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4-2 守りたい人

「一体、どういう事か説明してもらえませんか?」

 SV用トレーラーを改造して作られたカンパニーズ日本支店仮設司令室。その中にあるモニターに映る黒い人影に、文子は怒りにも近い視線を送りながら問いただす。

 その人影は、文子の所属するカンパニーズの本社の人間だ。影の映像しか無いので外見は不明、音声も変えられているので男か女かも分からない。

『どうもこうも、援軍の要望を出したのは君じゃないか。たった一機で申し訳ないが』

「私が言っているのは、なぜ私に話を通さずに、勝手に日本防衛軍と交渉して援軍をワームホールへ向かわせたのかという事です。作為的なものが感じられますが」

『作為的なものだなんてとんでもないよ。日本政府と直接交渉したのも、現場で手一杯と思われる君に対しての配慮のつもりだった。それとも何かね、君の妹と、君と私的にも親しい操縦士以外の人間が介入して困ることでもあるのかね?』

「そんな事は……」

『霧島響子は、我がカンパニーズの汚点だ。許されざる社会モラルに反する存在だ。きっちり抹消せねばな。もっとも個人に対しては同情的な気分を禁じえないが』

 人影は、手を動かして懐から取り出したものを口元に持っていった。おそらく、タバコか何かだろう。個人が特定できそうな情報は、記憶に留めておく。

『君も同じ想いのはずだろう? それにこれは、本社判断だよ霧島くん。従ってもらわなければ困る。これ以上の反論は君のためにならないと思うよ』

「……では、せめてその援軍の指揮権をお与えください」

『必要無いと判断する』

「なぜですか!」

『先程も言ったとおり、君の目的と我々が与えた指令は一致している。これ以上の命令が発生する事も想定しづらい』

「そんな無茶苦茶な話が……」

『話は以上だ。健闘を』

 一方的に通信は切られた。

 文子は小さく舌打ちした。

「支店長」

 背後の理沙が声をかける。

「数分前にワームホール付近に新たなSVの反応がありました。数は一。その後は電磁波の波に飲まれて見失いましたが、目的はおそらく」

「霧島響子の確保でしょうね。あいつらが、調べれば金になりそうな存在を素直に消すとは思えない」

「あと日本防衛軍との交渉も早すぎます。事前に話が通してあったとしか思えません」

「半年前から父の研究の解析結果の催促が無くなったと思ったら、こういう事か」

 目を閉じて一瞬だけ考えると、すぐに行動した。

「すぐ現場に向かうわ」

 理沙の声に明らかな焦りが浮かんだ。

「お待ちください、そこまでしなくても良いのでは? 結局の所、援軍は真田社員の助けになるわけですし」

「助けになんてならないわよ」

「えっ」

「霧島響子を拘束できるとしたら、それは真田社員が近くにいる状態でしか無理よ。となると、間違いなく本社連中は彼も攫おうとする。そうでなくとも、彼が素直に従うとは思えない。相手はカンパニーズのトップガンよ、下手すれば殺されるわ」

 キョトンとする理沙の傍を早足で通り過ぎて、

「それに女の子が困ってたら、死んでも見逃せない。そういう呪いは標準装備なんだから、あの子の場合」

 誰に聞かれるつもりもなく、文子は小さく恨めしげに言った。


   ○●○


「本当にこれでいいのか?」

 おそらくは人類で初めて到達したであろうワームホールの最深部。そこに甲斐は立っていた。

 網の目を縫うような穴を通ってきたので、すでにここが何メートル地下なのか分からない。SVから地面に降り立つ前にGPSで確認もしてみたが、巣は炎邪から発せられた電磁波に溺れた空間なので、何の役にも立たなかった。しかし、通ってきた穴すべて、SVが通るのに全く問題ない大きさだったのには驚きだ。

「ああ」

 と、傍に立つ少女は、正面の四○ミリライフルで粉砕された人の身長はあろうかという“卵”と、全高ですらSVを超えそうな炎邪の死骸を見上げながら応じた。

 霧島響子。一年ぶりに再会した甲斐のライバル。相変わらずのポニーテール。相変わらずの大きな瞳。傍に寄ると体が少しばかり小さくなったような印象を受けるのは、自分の体が成長したためだろうか、それとも自分と同じ体に密着するタイプの操縦士スーツを着ているからだろうか、と甲斐は少し考えさせられる。

「炎邪のワームホールは、蟻の巣のようなもので、クイーン級と呼ばれる炎邪がその巣全体を統括しているんだ。だからその女王の役目にある炎邪を倒せば、巣に所属していた炎邪は弱体化するし、中には自滅行動に走る個体もいる。つまり、そのワームホールに関しては完全に沈黙する。新しいホールだから炎邪の数も少ないのが幸いだったな」

 クイーン級と呼ばれる通常の炎邪と比べて二回りほど大きな奴が存在し、響子にそいつと戦う必要があると言われた時は少なからず億しもした。しかし、実際に戦ってみると何の事は無く、マガジン一つを消費することも無く、クイーン級を倒すことができた。

「クイーン級は、ある時期になると後継者の卵を産むんだが、その直後は何も抵抗できないぐらいに無防備になり、さらに身体機能も低下しているのか通常であれば強力な電磁波を纏っているはずの体毛の強度もかなり下がるんだ」

 納得した。対面してみればクイーン級炎邪はこちらを見つめるだけで抵抗もせず、また通常の炎者と比較しても弾丸が容易く体を抉った。

「もしかしてカンパニーズのSV部隊を倒したのは、クイーン級を警戒させないためか?」

 山とも形容できそうな炎邪の巨大な死体に近づき、その異様な姿を視界に収めながら問いかけると、後ろの響子は静かに両腕を組んだ。

「クイーン級は穴の炎邪を総動員――と言ってもここはできたばかりで三匹しかいなかったが、それらに巣の周りの安全を確保させ、それが完全に確保できたと判断しなければ産卵を中止するそうだ。だから、仕方無かった。怪我はさせたくなかったんだが、私は自分に攻撃してくる対象に対して手は抜けないんだ」

「なぜ、それを俺たちに伝えなかった?」

「私の目的を先に達成するためだ。そのためには、私は無意味に敵対する存在の方が都合が良かった」

「クイーン級の存在っていうのは、もしかしてフクオカのワームホールもそうなのか?」

「その通り……らしい。地上に戻ったら、地球防衛軍や文姉ぇにこの事実を伝えてくれ。きっと良い対策を考えてくれるだろう」

 そして、響子は音も無く甲斐の背中に近付くと、本題だと言わんばかりに、

「さて、私がこの一年間で得たことは教えた。それでは私の望みを叶えてもらおうか」

 振り返る甲斐の足元に放られたもの。それは、大振りな軍用のナイフだった。

「これは?」

「私を殺せ、甲斐。それで人類は救われる」

 甲斐はナイフを無言で数秒間見つめた後、そのナイフを足で払った。地を滑り、クルクルと回りながらナイフは二人から離れた位置で止まった。

 響子は、ため息をついた。

「認識が甘いと言わざるを得ないな」

 そして甲斐を睨む。眼の形は、どことなく姉の文子のものを連想させた。

「分かっているのか? 人類が滅ぶんだぞ?」

「……分かっているさ」

「私はそんな結末を望んでなどいない。頼むから一思いに」

 それでも甲斐は首を横に振る。響子の顔が明らかに歪み、握り締めた拳を震わせた。

「甲斐っ!」

 吐き出された言葉は、何よりも大きく、悔しげでもあった。

「私は自殺もできない! 自分で殺される事もできないんだ! お前に辛い事をさせようとしている事は悪いと思ってる! でもお前以外には、この星を、文姉ぇを、桜を守れるのはいないんだ!」

 甲斐は、頭の後ろに手を伸ばし、指で髪を掻く。響子の叫びは続いた。

「私もいつまでこうやって正気でいられるか分からない! お前は、世界を救うために女一人殺せないのか! お前の文姉ぇ達を守るっていう誓いはそんなものかよ!」

 唐突に、甲斐は助走をつけて響子に拳を繰り出した。響子は、驚きはしたようだが、それを難無く片手で受け止める。その防衛反応は、響子の意思によるものか、ナノマシンの条件反射によるものかは分からない。

 もっとも、甲斐自身にもそれを当てる気は、微塵も無かった。

「な、馬鹿。攻撃するならちゃんとナノマシンを使ってから――」

 そのまま甲斐は拳を解いて、響子の手首を鷲掴みにした。ここではしっかりと自分の中のナノマシンを発動させる。

「ああっ、もう。ここまで言わせるのかよお前は!」

 純粋な腕力だけなら甲斐の方が上になっている。響子は、その手を振りほどけない。

「な、何するんだよ。痛い……」

「よく聞いとけよ! 一度しか言わないからな。俺にとっては――」

 躊躇ったが、そんなものは振り払う。目の前の女は語らず察する器用な奴では無い。言ってやらないと理解してくれない。それに、もう、一年前のように後悔などしたくない。

「お前だって守りたい存在なんだよ!」

「えっ……?」

 響子は目を丸くした。

「子供の時、間違えた正義に目覚めて、少しでも悪い事をした人間を自分の尺度で善悪を判断して天誅と称して無茶苦茶やってた俺を、お前は鉄拳制裁で目を覚まさせてくれたな! その恩人を殺せるわけねぇだろっ!」

 言い切って、甲斐は響子をまっすぐに見つめた。滅茶苦茶恥ずかしかったが、それが甲斐の正直な気持ちだった。先ほどの戦いも、どんなに強がってみても、甲斐は殺されそうになっても、結局は響子を殺せなかっただろう。

 言葉を受け止めた響子は、掴まれた腕を外そうともせず、ただ甲斐を見返し、やがて、

「うん。分かった……」

 と俯いた。甲斐は眉を寄せる。

「分かった? 妙に物分かりがいいな」

 それに、なんだか響子の顔が赤くなっている気もする。

 と、ここで甲斐はある可能性に思い当たり、対称的に顔を青くしていった。

「ま、まさか」

 甲斐が言うと、響子は静かに頷いた。

「見えた。私にも見えたよ。甲斐の真意を知りたいと思ったら、それがなんとなく理解できた。甲斐の中にいるナノマシンは、元々は私の中にいたナノマシンが増殖したものだから、私達はなんかそういう繋がりが起きやすいのかも」

「ち、ちなみに何が見えたのでしょうか?」

 なぜか敬語になった。別に後ろめたいことなど何も無いのだが。

「甲斐が、とても優しい人間だってことがよく分かった。まぁ、知ってたけど……」

 と、また顔を赤くする。何が見えたとかは言わない。厄介な奴である。

 響子は一瞬だけなにやら嬉しそうにしていたが、それは次の瞬間、自嘲を交えたような笑みに変わる。

「でも、お願い。もう私には優しくしないで。これ以上、私の覚悟を揺らさないで」

「優しくしてるつもりは無ぇよ。自分が死ねば全部解決する。そうやって、逃げるなって言ってるんだから」

 甲斐は掴んでいた手も離し、背を向けた。優しい人間なんて言われて気恥ずかしく顔を背けたかったという心理もあった。

「俺はお前を殺したくない。だから、殺さない方法を探したい。それまで、お前は周りに白い目で見られることもあるだろうし、嫌な思いをする事もあるかもしれない。つらい気持ちのまま、過ごすことにもなるだろう」

 なんとなく早口で喋ってしまった。ちゃんと言葉が響子に伝わっているかも怪しい。でもこれから言う事はまかり間違っても言い直しなどできない。だから、強く言った。

「でも、生きろ。タイムリミットのその日まで」

 繰り返すがとても恥ずかしい。しかし、毒食わば皿までという心境である。もう、甲斐は自分の思った事全てを言おうと決めていた。

「嫌だ、と言ったら?」

 どんな顔をして響子が言ってるのか、背を向けているため分からない。どれぐらい本気で言っているのかもだ。しかし、甲斐には絶対的に自信のある説得方法があった。

「さっきの戦闘だけど、おまえのSVは半壊で、俺のは健在。これが勝負だったら俺の勝ちだろ。負けた奴は勝った奴の言う事を何でも一つきく。その約束を、いままで一度だって俺は違えなかったよな」

 どうだ、と言わんばかりに胸を張る。程なくして、後ろから小さく吹き出した音がした。

「そうか、それなら仕方が無いな。お前が私を超えたことを確認できたってのもあるし、その命令になら従ってもいい。でも」

 定めるような視線を、甲斐は背中越しに感じた。

「本当に本当の時。お前は私を殺してくれるか?」

 それはきっと大切な質問だった。

 死。それを覚悟するのにかかった労力は言うに及ばないだろう。それを甲斐は無為にした挙句、それをもう一度強要する事になる可能性もある。そうなれば、甲斐の今の命令は残酷以外の何物でもない。

 だからこそ、命令するものとして、それを下すものとして、甲斐は真摯に答えなければいけなかった。しかし、勇気も欲しかった。

「その答えの前に、俺はお前の言葉で本心を聞きたい」

 甲斐は、今度もまたはっきりとした口調を心掛けた。

「お前は、生きたいか?」

 すぐに答えは無い。その代わりに、背中に預けられた小さな振動があった。響子の頭だ。甲斐は少しびっくりして背筋を伸ばした。

「これから言う事は、すぐに忘れてくれ」

 響子の願いに、甲斐は無言で了承した。しばらくして、嗚咽混じりの呻き声が聞こえてきた。


「私、死にたくないよぅ……」


 思えば、出会ってからもう五年以上が経過している。ここにきて初めて、掴みどころの無い響子という人間の本心を初めて聞けた気がした。

「了解した。その時は俺がお前を殺すよ」

 頷いた感触が、背中越しに何度も伝わってきた。


   ○●○


 獣は、これ以上なく激怒していた。

 それもそのはずで、帰ってこれば出迎えてくれるはずの家族の気配が無くなっていたのだ。

 犯人はすぐに分かった。

 この、いつもとは違う匂いを巣にばら撒いた奴がそうだ。

 息荒く、獣は巨大な体躯で地を震わせながら穴の中を走る。

 匂いが近づいてきた。

 目的地まで、もう少し。

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