龍王の娘
再び母様とこの結界の家で暮らすようになり五歳の頃の自分に戻ったように甘えた。
夜は同じ寝台の同じ布団で寝ようとした時の母様の慌てようは今でも忘れられない
「えっえーー 駄目だよレイカ」
真っ赤な顔で拒否する母様の布団に無理やり潜り込んで抱きつく
「レッレイカ!!」
「今の私は五歳なの」
「 !! もう……しょうがないな 」
諦めたように私の頭を撫でながら許してくれた。
大きかった母様の胸の中は狭くなってしまったけど昔と変わらず温かで優しい匂いに包まれ安心感が広がる。
「これからも一緒に寝ようね」
「……それはチョッと無理かも」
私にとっては変わらない姿の母様だけど私はすっかり大人の体だから恥ずかしいらしい
でもお構いなしに一カ月近くは同じ布団で寝させて貰いそれ以降は子供の頃と同じ隣の寝台で寝ている。
そして一つ気になる事が
母様が寝台に隠していた手紙と真珠の髪飾りが包まれていたた黒い包み
母様がいない隙にこっそり見てみるとそのまま隠されており考えてしまう
知らない振りをすればよいのか
正直に話せばいいのか悩んでしまう
その内ファン様に相談する事にした。
久しぶりの親子水入らずの夜を過ごした翌朝
二人でご飯を食べていると
「アオイーー! レイカーーー!」
懐かしい呼び声と共に涙でグチャグチャのサンおじ様がポッカリと空いた瞑道から飛び出して来て驚く
「兄さん!」
サンおじ様は母様に抱き付いて泣きだし大変で私の姿を見て更に驚き泣きだす。
「レイカ すっかり大人の女性に すみませんレイカ…… 不甲斐ない私は何も出来ず……うっうぇえぇん……」
シクシクと泣くサンおじ様を母様が宥めて椅子に座らせ私がお茶を出す頃には落ち着きしげしげと私を見詰める。
「あの小さなレイカがこんな綺麗な女性の姿で戻って来るなんて しかも龍気を纏って本当に龍族になったんですね」
そう言って心底嬉しそうに微笑む
「心配かけてゴメンねサンおじ様」
頭を下げて謝ると微妙な顔のサンおじ様
「おじ様……」
「レイカ なんか違和感があるんだけど……」
母様にそう指摘され確かにそうだった。
なにしろ見た目は二〇代前半の柔和で中性的な美青年を十八歳の私がおじ様と呼ぶには無理があり変
「なんて呼べばいいのかな?」
「う……ん 小さい頃は良かったんだけど 兄さんは何て呼ばれたい」
「えっ そうですね…… ……うっ…分りません 」
結局のところサンおじ様に落ち着きそのまま夜まで留まり私のこれまでの話を聞かせ懐かしみあったのだった。
――― 一月後 ―――
それから毎日後宮のファン様の所に行き龍族の女性の嗜みや所作を勉強したりしているが
「さあレイカ様今日のお召し物はコチラにしましょう」
「髪は私にお任せを」
「化粧は私が」
相変わらずな侍女さん達の着せ替えから一日が始まり優雅にファン様とのお茶を楽しむのが殆どの様な気がする
今日もファン様達とお茶を飲んでいると
「レイカただいま!」
白い髪に赤い目の小さな女の子が瞑道から飛び出して抱きついて来る。
「お帰りハク ハクもお茶お飲む」
「飲む!」
「ハク様には甘い物を用意してきますわ」
侍女さんの一人がそう言って席を立つ
「レイカお手紙」
ニコニコ笑いながら私の膝に乗る。
白いフワフワの毛が顔にかかりこそばゆい
ハクは変わってしまった。
天帝の使いで崋山のお父さんに逢いに行き五日後に帰って来ると七、八歳くらいの少女の姿になっていたので驚いた。話を聞けばハクのお父さんが元の力を取り戻し神に戻っり神核をハクに分け与えて人間の姿にしてしまったのだ。
かなり溺愛している。
元よりハクは神獣で小さいながら神核を持っていたから出来た事
最初は驚いてしまったが今では慣れてしまい本当の妹のよう
そして神力の上がったハクは自ら瞑道を開け私の所とお父さんの所を行ったり来たりして暮らしているのだ
「フォンフー様からだわ」
時折手紙の遣り取りをしている。
フォンフー様はハクのお父さんによって人間の姿を取り戻したが神仙としてハクのお父さんに仕えておりフォンフー様いわく白虎国に戻ったら兄上に虎王を押し付けられそうでしかも国に未練など無い
らしいと言えばらしい
手紙の内容はインフー様と自分の近況といい加減顔を出せとの催促
インフー様は第二皇子様と上手くやっているようだが婚姻を断っているらしく
初恋の相手なので幸せになって欲しいが相手は遊び人ぽい第二皇子
フェンおじ様もサンおじ様に逢う前は青龍国一の女たらしだった様なので大丈夫かと思うが心配
だけど私が口出しする事は出来ない。
「フォンフー様が一度顔を見せろと言っているんですけどその内行ってもいいですか」
ファン様に尋ねると
「崋山ならば何の問題もありませんから御自由に」
龍族として目覚めしかも龍王の娘の私は無暗に他国に行く事は出来なくなってしまたのだ。
「はい」
「ハクも行く!」
「それより明日より丞相の講義が始まりますのでご了承ください」
「 えっ! /// 」
突然の発言につい驚いてしまう
「都合が悪ければずらしますが」
「大丈夫です」
ユンロン様に会えると思うと心を浮き立たせていると
「「「 愛しの丞相様にお会いできて良かったですね! 」」」
「レイカ様をからかうのはおよしなさい」
「「「 は~~い 」」」
「 !! 」
エ―――――――――――ッ!?
何故か後宮の皆に私の気持ちがばれてしまっているの??
まさかユンロン様にもばれているのとオロオロしていると
「大丈夫ですよレイカ様 丞相は気付いておりませんから」
ビック
まるで心を読まれているかのような言葉
カ―――――――――――ッ ///
「何の話か分かりません!」
恥ずかしくって誤魔化すように席を立ち上りハクを連れそのままサンおじ様の部屋に逃げ込んでからかわれた事を愚痴ると
「あの方達に敵う人など誰もいませんよ」
諭されてしまう
確かにファン様は何から何まで見通しているような気がして絶対に敵に回してはいけないと思うのだった。
翌日はユンロン様に会えたのだが堅苦しい態度で講義がなされその態度は崩れる事は無く『それでは皇女様この本を次回までにお読みになって来て下さい』と最後に手渡されたのは君主論の本
本当に先生と生徒としての遣り取りしか無く素っ気ない物になってしまう
落ち込む私はユンロン様に何を期待してしまったのかと恥ずかしくなり
私ってバカだわ……
暫らくすると悲しくて泣いてしまったのを様子を見に来た侍女さん達に見られてしまうが何も言わず美味しいお茶を淹れて慰めてくれた。
それからも結界の家で優しさが嘘の様な態度だが冷たい訳では無く教師として優秀で丁寧に時には厳しく教えてくれ、誉めてくれる時はとびっきり優しい顔を向けてくれるので、懸命に勉強をし少しでも認めて欲しいと思うようにる。
なにしろユンロン様は青龍国の丞相を長年務めている程のお方
聡明で博識全てにおいて完璧で立ち振舞いにも隙がなく大人の男性
私など子供すぎて相手にもして貰えないのは当然だ
何時か振りむいて貰えるような女性になろうと日々努力しようと決意した。
それまで恋人が出来ないよう願わずにはいられない
――― 三年後 ―――
「ね… レイカ ソロソロ私とは部屋を分けた方がいいと思うんだけど」
夕食中母様が突然話を切り出して来た。
「駄目」
親と一緒に寝ているなど子供っぽいと自分でも思っていたが隣に母様がいるととても安心して寝れる。きっと小さい頃に離れ離れになった所為だろうけどテジャが聞けば鼻で笑われるだろう
「でも レイカも大人だし一人の部屋が欲しいでしょ」
まだ大人じゃない まだ子供でいたいと心が叫ぶ
じゃないと母様を父様に返さないといけない気がした
「母様は私が邪魔なの」
「違うよ そんな心算は無いから」
「御馳走さま」
ガッチャ!
急いで残りのご飯を食べて食器を持って台所に持って行き水場に置き、そのまま部屋に行き閉じこもる。
今夜はハクがいないので一人寝台に座り
「母様のバカ」
母様の寝台を眺めながら考える。
部屋を別にしたいと言われ早く自立して父様と暮らしたいと思っているのではと一瞬勘ぐってしまった。
違うとは分っているけど
本当は私が後ろめたいと感じているから……
何時までも愛し合っている母様達を引き離している自分にいい加減自己嫌悪していた
時折、王宮の私室に呼ばれお茶を共にするけど気の利いた言葉一つ言えず、元気か何か困った事はないかと毎回同じ事を無表情で聞いて来るだけで間にいる家令のクンキュウロンさんが右往左往して可哀想だが返事をせず無視をしている。
この人なりに精一杯歩み寄ろうとしてくれているのは分っているけどもう少し困らせてやろうと意地悪している子供っぽい私
「こんなんじゃユンロン様に何時まで経っても振り向いて貰えないよね…」
寝台の下には既に手紙の入った黒い包みは無い
サンおじ様が母様にソロソロ処分してはどうかと持ちかけ私には内密にとサンおじ様が後宮に保管している。勿論母様は私がその存在を知っており真珠の髪飾りを持ち出したのを知らないまま
「どんな手紙の遣り取りをしたのかしら」
サンおじ様も知らないようだが亡くなった母様の世話をしていたおじいちゃん達はお互い近況を教え合うような他愛ない内容だったと話してたらしい
ユンロン様は自分の気持ちを伝えてはいない
「母様はユンロン様をどう思ってたのかしら あの人より百倍は素敵なのに」
あんな酷い男よりユンロン様を好きになった方が自然
そもそもあの人の何処が良いんだろう??
確かに顔は良いだけの無愛想な男で面白味の欠片もない
母様の趣味を疑う
だけど母様は本当にあの人を愛しているのは時折切なそうに指環を見詰める目で分っている。そんな時は会わせてあげたくはなるけどそれはあの男を喜ばせる事
そこがいまだに引っかかる
だけどこのままではいけない
母様は決してこの結界から出ようとはしない
私がどんなに誘っても後宮にすら行こうとしないのだから結構頑固
きっとあの人が来るのをまっているのだろう
私では結局この結界から解放出来ないのだ
暫らくすると母様がノックして来る。
「レイカ 入るね」
急いで布団に潜り込んで寝た振りをすると入って来た母様は溜息をついて
「お休み レイカ」
そう言って自分も床に就きお互い気不味いまま寝てしまうのだった。
翌朝も素直になれず朝御飯を食べてそのまま後宮へ瞑道を開けて行ってしまう
どうしても素直に謝れなかった。
後宮に着くと直ぐさまファン様に相談する為に豪奢な廊下を進み最奥にある扉を開けると長椅子に座り静かに本を読んでいる
「お早うございます」
「お早う御座います 今朝はお早いのですね」
「母様と喧嘩しました」
喧嘩といっても私が一方的に怒っているだけ
「まぁ… 珍しい事もあるものです。 さあ 隣に御座りになってお話下さいませ」
勧めるままに長椅子の横に座り話し始める。
少々感情的になりながらも自分の思いをぶつけ静かに受け止めてくれ肩を優しく抱き寄せてくれ
「レイカ様が思うようになさればいいのです。 どうしたいのですか」
「母様にあの人を会わせてあげたい」
「宜しいのですか まだ三年ですが」
「そうしないと母様はあの結界から出ようともしないもの」
「ではその旨を陛下にお伝え下さい」
「私から」
「レイカ様からでなければ意味はありません」
出来ればファン様から伝えて欲しかった
だからここに来てしまったのだと気付く
「ファン様が伝えて」
「なりません。このまま一生言葉も交えぬつもりですか、それでは以前の陛下と同じ…人を介しても何も伝わりません」
「……」
「時間はまだありますから御ゆくり考え下さいませ。 さあ侍女達が待っておりますからお着替えを」
ファン様に促され何時ものように皇女らしい煌びやかな衣装を着て着飾る。
皇女といっても今だ公式には公表されておらず一部の龍族のみが存在を知らされていた。
私は良いけど母様をちゃんとした王妃として多くの人達に認めて貰いたいし
あのままでは日蔭者と変わらない
沸々と怒りが湧いて来る。
「お加減が悪いのですかレイカ様 お料理がさめてしまいますよ」
「エッ!?」
何時の間にか昼食の席に座っていた私の目の前には美味しそうな料理が並びファン様も目の前に座っていた。
「先程から百面相をしてらしゃいますが如何なされたのですか」
侍女さん達が心配そうに聞いて来る。
「ファン様 私行きます!」
「はい 行ってらっしゃいませ」
「「「 ??? 」」」
侍女さん達は訳が分からない顔をしているのをよそに立ち上がり瞑道を開き王の執務室に向かうのだった。
瞑道を抜けると机の上で書類を書いているらしい龍王
私に気付いたらしく顔を上げるが驚いた様子は無く相変わらず無表情
「レイカ どうしたのだ 余に用か」
「用がなければ来てはいけないの」
私が返事を返すと驚いたように目を少し見開く
「いや 何時でも来てくれればよい。 …… 昼食がまだなら…」
「食べて来たので結構です」
「……そうか…」
「それより一言良いですか」
「ああ…」
意を決して息を吸い込み睨みつけながら大きな声で叫ぶ
「母様に会いたければ会ってもいいわ!!」
自分でもこんな言い方はないとは思うけどこれが精一杯だった。
そして次の瞬間信じられない事が起こる。
龍王が目の前から一瞬で消えたのだ
「えっえ?????」
なんで
何処へ行ってしまったの
「まさか…母様の所に行ってしまったの!!??」
信じられないーーーーーーーーー!
なんなのあの男は
娘の私に何か言う事はないんだろうか
あまりの事に毒気を抜かれてしまう
どれだけ母様が第一なのよ
「とても今から追いかける勇気はないかも」
きっと今頃母様を抱き締めてキスはしているだろう
もしかして母様を押し倒している場面に居合わせるの絶対に避けたい
「今日は帰れないわ……」
少し後悔しているとファン様がやって来る。
「どうやら陛下は既にいないようですね」
「ファン様!」
「父親としてはまだまだですね」
その通りだ、次に会った時は虐めよう
「はい、私の事など眼中にない感じで消えてしまいました」
「追いかけないのですか」
「 /// 両親のいちゃつく姿なんて見たくありません!」
プイッと顔を横に向ける。
「ですがこのままでは陛下が何時お戻りになるか……」
「小一時間で戻るのではないんですか」
なにしろ机の上には書類が山のように積まれている。
「十三年近くお預けを食らっているのですから二、三日はアオイ様を離されないと思われます」
うっう―――――― ///
その言葉の意味が分かる私には刺激が強い話し
親のラブシーンなど想像もしたくもない
だけどこのままでは母様の体が心配
「ファン様お願いです。 父様を連れ戻して下さい。」
「―――承りましょうレイカ様」
「ありがとう御座いますファン様 それでは父様には『お仕事を怠けたら速攻逢うの禁止!』 母様には『母様離れするから一人で寝るわ 怒って御免なさい』それと私は暫らく家には帰りません」
とても帰る気にはなれない
在る程度の性的知識はあるのであの家で母様達が行うであろう行為は分っており
愛し合っている二人が一つ屋根の下ないもない訳がないのだ
子供のままでいたかった……
せめてもの救いは私の寝室で行われない事
客間の大きな寝台の意味を今知る私
「それでは陛下を連れ戻してきますのでレイカ様は後宮でお待ち下さい」
「お願いします」
向こうで待ち受ける事態を気にしないのか直ぐさま母様達の元に向かったファン様
ファン様ならどんな場面に遭遇しようと気にしないだろう
部屋に一人残りこれからの事を思う
これから母様は後宮の主―王妃として優雅に暮らせる。
王妃として着飾り料理も掃除洗濯、畑仕事もせずに趣味の組み紐をしたりゆったりと過ごすのを想像するが
「でも……母様じゃないみたい」
なんだか結局は結界の家に戻ってしまいそうな予感がした。
それはそうなったら
出来るだけ母様の希望を叶えたい
なにしろ私も父様も母様には大甘なのだから
「ソロソロ後宮に戻らないと」
幾ら何でも直ぐに父様とは顔を会わせたくない
乙女心は色々複雑なのだ
そして瞑道を潜りながらこれからの事に思いを馳せる。
漸く私の新しい人生が始まるのを感じた。
龍王の娘としての
「でも面と向かってまだ父様とは言えないわ」
なにしろあの人は父親としての意識がまだ薄いようだ
絶対生涯母様優先に違いないだろう
出口の光が見えてくる。
私の人生は始まったばかり、龍王を継ぐにしても色々問題はあるだろうしもしかすると母様達の間に私より強い龍族が生まれる可能性もある。
「そうなったら龍王なんて押し付けちゃおう」
フォンフー様同様に私もそんな面倒な立場になりたくないのが本音
それより私は好きな人の花嫁になりたかった。
取敢えず今はユンロン様の心を射止める大人の女性になるのが目標
「ユンロン様にみあう大人な女性ってどうすればいいのかしら? 侍女さん達に相談しましょ」
何れも大人の色気漂う美女ばかり
そう言えば侍女さん達に恋人はいるのかしら
恋の話も色々聞かなくっちゃ
「頑張らなくっちゃ!」
そして私は暗闇の道を抜け眩い光の世界に踏み出すのだった。
数奇な運命に流された龍王の娘レイカ
彼女の物語はここからまた始まる。
龍王の娘はここで完結します。なんだかユンロンとどうなるか中途半端なのでその後として書く事にしました。ここまで読んで下さった方、評価及びお気に入り登録して下さった方本当に有難うございました。 読み難い文章が多々あるので少しずつ読み返して修正予定