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4-3 父の怒り

 突如、眩しい光が二人に照らされた。

 甲斐と響子は、体を震わせて距離を取る。

『そこの二人!』

 マイク越しの音声。赤くなった頬を冷やし、高鳴る心臓を落ち着かせて二人が顔を向けると、その先にいたのはカンパニーズ製SV“ガイスト”だった。

 甲斐には、楽観的な考えが浮かんだ。

「助かった、救助か!」

 今の様子を見られていたのだと思うと少し恥ずかしい。しかし同時に、これで二人で生きて帰れる喜びのの明らかに優っていた。

 “ガイスト”に近寄っていこうとすると、

「待て」

 と、なぜか響子が遮った。

「文姉ぇの部下じゃなさそうだ」

 響子は、SVの胸部のエンブレムに注目していた。その視線を甲斐は辿る。

 鷲が羽ばたく様子を模したものが見えた。響子の瞳に、油断無い光が宿る。

「違う、救助じゃない」

「どわわわわっ!?」 

 目の前の地面に“ガイスト”頭部機関砲の二○ミリ銃弾が放たれた。小石の混ざった砂煙が舞いあがり、二人は腕で顔を庇う。

『両手を上げて投降しろ!』

 有無も言わさない口調。

「な、何なんだよ一体。何で攻撃してくる?」

 甲斐は、ゆっくりと手を上げる。

「あれは、カンパニーズ本社の人間だ」

 同じく両手をあげた響子が呟いた。

「なんだそうか、やっぱカンパニーズか」

 カンパニーズなら文子の仲間ではないか。おそらく、あの“ガイスト”の操縦士は、響子のことをまだ敵対の意思有りと勘違いしているのだろう。

「なら話は簡単だ。俺がお前の事を説明するよ」

 と、手を下げようとしたところ、再度“ガイスト”頭部から二○ミリ弾が火を噴く。傍の地面は再度えぐられて、甲斐は驚きの声を上げながら後方に飛ぶ。

『勝手に動くんじゃない! あと霧島響子から離れるな!』

「な、何でだよ……」

 響子は、手を上げた姿勢のまま、

「カンパニーズも一枚岩じゃない。文姉ぇと違って本社の連中は私を捕らえるのが目的なんだろう」

「そうなのか?」

 カンパニーズなんて、そもそも今日までその存在自体知らなかったのだ、別勢力があるなんて思わなかった。

「おそらく、お前も一緒に捕まえる気だ」

「俺も?」

「そうしないと、私のナノマシンは身の危険を回避するために私を逃がそうとするから」

 そうこうしてる内に、“ガイスト”は腰の兵装ラックから何やら四角い箱を取り出した。人間数人が一緒に入れそうなサイズの箱だ。

『二人共。この中に入れ』

 その二人は、箱に注目しながら会話する。もちろん小声のままだ。

「おいおい、何だよあの箱は……」

「入るとあんまり考えたくないものが出てきそうだな。催眠ガスとか」

「お前にも効くのか?」

 文子に聞く限り、響子の中のナノマシンは、毒などが体の中に入りこんでも、無害なものに分解してしまうとの事だが、

「甲斐が傍にいる限り、私のナノマシンは弱体化する。おそらく効果はあると思う」

「お前を捕まえて、どうするつもりなんだ?」

「私の体なんて、言ってしまえば人類の英知の集合体だ。色々、利用価値はあるんだろう。だが、だからこそ大事に扱ってくれるかもしれんが」

「嘘だな」

 と、甲斐は断言した。響子が少し驚いた顔をする。

 ナノマシン同士のつながりが原因か、少なくとも響子は自分が大事に扱われるなどというのは微塵も考えていない事が分かる。

 響子は、こちらから顔を背けた。

『ぐずぐずするな! 急げ! 二人一緒にだぞ!』

 巨大なアサルトライフルが、こちらに強調するように構えられた。あんなもので撃たれたら、二人共痛みすら感じる事無くあの世行きだろう。

 甲斐は、響子を横目で見る。

 久方振りに出会ったライバルは、初めて本心から自分のしたいことを言葉にできたばかりだ。

 冗談じゃ無い、という気持ちが沸き起こって奥歯を噛む。ここまできて、訳の分からない輩に響子を渡すなど出来るわけがない。

(どうする、動いてみるか? 俺の“ガイスト・C”まで走れれば……いやでも確実に俺が乗り込む前に相手がトリガーを引く方が早いだろうな。くそっ、機体から降りなければ良かった)

 五○メートル程先で、膝をついて佇んでいる自分の“ガイスト・C”を意識しながら、頭の中でグルグルと考えを巡らせてみる。しかし、良い案は浮かばない。

「頼みがある!」

 そうこうしている内に、響子が声を張り上げた。

「その箱の傍まで二人で一緒に行くが、お前たちが必要なのは私だけだろう! 甲斐は見逃せ!」

 なっ、と甲斐は短く息を吐きだした。

「お前! 何を言い出すんだよ!?」

 響子は、こちらに顔を向けて、諭すような笑みを浮かべた。

「もう、十分だから」

「何が十分なんだ!」

「これ以上、迷惑をかけるのは、死ぬより嫌だよ……」

 ナノマシンの共鳴。響子の気持ちが分かってしまう。それは本心から言っていた。

 しかし、“ガイスト”の操縦士は、

『駄目だ。知っているぞ。霧島響子は真田甲斐の傍にいないと、凶暴化する化物だとな。あまり舐めるなよ。最悪、死体でも良いという指示を受けてるんだ』

「……」

 押し黙る響子。

 心でふつふつと湧いてくるものを感じて、甲斐は“ガイスト”の中の操縦士を睨みつける。

(響子の事を化物って言いやがった)

 何も知らない野郎が、隣の少女を貶める様を、甲斐は許容できなかった。

(何より、俺はもう女の子を犠牲にするのは……)

 今日まで体を鍛えてきたのは何のためか。自分はどんな事に力を使いたかったのか。

 甲斐の覚悟は早かった。

「響子」

「何だ。っておいまさか――」

「こういう時はお互い便利だな。いいか、俺が右側に走って気を逸らす。その間にお前の身体能力を駆使して俺の“ガイスト・C”に乗り込め。操作方法は分かるな? 起動パスコードは“ROKUMON”。高校の名前だ。覚えてるだろ。」

 響子の顔に、焦りの色が浮かんだ。

「何を考えている。馬鹿な真似はやめろ」

「俺は、響子をモルモットとして扱う連中なんかに、お前を渡さない」

 息を呑む音がした。彼女が泣き出しそうに見えるのは、気のせいでは無いかもしれない。

「頼むから止めてくれ。むざむざ死ににいくような真似はするな。お前にも不快な思いをさせて申し訳ないが、このまま従おう。少なくとも奴らが研究したいのは私だ。お前に危害が加えられる可能性は低い。その内、文姉ぇが助けてくれるさ。だから」

 後半は、懇願する口調だった。

 しかし、甲斐は揺るげない。

「俺はお前に生きろと命令した。お前の覚悟を打ち崩した。責任を取りたい」

「でも、それでも――」

(怖くない、怖くないさ)

 不思議と、突きつけられた巨大な銃口への恐怖心は無くなっていった。

 足の指先に力を込める。

 こちらの心を感じ取ったのだろう。響子は、焦りの表情のまま、

「駄目だ、やめ――」

 その時、急に響子が膝を折って、地面に手を付いた。

『おい! 動くなと言っただろう!』

「どうした、響子?」

 マイク越しの音声を無視して、甲斐は響子に駆け寄った。

 響子の顔は、真っ青だった。

「響子? どうしたんだ響子!」

 響子は、額に汗を浮かべながら怯えるように自分を抱く。

「そうか、私は蟻とか、蜂とかそんなのと一緒に考えていたけど。馬鹿だ私は、とんだ思い違いをしていた。奴らは昆虫なんかじゃないんだ。母親がいれば、家には父親も……」

「何を言ってるんだ、響子?」

 響子は、甲斐の肩にその手を乗せて訴えた。

「甲斐。まずい! 今すぐここから逃げろ!」

 その時、地が震えた。

「何だ、この振動は……?」

 それは、どんどん大きくなっていく。いや、近づいてくる。

 実を言うと、甲斐はその振動の答えが分かっていた。ただ、口に出して認めたくないという気持ちの方が勝っていたのだ。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 咆哮。通路ではなく、土の壁を破壊して現れたそれは、直線上の“ガイスト”に襲いかかった。

『何だこいつは!?』

 スイッチが入れっぱなしのマイクから驚きが漏れる。体当たりされた“ガイスト”は、鋼鉄に衝撃が加わる軋みの音を立てて、簡単に押し出されて近くの壁に背から激突した。

 甲斐は、その様子を唖然として眺めていた。

 爬虫類や頬乳類のような炎邪は実物も映像でも見たことがあるが、そいつは二足歩行の、肉食恐竜のような姿だった。全身鎧のように覆われる黒い体毛は、見るものに無言の恐怖を与える。

「炎邪、なのか?」

 断定できなかったのは、それは今まで見てきたどの炎邪よりもでかかったからだ。サイズはクイーン級と変わらないように見える。それだけでも相当だが、全身に備わった筋肉などが比べ物にならない程隆起している。その巨大な頭のひと振りだけで、ちょっとしたビルぐらいなら破壊できるのではないかと思わせるほどだ。

『よくもっ!!』

 カンパニーズの“ガイスト”は手持ちのアサルトライフルで撃退しようとした。しかし、それが命取りになった。巨体のわりに俊敏に動ける炎邪は、アサルトライフルに照準など許さず、潜り込むような動作で“ガイスト”に襲いかかった。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 再度、乱雑に扱われる玩具人形のように振り回される“ガイスト”。

 “ガイスト”もやられたままではと終われないとばかりに、吹っ飛ばされている最中にも関わらず頭部機関砲で反撃。バランスを崩しながらも着地して、開けた距離を使ってライフルも発砲。三銃口、現在の最大火力で応戦する。

 初めて目の当たりにする炎邪から、奇襲に近い攻撃を受けた割には迅速な対処だ。

 しかし、操縦士は基本的な事を失念している。

「駄目だ! いくら体毛に当てたところで!」

 外国で起こっているSV対SVの対処としては問題にないにしても、銃弾が炎邪の強固な体毛に阻まれている限り、まるで効いていない。当たり所が悪いのか怯みもしない。

 あっという間に突進を受けて、これは何とか避けるものの土の壁に阻まれて逃げ道を塞がれる。そして潜り込まれて、その巨大な顔を横に向けられて、突き出された牙に、

『うわっ!? うわぁああああ!』

 鉄がひしゃげる鈍い音がして、コックピットのある銅部が噛み砕かれた。一撃で、“ガイスト”の厚みが半分以下になった。

 甲斐も一度とは言え、実戦を経験したのだ。だからこそ分かる。明らかに中の人間は助からない潰れ方だ。

「“ガイスト”が、一瞬で……」

 “ガイスト”は、甲斐達が海岸の戦いで使った装甲の薄い“スイジン”ではない。しかし、この通常のものよりも一回りは大きい炎邪は、その“ガイスト”の強固な装甲を一噛みで容易く粉砕した。

「甲斐っ! ボサッとするな!」

 叫びにも似た声と共に、甲斐の体に何かが覆いかぶさり、バランスを崩して転倒する。

 体越しに、振動があった。

「響子!」

「っ!」

 甲斐の視界の先――覆いかぶさった響子の背中に、“ガイスト”のものと思われる拳台の破片が突き刺さった。

「響子!?」

 自分にもたれかかる響子を支えながら、甲斐は膝を付いた。

「ははっ、良かった。一瞬飛び込めないかと思った」

 甲斐の腕の中で、響子は笑みを作るが、その顔には大量の脂汗が浮かび始めていた。

「お前、何てことを!?」

 その背中からは、目が眩むほどに赤い血が溢れ始めていた。

「そう怒るなって。お前が傍に居てくれると、私はやりたいことができる。こんなに嬉しい事は無いんだからさ」

 響子は、フラフラとした足取りながらも立ち上がって、炎邪を見た。

「大丈夫だ。私は何千何万という炎邪と戦い続けるために作られた人間。ナノマシンには傷を直す力もある。だから、お前が離れれば、回復す――」

 言ったそばから、響子は尻餅をついた。軽い笑い声。

「まだ、この距離だとダメか」

「響子!」

 駆け寄りたかった。しかし、先ほどの響子の言葉を信じるのであれば、今の響子に下手に近づくことはマイナスにしかならない。響子はどんどん離れていくが、甲斐にはそれを見ているしか無かった。

「甲斐。今度は逆だ。私が、こいつを引き付けよう」

 思う存分“ガイスト”をいたぶった炎邪は、いつの間にか、その視界に二人を納めていた。下手に刺激しないように、甲斐は声のトーンを落とす。

「馬鹿なことを言うな」

 離れていくにつれて、響子の背中の血は止まり、その足取りも確かなものになっていく。これが、ナノマシンの治癒力というやつか。

「馬鹿なことじゃないさ。二人で生き残るんだろ?」

 完全に回復したのだろう。腰を落として身構える響子は、こちらを見ずに、すでにその意識を炎邪の一挙一動に集中させていた。

 甲斐には響子の言うことがよく理解できた。確かに、この二人ならナノマシンの効果で素早く動けて力も強い響子の方が囮に適している。甲斐では、下手をすれば五秒とかからず踏み潰されるか食い殺されるだろう。

「……分かった。信じるぞ」

「私もだ」

 そう言って、響子は腰から銃を取り出して、走り出す。それは、人間の動きを早送りしたかのような、遥かに人の領域を超えた速さだった。

「こっちに来やがれ黒オバケ!」

 銃声。炎邪の気を引きつけつつ、響子は標的の役目を果たし始めた。

 その声に背を押されるように、甲斐はまっすぐに自分の“ガイスト・C”に走り始めた。

 炎邪が地を踏み鳴らす音を背中で聞きながら、五○メートル近い距離を駆け抜けて、そのままの勢いで“ガイスト・C”胸部の開かれたコックピットにすがり付く様に乗り込む。

「落ち着け、急げ、落ち着け、急げ……」

 まだ、炎邪が地を踏み鳴らす音が響いているので、響子を追いかけている途中なのは分かる。まだ響子は生きている。しかし、いくら人の領域を超えていようが、体格の差はいかんともしがたいだろう。

 起動パスコード入力。起動シーケンス。動力である電気エネルギーの各部浸透。それを証明する全体の細かな振動。シートに腰かけてからここまで、おおよそ一○秒程。

「よしっ!」

 外部スピーカー、最大音量に調整。

「もういいぞ! どいてろ響子!」

 あえて大声で告げると同時に、灰色のモニターに光が灯った。周囲が確認できる。

 正面には、一○○メートル先で壁際に追い詰められている響子の姿があった。

 全速前進に迷いは無い。脚部のローラーが、機体の半分に到達しそうな土柱を上げた。

「そいつから、離れやがれぇぇ!」

 頭部の二○ミリ機関砲を放ちつつ、腰部の兵装ラックから“Cナイフ”を取り出す。

 注意を引くだけなら機関砲の牽制だけでも十分かもしれないが、あえてリスクを犯して接近する。より響子から離れさせるのには、それの方が良いだろうという判断だった。それに、あのサイズの炎邪からこんな穴蔵の中を逃げきれるとは思えない。倒さなければいけないなら、どちらにせよ接近戦は避けて通れない。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 すでにこちらに関心が移った炎邪は威嚇の咆哮。

 甲斐は、フェイントの動作を交えてその頭部に、構えた“Cナイフ”を繰り出す。

 頭部の体毛に刃先がかすり、火花が散る。ダメージは無いが、目くらましにはなる。チャンス到来。見逃さず、甲斐は巧みな動作で首筋の体毛の隙間に、その刃を差し込んだ。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 回転する刃が肉を突き進む感触。鮮血に染まる“ガイスト・C”の腕。

 炎邪がこれ以上ない悲鳴を上げる。甲斐は更に力強く操縦桿を握り締めた。

「このまま抉れちまえぇぇぇぇ!!」

 上手く、何もかも上手くいった。通常ならここまできたら勝利は揺るがない。

 甲斐の心にも、先走りの達成感が生まれつつあった。

 しかし、信じられないことは起こった。

 首筋に刃を突き刺された炎邪は、より切り裂かれるのを構わずに頭部を振り回し、こちらにその牙をむき出しにして噛み砕かんと襲いかかってきたのだ。

「馬鹿なっ!?」

 パワーの差は歴然。引き抜いていては間に合わない、と判断して甲斐は“Cナイフ”を手放し、後退した。そしてその移動分の空間を食うように、巨大な牙がガチンっ! と音を立てて重なった。その攻撃はなんとかかわせたが、持ち主を失った“Cナイフ”はしばらくして炎邪から落下し、その炎邪の橋柱のように太い足で踏みつけられて、壊れてしまった。

 甲斐は、血の気が引いていくのを感じていた。

「急所を貫かれて、まだ動くだなんて……」

 今まで出会い知り得てきた炎邪の中でも郡を抜く生命力。更に、ライフルと機関砲も弾切れ、固定武装の“Cナイフ”二本を損失した今、決定的な攻撃手段はもはや残されていない。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 怒りを込めた咆哮一閃。振り回された巨大な頭が、甲斐の“ガイスト・C”に激突した。

 悲鳴すら上げられなかった。宙に浮かんだ機体のコックピットの中で、甲斐は縦横無尽に振り回され、成す術無く落下した。

 つなぎ止めるのが精一杯な意識の中、見えたのはこちらに狙いを定めて鼻息を荒くしている黒い化物の姿。ナイフで喉元を突かれたにも関わらず、弱った素振りも全く無い。

 甲斐は、それでもなんとか機体を起こして、身構えさせる。痺れ始めた手を傍の壁に叩きつけ、痛みで感覚を無理やり呼び戻し、操縦桿を握り締める。

 考える。武器は無い。機体で殴りかかって勝てるわけがない。しかし、

(打つ手無し、か)

 もはや、残された道は一つ。甲斐は、外部スピーカーのスイッチに手を伸ばす。

 せめて、彼女だけでも逃げてくれるのなら、と。

 ――私は嫌だ。

 聞こえた。しかし、それは声ではない。直接脳内に届く、不思議な意思だ。

「響子? お前なのか?」

 ――ああ、私だ。

 ここにいないはずの響子と会話ができる。これも体に元々同じだったナノマシンを持つ同士の副産物的な能力。しかし、ここまで距離が離れても効果があるのは驚いた。

 今となっては、ありがたいが、

「無事か?」

 ――お前のおかげでな。

 姿を探すと、離れた所に人影。見間違えなどしない。響子だ。

「そうか、無事なら良かった」

 安堵して、告げる。

「響子、聞いてくれ。この“ガイスト・C”に武装は無くなってしまった。もう出来ることといえば逃げ回るぐらいだ」

 だからお前だけでも逃げてくれ、と甲斐は願う。言葉はいらない。

 ――ああ、言葉はいらない。だが、それは断る。そもそも私は死ぬつもりだったんだ。お前が死ぬと言うのなら、私も生きる義理は無いだろう。

「馬鹿なことを言うな」

 ――だから、私はお前に最後の手段を伝えたい。

 届いた響子からの言葉は理解した。彼女の感情は、自責の念に溢れていた。

 響子からの意思に従い、視線を下に向けて思い出す。この“ガイスト・C”の腰部には、先の戦闘で響子の“赤鎧”に突き刺された刀があった。既に液体金属の刃は無くなっており、突き刺さっているというよりかは、柄が機体に引っかかっているような状態だ。

「これは、使えるのか?」

 “ガイスト・C”にその柄を持たせる。目の前のモニターがそれを武器と認識したことを示した。元々こんな武器の登録など無かったはずだが、この刀もカンパニーズで開発されたものだと言うし、文子のところで改修してもらった時にでもインストールされたのかもしれない。

 起動を許可。水が吹き出すように液体が伸びて刀の形になった。

 響子と再会した時、この刀は体毛に覆われた炎邪の腕を軽く切断した。

「そうか、こいつの切れ味なら」

 炎邪は、突進してきた。

 甲斐はその刀を構えて、振り下ろした。しかし、その刃は、

「なっ!?」

 炎邪の体毛に当たり、それ以上は進まなかった。

 甲斐はすぐさま、それ以上の踏み込みを諦めて、炎邪を刀で抑え機体を横周りに、回転させて、なんとか難を逃れた。構えて、再度コックピットのモニターに映る刀に目をやる。

「なんだよこれ! 全然切れないじゃないか!?」

 ――そのままじゃダメなんだ。“Cナイフ”で私と打ち合った事を忘れたのか?

「じゃあ、どうすればいいんだよ!?」

 ――それは、私専用の武器だ。

「なんだと? じゃあ駄目じゃないか!」

 ――言い方が悪かった。それは私のナノマシンを鍵として起動する武器なんだ。

「お前の、ナノマシンに反応する?」

 ――対炎邪用高周波ブレード。ナノマシンを内在させているバトルマスター用に作られた武器だが、私と同じナノマシンを持っているお前なら。おそらく、

「動けとでも念じればいいのか?」

 ――念じればいい。だが、覚悟はしてくれ。

「覚悟?」

 ――私がなぜ今の今までその武器の存在を黙っていたか。それは、

 響子の言葉には躊躇いがあった。

 ――元々、人間には過ぎた技術の武器なんだ。刃から巻き起こる高周波は間違いなくこの世の何者をも切り裂くだろう。しかし、その振動の余波は生身の人間にとって……。

 告げられ、全てを把握すると同時に、甲斐は迷わず起動を念じた。

 ――お前という奴は、本当に。

「迷いはしないさ。俺なら大丈夫だと信じてくれているんだろ?」

 ――私は、お前に詫びる言葉が見つからない。

「気にするな。俺が生き延びるためでもあるんだ」

 甲斐は響子とのシンクロを意識から追い出し。手元の刀に意識の全てを集中させる。この刀はナノマシンを介する強い気持ちをもって起動し、そして維持し続ける武器である。

 心で、先ほど響子から教わった、この武器を起動させるための言葉を念じる。

(振るわれるは刃、振るうは人、覚悟を満たし、今こそ)

「全てを断つ剣と化せ!」

 振動した刀身が鈍い光を帯びる。

「!」

 突如、猛烈な吐き気が襲いかかってきた。それだけではない、筋肉が、骨が、内蔵が、まるで沸騰するかのようにざわめき、焼けるような痛みを押し付けられる。例えるなら、巨大な電子レンジに体ごと放り込まれて熱せられているような。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 “ガイスト・C”の持つ刀からの異様な雰囲気に突き動かされてだろうか、炎邪がその鈍く光る牙を強調するように、こちらに向かってきた。

 気を抜けば意識を失いそうである。

(駄目だ。ここで意識を失ったらどうなる)

 そうなれば、今度こそ甲斐は彼女を失うだろう。

 自分は、何のために体を鍛えてきた。

「こういう時のためだろうがよっ!」

 奥歯が擦り切れるぐらい噛み締めて、体にムチを打つ。動かす度にねじ切れそうな筋肉の激痛を耐えながら、その刀を頭上に掲げた。

 炎邪は、正面から向かってくる。口が大きく開かれる。向こうは、一撃でこちらを仕留めるつもりだ。だが、こちらだってそれは同じことだ。

「全てを断つ、刃の、名は」

 その名を告げたとき、最大出力となる。

「ムラクモ、ブレぇぇぇぇドぉぉぉ!!」

 血と共に言葉を吐き出す。

 超振動により、全てを散らす刃となったそれは、炎邪に対し真っ直ぐに振り下ろされた。

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