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懇願する王子  作者: 神崎みこ
本編
1/5

1

 久しぶりに姉妹が集まった晩餐に、ヴァイシイラ家を取り仕切る実質的な家長は、対外的には見せないほどの笑顔を浮かべる。

祖母の代から商売を拡大してゆき、大陸に知らぬものはない程の商家となった今、商売を支えているのは五人姉妹の長子であるアベリアだ。彼女は艶やかな笑顔を浮かべ、常に商売の種を拾っては大きく育てているような女だ。彼女なくしては、今のヴァイシイラはないと言える。

また、その下の次女ダリアは高名な薬師であり術師でもある。商売っ気もあり、見入りの良い薬の販売なども手中にするちゃっかりものだ。若くして才を発揮した彼女のことを知らないものはいない。

三女のルクレアは通りすがりの渡り鳥すら魅了する、人気のある歌姫である。華やかな美貌と澄んだ歌声に心酔しているものは多く、また、恋多き女としても有名である。

それに比べて地味だと謗りを受けることが多い四女のセリではあるが、彼女はしっかりと国で一番人気のある王子と結婚し、文字の学者としても数々の功績を積み上げている。

違う方向でそれぞれの才能を伸ばし、またそれゆえに厄介ごとを抱え込むことも多い。

だが、そんな彼女たちと異なり、体一つでのし上がってきた五女ユッカは、ある日突然大陸の端っこに旅立つ、などという気まぐれを除いては、家族を心配させることがないかわいい末っ子であった。

そんな彼女の現在の職業は王女の護衛騎士である。

これもまた、ほかの姉妹たちを安心させる安定感のある職場だ。

そんな彼女が、珍しく姉妹がそろった夕食にて爆弾を落とした。


「あ、私産休とるから」


ユッカの明日のごはん何?と聞いたような気軽な声音に、だが三姉妹は全員固まった。


「さ、さんきゅう?」


真っ先に次女ダリアが口にだし、ユッカに言葉の説明を求める。

きっと、世の中には違うさんきゅう、というものがあるはずだ、と。


「そうそう、王女がさー、心配して心配して」

「心配って、何を?」


比較的落ち着いたように見える四女のセリがさらに追及する。

だが、彼女はフォークをしっかり皿の上に落とし、あり得ないほど動揺している。


「だから、赤ちゃんが」

「あかちゃん?」


なんとなく首を傾けたセリにならって、アベリア以外の姉妹が首をかしげる。

沈黙が続き、そんな彼女たちにお構いなしにユッカは食べ進める。


「なんか、おなかすいちゃって。二人分いるからかなぁ?」


のんきにそんなことを口走りながら、給仕に追加を要求している。

大きな音をさせ、アベリアが立ち上がる。

机の上に両手を激しく叩きつけ、ユッカに迫る。


「相手をつれてらっしゃい!」

「へ?いないけど?」

「は?」


勢いをつけた追求をわけのわからない言葉で交わされ、アベリアから力が抜けていく。


「いや、いないっていうか、いるっていうか。なんていうか」

「どういうこと?」

「いらないから捨ててきた?っていうか、種だけもらった?っていうの?」


ユッカののんきな答えが終わる前に、アベリアは見事に直立のまま後ろに倒れた。

家人がとっさにそれを支え、団欒の場は俄かに騒がしいものとなる。

アベリアについていくもの、その場に残るもの、そのどちらも結局ユッカの発言を消化することができないまま、珍しく家族がそろった夕食は幕を閉じた。




「あ、王女」


王族に向かってぞんざいな口を聞く女はユッカ=ヴァイシイラ。

有名な商家の五女であり、今やイリス王女付きの護衛騎士である。

昨夜爆弾を投げ込んで炎上させたユッカは、今日もあたりまえのように出勤している。

あれから、結局直情的な次女には怒鳴り散らされ、冷静な四女には諭された。浮ついた三女はユッカの恋物語を聞きたがり、実をいうと最後が一番ユッカにとっては堪えた。

別に、ルクレアが望むような恋愛をしたわけでも、望んでいるわけでもないからだ。


「怒られちゃった?」


とてもかわいらしい仕草で小首をかしげるイリス王女は、国でも人気の高い姫君である。

おとぎ話に出てくる姫よろしく、彼女の容姿はそれを決して裏切らずに砂糖菓子のように甘ささえ漂わせている。

だが、その中身は決してそんなにかわいらしいものではない。

それを知っているものはごく限られたものではあるが。

そんな彼女はその人気を背負って、対外的な活動に担ぎだされることが多い。

数ヶ月前にも、王女は使節団を率い、海を渡って隣国へと外遊してきたばかりだ。

当然そこには護衛騎士であるユッカも同道し、その役割をきちんと果たしてきた。

その結果、彼女のおなかの中には赤ん坊がいることとなる。

ユッカ以外は全くつながっていない文脈も、彼女にとっては必然である。


「まだ産休に入らないの?」

「ええ、まだ大丈夫ですよ」


年若い初産だというのに、ユッカに不安は微塵も感じられない。まして、宣言どおり周囲に父親たる男性の影など全くないにも関わらず、だ。


「驚いておいででしょうねぇ」

「あんなもんじゃないんですかね?」


まだ家族にも伝えていないと聞いたイリス王女が、あわてて家族にも知らせるように言いつけたのが昨日だ。

そして、ユッカの態度からはヴァイシイラのあわてぶりは全く伝わってこない。


「でもいいの?」

「何がですか?」


王女は、ユッカの相手を薄々感づいている。

同姓の護衛騎士は、当然王女と過ごす時間も多くなる。ましてユッカはそれを隠そうともしない性格だ。


「まあ、ユッカがいなくなっちゃうのは困るけど」

「どこにもいきませんよ、もちろん」


それきり王女はその話題を切り上げた。




 なんとなく家族もユッカを受け止め、そして彼女のお腹が徐々に大きくなっていく中、嵐は再びやってきた。

イリス王女と供に外交してきた国の王子が、「僕が父親だ!」とヴァイシイラ家を訪ねてくることによって。


針のむしろ、など見たことがあるものはいないだろうが、今まさにこの状態がそうだ、と指差せばたいていのものが頷いてしまうだろう。

そんな雰囲気を滲み出させながら、男が一人応接間にて座っていた。

上等な椅子に少しだけ体重をかけ、彼は前かがみになりながら周囲からの視線に耐えている。

実質ヴァイシイラ家を取り仕切っている長女のアベリアは、対外的な笑みを浮かべながら、男の真向かいで綺麗に威嚇している。

その隣に座る次女のダリアは、術を掛けそうな勢いで男に対する不快感を隠そうともしていない。

落ち着いて見える四女のセリだとて、男にとっては何を考えているのかわからないほど無表情な女である。

どこをとっても四面楚歌な状態で、男はようやく口を開いた。


「あの、ユッカは?」


ぎろり、とダリアに睨まれ、彼は首を引っ込める。


「あなたですの?」


ようやく、長女が口火を切る。


「はい、というか、たぶん、というか、あの」


言いよどむ男に、姉妹たちの視線が槍のように突き刺さる。


「で、あなたは?」


姉妹は申し訳程度に名乗ったにも関わらず、男はまだ名前すら伝えていなかった。


「申し遅れました。ユージェント=ラファロという者です」


その名を聞き、アベリアは気が付かれないように値踏みをし、ダリアは関心を示さず、四女は少しだけ眉を動かした。


「あちらの国はとても厳しいとお聞きしたのだけど。間違いだったかしら?」


華やかな笑顔で、長姉アベリアが質問を繰り出す。

なんとなく周囲の室温が下がったような気がするのは、ユージェントが後ろ暗い思いを抱いているせいだけではない。


「申し開きも」

「していただかなくても結構ですが」


ぴしゃりと言い訳を断ち、男はまた冷や汗をかいたまま黙りこくる。

男は、所謂いい男の部類に入るのだろう。

柔らかそうな薄茶の髪は綺麗に整えられ、女がうらやむほど白い肌が美しい。そこへ、大きなたれ目がちな目がはまり込み、どちらかというと毛並みは良いが情けない大型犬を思い起こさせる顔立ちだ。

世の女の半分程度は、その優しげな顔立ちで誤魔化せるだろう。

もっとも、この家では通用しないが。


「ユッカは父親はいない、と言っておりましたの。ですからお引取りいただけません?」


小首をかしげるような仕草は、未だに可憐な雰囲気すら感じさせるアベリアにはぴったりだ。だからといって、そこから圧力を感じない大ばか者はよほど鈍感なものだけだろう。


「ですが」

「お引取りいただけませんか?」


同じ言葉を繰返し、ユージェントに退出を促す。

可愛い可愛い未成年の妹を孕ませた、と主張する男を快く思う家族はいないだろう。まして、彼の場合はその「名」がさらにヴァイシイラ家の警戒を呼び起こす。

姉妹三人と、家人とに押し出されるようにして屋敷を追い出された男は、未練がましく屋敷を見上げた後、とぼとぼとどこかへと歩き去っていった。


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