桃太郎、再来
――鬼が来る。
「大吾」
幼いころの記憶。いつだったか、死んだ父がなく大吾に語りかける。
「俺たちは”桃太郎”の一族だ。泣いておびえてはいけない。立ち向かう勇気が必要だ」
父が笑顔を見せる。
「お前は”桃太郎”のようになれる」
そういった父は、村を襲った鬼と対峙し、二度と帰ってこなかった。
――この国は、大昔から”鬼”と争っていた。
絶対の強さを持つ”鬼”の頭、温羅には歯が立たず、人間はなすすべがなかった。
が、
”桃太郎”と名乗る呪験者の登場により戦場は一変する。
そして、終に温羅を封印することに成功したのだった。
しかし、それから300年後、温羅の封印は鬼族の手によって解かれようとしていた。
1.桃太郎、再来
山のふもとにある小さな村。いつもは静かというのに、今日は賑っていた。噂によると、鬼狩衆の筆頭、吉備義弘が来ているらしい。命を賭して鬼と戦う、鬼狩衆に誰もがそうン啓志あこがれの念を抱いてるのだ。それは大吾も同じだった。大吾は12になったばかりの少年で、黒い髪を無造作に後ろにちょこんと一つに結っている。
「吉備義弘様!どうか俺も鬼狩りに連れて行ってください!」
吉備義弘の手前、大吾は道端で土下座する。
太刀を携え不精髭の生えた吉備義弘は困惑したまま、傷のあるほほを掻いた。歴戦の勇者も大吾の気迫に押されているようだ。
「何だ?ガキのくせに」
義弘の少し後ろに控えていた少年が口を開く。少年は自分の身長と同じくらいの大弓を抱えている。少年は薄い茶色の髪を長くのばし赤い組紐のようなもので一つに結わっている。義弘に付いて旅をしやすいように身軽な格好をしている。
「何だと!お前だってガキのくせに!」
「何!?」
少年と大吾はにらみ合ったままお互いに威嚇している。
「竜!やめないか」
義弘が初めて口を開く。義弘に怒られて竜と呼ばれる少年は口を尖らせたまま黙り込む。
「少年。私は君の命を危険にさらしたくない。だから、私は君を連れていけない」
わかってくれるね?と真剣に義弘から見つめられ大吾は何も言えない。
「じゃ、義弘様。今晩、俺の家に泊ってください。それで諦めます」
何か文句を言いたげな竜を制し、義弘は快く頷いた。
「義弘様、申し訳ありません。息子のわがままのせいで……」
大吾の家。母と大吾の2人で暮らす小さな家だ。大吾の母が膳を運び義弘と竜の前に食事を並べる。
「いえ、ごちそうを頂いて……」
「このように狭い家ですので、このようなおもてなししかせきませんが……」
「いや……野宿生活に慣れている我々にはありがたいことです」
「まぁ……義弘様、失礼ですが、そちらの方は?」
母は竜を見やる。
「これは私の息子でして、名を神代竜と言います」
竜はぺこりと頭を下げる。
「神代……?」
「神代は妻方の姓でして……」
義弘と大吾の母の会話は続く。
「お前、義弘様の息子なんだな」
大吾がこっそり竜に話しかける。竜はぶっきらぼうに答える。
「あぁ……俺は鬼狩り衆の中で育ってないけどな……」
「は?」
「何でもない」
夜――。
「ところで、大吾は、なぜあそこまでしてついて行きたかったのだ?」
食事が終わり、大吾が床の準備をしている途中、義弘が問いかける。大吾は少し照れながら、答えた。
「親父の仇を討つためですよ。親父は鬼と戦って死んだんです」
「鬼と……」
「だから俺も……」
「馬鹿言うな、ガキが」
風呂に行っていた竜が戻ってくるなり、悪言を放つ。
「何だと!?お前もガキのくせに!」
負けじと大吾は叫ぶ。義弘は苦笑いを浮かべ、
「大吾、竜は術者だ」
「術者ぁ?」
大吾も術者については少し聞いたことがあった。神道系の術を使う者のことらしい。
「お前が?」
「母さんの一族はそう言う類の者だからな」
竜に住む世界が違うんだよ、と言われ大吾は何も言えなくなる。事実、大吾は吉備一族でなけれは術者でもない。一般人の大吾が鬼に立ち向かうことは紙を意味する。
大吾は口を尖らせる。
そんな時だった。
「鬼だ!鬼が来たぞ!」
村が騒がしくなる。戦慄が走る。
「竜!行くぞ!」
義弘は太刀を持ち、竜は大弓を抱え外へと飛び出していった。
「大吾!何をしているの!?隠れるわよ!」
母の声がして、あわてて納屋の方へと大吾は逃げ込んだ。
納屋。母とともに物陰に隠れる。息を殺し、時が過ぎるのを待つ。いつになっても好きにはなれなかった。
「ここに“桃太郎”の一族がいるはずだ!」
声。言葉を持つ鬼は珍しい。階級はかなり上の者だ。そして、この声は聞いたことがあった。父を殺した“赤鬼”だ。
「!」
大吾はいてもたってもいられなくなった。落ちていた角材を拾う。
「大吾!」
大吾の様子に気がついた母が制しようと声を上げる。大吾はそんな母の制止の声を振り払い、納屋を飛び出した。
家の中。大吾は“赤鬼”の前に躍り出た。
“赤鬼”といっても姿は人である。燃えるような赤い髪と瞳を持つ一本角の鎧を着た武者、これが“赤鬼”だ。
「親父の仇!」
角材を振り上げ“赤鬼”に襲いかかる。
「小僧が!」
大吾の腹を“赤鬼”が思いっきり蹴り飛ばす。大吾は仏壇へと蹴り飛ばされ、背中を打つ。息が詰まりそうになりながらも奮起する。何気なく立ち上がるためにつかんだ物を見ると数珠の巻かれた刀だった。
「刀……?」
不意に数珠が光を放ち、大吾の腕に巻きつく。
「何だこれ?」
「それは調伏刀!」
“赤鬼”の顔つきが変わる。
「これでお前らを!」
大吾は刀を抜く。ちぃ、と“赤鬼”も手に持つ太刀を抜く。
「まだ、未熟なうちに殺すまでだ!」
“赤鬼”の殺気がピリピリと伝わってくる。勝てない。それは大吾にも分かっていた。
「大吾!無事か!?」
入口のほうから義弘の声が聞こえる。そして、義弘が駆け付けた。
「“赤鬼”志炎!」
「吉備義弘か!……くっ……引くぞ!」
“赤鬼”志炎は苦虫を噛んだような顔をして、消え去る。他の鬼たちもあわてて逃げだした。
大吾は緊張の糸が途切れて、その場に座り込んだ。
「義弘様……」
「大吾、大丈夫か?」
義弘が駆け付けてかがむ。
「はい……」
ふと、義弘の目に刀と数珠が映る。
「……これは、調伏刀……なぜこんなところに……」
「調伏刀……?」
義弘は頷く。
「呪験者が持つ刀だ」
呪験者――かつて鬼を退治した一族だ。特殊な刀を用い、鬼を封印する。
「その、お前の腕に巻きついている数珠と対になっている。呪験者は、鬼をその刀で倒し、数珠に封印する」
「これが……」
大吾は自分の持つ刀を見つめる。
「大吾……!」
納屋から出てきた母が大吾に抱きつく。
「よかった……無事で……」
母は安堵といった表情を浮かべている。
「奥さん、一つお尋ねしたいのですが」
考え込んでいた義弘が母に問う。
「なぜ、調伏刀があるのっですか?」
母は大吾の持つ調伏刀を見て顔を青くする。
「……それは夫のものです」
母は震える声で語りだす。
「夫はどこから来たかはわかりませんが、呪験者でした。そして、自分は“桃太郎”の一族だと言っていました。真偽はわかりませんが……」
「いえ……恐らく真実でしょう。調伏刀は“桃太郎”の一族にしかないものです。“桃太郎”の一族は20年程前に鬼により滅ぼされてしまっています。彼はその生き残りでしょう」
「そんな……」
母は絶句する。
「“赤鬼”に知られた以上、大吾はその命を鬼共に狙われるでしょう」
母も大吾もことばが出なかった。しばらくの間、沈黙。そして、義弘が口を開く。
「ご子息を吉備一族に預からせて貰えないでしょうか?」
突然の申し出に母は困惑する。
「かつて、“桃太郎”が温羅を封印した時のようにご子息にその力があるかもしれない」
母は深くため息をつくと居直し義弘と向き合う。
「このように大吾は不肖の息子です。どうぞ、よろしくお願いします」
凛とした母の横顔は美しかった。
「ありがとうございます」
義弘は深く頭を下げた。
次の日――。
「大吾、義弘様の言うことをちゃんと守るのよ」
そう言って、母が弁当を渡す。
「わかってるよ。行ってきます。母さん」
大吾は弁当を受け取るなり、村の外で待っている義弘と竜の元へと駆け出す。
「気をつけるのよ!」
母の声。後ろを振り返り大吾は手を振る。
「行ってきます!」
天は高く、青空が広がっていた。
架空時代劇です。
恐らく室町時代だと思われます。
第一部(序章)にはヒロインの活躍ほぼありません。
いつも手書きで書いているので、そこからの打ち直しがかなり時間かかります。
読んでくれる方いたら感謝です。