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2‐2 炎邪襲来

 “ラストライン”の訓練基地兼防衛基地である見冬基地の発令部は混乱に包まれていた。

「なにかの間違いではないのか!」

 すでに炎邪出現、そしてアイチ来襲の報を受けていた基地司令の南雲大尉は、入室するなり怒鳴るように問いかけた。

 発令部の広さは教室程度であり、人員は司令の立場にある南雲を入れても一○人程度。急造の人員配置であるがために、二○歳中盤~後半と比較的若いメンバーが多い。最年長の南雲大尉も、歳は三○を過ぎたばかりだった。

 三人いる女性オペレータの一人が応じる。

「こちらからは未だ確認出来ませんが、チタ基地から送られてきたデータは確実であることを示しています」

「チタ基地からの追加連絡は!?」

「この映像を最後に、通信が途絶えました……」

 司令部の巨大モニターに光が入る。

 場の空気が凍りついた。そこに映し出されたのは、日本人であれば誰もが畏怖を覚える姿だった。

 巨大な体躯。全身を覆う、燃え上がるように揺らめく体毛。野を駆け回る野生動物のように無駄が無く、力強さを感じさせる肢体。そして何よりも、


『――――――――――――――――――――――――――――――――!』


 その不快な咆哮を発する、凶悪な相貌。

「フ、フクオカ基地からの事前連絡は無かったのか?」

「南雲司令。フクオカ戦線から漏れた個体だとしても、ここまで発見されずに来られるとは思えません」

 発令所メンバーである三上少尉が、上官より幾分か冷静に意見を述べた。彼は南雲の副官的立場だった。

 もっともな意見に、南雲は返す言葉が無かった。

 フクオカのワームホールから前線をすり抜けて来襲したのだとしても、このアイチまでは距離が離れすぎている。

 炎邪は水中の活動もできることが報告されているが、基本的には陸上での活動を好む怪物である。フクオカからこのアイチに来たのならば必ず陸を通っているはずだが、そうなると途中で一度も発見されないというのは不自然に過ぎる。

「やはり、フクオカ以外にも、ワームホールが存在するという事でしょうか」

 その可能性は、以前から示唆されているが、誰もその存在を突き止められずにいた。日本にそんな不確かな説を確認する余力が無かったという理由もある。

「現状では分からん」

 と南雲は、思考を当面の敵への対応を模索する方に傾けた。

 結論は、どれだけ考えても一つだった。

「……SVを出す」

 南雲の言葉に、三上は驚きの表情を浮かべた。

 正式な操縦士が乗ったSVは、そのほとんどがフクオカ戦線に配備されているのだ。

「学生を、本当に戦わせるおつもりですか!?」

「そんなことできるか! 教官役の室伏少尉がいるだろ! あとはありったけの火砲で彼を支援して――」

「司令!」

 言葉を遮ったのはオペレータだった。

「なんだ!」

「室伏少尉が、チタ基地での訓練中にその炎邪と交戦し、死亡されたそうです」

「なん、だと!?」

「チタ基地はすでに炎邪に壊滅させられたとのこと。更に、炎邪は現在、水中を泳いでこのアイチ地区にまっすぐ向かってきているようです」

「過去の炎邪のデータより、速度は二○ノットとして、到達時間は一時間後と予測。到達ポイントはここより南部沿岸。数は四」

「四? 六では無かったのか?」

 三上の質問に、オペレータの一人は、まるで口に何かを詰め込んだかのような重い口調で答えた。

「二体は室伏少尉が撃破……訓練中であったため、武器は何も持ってはいない状態だったそうです」 

「そうか……」

 南雲は帽子を深くかぶり、しばし目線を下げた。

 炎邪六体に対し、単身で戦いを挑むその無謀さと勇気を、フクオカでの戦闘経験がある南雲はよく理解していた。

 再び南雲が顔を上げると、視線が集まっていた。

 決断を迫られているのだ。

「……登録が済んでいる学生一○人を呼び出せ」

 全員が異論をはさまなかった。学生たちは明日の訓練に向けてすでにこのアイチに移り住んでおり、呼び出して短時間で出撃させる事は可能だった。しかし、副官の立場である三上だけは重ねて確認した。

「本当によろしいのですね?」

 南雲の口調は、少々苛立っていた。

「炎邪にはSVで当たらねばならん! そんな事は貴様も知っているだろう! そして、現在、このアイチ地区に彼ら以上にSVを扱える人間はいない」

 それでも抵抗感はある。防衛軍を始めとして、南雲も発令所メンバーも“ラストライン”など世論への言い訳のために存在する部隊で、実際に学生を炎邪と戦わせる状況など起こらない、起こるはずがないと思っていたのだ。

「やるしかない」

 南雲は、重ねて指示を出す。

「グズグズするな! 我々の動きが遅くなればなるほど被害は広がる!」

 それ以上、何かを言える者は誰もいなかった。


   ○●○


 “カフェ・デスティーノ”は、季節の花を中心に飾られた装飾がまず目を引く。華やかささえないものの、店全体が綺麗にまとめられており、清潔感のある店内は、学生達や大人達に至るまで、憩いの場としても親しまれている。その他としては、夜にはバーとしても営業しているため、カウンターの奥にはお酒が並んでいるのが特徴と言えば特徴だった。

「へぇ?」

 注文したキャラメルラテに口を付けながら、桜子は通常よりも高めの声で聞き返す。

「今、なんて言いましたか?」

「二人で過ごす機会が増えて嬉しい。これからもこうやって過ごせたらいいね、って言った」

 甲斐は、目の前のスコーンを手に取って頬張る。ブルーベリーが練りこまれた生地の甘みと酸味が口一杯に広がった。

 このスコーンは店員の手作りであり、相変わらず“友人”は良い仕事をしているようだ。

 甲斐は口福から、意識を再びテーブルを挟んだ先の桜子に戻す。

 なぜか彼女は、視線だけ右へ左へと動かしており、落ち着かない様子でソワソワしているように見えた。

「何? 何ですか? いきなり何なんですか?」

「いや、何気ない会話の延長上のつもりだったんだけど。別に深い意味は無いよ」

「……」

 桜子はゆっくりとした動作で再度キャラメルラテを口に含んだ後、その大きな瞳を半分だけ閉じて、こちらをジッと見てきた。

「そうですか。そうですね。そうかもしれませんね。っていうか紛らわしいんで、そういうことは言わないでもらえます?」

 と、甲斐は違和感を覚える。

「何か怒った?」

「別に」

 という答えようが、ひどく切り捨てるようなものだった。

 それから桜子は顔を背けて黙り込んでしまった。甲斐も口を開けず、静かな時間がしばし流れた。

「お待たせいたしました。ご注文のブレンドコーヒーです」

 そんな空間に足音無く、そして違和感も無く入ってきた人間が一人。

 救われた気がして、甲斐は目の前に湯気の昇るカップを提供する若い店員に声を掛ける。

「おお、来た来た。遅かったな信二」

 店員――甲斐のクラスメイトでこのカフェのバイト店員である武田信二は、その口調を敬語から従来のものに戻した。

「悪いな。待たせた」

 黒を基調としたウェイター姿。信二の細身の体格とはよく似合っており、ここだけの話、このカフェに信二を目当てに来店する女性客は多いとの噂だ。

「こんにちは武田先輩。今からバイトですか」

 顔見知りの桜子も、信二に声を掛ける。本来は男性を苦手とする桜子だったが、流石にこの一年で信二には慣れたようだった。

「うん。でも、今日はなぜか客が少なくて暇になりそうだ」

「言われてみれば……」

 見渡せば他の客は甲斐たちを除いて二組程。通常なら信二目当ての女子学生達でもっと溢れている時間だが。

「だから、ゆっくりしていってくれ」

 信二は、お盆からもう一つの皿をテーブルに置いた。

「これは?」

「サービス。今度メニューに載せようと考えている生地にイチゴの果汁を練りこんだストロベリースコーンだ。食べてみて、あとで感想を聞かせてほしい」

「わぁ♪」

 桜子は機嫌よく手を叩く。

「どれどれ」

 甲斐は言いながら手を伸ばし、ストロベリースコーンを口に入れる。

 しばし味わって、

「うん、美味い。相変わらず器用だな」

「器用貧乏なだけさ。料理ならお前の方が上手だし、こういった菓子作りなら知り合いの方が上手い」

 肩を竦めると同時に、信二が首元に身に付けているペンダントが微細に揺れて、甲斐と桜子の目に付いた。

「なんだ信二。お前、それ付けてるのか」

 そのペンダントはヤマタノオロチのレリーフが付いているものだった。ラストラインの隊員である証の、あのペンダントである。

 この信二もSV操縦の成績と適性が認められて、甲斐と同時にラストラインへと入隊していた。

 一つの高校で二人の隊員が選出されたのは他に類が無かったため、地元紙で取り上げられたり、特に話題が少ないこの街では、少しばかり騒ぎになったりした。

 甲斐に示された先を確認するように、信二は自分の胸元に視線を落とす。

「お客が増えるからって、店長に頼まれてさ。これ重いからずっとぶら下げてると疲れるんだけど」

「中等部でも武田先輩の事は有名ですよ。ファンクラブまでありますし」

 桜子も手を伸ばして、スコーンを頬張った。次に浮かべられる幸せそうな表情から、訊くまでもなく、味が高評価なのは明確だった。

「まいったな。どうも……」

「いえいえ、みんな街の誇りとか褒めてます」

 そんなやり取りを眺めつつ、唐突に甲斐は思い付いたかのようにうおっほん、と咳払いをした。

 二人の視線がこちらに向いたのを確認して、甲斐はポケットから自分のペンダントを取り出し、息を吹きかけ、手持ちのハンカチで磨いてみたりする。

「……何してるんですか」

 桜子が、呆れたときにする視線を向けてきた。

「別に、何でもないけど」

「奢るとは言いましたが、バカバカ食べると太りますよ」

「……」

「相変わらずだな、お前らは」

 信二が苦笑しながらそう評したところで、甲斐と信二の携帯電話が“同時に”鳴った。

 以前まで、信二はバイト中は携帯をロッカーにしまっていたが、ラストラインのメンバーは常に携帯を持ち歩くことを義務付けられているため、店長に許可を得てバイト中でも胸元のポケットに忍ばせていた。

「なんだ?」

 二人揃って懐から携帯を取り出す。

 メールが届いていた。

「非常招集?」

「どうしたんですか?」

 怪訝な顔をした甲斐に対して、桜子が不思議に思って尋ねる。

 同時に、過去に戦争映画で見たような警報が響き渡った。


   ○●○


 六文高校生徒会室。すでに本日の業務は終了し、室内に残っているのは一人だけ。

「この音は……」

 鳴り響く警報を聞いて、生徒会長――霧島文子は手元の作業を止める。

 無言で立ち上がり、窓の傍まで歩いていく。見下ろせば、校庭には夕暮れの中、不意な出来事に呆然と立ちすくむ部活動中の生徒達が見えた。

『アイチ市民の皆様にお知らせ致します。地震警報発令に伴い、避難勧告が発令されました。市民の皆様は事前に伝達されたシェルターへ速やかに避難していただくようお願いします』

 学内に取り付けられたスピーカーから声が響き渡る。生徒達はそれでも動かず、怪訝そうな顔で、近くの人間と顔を見合わせていた。

「地震警報で、シェルターですって?」

 整えられた文子の眉が、微細に吊り上る。

「誤魔化しも、こうも分かりやすいと清々しいわね」

 細い指を伸ばし、ゆっくりと窓を開ける。季節は冬。冷やされた風が頬をなぞり、暖房の効いた部屋にいるとはいえ、少々肌寒い。

 文子は腕を組み、高い空を見つめた。

「始まるのね」

 夕日が校舎を赤く照らし、どこか物静かな空気を醸し出している。しかし、すぐに街が騒がしくなることを文子は“分かって”いた。

「なら、私ももう悠長にしているわけにはいかないか」

「その通りです」

 突然の背後からの声に、文子は驚きもせずに振り返る。

 そこにいたのは、学生服の少女だった。生徒会役員副会長で文子の学園での補佐役だが、“もう一方”の補佐も務めてもらっている部下の一人でもある。名は理沙、といった。

「早いわね。もしかして、何か掴んでたの?」

「連絡が遅くなったことはお詫びいたします支店長。本部から伝達がございます」

「聞くわ」

「今こそ動け、と」

 端的な言葉に、呆気に取られる事もなく、文子はその言葉を正しく受け止めた。

「そっか、それなら仕方がないわね……」

 と、どこか名残惜しそうに呟いた後、文子は懐から携帯を取り出す。番号を入力すると、相手はすぐに応じた。

「もしもし、私よ。すぐに迎えに来てちょうだい。行き先は――」

 警報の音は、いつまでも鳴り続けていた。


   ○●○


「落ち着いて移動をしてください!」

「病気の方や、妊婦の方、小さいお子様をお連れの方は申し出てください! トラックを準備してあります!」

 警報が鳴ってから二○分もしない内に、道路には防衛軍の車両や隊員たちが誘導のために姿を現し始めた。

「桜子ちゃん。この列に続いていくんだ。いいね」

 カフェから出た甲斐は、目の前に続く長い列を見やりながら桜子に言うと、傍の中年の男性に頭を下げた。

「店長さん。桜子ちゃんをお願いします」

 カフェ・ディスティーノの店長は、任せてくれ、と頷いた。

「しかし、君たちはどうするんだ?」

「俺達には、“ラストライン”から呼び出しがありました」

 信二が告げると、店長は息を呑んだ。

「ということは、まさか……」

「そうとも限りません。SVというのは人命救助にも優れた乗り物ですから。念のために集められるだけかもしれません」

 信二がフォローしても、店長の表情から完全に不安が払拭されることは無かった。しかし、彼は歳下の前ではその不安を押し隠すべきと思ったのだろう。次の瞬間には落ち着いた口調で再び話し始めた。

「そうだね。それでもあんなものを乗り回さなくてはいけないのだから、危険には違いない。気を付けるんだよ、二人共」

 気付けば、桜子が不安そうな顔でこちらを見上げていた。

「なんて顔をしてるんだ桜子ちゃん。大丈夫?」

 語りかけると、桜子は、

「甲斐さんは、甲斐さんは居なくなりませんよね?」

 不安がっているというよりは、ひどく恐れているような様子だった。

 彼女がこのような状況の時に、そうなる理由を甲斐は知っていた。

 この一年間、甲斐は桜子の兄貴分として接し、桜子もそれを受け入れてきた。そうなってようやく、彼女は、彼女であることを保つ事ができたのだ。

 代役。それが必要となる程に桜子のアイツに対する親愛は深かった。

「大袈裟だなぁ。大した事じゃないかもしれないのに」

「でも、あんなのが、また現れるのだとしたら……」

 少女の白い顔が徐々に青くなる。流石に店長も信二も心配を通り越して不審に思い始めるかもしれない。

 甲斐はあえて笑って見せた。

「大丈夫。今日はまた君の家に夕食を作りに行くから、文子さんと一緒に待っててよ。それに何より、俺のSV操縦の腕前、知ってるだろ?」

 この一年間、甲斐のSVの練習に好意的とまではいかなくとも、一番応援してくれたのは、実は桜子だった。

「桜子ちゃん。そろそろ行こうか」

 店長にそう促されても、桜子はまだ何か言いたげだった。しかし、最終的には信二に頭を下げて歩き出した。

 避難する市民の列に加わっていく二人を見送った後、

「信二。正味の話さ、どう思う?」

 と、甲斐は信二に問いかける。彼の答えはすぐだった。

「間違いなく炎邪が来るんだろうな、何せ」

 信二は、後ろを振り返る。

「こうやって迎えが来るぐらいだ」

 甲斐も振り返る。そこには車と、防衛軍の軍服を着た人物が三人ほど立っていた。

「真田甲斐君と、武田信二君だね」

 肯定すると、軍服の男の一人が手元の写真と二人の顔を見比べた。

「私は防衛軍の三上少尉だ。急いで車に乗ってくれ。要件は、分かるね?」

 二人は頷いて車に乗り込んだ。

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