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懇願する王子  作者: 神崎みこ
本編
2/5

2

「冗談じゃない」

「ユッカも、何もあんなのと」


あれ、の正体を知っているかのような長女と四女の会話に、次女が疑問を加える。


「あなたも、少しは世界情勢ぐらい承知しておきなさい」


ある意味研究馬鹿の次女を心配して軽く説教をする。


「姉さんはいいとして、あんたはどうして知ってるわけ?」


同じ研究馬鹿であるはずの妹が知っているらしいことが悔しかったのか、ほほを膨らませてあてつける。


「いや、だって、一応王族の端くれだし」


最近この国の第五王子と結婚したセリがしれっと答える。


「王族だと、わかるわけ?」

「まあ、付き合いがあるし」

「で?」


じれたダリアがアベリアに詰め寄る。


「あれは隣国の王子よ、あれでも。しかも、継承権第二位の」


アベリアの言葉にダリアの動きが止まる。

隣で頷いているセリを見て、納得したのかようやく元いた場所に座り直す。


「ユッカといいセリといい、どうしてそんなのに縁が」


熱烈な恋愛、というわけではなく、どう考えても押し流されて結婚したセリが困った顔をする。

好き好んでそういう縁を求めていたわけでもないのに、どういうわけか五人姉妹のうち二人までもが王族と関わるなどという自体が異常だ。

おまけに、この国と違って隣国は色々とややこしい。

三人はそれぞれお互いの顔を見合わせ、そして沈黙した。

女三人は今日の出来事を「なかったこと」にすることを、無言のうちに取り決めていた。




 ユージェントと名乗る男がヴァイシイラ家に訪れて以来、その屋敷の前をうろうろする若い男性の姿が日夜目撃されるようになった。

おもしろおかしく噂される中、今日も現れた男に町人の密かな注目が集まる。

見上げてはため息をつき、何をするわけでもない男を、いかに優秀な護衛たちといえども、排除するわけにはいかないでいる。いくら屋敷の前だとはいえ、そこは公道であり、誰が歩いたとして罰せられるものではないからだ。

数度、屋敷の前の道を行き来し、男は盛大にため息をついて来た道を引き返す。

そこへ、タイミング悪く、いや、男にとってはよくヴァイシイラの五女ユッカが門前に現れた。


「あれ?ユージェント様じゃん。どうしたの?」

「どうしたって、ユッカちゃん!」


抱きつこうとした男を軽くよけ、男は地面に突っ伏す。


「まあいいや、お茶でも飲んでく?ここ私の家だし」


綺麗なシャツを少々汚したユージェントは、ユッカを見上げ、激しく頷いた。



「あら、お客さまかしら?」


素知らぬ顔をして、アベリアがおっとりとした笑顔で相対する。

彼女の前にも茶は供され、アベリアの隣にユッカ、そして対面にユージェントが座る。

前回と同じ部屋へと通され、人数は減ったものの、やはりユッカの姉に威嚇される状態は同じである


「紹介してくれない?」


ユッカに見せる表情は本物の笑顔だ。

そして、ユージェントに見せる笑顔はどこまでも冷たい。


「王女と一緒にいった国の王子様」

「まあ、そうとは存じませんで、失礼をいたしました」


全くそうは思っていないアベリアが礼にのっとった受け答えをする。

程なくして茶菓子が運ばれ、家人すら下げられた部屋は三人だけとなる。


「で、ユッカ、この方なの?」


ユッカのお腹に視線を走らせながら質問をする。

既にユッカのお腹は大きくなっており、誰からみても妊婦であると丸わかりである。

まして彼女は細い上に、中の子は順調に育っているようで、肥満である、といういい訳がきかない立派な妊婦体型だ。


「そうだよー。神様がこれ、って言ってくれたんだよね」

「……そういうこと」


アベリアはあきれ、そして納得した。

アベリア、ダリア、セリは、頭で考えて行動する人間だ。それぞれの商売も、そういう力が必要とされる職業である。直情型のダリアでさえ、頭で考えない、ということはしない。

だが、残るルクレアとユッカは、はっきりと本能派だ。

芸術的な分野でその才を発揮しているルクレアは、好きなように歌っているだけで、今の地位を築いている。そこに計算だの、戦略だのといったものが入り込む余地はない。そして、私生活においてもそれは遺憾なく発揮され、運命の恋を何度も繰り返しては全く懲りている様子がない。

ルクレアに比べれば非常に優等生ともいえる少女ではあるが、ユッカももちろん本能で考える人間である。いや、むしろ体で考える人間とも言えるのかもしれない。

彼女はただ体を動かし、模範となる動きを真似、反射神経だけで強くなり、いつのまにか騎士となってしまった。それが魔力に裏打ちされた補助による強化だということを知るのは、他の姉妹たちである。本人は本当に普通に動いているだけのつもりらしい。

たった一人で大陸を渡り歩き、あちこちの傭兵団に雇われては着実に戦力となっていた女が無自覚なのも恐ろしいものだが。


「昔も、そんなことがあったわね」


ユッカの勘はあたる。

小さなころからユッカが言えば、そういうことを信じないアベリアでさえ指標に加えるほどだ。

気まぐれに発せられる少女の言葉を、ユッカ自身は「神様が言ってるんだよねぇ」と納得している。


「必要な器になれ?とか。よくわからないけど」

「その前にいい結婚生活ができるとか、そういうのは言わないの?神様とやらは」

「んーーーー、そういうところはわかんないや」


興味なさそうに茶菓子を口に入れ、満足そうに嚥下する。すでにアベリアの茶菓子さえ与えられ、ユッカは嬉しそうにまたそれを口にした。


「あのーーーー、僕のこと忘れてません?」


姉妹同時に小首をかしげる姿は、さすがに姉妹だと言わせるほど雰囲気が似ている。

そんな彼女たちに不可思議な顔をされ、ユージェントは己の目的すら一瞬忘れそうになる。


「あの、順番が違ってしまったけど」


彼は懐から小さな箱を取り出し、ユッカの前へ差し出した。

ひょいっとそれを持ち上げ、ユッカが確認をする。


「なにこれ?」


ふたを開け、中を見たユッカが尋ねる。

複雑な紋様が施された指輪をしかめ面で眺めながら。


「婚姻の証に渡すことになってるんだ」

「ふーん、で?」


興味なさそうに小箱をユージェントの方へと押し出す。


「いや、だから」

「私、関係なくない?」


はっきりと振られるよりもつれない言葉を叩きつけられ、ユージェントがただただ項垂れる。

わずかばかり同情したアベリアが、一応ユッカに通訳をする。


「結婚してください、って言ってるのだと思うのだけど」


垂れていた頭を上げ、ユージェントが激しく同意を示す。


「なんで?」

「ほら、お腹の中には彼の子がいるんでしょ?」


いつのまにかとりなす立場となったアベリアが彼とユッカを交互に見ながら話を進める。


「いや、私の子供だし」


一刀両断するように、ユージェントの関係を否定する。


「どっちかっていうと、私の子でもないような」


わかったようなわからないようなユッカの説明に、姉は首をかしげ、男はうな垂れる。


「その説明は私からしましょうか?」


警備の厳しいヴァイシイラの屋敷の中の、さらには客間に忽然と現れた女に、姉妹二人はわずかに驚いただけで、すぐさま順応した。

それは、そんな現象が起こることを不可思議としない家であり、そしてその女の正体を知っているせいでもある。


「スミレ姉さん、玄関から入ってこられないのかしら?」

「面倒くさい」


舌を出しながら拒否をして、家人を呼びつけ茶菓子を所望する。


「あの……」


驚きすぎてもはや人相すらわからなくなってしまったユージェントは、弱弱しくアベリアに縋るような視線を送る。


「ああ、いましたの」


冷たくあしらわれはしたものの、アベリアは嬉しそうに茶菓子を頬張る女を紹介した。


「叔母のスミレですの。帰らずの森の魔女、と呼んだ方がわかりやすいかしら?」


本名と、その二つ名を説明し、その言葉をゆっくりと脳に届かせたユージェントは絶句した。

魔女、とは、特別な人間の総称だ。

桁外れの魔力があり、そしてそれを最大限発揮できる技量があり、さらにそれだけではない何か特殊な能力を有する異能者。

対外的に説明される魔女とはその通りのものだろう。

特に有名な紫の魔女と呼ばれる、この国のお抱えの魔女は、予言に長けていた。

その能力は非常に高く評価され、この国が今もなおのんきに平和なのは、彼女の予言のおかげであるとも言われている。もっとも晩年は、時間軸の狂いから彼女の予言はほとんどあてにならないものではあったのだが。

そして、真実魔女と評される人間は、それほど数多くはない。

現在この国にそれに値する能力のある人間はスミレ一人であり、他は自称魔女でしかない。大陸全てを見渡したところで、その数は片手で数えるほどであり、ほとんどの人間は一生に一度もお目にかかることはない。

それがゆえに、その神秘性が高まり、一種の畏怖をもって「魔女」と呼ばれるのだ。

自分とは違う強大な能力者のことを指して。

それゆえ、隣国の王子といえども、魔女だと紹介されて驚かないはずはない。彼は豪華な椅子に座りながら瞬き一つせずに固まったままだ。


「で、スミレ姉さん、どういうわけ?」

「ああ、うん、それなんだけど」


男を無視し、当事者のユッカですら無視しながら叔母と姪が語り合う。


「その子、魔女みたいなんだよね」

「魔女?」

「そう」


腹の子が魔女だと断定されたユッカは、さして驚きもせずゆっくりと腹を撫でる。

その仕草は幼いながらにすでに母であり、どこか大人っぽさを感じさせる。


「ほら、魔女って生まれるとき大変でしょ?」


スミレを生んだのは、ヴァイシイラの祖とも言うべきアベリアの祖母だ。

彼女はどこか違う国どころか、違う世界の生まれであり、この世界の人間とはどこか違っていた。

本人はなんの魔力も持たないくせに、彼女の生んだ子は、大なり小なりその能力を有していた。そして、その中でも最大限に能力をもった子供が次女のスミレであった。

そのときのお産は非常に厳しいものであり、産後の肥立ちも随分と大変だったと伝えられている。

生まれた本人は、身に宿した高い能力により、すぐさま適切な教育係がつき、どちらかというと実母とは距離を置いて育てられた経緯がある。それは全て母子への安全のためであり、それが可能であったヴァイシイラ家へ生まれたのも、一つの運だったのだろう。

それほど魔女を生み、無事に育て上げる、ということは困難なことなのだ。


「でも、ユッカなら大丈夫。それは保障する」


健康で丈夫な体だけが取り柄なユッカを指差しスミレが頷く。


「姉さん、それって」

「器に選ばれたってこと?ほらうちって特殊な家系だし」


暗に異質なものが混じりこんだ家系を想起させながらスミレが説明していく。

大なり小なり魔力をもつ、といわれる大陸の人間においても、これほどの確率でそれが「能力」としてまで高められる人間が生まれることはない。

五人姉妹の中で、まったくその素養がなさそうに振舞っているアベリアでさえ、源は一般人の平均をはるかに超えている。

まして、その中でもさらに異能である魔女が二人も生まれてしまうとあれば、ヴァイシイラは特殊といっても差し支えないだろう。


「ユッカなら、器としても母親としても大丈夫ってことなんじゃないかしら?まあ、教育には私も関わらせてもらうけど」


満足そうに茶を飲み干し、来たときと同じぐらい唐突に魔女は去っていった。

取り残された固まった男は、固まったまま、いつのまにか家人に追い出されていた。

そのおかげか、彼の顔にはヴァイシイラに見せたことが無いほど打算的な色が浮かんでいたことを、誰も見咎めることはなかった。


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