包容
やっと更新出来ましたが当分この調子かも…ゴメンなさい。
私は妖獣の森で白虎国の皇子フォンフー様に助けられた事や虎王の事件後日本に流されてしまった事を話すと特に驚く
母様は私が日本に流されおじい様に助けられた話をすると信じられない様子
「本当に大沢君と会ったの!? 」
「ええ 海岸に流れ着いたのを助けてくれたのが大沢のおじい様だったの。 母様が生きているって知って安心してたわ 当時は悪い事をしたと伝えてくれって」
「そう 何だか複雑かも…… でも良かった日本でまだ私を憶えていてくれる人がいたんだ」
そう感慨深く呟く
「でもユンロンさんには色々お世話になったんだ。レイカを人間になってまで捜しに行ってくれるなんてお礼を言わないと」
ユンロン様が隣にいるなど思いもよらない母様
二人を会わせたくないと言うのは私の我儘だろう
何れ会わなくてはならない
「その… ユンロン様は今この家の居間で待って頂いてるの」
「ユンロンさんが!」
目を見開き驚く
「うん 母様は会いたい」
「勿論 母親としてきちんとお礼が言いたいし」
「ならば私が呼んで参りましょう」
そう言ってファン様が出て行くが二人が会えば伴侶の龍王がいない今 母様にまた心が向くのではと怖い
母様を目覚めさせれば全てが丸く治まると思っていた自分の子供さ加減が招いた事が更に未来への不安を煽ってしまう
そして程なくユンロン様が入って来ると母様は嬉しそうに微笑みかけ、ユンロン様も懐かしそうに微笑み返し二人の間に流れる雰囲気に目を逸らしつい俯いてしまうのだった。
皇女様達がアオイ様の部屋に入り長い時間が経つ間、居間の椅子に座り所在なげに待っているとファンニュロン様が出て来て私に入室を促して来る。
「丞相 アオイ様がお呼びですから入りなさい」
「アオイ様…」
心中はかなり複雑で、いざ会うと思うと尻ごみしてしまう
なにしろ長年心を寄せていた相手であり、今は想い人の母親…どんな顔をすればいいのか分からないのだ。
「どうしたのです丞相? 早くお行きなさい」」
なかなか動かない私にアオイ様への想いを知っていたファンニュロン様が後を押す。
この扉を開ければ会いたいと恋い焦がれた相手であったアオイ様がいらっしゃると思うと自分の心が揺らぐのではないかと不安が過ぎる
それだけ強く想った相手だった
静かに扉を開くと金の髪を輝かせる皇女様の横にある寝台に体を起こして静かに座る黒髪の青年のいた。
アオイ様
そこには以前と違い長い艶やかな黒髪を真直ぐに伸ばし、あどけなさを持った少年から静謐な美しさを醸し出した青年が陛下の神玉を両手で包み込むようにし膝の上に乗せている。
アオイ様だ
以前より一層美しくなられたアオイ様は私を見ると優しげに微笑みかけた。
目の前にアオイ様がいる…
あぁ…… この方に漸くお会い出来た…
心に染みわたる様に再会の感動が広がる中、私もアオイ様に自然に心穏やかに微笑み返す事が出来る。
「お久しぶりですアオイ様 私が付いていながら皇女様には多大な御苦労を掛け申し訳ありませんでした」
そして自然に言葉が流れる。
「ユンロンさん とんでもないです! 顔を上げて下さい。 こちらこそ娘のレイカを態々迎えに行って貰い感謝の言葉もありません」
そこには親としての顔を持つアオイ様で相変わらずの謙虚さだ
「「 …… 」」
一瞬 お互い見詰め合い過去の出会いを走馬灯のように思い起こす
「うふっふ… ユンロンさんは全然変わらないしなんだか懐かしい 」
微笑んでいらっしゃるがその黒い瞳には深い悲しみが潜んでおり手に確りと神玉を持つ姿は痛々しい
「はい… 陛下の事は残念でした」
そう言うと目を伏せて悲しげに陛下の変わり果てた姿である神玉に視線を移しポツリと呟く
「レイだから仕方ありません」
「陛下の事をレイと」
思えば陛下の名を呼ぶ者など青龍国内に誰も存在しないだろう 私でさえ王位に就かれてからは名など呼ばなくなり今日まで来ており、陛下の孤独さを認識してしまう
「本名だと発音しにくっくて… 」
そう言い、はにかむ姿には陛下への愛情が垣間見え以前なら嫉妬の情が湧いただろうが心穏やかに受け止められた。
「きっと陛下は名を呼ばれ幸せだったでしょう。 あの方の孤独は測り知れず深かった」
陛下に一番近くに居たのは私だが心の奥底など一度も見せず王と丞相としての政務だけの関係と言っていいだろう
「そうだと良いんだけど… レイは私に何も言ってくれないまま眠りに就いてしまいずるい人。 こんな姿になったけど契約の指環がある限り何処か繋がっている気がするんです…」
その言葉にアオイ様がこれからも陛下と共にいるのだろう
「きっと陛下も眠りながらアオイ様の心を感じられるはず」
「はい だからレイの孤独が少しでも癒えるよう私は此処で静かに暮らす心算です。 だから」
アオイ様が言葉をつづけようとするが皇女様が
「母様! 何を言ってるの 折角ここから出れるのよ! 一緒に王宮で暮らしましょ」
顔を青褪めさせアオイ様に縋り付く
「ゴメン レイカ それは出来ない。 私はレイといたい レイカは何時でも此処に帰って来て私もレイカの所に時折行くから」
アオイ様の目には確りとした決意の強い光が見てとれた。
「どうして やっぱり龍王を封じた私を憎いの」
「違うよレイカ 龍王を継ぐレイカは此処に留まっていられないでしょ。 だからレイのように仕事が終わったら此処に帰ってくればいいんだよ」
「私は! 嫌 龍王なんてなりたくなんかない! 母様と一緒に此処で暮らすわ」
泣きながらしがみ付きながら震えさせている細い体を確り受け止めるアオイ様は困ったように此方を見る。
「ユンロンさん レイカにこのまま龍王が務まるんでしょうか」
「はい… 通例ではこの場に天帝様が降りられ龍王としての証である御璽と指環を賜り任じられるのですが当の天帝様は今は遠い異界の地 異例な事ばかりで私には判断できかねますが龍王の座は空いているといた方が正確です。 皇女様が龍王になられたなら私が出来うる限り補佐する所存です」
「そうですか 私では何の役にも立てそうにないのでレイカの事を宜しくお願いします」
そう言い頭を下げる。
この人を愛して良かった
これ程に人を包み込むような優しさを持つからこそ陛下も変わられたのだ
ファンニュロン様のアオイ様が私を慕って下さったという言葉だけで満足だった
アオイ様の心にはもう陛下しかいない
そして私も今は違う少女を愛してしまった
お互いに過去を振り返るなど愚かしい事
「レイカ 暫らくは此処で暮らして私の寝ている間に経験した事を沢山教えて、それからどうしていくか皆で考えよう。 レイカには助けてくれる人が沢山いるんだから――ユンロンさん ファン様 兄さん、フェンロンさん 侍女さん達だってきっと色々教えてくれるはず。私だってレイカが元気になるよう美味しいご飯を作って待ってる。 だから一人で全てを背負わなくていいんだよ」
懸命に諭すように慰めるアオイ様の言葉に落ち着きを取り戻す皇女様だったがその表情は暗い
「うん ありがとう母様 」
龍王を継ぐ重責は少女には勝ちすぎると誰も感じるだろう
少しでも軽くしたい
「皇女様 私だけでなく多くの龍族が誠心誠意お仕えする事を約束いたします」
誰もこのお方をこれ以上傷つけさせない
刃向かう者など全て私が闇で葬ればいいだけ
手を汚すのは私とフェンロンが行えばいいのだ。
「ユンロン様…」
何時もはきつく見返して来る強い瞳は今は涙で濡れ頼り無げ
初めて見る表情にゾクリと心が震え このお方の全てが欲しいと願ってしまう
私だけではないだろう
白虎国ではまだ幼い少女の姿でありながら男達の視線を集め次々に相手を変え踊っていた姿を忌々しく思っていたのも今お思えば少しづつ惹かれていたのかもしれない
婚約者だと言う虎族の若者、王弟のフォンフー様、校舎裏で口付を交わしていた少年、そして皇女様を辱めようとしたあの男
この美しい方を狙い男達がこぞって近づいて来るかと思うと気が気ではない
いっそうの事、誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたい
「ユンロンさんは丞相様だから心強いから良かったねレイカ」
「はい。国の事は私に任せて皇女様は徐々に覚えて行けばいいのです」
なるだけ優しく皇女様に微笑みかけて少しでも不安を取り除いて差し上げたいが今だ表情は硬い
「やはり私は龍王に就かないといけないんでしょうか」
「こればかりは、 皇女様を超える神力の持ち主など現在では難しく陛下が龍王の座にいれば話は別ですが」
「龍王…父様を」
陛下を元に戻せればいいのだが、皇女様に陛下を許せと言うのは憚れた。
「まだ考える時間は沢山ありますから、ファンニュロン様も交え話し合いましょ」
「それがいいよ でも私は疲れたから少し眠らせて欲しいかも」
「母様 私が神力を入れてあげるわ」
「大丈夫 少し寝れば」
皇女の申し出をやんわりと断るその表情はにこやかだが無理をしているのが分かる。
まだ目覚められたばかりで皇女様に会えた喜びと伴侶の陛下が封じられた悲しみを同時に味わっているのだ
皇女様の前では泣けない
心を整理する為にも一人の時間が必要なのだ
「皇女様 あちらでファン様と少し話しましょう」
寂しげに立ち上がる。
「はい」
皇女様も察したように静かに私と共に部屋を出て行くのだった。
ユンロン様と部屋を出て扉を閉める。
声は聞こえないが母様が泣いているのだろう
扉の向こうでは声を押し殺し泣いているのをヒシヒシと感じ辛くて居間を飛び出す。
「皇女様!」
ユンロン様の声を振り切り外に飛び出てそのまま泣きだしたいけどそれではこの結界の中で地震や雨が起こり母様を驚かしてしまう
必死に感情を抑えようと美しく植えられている花を見る。
よく世話がなされているようで白と淡い桃色の芙蓉が優しく咲き誇っており、なんとなく母様のよう
「ゴメンね… 母様」
静かに流れる涙だけは抑えられなかった。
『 レイカ レイカ 』
「ハク どこに行っていたの」
母様との話の途中で窓を飛び出して行ったのだ
『 皆 ヲ 呼ビニ 行ッタノ! レイカ 元気 ダス 』
「えっ!?」
何時の間に猿達が次々と現れて二十匹近くの猿達に取り囲まれ各々に楽しそうに飛び跳ねたり鳴き声を上げている。
「皆 元気だった」
恐らくこの子達は子供の頃に一緒に遊んだ子達なのがなんとなく分る。中には子猿を抱っこしている子もおり私がいない間も立派に生き抜いてきた事が出来たようだ
なにしろ此処は妖獣の森で恐ろしい場所
猿などの小動物が生きるのには過酷な場所なのだ
ハクが猿達から話を聞いてくれる。
『 龍王様ガ ゴ飯ヲクレタリ 助ケテクレタ ダッテ 』
「あの人が!」
『 ウン 畑ノ野菜モ 花モ 龍王様ガ 育テタ 』
あまりに意外な言葉に耳を疑うが猿達が嘘を言うはずが無いのだ
更に詳しく話をハクに聞いて貰うとあの人は母様が此処でしていた事を代わりにしていたようで家の掃除や庭の手入れ傷付いた猿の手当てや剣の手入れをしていたのだ
あの人は本当に母様を深く愛していたのを知るが一方で私へは少しも向けられなかったのが悲しい
否 最後に私の名を優しく呼んでくれた
たった一度
猿達は私を取り囲みその中心で座りこんでいると赤ちゃん猿が私の膝に昇ってじゃれ始める姿を見て僅かに心が和むが心は一向に浮上しない
「私はどうすればいいんだろう…」
途方に暮れていると背後から誰かが近づいて来るとハクがそちらの方に行きその人の肩に乗る。
『 ユンロン レイカ 元気デナイ 』
思った通りの人だった。
「皇女様 そちらに行っても宜しいですか」
優しい声で呼びかけてくれ、なんとか返事を返す
「はい」
猿達は見知らぬ人に警戒し離れてしまい代わりにユンロン様が隣に静かに腰を下ろす。
「お泣きになってないか心配でしたが」
「この子達が慰めてくれたから」
「この猿達は此処に住んでるのですか」
「いいえ、妖獣の森にもっと大勢の仲間と住んでいるのだけどこの子達は小さい頃に遊んだ友達なんです」
「可愛い子達ですね」
「この子達のお陰で結界の狭い世界でも寂しくなく過ごせたの、それに十日の内の二日間はファン様のいる後宮に行っていたから楽しかった。 でも母様は此処から一歩もでられず会えるのは偶に来るサンおじ様とファン様しかいない 母様は閉じ込めているあんな人のどこを好きになったんだろう… どんな人だったんですか龍王は」
思えばあの人の事は二度しか会っておらず冷酷な一面しか知らなかった。でも龍王とは知らなかった幼い時は王都の人々は龍王を敬い賢王と讃え誰も悪く言う人などおらず、立派な王様なんだと信じてた。
「そうですね 陛下とお会いしたのは私が牢に閉じ込めたれていた時ですが当初から必要な事しか話さないお方で決して心を開かなかった」
「牢に入られた事がおありなんですか」
「前龍王からの出仕を断り続けた私は投獄されたのですがそこへ侵入して来られ共に龍王を倒す為に助力を求められ仲間を集め前龍王を倒したのですが実際はあの方一人でも倒す事は可能だったのです。それ程圧倒的な力を持っておられた… 当時は人間には生き地獄で龍族が最も俗悪だった暗澹たる時代…それを終わらせて下さったのが陛下レェイロン様でした」
「小さい頃ファン様にその事を習いました… 立派な王様だと思っていたから私の父親だなんて思いもよらなかった」
「陛下はこの国を人間を救った英雄ですから真実の龍王を知らずに美化しすぎているのは間違いありませんが統治者としては立派なお方、だから誰も陛下の閉ざされた孤独な心さえも孤高な無欲な聖人君子として捉え、龍族でさえ陛下を誤解していたのですから――本当は無口で無愛想なただの根暗な男なのに」
「ユンロン様!?」
「クスッ だけどあの方は嘘の無い公正で龍族も人間も平等に扱う だから私は今まで王として支え遣え何時か陛下の心を癒す伴侶を待ち望んでいました。 そして漸く現れたのが異界から流れ着いたアオイ様で漁村に救われお迎えに行ったのが私でした。 そこで私は愛してはならない人に恋をしてしまい、陛下に閉じ込められ王妃として扱われぬのを酷く恨みましたが結局陛下に反逆する事もアオイ様を救う事が出来なかった。そして陛下がアオイ様を愛される様になり変わられた……私ばかりか周りの側近にも声を掛け気遣いを見せ始めたのですから驚くべき変化、先程のファンニュロン様から初めて陛下の生い立ちを隣の部屋で聞いていましたがそれで納得しました。 陛下は無感情な冷たい人間では無く愛を教えられず知らなかっただけなのだと」
「私には酷い父親にしか思えなかった…… でも最後に微笑んで名前を呼んでくれたのが忘れられない 」
「陛下が! 長い付き合いですが一度として微笑んだ事など見た事がありません」
驚いたようにそう言うユンロン様
「どうすれば良かったのでしょう…… もう分らない……」
本当に訳が分からない
自分は間違った事をしてしまったの? それとも正しい事?
又しても涙が頬を伝うとユンロン様の手が静かに伸びて来て私を抱き寄せてくれる
「一人で泣かないで下さい。 これから私が皇女様を常に支えますから私を頼って欲しいのです」
「ユンロン様……」
ユンロン様の優しい言葉に益々想いは募るがきっとこれはこの国を守る丞相としての立場から言っているのだと心に言いきかせる。
勘違いをしてはいけないのだ
だけど今はこの優しさに縋りたい
私は今だけだとユンロン様の腕の中で甘え静かに泣き続けるのだった。