苦悩する男達
龍王が漸く安寧を手に入れて数年が経ち、益々活気あふれるようになった青龍国に春風が吹きそよぐ中、レイカの恋を巡る話の始まり。
果たしてレイカは恋を手に入れられるのでしょうか?
皇女レイカもそろそろお年頃で龍族の若者達の垂涎の的
しかし皇女の立場ではおいそれと、近ずく事が出来ず、公式の場でその姿を拝見するしか無い
そんな中、有力龍族達が自分の息子を売り込もうと龍王に直訴が殺到
いい加減無視する訳にもいかず、龍王ルェイロンは春の園遊会を催す事にした。
国庫がひっ迫してので贅沢な宮廷行事は廃止され久しかったが、これを期に復活させる事にした。以前なら、国庫が潤沢な現状でもそんな無駄な事をしようとも考えないのだが、アオイの影響により徐々に人生を楽しむ余裕が生まれ、大事な愛する伴侶を喜ばせたいと言う面の方が多いのだが……
それに頭の上がらない娘のレイカが恋人でも作れば、少しは母親と距離を取り自立してくれればと言う、邪まな思いもある。
宮廷の行事を取り仕切る典儀長官ガンランロンに命じ各州から選りすぐりの龍族の若者や姫を集めさせるのだった。
レイカに若い龍族達と交流を持たせるという名目だが…実質は、集団お見合いと言って過言ではない。宮廷内は誰が皇女様の心を射止めるかと言う噂で持ち切りだった。
そんな噂を耳にする度に心穏やかでない者が一人いる。
青龍国丞相ユンロンその人だった。
密かに皇女に想いを寄せていたが自分の年齢や立場を考えると、どうしても告白する気になれず、それに一番大きな問題はアオイ様に想いを寄せていた事を知られてしまっていた。
今さらそんな男の想いなど若い皇女には受け入れて貰えるとは思えず、見守るり続けれるだけ以前の恋よりましだと考えていたのだが
いざ皇女にこのような話があるだけで、胸が苦しかった
目の前で愛する女性が他の男と恋に落ちるなど嫉妬せずにはいられない
龍王の執務室に向かう途中で典儀長官ガンランロンとすれ違う
「これは丞相様。相変わらずお美しい…見る度に、この老いぼれの寿命が延びる気がしますぞー」
しわくちゃの顔に埋もれるように青い目が孫でも見るように優しい光を湛えていた。
このガンランロンは古い龍族で二代前の龍王から仕えているが、前王の時は隠居していたのを、無理を言って出仕して貰い復興に手を貸して貰ったのだ。今では典儀長官と言う役職だけの名誉職に留まって貰っていたのだが
今回の園遊会の為に忙しくなってしまった。
「ガンランロン様、この度は大変なお役目を任されたようですが、お体は大丈夫なのでしょうか」
既にかなりの老齢で何時龍核が現れるか分からない体。
「なあ~に 最期の勤めだと思っております。 生きている内に陛下の伴侶様ばかりか、あのような美しい皇女様にお目見出来るなど僥倖。 漸く長生きして良かったと思っておりますのじゃ。 その皇女様の為にも三国一の花婿を見つけて差し上げねばと張り切っておる次第」
ニコニコと更に目尻を深くして嬉しそうに言う
「それならば良いのですが、誰か有力な候補者はいるのですか」
皇女の相手が、つい気になって聞いてしまうと
「はい、近年は神力の高い若者が増えており喜ばしいばかり。 その中で群を抜いっておるのは徐州のシャオチンロン様でしょうか、皇女様ともお年も近いですし人柄も申し分ないと思っております」
老人がそこまで誉める相手は以前陛下が徐州に出向いた時に自ら倒した前州知事の嫡子だったと記憶していた。本来なら父親共々死罪だがフェンロンの助命により助かった子供
どうやら人間の血が混ざった為に迫害され放置されていたらしく、父親の悪い影響を受けずに済んだらしい。
「そうなのですか…私も一度調べてみましょう」
「ホッホッホ~ お手柔らかに願います。丞相様はお厳しい故」
そう言って二人の側近を引き連れ立ち去って行った。
その後姿を見送り、乱れた心を落ち着かせてから龍王の執務室に向かうのだった。
部屋の前には二人の衛兵が立っており私を見ると素早く扉を開けてくれるのでそのまま入室すると、机に山のように書類に埋もれる龍王がいた。
恐らく先程ガンランロン様が持ちこんだ龍族の身上書
「陛下宜しいでしょうか」
「ユンロンか そなたにもこの名簿を見て貰おうと思っていた所だ」
「今度、皇女様に引き合わせる者達ですか」
「そうだ。ガンランロンが推しているのはこの三人だそうだ」
そう言って渡されたのは三人の若者の姿絵と身上書
一人は先程ガンランロン様が推していたシャオチンロン。銀色の髪に青い目の優しげな面立ちの青年。年齢は九十三歳の成人前ながら州知事の職を立派に勤め上げており父親の悪行を詫びる為にも善政を施していると記され短所ま記されていない
二人目は魯州の州知事の嫡子のメイファンロン。藍色の髪に金の目を持つ細身の青年で儚げな様子で年齢も五十六歳と少々若すぎる気がするが、皇女様は二十一歳なのでつり合いが取れないと言う訳ではない。性格は癇が強いらしいが神力の高さや金の瞳が優遇されたのだろう。金の色素を持つ龍族は特別視されるので仕方ないだろう
三人目は王都の多くの将軍を排出する名家のジャンバルロン。水色の髪に銀の瞳の青年で痩身ながら、その優雅な剣さばきの技量はフェンロンの次を行く存在で百五十七歳の若さで左軍の大将軍を勤め氷の貴公子と王都でも人気を博している人物。悪い噂はあまり聞かないが女性面でフェンロン程ではないが浮名を流しており、皇女の相手としては絶対に避けたい。
確かに徐州のシャオチンロンが皇女に最適な若者だが…
皇女の横に立つ姿を考えると胃が焼け付くようだった。
「どうしたのだ?」
黙りこんでいるせいで陛下がいぶかしむ様に聞いて来る。
「いえ… 一つ宜しいでしょうか」
「なんだ」
「予てより皇女様には気に賭けている男性いらっしゃるようです」
「初耳だ 何者だ?」
「丞相府におりますテジャと言う人間ですが大変優秀な若者。皇女様が幼少の頃通われていた学問所で知り合ったらしく宮中でも時折二人で会う姿が目撃されています」
「そうなのか…あのレイカが」
「テジャは人間ながら有能な人物ですので、どうか候補の中にお加え下さい」
「そなたが推すなら間違いはなかろう。 人間だからと言って差別する気は無い。レイカが望むなら許そう」
「有難うございます」
「それよりそなたはどうなのだ?」
「はっ!!?? 何の事です」
思わず自分が皇女の伴侶候補にと言われたのかと思い驚いてしまうが直ぐに勘違いだと気がつく
「? そなたもいい年であろう。 身を固める相手はいないのか」
何か探る様に聞く
どうやら今だアオイ様に心を寄せているのではないかと勘ぐっているのだろう
「私は誰も娶る心算は御座いません」
矢張り勘違いしている
「まさか 今だアオイを」
陛下に人の心に鈍すぎるのだ
あの大変な危機を乗り越えて来た状況で私の心を疑うなど信じられない
こんな陛下ではアオイ様の苦労がしのばれるが、私の皇女に対する気持ちなど気付きもしないだろう
「何時までも、陛下の伴侶様を想い続けるほど愚かな男とお思いですか。王妃様には臣下としての思いしか既にありません。婚姻を結ぶ心算は無いだけで側室は迎える心算はありますので御安心を」
睨みながキッパリとこの鈍い男に叩きつけるように宣言しておく
この事でアオイ様が責められてもお気の毒なので
「……分った。 邪推してすまぬ…」
素直に詫びてくる陛下、以前なら考えられないのだが……
こんな陛下が父親など皇女も不幸だ
夫としても問題だが父親となると更に大問題ばかりの人物
王としては立派だが家庭人としては残念としか言いようがない
陛下を目の前にして胃が更にムカつき穴が空きそう
皇女を過酷な運命に押しやった男かと思うと殺意まで沸いて来る
お優しい皇女もアオイ様も良くこの男を許せたものだ
「分かって下さればいいのです。 それより、その様に無粋な事ばかり言っては皇女様に益々嫌われるのでご注意ください」
「 …… ああ」
皇女の事を言われると耳が痛い陛下
父親として如何に至らないと自覚しているだけ、ましなのかもしれないが
それから気が済むまでネチネチと陛下に嫌味を並べながら仕事の話をするが、何故か非常に疲れてしまった。
年だろうかと思い始める自分に愕然とする……
後…百歳若ければ皇女に愛を囁けたのだろうかとバカな事を考えてしまう
自分らしくない想いに自嘲するしかないユンロンだった。
それから数日後に園遊会の招待状が送られ各龍族に届けられる。王都の名だたる龍族と州の各知事と側近、それと皇女レイカの交友目的に若い男女の龍族達、そして例外として青龍国に貢献する人間二十名だ、その中でただ一人の若者がいた。
それはユンロンの執務室に呼ばれた若き官僚テジャだった。
「ユンロン様、何かの間違いではないでしょうか?」
「いいえ、陛下直々の招待状、大変な名誉ですよ」
そう言って陰りのある笑みを浮かべるユンロン
普通の者ならばその色気にあてられてボーッと見惚れる所だがテジャはそうではない
違う意味で卒倒しそうだが
「人間の私など、とてもお受けできません」
この招待状の意味を知っている。
王宮でも若い龍族と皇女を引き会わせる為の余興だと
それに呼ばれる事はすなわち伴侶候補者
冗談じゃない!
最近ではレイカが時折自分の部屋にやって来るので会っているのは誰も知らないはずで、噂も下火になり安心していた所
しかも人間の自分が呼ばれる筈がないと高を括っていたのだ。
これはある意味、死への招待状
必死に断ろうとするが
「これは正式な物、断るのは不敬です。謹んで受けなさい」
「承知しました」
そう言われれば逆らえるはずもなく唯々諾々と受け取り執務室を後にするしかなかった。
怒りの形相で廊下を歩きながら一目散で誰も立ちいらない書庫に入り込み鍵を掛ける。
そして想いの丈を込めて悪態をつき始めるテジャ
「ぬぅおおおーーーー! あの糞女!! 絶対に俺に悪運を運ぶ疫病神だ! くそーーーー!」
懐にある招待状をビリビリに破りたい衝動に駆られるが必死に抑え、冷静になろうと息を整える。
「ゼェー、ゼェー、ゼェー、ゼェー、 これで俺は一体何人の龍族を敵に回す事になるんだ!?」
確実にそこに呼ばれた龍族のバカ息子達は俺に殺意を向けるのが容易に考えついてしまう
宮廷で皇女と噂された人間の男
皇女の本命に近いと思われても不思議ではない
本当の恋敵は天下に名だたる丞相ユンロンその人なのに
本人も全く気付いていないのが先程の様子でもうかがい知れる。
「なんて茶番だ……」
全ての招待客があて馬でしかない
それを知る俺も道化でしかないのだ。
「一層の事レイカの気持ちをユンロン様に暴露しようか」
ヤケクソで、つい…そんな事を考えてしまう。
だがそれでは怒り狂ったレイカに何かされそうだ。
皇女で莫大な神力を持つレイカは昔の何の力もない人間の少女では無いのだ……
全く厄介な存在だ
「反対に、あの女にユンロン様がレイカを好きだと言ったとして……果たして信じるか?」
そもそも何故、自分が間を取り持たなければいけないのか釈然としない
これだけ迷惑を掛けられては今さらだ。
恐らく明日の非番の夜にレイカが好いた男の近況を聞く為に訪れるはず
「クックックックッ…… レイカ…明日は覚悟しろよ」
少し嫌がらせをしないと腹の虫が治まらないテジャだった。