決戦
狭間の暗闇から抜けると懐かしい結界の庭にでる。
そこは以前と変わりなく美しい花が植えられ木々も綺麗に世話をされており畑にも野菜が植えられて実をつけていた。
母様が眠りに就き既に十年近くが過ぎ去っていて荒れ果てていると思っていたので意外だった。
もしかするとサンおじ様が手入れに来てくれたのかもしれない
『 レイカ タダイマ ダヨ 』
「そうだねハク ただいま」
肩に乗るハクが嬉しそうに飛び跳ねるが私には素直には喜べない
何故なら此処に龍王がいるから
「ハク 暫らく何処かに隠れていて…」
『 ウン 隠レル 』
そして家から龍王が静かに私を迎えに出て来る
私が此処に来るのを感じたのだろう
以前と変わらない紫紺の髪を一つに束ね黒い衣装を身に纏う姿は殺気に満ちておりその手には剣が握られていた。
金色の目は冴え冴えとしており冷たい光が宿らせながら酷薄な唇を動かす。
「これは驚いた…随分見ない内に随分成長し髪の色まで違う そなたは本当に我母に似ていたのだな… 」
「お婆様」
初めて聞かされる祖母の話に戸惑う
「そうだ。 そなたと同じく金の髪に瞳の美しい人間の女だった そして余に殺された憐れな女だ」
「!!」
自分の母親を殺したの!
思いがけない事実に驚いている隙を付かれてしまう
「そなたも余にその命を絶たれるがよい」
龍王は瞬時に私との間を詰めて剣を心臓目がけ突き刺そうとするので、咄嗟に掌で受け止める。
バシッーーーーーーーーッツ
剣は粉砕し消失してしまう
今でも尚、私の存在を認めない事に悲しさより、更に怒りが静かに湧き上がりそれを内に溜める。
私は龍王を睨み上げると龍王も私を冷たい目を返す。
「貴方なんかに傷一つ負わせられる私じゃ無い」
「確かのそなたの神力は天帝に並ぶだろうがまだ生まれだばかりの雛 簡単にはアオイを渡す訳にはいかない」
「母様は私が貴方から解放する!」
漸くこの時が来たのだ
「ユンロンのようにそなたも余の剣に討たれるがよい」
ザッシュ!
懲りずに剣で斬りかかって来るが私に刃があたる前にさっきと同様に消失してしまう
「何故ユンロン様にあんな酷い事をしたの」
「邪魔だからだ。 そなた同様にアオイを奪う存在を許す訳にはいかないのでな」
「邪魔なのは貴方よ! 貴方さえいなければ母様はこんなに辛い思いをせずに済んだわ!」
怒りの丈を一気に龍王にぶつけるとあたり一帯が振動し家まで揺らぐが龍王は微動だにしない
「どうやら此処でやり合うには手狭 結界を抜けるぞ」
龍王がそう言うと同時に一気に体が光り出し光柱が天高く上ったかと思うと上空には巨大な紫紺の龍がとぐろを巻いて浮いていた。
「これが龍王の本来の姿」
フォンフー様の転神した白虎の姿とは桁違いに迫力と威圧感があるが恐ろしくとは思わない
どんな姿であろうと私には敵わないのだから
母様の眠る家を壊す訳にいかないので龍王の後を追い上空に舞い上がる。
初めて空を飛ぶが呼吸をするように自然にどうればいいのか本能で分っってしまう
そして上空から見る家は広大な森の中にあったのだと今さらながらに知った
まるで絶海の孤島
母様はこんな場所に五十年以上も閉じ込められていたのだ
改めて龍王を討ち母様を此処から自由にしてあげるのだと心に誓う
《《 余の力を受けるがよい 》》
龍の口から神力の光が私目がけ放出され体にそのまま受けると光の世界に閉じ込められるが何の衝撃も受けず通過し背後の森に直撃すると凄まじい爆音が起こる
ドドッド――――――――――――ン!!
森には大きな穴が開き周りの木々が吹き飛んでおろ龍王の本気が伺える。
しかし光の直撃を受けた私には傷一つすら負っていない
「貴方がどんな攻撃も私には効かない」
《《 ならばその体を食いちぎってやろうぞ 》》
龍王は一旦私から距離をとったかと思うと大きな口を開けて突進してくるが攻撃するのを躊躇う
思えば人に刃を向けるなんてした事がない
それに血など見たくないが、それに反し苦しめたいと言う思いもあるが幾ら憎い父親でも殺すなどという恐ろしい事は出来るはずがなかった。
何故こんな事をしなければならないんだろう
親子で争うなんて
「私にこんな事をさせる貴方が憎い!」
憎しみに神力に乗せ放つとそれは数本の黒い鎖となって龍王の体を襲いその体に次々と巻き付いて戒めて行き動きを縛る。
龍は体をのた打ち回らせて鎖を切ろうするがどういう訳か徐々に力を弱らせて終には森に落下してしまう。
ドゥオォォォーーーーーーーーーーーーーン
爆音を上げ巨大な龍は森に横たわるが鎖を切ろうと尚も足掻こうとしている。
《《 なんだこの鎖は!? 神力が奪われる?! 》》
私は横たわる龍王の顔の近くに降り立ちその巨大な体を見上げる。
「この鎖は貴方の神力を奪い尽すわ。暴れるだけ無駄よ…」
龍王は突然低く笑いだす。
《《 クックックックック…… 余は子供のころ化け物と親に罵られたがそなたは更に上を行く化け物だな 》》
化け物!
怒りが更に沸く
私だってこんな化け物じみた力なんか望んで無かった
「あなたが私をこんな姿にしたんじゃない!!」
母様と暮らしていれば普通の人間で生涯を終えたのかもしれない
私の父親が龍王でなければ
《《 呪われた余の血を受け継ぐ憐れな娘 》》
嘲笑うように私を呼ぶ
「憐れなのは貴方よ!」
憎しみの感情が溢れると同時に地面が揺れ出す
ズッゴゴッゴゴッゴゴッーーーーーーーーーーーーーー
木々が揺れると森の生き物たちが恐慌状態で逃げ、鳥達も一斉に空に舞い上がり静かだった森が騒然とする
「誰にも愛されない自分勝手な男! 自分の親を手にかけ、我子まで殺そうとするなんて異常よ」
《《 余は産まれ落ちた時から狂っておるのだ 仕方あるまい クックックック… 》》
こんな男は存在してはいけない
私は龍王の顔に手を触れて力を奪って行くとミルミル体が小さくなり龍の姿を維持出来なくなった龍王は人の姿に戻るが黒い鎖に縛られたままでぐったりと横たわるしかなかった。
「貴方を殺しはしない。 神玉として崋山に封じます」
「……好きにするがよい。強い者に従うのがこの世界の不文律。余もそうやって私怨で前龍王を討ったように時代は繰り返すようだ」
感慨深げに呟く龍王
「最後に何か言い残す事は」
「何も無い」
始めと違い何の抵抗もせず瞼を瞑ったまま静かに答え最期を覚悟しているようだった。
龍王の体に手をかざし神核の中に龍王の全てを封じるべく神力を流し神玉に変えて行くと徐々に体が希薄になり透け始めると体内の龍核が見え始める。
これは命を奪う訳じゃない
封じるだけ
こんな酷い男はいない方がいいんだと自分の行為を正当だと言いきかせる内に殆ど消えかかる寸前に龍王が微笑む
――― レイカ 余の娘……
「!!」
そして龍王は完全に姿が消え紫に輝く神玉だけが残される。
「何故よ…… 何故優しく微笑むのよ!! 今さら名前を呼ばないでーーー! 」
訳が分からない
龍王を封じこれで母様を解放出来たのに
嬉しいはずなのに
嬉しいはずなの涙が零れて来る。
私だって龍王を父様と呼びたかった
父親として愛したかった
だのに拒否したのは貴方じゃない!
落ちている神玉を拾い抱きしめると心と同様冷たさしか感じない
一度も抱きしめられも触れる事すらしなかったのに
この姿になってやっと触れられる。
「やっぱり貴方は酷い父親よ…… うっううう う」
私が泣き始めると天から雨がポツリポツリと降り始めたかと思うと徐々に雨足が速くなり豪雨となって体を容赦なく打ちつけて来る。
ザッザーー ザッザーー ザッザーー ザッザーー
それでも雨に打たれながら私は泣き続け白い衣装が泥水で茶色く汚れようか構わず地面に泣き伏していると上空から誰かの呼び掛ける声を聞く
「おい 嬢ちゃん 取り込み中悪いんだけどよ ソロソロ泣き止んでくれねえと妖獣の森が崩壊いしちまう」
「!?」
振り向くと後には見なれない人のような猿のよう姿の生き物が立っている。
顔は人だが全身が黒い毛で覆われてズボンだけはいた姿
「誰?」
「感傷に浸るのいいんだが自分の影響力を考えろ!」
いきなり怒鳴られ驚く
「私の……もしかしてこの雨は私の所為なの……」
「その通りだ! 辺りを見てみろ泥が液状化し始めてこのままじゃあ森を呑み込んでしまうぞ」
そう言われ周囲を見渡せば地面がドロドロになりボコボコと湧き上って来るような勢い
何!?
「早く感情を抑制しろ この森事態が封印なんだ。それが失われればこの世界は闇に覆われる」
この不思議な人が嘘を言っていないのは直ぐに感じ平常心になろうと目を瞑る
そして心を次第に落ち着かせていくと雨も徐々に治まっていきあっという間に雨が上がってしまうが今だ空はどんよりと曇っていた。
「地の精霊に治まるよう願うんだ」
黒い人が言う事に頷く
以前は精霊など感じる事すら出来なかったのに今はこんなにも身近に精霊の存在を当り前のように感じられ 言われるがままに地中に居る精霊に語りかける。
「お願い元の地面に戻って頂戴 私が悪かったのねゴメンなさい」
優しく語りかけると私の悲しみに同調してしまっていた地の精霊は落ち着き普通の地面に戻るが木の下に生えていた草達は倒れてしまい抜けてしまった物まである。
これが私の所為だなんて
自分の力を真には理解し制御出来ていないせいだ
龍王を封じた今ハクのお父さんにこの力を譲り渡した方がいいだろう
「全くー 龍王といい娘といいなんて滅茶苦茶な親子だ」
惨憺たる森を眺めながら忌々しそうに呟く黒い人
「龍王を知ってたの」
「おうよ~ 所謂飲み仲間? しかし憐れな姿になっちまったな~ 」
私が抱きしめる神玉をジロジロ眺めて同情交りな声で言う。
「貴方は誰 人間?」
「妖獣? そんなもんさ」
「貴方が妖獣… もっと恐ろしい怪物だと思ってたわ」
「俺以外はおどろおどろしい奴等ばっかだけどな~ しっかしすげえ別嬪だな、母親似か?」
黒い人がしみじみと言う言葉で
そうっだった!
母様を目覚めさせなければならないのを思い出す。
「母様!」
「おっおい!!」
黒い人が呼び止めるのも構わず結界に急ぎ母様を目指す。
「人の話を聞かないところも同じだぜ~ しかしあんな幼いんで龍王なんて務まるのか?」
黒い人が呆れて言うのを聞く事は無かった。
そして急いで結界に飛び込むとそこにはファン様とユンロン様が待っていた。
「!!」
ファン様は相変わらず無表情で感情が読めないがユンロン様は今だ顔色がさえず悲しげに下を向いている
「レイカ様 ルェイロン様を見事封じられましたね」
「ファン様…… 」
「これでレイカ様は龍王の玉座を得られました。おめでとうございます」
そう言い恭しく頭を下げる。
どういう事
血の気が引く
「私が龍王」
あまりのショックで神玉を落してしまう
「そうです 」
ファン様は私が落してしまった神玉を拾い上げて更に続ける。
「不幸な生まれ故に漸くこの子も静かに眠れるでしょうが せめてアオイ様の元で眠らせる事を許してあげて下さいませんか」
私は返事を返せず茫然とするしかない
「……」
「それにしても今のお姿はあんまりな御様子 私が綺麗に致しましょう」
ファン様は水の精霊と風の精霊を使役し私の泥だらけな衣装と髪を清めてくれると元のまっ白な衣装に戻るが私の心は訳が分からず泥沼に沈んで行く
一体私は何をしてしまったの
実の父親封じてしまっただけのはず
私が龍王!?
「さあ アオイ様にお会いしましょう」
「母様に… 」
母様はどう思うのだろう
龍王を神玉に封じてしまった事を
これまでは自分が母様を助けたい一心で龍王を討つ事を考えていたけどそこで初めて母様の気持ちを考える私
母様は龍王を子供の目でも分るほど愛していた… 真珠の耳飾りを頬を染め喜んでいたのを思い出すとズキリと胸が痛む
ああ……どうしよう…悲しむ母様の顔しか思い浮かばない
私が実の父を封じた事を
そして愛する夫を失った事を
きっと悲しむに違いない
母様の幸せを望んだのに…私は間違った事をしてしまったの
「どうしたのですレイカ様?」
ファン様の瞳は決して責めてはおらず静かだがユンロン様は俯いたまま私を見ようとしない
「どうすれば良かったの…教えてファン様… 私は龍王を封じれば母様が幸せになると信じてた… でも母様はきっとこんな事望んでいなかった」
自分の感情だけで動いてしまった私
ユンロン様の言葉もハクのお父さんの言葉を無視したせい
泣きたくなるが泣いてはいけない
私の感情は周囲に影響を与え過ぎてしまう
黒い人の言葉もあるので必死に感情を抑えるが涙が零れ落ちてしまい両手で顔を押える。
「レイカ様が悪い訳ではありません。 この子があまりに頑な心しか持てなかったのが悪いのです… さあ アオイ様にお会いしなければ全てが終わったとは言えません」
母様に会う!
いや…
あんなに会いたかったのに今は会うのが怖い
両手で顔を覆いながら子供のようにイヤイヤをするように顔を横に振る。
そこへハクが私の肩に昇って来る
『 レイカ レイカ 泣ク駄目 アオイ モ 泣イテイル ハク悲シイ 』
「母様が…」
「アオイ様が…眠りながらも何かを感じていらしゃるのでしょう。 私は先にアオイ様の元へこの子を連れて行きますからレイカ様の心が落ち着かれたらいらっしゃって下さい」」
「まっ待って… ファン様… 」
私の呼び掛けにも振り向く事なく家に入ってしまうが私は後を追い続ける事が出来ずただ立ちすくむしかなかった。
何時もは私を優しく抱きしめてくれるのに突き放すように離れて行ってしまう
きっと母様もこんな私を温かく抱きしめてくれないだろう
母様が泣いているのはきっと龍王の事を感じているからだわ、魂の契約で繋がる伴侶である夫が封じられたのだから
『 レイカ アオイ 会ワナイノ? 』
「どうすればいいのか分らないのハク…… 私は間違っていたの?」
『 ハク 分ラナイ デモ アオイ 会ウ キット 分ル 』
ハクは流れる涙を舐めて慰めようとしてくれるが体は動けないでいると一言も話さず静かに見守っていたユンロン様が声を掛けて来た。
「皇女様 さあ会いに行きましょう」
ビック!
手が突然目の前に差しださられる。
「ユンロン様…」
「ハクの言う通りです。 此処まで頑張って来たのはアオイ様の為なのでしょう… 」
優しく微笑むユンロン様
ズキリと心が軋む
「母様に会いたいのですか 」
つい嫌な物言いをしてしまう
「―――前にも言いましたがアオイ様の事は既に終わっているのです。 お互いの心の決着をつける為にもアオイ様に一緒に会いましょう」
だけどユンロン様は私に優しく語りかけてくれた。
龍王を封じるのを反対していたユンロン様が既に母様と添う事など考えていないのは分かっていたのに
「ユンロン様」
「どうか 御一緒して下さいませんか」
『 レイカ ユンロン ト 行コウ!」
ハクにも背中を押され決心し、差しだされたままの大きな手に恐る恐る私の手を重ねるのだた。
龍王サイドのお話は青龍物語「龍王の伴侶」に掲載します。