分からないことを呟いています。
「お母さん!」
エミリーは大きな声を出しました。その声にびくっと体を震わせたお母さん
は「ごめんね。」と謝った後、話を再開させました。
「むかし、御本を読んだのだけど、雪はね“招待状”なのよ。」
「招待状?」
いまいちピンと来ていないのがすぐにエミリーから分かります。
「そう。寂しい思いをしている地球が招待状を出して、神さまのところでパ
ーティを開くの。」
さらに首を捻るエミリーは聞きます。
「何で神さまのところでパーティするの?」
「それは、地球に人々が楽しんでいる様子を見てもらうためよ。エミリーだ
って自分の体の中は覗けないでしょう?それと同じなのよ。」
「ふーん。」
お母さんの話はさらに続きます。
「そのときに選ばれた人しか神さまのところにはいけないけれど、良い子で
いればきっとみんながそこにいけるから、みんなに雪を――招待状を配って
いるの。」
「私は神さまのところまでいけるのかしら。」
質問を止めないエミリーも、もうそろそろ眠たくなってきたのか、目をこす
り始めました。
「そうね、あなたが良い子でいたらね。――さて、ベッドへいきましょう。
良い子は寝る時間よ。」
「はあい。」
少し間延びをした、それでも優等生のような返事をするエミリー。
お母さんはエミリーの頭をぽんぽんと撫でてあげました。
エミリーはくすぐったそうに、
「もう、お母さんったら。私はそんなに子供じゃないのよ。恥ずかしいな
あ。」
と口では嫌がっていましたが、本当はとても嬉しそうでした。
「まあまあ、そういわないの。あ、そうだ。久しぶりにお母さんが御本を読
んで差し上げましょうか。それとも子守唄を聴く?」
“にっこり笑顔のお母さんは久しぶりだなあ。”と、ボーっと思っていて、
ろくに話を聞いていなかったエミリーでしたが、本を準備したり、声出しを
始めたりしているお母さんを見て我に返ったのか、
「わたしは赤ちゃんじゃないよー。」
とすぐさま否定しました。
「ふふふ、楽しかったわね。よし、もうそろそろ寝ないと寝坊しそうね。エ
ミリー、さあ、もう寝ましょう。」
お母さんはエミリーを催促してベッドルームへ向かいました。
そしてエミリーに布団を掛けてあげると、
「おやすみ、エミリー。また明日もたくさんお話しましょう。」
と、言いながらエミリーのおなかの辺りを摩りました。
エミリーは急に安心したのか、目がとろんと今にもつぶれそうでしたが、首
を横に振り、最後の質問をしました。
「お母さん、明日もわたしの横にいてくれる?わたしに黙ってどこにもいか
ないよね。」
お母さんの、少し体温の高い手を、小さくてまだひんやりとした手が握り締
めました。
ふふっと、やわらかく笑ったお母さんは、
「当たり前よ。エミリーを置いてはいかない、ずっと一緒よ。だから、おや
すみ。」
優しく語り掛けました。
「おやすみ、お母さん。」
その言葉に今度こそ安心したのか、エミリーは目を閉じて、すうすうと寝息
を立て始めました。
エミリーが完全に眠りに就いたのを確認したお母さん――エレンは、まだ降
り続く雪を見ようと窓辺に近づきました。そして祈りました。
――まだ私に、冬の招待状が届きませんように。
エミリーは夢を見ました。
エミリーとお母さん、お父さんの3人が雪を見ながら笑い合っている夢で
す。2年前からお父さんは仕事が忙しくて、帰ってくるのはエミリーが夢の
中へいってしまった後です。確か、そのときくらいからお母さんが笑う回数
も減っていました。だから、家族みんなで平和に暮らすことはエミリーにと
って1番幸せなことなのです。
エミリーも祈りました。
――私たち3人がずっと仲良く暮らせますように。 《おしまい》
読んでくださりありがとうございました。みなさんも良いクリスマスをお過ごしくださいね!