迷子
アオイは暗闇の中体を丸め泣いていた。
レイカ……ごめんなさい
ファン様の言う通りもっと早く手放せばあの子を失わずに済んだ
私の我儘のせいで、わずか五歳で娘の生涯を終わらせてしまう
なのに自分が生きているのが辛い
死にたい
レイ
レイ……酷い人
とうとう貴方は私に愛させてくれなかった
愛したかったのに
いいえ…本当は貴方をもう許して愛していたのに
でももう疲れてしまったよ
レイ…可哀想な人
望めば何でも手に入るのに
私の愛も
初めから拒絶し諦めながら自分の気持ちを押し付ける
結界の家に閉じ込める事も
おじいちゃん、おばあちゃんを巻き込んだ事も
無理やり抱く事も
全て許したけど……レイカを殺した事は絶対許せない
私もレイカと死にたい
死ねないならせめて永遠に眠りたい
レイカ
うっう…… ヒック うっうう…… シクシクシク……
意識の底で涙を流し続けていると金色の光が辺りを照らすと同時に一人の少年がアオイの前に忽然と立っていた
『その願いを叶えてあげるよ』
『誰?』
アオイが顔を上げるとそこには壮絶な美貌を湛えた少年が立っている。
金の髪に金の瞳が神々しくも輝いているが今のアオイには何も感じない
『娘が会いに来るまでゆっくり寝ているといい』
『レイカは生きてるの!!』
『元気だよ』
アオイは疑う事無くその少年の言葉を信じた。
『あっあー 有難うございます!』
『僕が助けた訳じゃないから感謝されても困るんだけど』
レイカが生きていると聞き精気が戻り一刻も早くレイカに会いたくなる。
『レイカを捜しに行かないと!』
『それは無理』
『えっ??』
『言っただろう……娘が会いに来るまでゆっくり寝ていなさい』
少年の言葉に拒否しようとしたが光る金色の瞳と視線が合った途端意識が沈むのを感じる。
『いやだ…レ・イ・カ…… 』
少年は倒れ込むアオイを闇の褥に横たえる。
『君という不確定要素のお陰で楽しくなったよ。此方こそお礼を言いたいくらいだ」
少年は眠るアオイの額に唇を落とす。
チュッ!
『有難うアオイ、次に目覚める時に待ち受けるのは絶望か至福…どちらだろうね?」
少年はクスクス笑いながら闇の中に消えて行った。
「レ…イ…カ… 」
母様……?
母様お腹すいた。
唐揚げは出来てる?
今夜はレイカの大好きな唐揚げ作って待ってるって言ってたから楽しみにしてたの!
母様?
何故返事をしてくれないの
「母様!?」
パチリと目を開ける。
???????
「夢?」
辺りは薄暗く何故か体のあっちこっちが痛む…良く見れば地面で寝ていたようだ。
「へっ?レイカなんでこんな所で寝てるの??」
辺りを見渡すとうっそうとした森の中
「!? 何でこんなの所にいるの???」
「ウキッキィ??」
横からハクの声がしたと思うと頭に重みを感じる。
「ハク、此処が何処だか分かる?」
「キッキ~?」
どうやら分からないらしい
確かファン様のお屋敷にいて……
それから戸棚で家に戻って……
それから
「えっ?!」
!!!
「そうだ母様が父様に斬られ…… 」
思いだしてしまった
「ひぃ―――――――っ 母様が…母様が死んじゃった!! 早く家に帰らないと!! 」
一気に気が動転して方向も分からないのに走り出す。
「母様! 母様!! ヒィーェエーン エーェンーーー 」
泣きながら訳も分からず走り続け、木の枝や葉が擦れるため服は破れ顔も擦りキズが出来るのも構わずひたすら走り続けるが、森は何処までも続き抜ける事が出来ずとうとう力尽き倒れる。
ビッシャッ!!
顔から倒れ込み鼻の頭やおでこをぶつけるが痛みより母様が死んだ事が悲しくて、其のまま大声で泣く
「ゴメンなさい…ヒック レイカのせいだ… エ―ン エ―ン ウエーェン…… 」
体中の水分が抜けるほど泣く
ここが何処なのか
どうしてこんな森にいるのかどうでも良かった
母様がいないならこのまま泣き死んでしまおうと思っていたが、人間そう泣き続けるのにも限度があると知る
いい加減に涙も枯れ果て頭もボーッとして仰向けになり上を見ると木々の間から青空が見え、目が覚めてからかなりの時間が経ったようだ
きっとこのまま寝ていれば肉食獣か妖獣に食べられて死ねる
死んだらきっと母様に会えるはずだよね
目を閉じてその時を待つ
どうせ足もボロボロで歩けないし食料も水も無ければこの深い森で生きるのは難しい状況だ
「 …… 」
フー フー クン クン フー
何かの鼻息が顔に当る
ハクかな?
目を開けると目の前にはこげ茶色の大きな獣の顔がレイカの顔に匂いを嗅ぐように鼻を近づけていた。
「!!」
それは大きな立派な狼だった。思ったより早い展開だが早い方が楽かもしれない
しかし狼は一向に食べようとはしない
「レイカを食べに来たんでしょ? 食べるんなら息の根を止めてからにして」
流石に生きたま食べられるのゾッとする
目を瞑りジッとしていると狼が話しかけてくる。
「変な奴 ロウに食べられたいのか?」
「うるさい! レイカは母様のいる瞑界に行くんだから、さっさと殺しなさいよ!」
泣きすぎたせいか声がかすれ自分の声じゃないみたいだった
「子供かと思えば婆さんみたいな声 クックック」
なんて失礼な狼
??
そもそも狼って話せるの?
体を起こし狼を見るとその巨大さが分かる。小型の馬程ありレイカなど一呑みで食べてしまいそうだが恐怖は湧かなかった。
「お前、顔も酷いぞ… それにしても珍しい髪の色だな初めて見た」
声は狼ではなく更に上から聞こえたので顔を上げると狼の背に乗る一人の少年がいた。
髪は真っ白で斬ばらな短髪に少し浅黒い肌に吊り上がった目には赤茶色の瞳が輝いている精悍な顔立ちの十歳前後の少年
「あんた誰?」
「お前こそ何だ?」
お互い睨み合うが、レイカは母親の事でとても言い合う元気もない
「どうでもいいよ……それよりその狼にレイカを一呑みで食べるように言って」
「ロウは美食家だからお前は食わんぞ」
なんて贅沢な狼なんだろうと思ったが、食べないのなら用はない
「ならどっかに行って… そんな大きな狼がいたら他の獣が寄って来ないから」
そのままもう一度寝ころび空を睨む
「お前、普通は助けてくれだろう…変な奴。 迷子じゃないのか??」
少年は戸惑っているようだがレイカには関係ない
早く母様の所に行きたかった。
母様を思うと、出尽くしたと思った涙がまた流れる。
すると何かがレイカの顔の側にやって来てその涙をペロペロ舐め出すので、横目で見るとハクが慰めるよう懸命に涙をぬぐっている。
「ハク…」
「そいつが俺達を此処に連れて来たんだぞ… なんで死にたいか知らないがそいつを残していくのか」
ハクが!? そういえば悲しくてハクの事を考えもしなかったのにハクはレイカを助けようと人を呼んで来てくれたの…
「レイカが死んだら寂しい?」
「キィ~」
「ゴメンねハク… でもレイカは母様に会いたい…もう疲れたから眠らせて…」
レイカは身も心もボロボロで生きる気力が湧かずそのまま気を失うように眠ってしまった。
「キィ~ キィ~ キィ~ キィ~キィ……… 」
ハクは気を失うレイカに取り縋り悲しげに泣き続けるのだった。
「なんか面倒な奴を拾ってしまった」
ロウの背にさっきのガキを乗せ自分も飛び乗る。
白い子猿はガキにへばりついて心配そうに顔を舐めたり健気で可愛いがガキの方は涙と鼻水とドロドロでしかも生意気だが、一応小さな女の子をあのまま見捨てるのも後味が悪い
そもそもこの危険な妖獣の森にガキが一人いるのは不自然で最初は妖獣の類かと警戒したがただの小汚いガキ
妖気も神気も感じないただの人間としか思えない
しかしこの黒髪は凄い、これなら多少不細工でも少しの間だけなら側に置いといても良いかもしれない。 飽きたらそれなりの家の養女に世話をすればいいだろう
「行くぞロウ! 屋敷までゆっくり行け」
「ウォーン」
午前の勉強をさぼって帰りにくかったが、こいつのお陰でごまかせそうだ。
一時ばかりロウが走ると俺の屋敷が見えてくる。
「インフーの奴怒ってるだろうな…」
屋敷の門の側に行くと銀色の髪の青年が怒りを顕わに立ちくして、少年の姿を確認すると逃がすまいとばかりに駆け寄ってくる。
「フォンフー様 貴方という方は大事な勉強をさぼるとはどういうつもりですか!!」
予想通りにこめかみに青筋を立て怒ってくるので、さっきのガキを抱き上げインフーに向かって放り投げると反射的に受け止めるインフー
ドッサ!
「なっ何なんですか!!??」
「そのガキを拾ったから、世話を頼む!」
拾ったガキを押し付けサッサと屋敷の中に入り玄関の前に行くとロウから飛び降りると同時に家令が扉を開ける。
「お帰りなさいませフォンフー様」
「うむ、腹が減ったから食事の用意をしろ」
「はい かしこまいりました」
食堂に入りドカリと座り食事が来るのを待つが、その頃にはすっかりレイカの事を忘れていたのだった。
一方、レイカを押し付けられたフォンフーの世話係のインフーは主から預かった物を見ると小さな少女、しかも驚くべき事に見事な黒髪をしていた。容姿は泥や擦り傷でよく分からないが顔が腫れているせいか少々残念な顔が伺える。
「人間の少女など何処から拾ってきたんですか…困ったお方だ」
フォンフー様はこの白虎国の虎王様の第八皇子であるが、末っ子のせいか自由奔放にお育ちになり、八年前から世話係兼教育係を仰せつかったが苦労が絶えず最近は胃が痛い
溜息をつく毎日
兎に角今はこの少女を何とかしなくてはいけないだろう。
「取敢えず侍女にお風呂に入れて貰いましょう」
「ウッキ」
突然、猿の声が少女から聞こえ驚く
「猿??」
良く見ると少女の服の中から白い猿が顔を出していた。
「白い猿とは縁起が良い! フォンフー様がこれで真面目になれば良いのだが」
つい自分の願望を願ってしまう
レイカを運びながら屋敷に入り、サッサと侍女を捜してレイカを預けたかった。
玄関から入ると丁度古くから仕えている侍女頭が通りかかったので呼びとめる。
「チェンさん、この子をお風呂に入れて欲しいのですが」
「まー インフー様その子供はいかがなされたのですか?」
少しふっくらとした茶色の髪に緑の目の年配の人間の女性だが良く気がつき優しいので、侍女達や使用人に慕われている。
「フォンフー様がどこかで拾って来たようです」
「あらあらー フォンフー様らしい オホッホッホッホ」
「おまけに白い猿もいますから気を付けて下さい」
「白い猿! それは良い事の前触れでしょう。 大事に扱いますので御心配なく」
少女を侍女頭に受け渡し、肩の荷が下りる。
小さい子供など世話をした事がないので扱い方が分からない
いや、フォンフー様の扱いさえ右往左往している私には手に余る。
此処は子育てのベテランのチェンさんに全てを任せよう
それよりこれからフォンフー様にお説教をして午前の勉強の遅れを取り戻さねばならない
急いで主がいるであろう食堂に向かうのだった。
食後は昼寝をしようと思っていたらインフーの奴に監視されながら午前中の勉強をさせられている。 ハッキリ言って俺に机に向かって大人しく勉強しろというのが土台無理な話
上の兄達が優秀なのが揃っているんだから末子の俺が頑張らなくても国は安泰
虎族でも王の息子である俺は遊んで暮らせる程の財産も既にあるんだから、勉強も程々で済ましても誰も困らない
インフーは生真面目すぎるのが欠点なのだ
俺なんて父王も期待せず好きにさせてくれており、窮屈な王宮暮らしが嫌だと言えばこの王都から離れた離宮を与えてくれた……所謂厄介払いとも言う
王都で問題を起こされるより田舎で好きにしろという感じなのだがインフーは分かっていない、俺より数十年も生きている癖に純粋な子供のような所があり臣下の鏡のように職務に忠実だ、俺のせいでこんな田舎暮らしをしているのに文句ひとつ言わない良い奴ではあるが
「フォンフー様 手元がお留守ですよ! それでは何時まで経っても終わりません!」
「うるさい、分かってる」
もう少し肩の力を抜いてくれれば俺も楽なんだがと考えていると侍女頭が入ってくる。
「フォンフー様お勉強中に申し訳ありませんが、少しお時間を頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
何時もは朗らかにしているのに、なにやら困惑している感じである。
「チェンさん、後にして下さい」
真面目なインフーが横から口を出す。
「どうした、話せ」
俺としては少し息抜きもしたかったので話を聞く事にする。
「先程の少女の事なのですが、服を脱がし風呂に入れたところ…これが服に入っておりました」
そう言い掌に握っていた布包みから一つの髪飾りを取り出す。それは真珠を数十個あしらい花を模った髪飾り、一目見ただけでそれは相当の価値があり、これだけで十年は遊んで暮らせる代物だ
少女と言われ最初はピンとかなかったが直ぐにあの小汚いガキだと思いつく
「あのガキ何処からか盗んできたのか? 」
「それともう一つ、丸い石のついた金の鎖の首飾りをしているのですが、その石というのが道端にある石と変らない変哲もない石なのです」
「何だそれは…? 持っているなら見せろ」
「それがー 外そうとすると白い猿が突然怒り出し噛みつこうとするので止めておきました」
あの大人しそうな子猿が威嚇するとは真珠の髪飾りより価値があるのか?
興味が湧き後で見に行く事にする。
「それとこれが一番重要なのですが…あの少女は人間なのでしょうか?」
「ただの人間のガキだ、そうだな?」
一応インフーにも確認をとる。
「はい、神気も妖気も感じませんでした。 どうしてそう思われたのですか?」
「お風呂に入れている時に気がついたのですがあの子のお腹にお臍が無かったので驚いてしまった訳です」
「「 へそ?! 」」
へそが無い人間などいるのか????
へそは母親の胎盤と胎児と繋がり其処から栄養を貰っていた時の名残のはず
「本当に無いのか!?」
「はい、ツルツルでございました」
侍女頭も困ったように答える。
「へそが無いという事は他の三神国の卵を産む神族しか考えれませんよフォンフー様」
我々、虎族は赤子で産むが他の龍族、亀甲族、鳳凰族は卵を産むのでへそが無いので密かに虎族は人間のように子を産む事をバカにされている。全くあほらしいい
「だが…どう考えても人間だぞアレは」
「そうですね…」
なにやら迷子や親に捨てられただけのガキかと思えば、かなり訳有りのガキを拾って来たらしい
ここの暮らしにも飽きて来たので、何か面白い事が起きそうで心が沸き立つフォンフーだったが、インフーには他の神族の面倒事に巻き込まれてしまったようで更なる胃の痛みを感じる。
取敢えず三人は少女が目覚めるのを待つ事にするのだった。