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2-3 アクシデント

 甲斐は誘導に従って車から降り、街の近くの海辺に足を踏み入れる。

「これは……」

 広がっていた光景に、思わず驚きの吐息を漏らしてしまう。

 地元住民の努力によって整えられていたはずの砂浜。現在、海岸沿いの道路には戦車がズラリと並び、その砂浜には鋼鉄の巨人が膝を降ろしている。海面には機体を運んできたと思われる巨大な輸送機も見えた。

「“スイジン”の最新タイプじゃないか」

 隣に歩み寄ってきた信二も、甲斐とは違った驚きと共に声を漏らした。

「最新タイプ?」

 甲斐が聞き返すと、信二は饒舌に話し始めた。

 日本防衛軍量産型SV“スイジン”は、日本国内でもっとも多く生産され、学生の訓練機にも採用される機体だが、当然、製造されるたびに問題点は随時改善され、より実戦に適したものへと改良されていく。

 つまり、同じ“スイジン”と呼称されるものでも、生産された年月が新しければ新しいほど、性能が高いと言えるのだ。

 信二の説明によれば、目の前の機体は、“スイジン”の中でも名称の後に後期型、と付けられるものらしい。

「脚部関節部の装甲が湾曲になっているのが後期型の特徴でな。更に、上半身部の胸部もボリュームが増えていて、あそこには現場で露見した“スイジン”の情報収集能力の低さを補うための各種計器が増設され――」

 と、言葉の途中で、信二は不意に顔を振った。

「すまん、今言ったことは忘れてくれ」

「真田君。武田君。君たちが最後だ。悪いがすぐに乗り込んでほしい」

 ここまで車で送ってきた軍人の一人が、深刻そうな口調で告げてきた。

 甲斐は振り返り、

「しかし、乗り込んでほしい、と言われても状況が呑み込めていないのですが」

「説明はコクピットの中で行う。事態は切迫していて時間も無いのだ」

 軍人は帽子を被り直し、視線を下にして、言いにくそうに。

「それとも、まだこの機体に乗って何をするかすら理解していないのなら、その説明はしなければならんが……」

「甲斐、乗ろう」

 信二に肩に手を置かれて促され、甲斐も覚悟を決めた。


   ○●○


 機体傍に取り付けられていたタラップを早足で駆け昇り、開かれている胸部からコクピットへと潜りこむ。

 ひどく狭く感じた。それもそのはずで、甲斐が学園で動かしていた訓練機は、指導の際に教官が生徒と共にコクピットに入り込めるようスペースが設けられていたのだが、この機体にはそれがないのだ。

 今から訓練ではなく戦闘をするのだと、再認識させられた気がした。

 起動の手順を確認する。今まで扱ってきた練習機と同様のようだ。一通り済ませると、機体全身に動力の電気――SV用に高密度に変質された特殊電気エネルギー――が駆け巡り、全身に微細な揺れがあった。問題なく機体に火が入ったようだ。

 操縦方法は訓練機と同じなのは確認済み。操縦桿の感触も設定も同様。あえてそのようにしてあるのかもしれない。

『各自。乗り込んで起動しても、機体を動かすな』

 と、膝をついている機体を起こそうとしたところで、通信が入った。

 こちらからの通信を開こうとしたところで、甲斐は首を傾げた。通信系のボタン配置だけが今まで乗り回してきたものと微妙に違っていた。後期型と呼ばれるぐらいなので、初期のSVを参考にして作られた訓練機と違い、最新式なのかもしれない。

 戸惑っていると、プライベート通信が入る。隣の機体に乗り込んだ信二からだった。

『甲斐。通信の開き方が分からないのか? だったら……』

 指示通りに操作すると、通信が開いた。

「助かった。というか、全然訓練機とやりかたが違うじゃないか……」

 続けてまた通信が入る。今度は見たことが無い軍人からだった。彼は自分の事をこの場の責任者である南雲大尉だと名乗った後、

『すまない。諸君らが使っていた訓練機と、通信の操作が少々違うのだ。各自……』

 その後、説明があり、一○人全員の通信が繋がった。どうやら、信二以外は全員が同じことで戸惑っていたらしい。

『こちらでも全員と通信が開いたことを確認した。これより、本作戦の説明に入る』

 海風に晒される一○機の巨人は、未だ微動だにせぬまま、その時を待ち続けた。


   ○●○


 この場の総責任者である南雲司令という人物からのモニター越しの説明によると、作戦の概要は、

 一、接近する炎邪に対して、戦車砲による迎撃。

 二、撃ち漏らしをSVにて接近し、撃破。

 戦車砲の射撃は強力無比であるが、着弾部位によっては効果的なダメージを期待できない。そのため、この場合はやはり接近して迎撃ができるSVの行動が作戦の合否を握っている。

 なお、戦車砲の攻撃開始は炎邪を広く散開させることを防ぐ意味を込めて、二キロの距離とする。

 との事だった。

「結局は、俺たちが前に出ないと始まらないって事か」

 炎邪の接近まで、しばし時間があるとのことで、今はコクピット内での自由時間を許されていた。甲斐は狭い操縦席の中で、一杯に体を伸ばす。

「戦車の砲撃で倒せないんだろうか」

 誰に問いかけたつもりも無かったのだが、

『直撃すれば倒せるだろうが、難しいだろうな』

 唯一、甲斐と通信を繋げたままの信二が答えてきた。

『炎邪は体毛から発せられる特殊な電磁波で覆われていて、これは炎邪の防御力強化にも一役買っているが、それ以上にやっかいなのは、赤外線レーダーはその電波に過敏に反応してしまうし、通常のレーダーはその電磁波に当たると乱反射してしまう性質があるって事だ。つまり、ロックオンっていうのが正確にできない。となると、目視で命中させる必要があるが、海を渡ってくる敵、それも泳ぐ炎邪のデータや経験なんて少ないだろうから、正直、命中率はそれほど期待できないだろう』

「そうか」

 自分でも気が無いと思える返事を返す。

 というか信二が言う内容は、すでに書物などを読んで知っていた。

 別に戦わない事を望んでいた訳ではなかった。口に出してしまったのは、おそらくそう望んでいる人が多いだろうな、と思ったからだった。

 それにしても、これから共に戦う自分と信二以外の八人は、この空白の時間をどのようにして過ごしているのだろうか。全国から集められた学生達なので、その技量が高いことは間違いないのだろうが、不安などは無いのだろうか。先ほどのモニターでのミーティングでは二人ほど女性もいたことだし、もしかしたら皆、不安な気持ちを押し殺したままその時を待っているのだろうか。

 そう考えると、こうやってメンバーの中に知り合いがいて、慣れ親しんだ会話で気を紛らわせることができる自分達は恵まれているのかもしれない。

 そんな事に思いを巡らせていると、

『そういえば、前から聞きたかったんだが。何でラストラインに志願したんだ』

 と、信二からの質問があった。甲斐は操縦席から体を起こす。

「いきなり何だよ」

 信二は、少し迷ったような表情を浮かべた後、

『復讐心か?』

 甲斐は、その言葉を受けて、少しだけ笑った。

「なんだそれは? 言っている意味が分からんぞ。俺が戦う理由はただ一つ。世話になった文子さんと桜子ちゃんを守るためさ」

『そうか。そうだよな』

「そういうお前はなんで入ったんだよ、ラストラインに。まだ理由を聞いていなかったよな」

 今度は、信二が軽く笑う番だった。

『俺にも守りたいものがある。果たしたい事もある。そのために、何でもしなきゃいけないって思ったんだ』

 そう言って信二はハッキリと告げた。

『それが結果として、価値あるものを犠牲にしたってな』

 その強い言い様は、日ごろ温厚な信二からしたら少々想像しにくいものだった。

「なんだよ信二。何かあったの――」

『来たぞ!』

 怒声にも似た声に遮られて、甲斐は思わず前面に視線を移す。

 前のモニターには全操縦士の通信回線がオープンになったことを示すマークと、こちらに迫る炎邪の様子が映像に映し出された。

 体の半分以上が海に隠れているが間違い無い。あの黒い瞳と、黒い体には見覚えがある。

「一年ぶりか」

 不思議な気分だった。炎邪を目の前にした瞬間、甲斐は自身の戦闘意欲が高揚していく事に気が付いた。


 ――復讐心か?


 信二の言葉が頭をよぎる。

 甲斐は頭を振る。

 バカバカしい。本当にバカバカしいと思った。勝ち逃げした、これ以上なく憎い奴のために、なんでわざわざ命を張る必要があるのか。

『これが炎邪か』

『思ったより、小さいな』

『三体しかいないんじゃない?』

『一体は陰に隠れているだけだ。よく見ろ』

『アイツらのせいで、フクオカは』

『全員、機体を立たせろ! 次いでライフルの安全装置を解除! しかし、まだ撃つなよ! 戦車の砲撃が先だからな!』

 少年少女の声の後に続いた南雲司令の命令に、甲斐は膝を付いている“スイジン”を起き上がらせ、腕部に装備させた四○ミリSV用アサルトライフルを腰に構えさせる。

 同じように立ちあがり、ライフルを構える一○機の“スイジン”。

 甲斐は、訓練通りの慣れた手つきで火器管制のロックを解除。操縦桿のトリガーの感触を確認。それからすぐに発令所から、目視にて推定されたと思われる炎邪の行動予想データが送信されてきて、目前のモニターに映し出された。ここを狙えと言わんばかりに○のマークが黄色く光っている。多少の精密さが要求されたが、甲斐はそこへぴったりと銃身を重なるように合わせた。

「三番機。照準完了」

『四番機も照準完了だ』

 三番機、とは甲斐の搭乗する機体に割り振られた番号である。四番機は信二だった。甲斐とほぼ同時に、信二も照準の完了を報告する。続けて他のメンバーからも声があがる。

 速いな、と甲斐は単純に思った。

 六文高校の他の一般的な学生達であれば、補足だけでも今の時間の倍はかかっていただろう。

『戦車砲! 準備!』

 炎邪との距離は五キロ。まだ遠い。指先に意識していないのに力がこもる。どうやら、緊張しているらしい、学園の訓練ではこんな事は無かったのに。

(焦っているのか?)

 そんな自問を行い、心だけは落ち着くように努めた。

『構え!』

 距離は四キロ。戦車からは十分射程内の距離だ。しかし、まだ待たなければならない。作戦では二キロの距離まで引きつけることになっている。あまり遠くから攻撃して、炎邪に広い範囲で散開されてしまえば、それに対応しなければならないSVもその戦力を大きく、しかも距離を開けて分散させられる事になる。どちらにしろ、二キロの時点でも分散させられる事にはなるかもしれないが、味方同士なるべく近い位置で戦えるのならそれに越したことは無い。

『砲撃準備!』

 距離は三・五キロ。直に後方でドデカい音が響くと思って甲斐は身構える。

 しかし、次の瞬間に響き渡った音は、大きな音ではなく、中規模の音が断続的に続くものだった。

 面を食らって音のする方向――甲斐と信二の機体の隣に立つ“スイジン”を見た。

 その“スイジン”の腰だめに構えられたライフルからは、他のと違い、火花が飛び出ており、前面に四○ミリの弾丸を吐き出していた。

『うわぁぁぁ、来るなぁ! 来るなちくしょうめぇぇぇ!』

 遅れて通信機から響く狂乱じみた叫び声。

 時間の空白があった。誰もが予定外の事態に驚き、次の行動を決めかねていたのかもしれない。

『何をやっとるか五番機ぃ!』

 響き渡る南雲司令の怒声。

『この馬鹿野郎!』

 四番機でそのSVの隣にいた信二が、腰の武器ラックから、素早く“Cナイフ”を取り出し、起動。五番機のライフルを両断した。

『うわぁぁぁぁ!?』

 五番機はバランスを崩し、尻餅をついた。同時にSVからしたら小さいが、傍にいた戦車隊の隊員が怪訝な表情を浮かべ、手で顔の周りを払う程の砂埃が舞い上がった。

 怖気か、焦燥か、彼が何によって突発的な行動に走ったのか確認をする手段はない。

 ただ、その場のだれもが理解できていたのは、作戦のすべてが崩れたという事だった。

 戦車砲でも致命打を与えられるか分からない距離から、アサルトライフルの弾程度が当たったところで炎邪にダメージなど与えられるわけはなく、

『炎邪、それぞれが散開! 散らばりました! 繰り返します! 散らばりました! 広域に散らばりました! 北に一、南に一、中央に二です! 速度に変更なし、ダメージを与えた様子はありません!』

『戦車隊! 構わん撃て! 目標!? それぞれ自分で考えろ!』

『いいから撃つんだよ! 浜辺に乗り込まれるぞ!』

 直立する“スイジン”達の隙間を縫うように放たれる戦車の滑空砲。

 発射の度に大気が轟く。しかし、そのSVのライフルの何倍もの威力を持つ鋼鉄の弾丸は、炎邪に直撃することなく冷たい海の中へと飛び込んでいくだけだった。

『当たってない!? やっぱり戦車じゃ駄目なんだ!』

『まさか、躱しているのか?』

『SVで、私たちが近づいてやらないと』

『俺たちは? 俺たちはどうすればいい!?』

『炎邪が散らばったんだ。俺たちも散らばるべきじゃないのか!?』

『俺達もそれぞれ追えばいいのか!?』

 学生の声に対しては、

『その通りだ! 一番~三番は南! 四番と六番、七番は中央にて迎撃! 八番から十番は北だ。各自近づいてライフルで掃討せよ! 五番はそこを動くな!』

 指示に従ってそれぞれが動き出す。甲斐も、機体を南に移動させる。その時、聞きなれた声がモニターから響く。

『待ってください! この戦力をそのように分散しては各個にやられてしまいます!』

 信二だった。中央での迎撃を命じられた彼はどういう考えかは知らないが反論するものの、メンバーはすでにそれぞれが動き出しており、甲斐も信二の声は頭から締め出した。

 目の前に集中したかった。

 脚部のローラーを回転させしばらく南下する。砂浜のような不安定な場所でSVを高速移動させると、初心者はそれだけでSVを転倒させてしまう事もあり、一瞬、隣の機体が目の前に倒れこんでこないか心配になって左右を確認したが、どうやらこのメンバーではそれは心配ないようだ。

 接触地点では、すでに炎邪が砂浜にあがっていた所だった。

 その大きさに息を呑む。全高こそ“スイジン”の八割ほどだが全長は一五メートルを超えるかもしれない。

 それは、まるで巨大なトカゲから強靭な四肢が生えたような外観をしていた。

 一年前の奴は獣のような姿だったので、見た目はまるで違う。しかし、


『――――――――――――――――――――――――――――――――!』


 雄叫びは、相変わらず胸糞悪い。

『撃つぞ!』

 振り絞るような声の後、甲斐の隣、一番機が射撃を開始。遅れて甲斐もトリガーを引く。二番機も続く。

(これが、実弾……)

 初めて体験する、ペイント弾以外の発砲の衝撃に驚きつつも、甲斐は歯を食いしばってトリガーを握り続けた。

 その甲斐あってか、弾は命中した。したのだが、


『――――――――――――――――――――――――――――――――!』


 炎邪は何食わぬ顔で横に跳んで、射線を外す。弾はすべて相手の体毛部分に当たっていた。三機が三機とも、炎邪に対して体毛部分への攻撃は効果が薄いという基本中の基本を失念していたのだ。

 炎邪はそうこうしている間にも腰に力を屈めて、

「来るぞ!」

 甲斐が叫ぶと同時に、黒い影が飛び掛かってきた。素早い。地上であるにも関わらず空を滑空するムササビのような動きだ。

『あゃあああああああああああああ!?』

 狙いは一番機だった。

 通信機から漏れてくる、見知らぬ少年の叫び。

 馬乗りにされて横転する紺色の機体。

 ライフルは使えない。甲斐は、腰部の兵装ラックに手を伸ばすが、その時。

『こいつ!』

 隣から発砲音。二番機が“味方に飛び乗っている炎邪に対して”アサルトライフルのフルオートを放ったのだ。

「やめろ! 実弾だぞ!」

 甲斐はその行動に驚き以上の怒りを覚えて右腕のライフルで、二番機のライフルの銃身を跳ね上げさせる。

 これはあまり良くなかった。人の狙いを外れた弾丸は炎邪を通り過ぎ、傍の民家に直撃する。一瞬ぞっとするが、すでにこの近辺の住民の避難は完了しているというのを思い出して、すぐに意識を戦闘に戻した。

『うわぁぁぁ!――――』

 巨大な建造物を支える柱が、過重に嘆くような低い軋み。それは、一番機がの胸部が、炎邪によって踏みつぶされた音だった。

 一撃で、炎邪の踏みつけのたった一発で、“スイジン”の胸装甲がヘシ曲がり、機体の半分ほどめり込んだのだ。

 SVのコクピットは胸部だというのに。

 一番機。ロスト。

 と、その光景を認めさせるようにモニターに文字が浮かび上がった。

『くそっ! くそぉ!』

 二番機が再び射撃を開始。射線の先には一番機がいるが、今度は甲斐は止めなかった。


『――――――――――――――――――――――――――――――――!』


 今度は銃弾が炎邪の頭部に直撃した。黒い体格がグラリと揺れる。

 チャンスに思えた。

 甲斐も、手元のトリガーを引く。火を噴いた四○ミリの弾丸は炎邪の少ない生身の部分――腹部近くに連続で命中した。噴出される赤い体液が砂浜を染める。

(効いている!)

 甲斐はトリガーに込める力を意識して強めた。

 さらに後退する炎邪。

『三番機の操縦士! 仕掛けるから撃つな!』

 二番機がライフルを投げ捨て、兵装ラックから“Cナイフ”を取り出す。甲斐としてはもう少し射撃で弱らせたかったところだが、僚機が接近すると言うのなら、そうもいかない。

 甲斐はライフルの銃身を上に向けた。

「分かった。しかし、ヤバくなったら離れろよ」

『大丈夫だ!』

 二番機は愚直に直進するかと思いきや、その導線に微細なフェイントを入れ、炎邪の気を逸らしながら近づいていく。高度な操縦技術を要求される機動である。全国レベルの操縦士というのは伊達ではないらしい。

『もらったぁぁぁ!』

 二番機は、炎邪の側面から正面に迅速な足さばきで移動して接近。敵の頭部に刺突を放った。先ほどの攻撃が効いているのか、炎邪からの反撃は無い。

 しかし、“Cナイフ”は空を切った。

「!」

 ナイフの切っ先が敵に到達する寸前に、炎邪が膝を付いたのだ。

 動かないターゲットと、動く怪物とでは勝手が違う。

(いきなり実戦で大技なんて出すから!)

 甲斐は舌打ちして、銃身を炎邪に向けた。

「離れろ! 撃つ――」

 甲斐が言い終わる前に、なにか重いものが空を切り裂く音がする。刹那、炎邪の尾が一番機に叩き付けられて重い激突音が空気を震わせた。

『うだぁぁ!?』

 そのまま、二番機は宙に浮かび、炎邪はその二番機を巨大な口で咥えた。

『痛ってぇ。なんだ。どうなって……』

 二番機の操縦士は自分の状況を認識していなかったようだ。

「暴れろ二番機! 食われるぞ!」

 甲斐の呼びかけに反応して、二番機の操縦士は、ようやく自分の状況を理解した。

『ってうわぁぁ!? 何だこれ!』

 鋼鉄の四肢が無様に暴れる。しかし、炎邪は二番機を捕えて離さない。

『嫌だぁぁ離せ! 離れろよ』

「今、助ける!」

 ライフルでフルオート、しそうになって思い留まり再度“Cナイフ”に手を伸ばす。

 この一瞬の隙に

『助け、助けてくれ!』

 二番機の胸部が、

『か、かあちゃぁぁぁぁん!』

 グチャッと、炎邪に易々と噛み砕かれた。

「!」

 先ほどまで暴れていた機体は、胴体の厚みを半分ほどにされて、糸の切れたマリオネットのようにダラリと四肢を地面に向けた。

 甲斐は息を呑み、目を大きく開く。

 死んだ。目の前で二人も。同世代の少年が。

 実感は無い。顔も見たことが無いからか。しかし、殺した。また、こいつは人を殺した。

「……くっ」

 唇を噛みしめる。血が滲むほどに。


――お前は今までそんな私に挑み続けてくれた。その点は、本当に感謝してるんだぜ。


「また殺したなっ! 人をっ!」

 甲斐は今度こそ“Cナイフ”を引き抜き、高速に回転する刃を起動。同時にライフルをフルオートで発射した。

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