回帰
今夜私は青龍国に戻る。それはユンロン様との再会も意味しておりおじい様達との別れでもあった。
高校の終業式が終わるとクラスの皆に別れの言葉を交わし静かに教室を後にし迎えに来てくれたおじい様の車に乗りホテルに向かう。
「本当に何も持って行かなくてもいいのか」
「御免なさい。 折角買い揃えて貰ったんですけど向うの世界では使えないので」
「そうか」
車中でもポツリポツリと会話をしながら目的のホテルに付くと既にお昼を過ぎていた。
「ホテルに昼食を用意してあるから楽しもう」
ホテルの最上階のレストランを貸し切られており、紫さんが既に席に着いて待っていた。
「葵ちゃん おじい様 遅いですよ」
「紫さん 来てくれたんですか」
「当り前でしょう。 可愛い葵ちゃんの最期を見送らないと 一応尚吾も誘ったんだけどいじけちゃって」
「そうですか」
尚吾さんに対する申し訳なさが沸き上がるがどうする事も出来ない。
「さあ葵、席に着いて食事を始めよう。 他のレストランから呼んだ一流シェフの料理を用意させた」
「おじい様 有難う」
「流石おじい様はする事が違います。家の父だったらそこまでしませんわ…楽しみ」
そしてだされた料理は最高の食材を使い美しく盛られたフランス料理が運ばれて来て日本での最後の食事をゆっくり時間を掛け楽しんだ。
それから三人で浜辺を散歩するが海水浴客が誰もおらず閑散としている。
「贅沢ね~ 知ってる葵ちゃん おじい様たらこの日の為に海水客を閉め出してしまったのよ」
「余計な事を言うな。 毎年どうせこの時期に藍に花を手向ける為にキャンプ場も閉鎖していたがそれも今年で最後だ」
知らなかった、おじい様がそんな事をしていたなんて
それ程に母様への悔恨の情が深かったのだろう
4時近くでまだ気温が高いが日差しが和らいだ中を白いワンピースに着替えてゆっくり三人で歩いているとおじい様が足を止める。
「この辺りに葵が倒れておった……アレから二年もたったのか」
「おじい様に拾われ私は幸せでした」
「いや わしの方こそ救われて漸く心の平安を取り戻せた。 わしの元に来てくれ有難う」
「おじい様……」
思わずおじい様の胸に抱きつき涙が出そうになる。
「葵 いや本当の名前はレイカだったか」
「はい」
「お前に返さなければならん物がある」
「私に」
そう言っておじい様がポケットから取り出したのは真珠の髪留め
ユンロン様が母様の髪飾り
そう言えば戴冠式の時に服の裏に留めておいたのを思い出す。
「母様の髪留め」
「藍の物だったのか…流れ着いた時に唯一見に付けていた物で直ぐに返したかったがこれを見て記憶を取り戻すんでは無いかと怖くて返せなんだ。 すまない」
そして髪留めを受け取り手に取ると以前と変わりなく母様のように優しい光をたたえていた。
「とても大事な物だったの―― 有難うおじい様」
この髪飾りをユンロン様に返そう
それが一番いいような気がした。
そしてそのまま浜辺を三人でゆっくりと歩き穏やかな時間を過ごし日が傾き始めホテルに戻ろうとした時にホテルの方から誰かが歩いて来るのが見える。
その肩には小さな影
ギックリとしてしまう、ユンロン様に会えるといううのに心は震え今にもこの場を逃げ出したい
「どうやらお迎えが来ちゃった様ね…」
紫さんが寂しそうに呟く
ユンロン様が迫る中肩から飛び降りてまっしぐらに私に駆け寄り飛び付いて来る。
『 レイカ! 迎エニ来タヨ 帰ロウ 』
「ハク」
小さな体をその腕に抱きとめて再会を喜び合う
そしてユンロン様が近づいて来る。白い麻のスーツに身を包み短くカットされた髪は長い髪を知る私には痛々しく感じるがその美貌は一向に損なわれてはいない。
日が傾いたとはいえまだ暑いがユンロン様の周りには静謐な冷たい空気が取り巻いてゾクリとする。
何か静かに怒っているような気がするのは気のせい
私が帰るのを躊躇っていた所為かあもしれない
ユンロン様は私達に近づき先ずおじい様に挨拶する。
「この度は我が国の皇女を保護して頂き有難うございました」
「いや わしも葵…レイカのお陰で楽しい一時を過ごせた」
「そう言って頂ければ幸いです。異国にある身では何のお礼も出来ず心苦しいのですが」
「わしはこの年で欲しい物はないが出来れば便りの一つでもあれば嬉しい」
「それ位ならばご希望に添えると思います」
「それは有り難い」
「それなら私も欲しいわ」
「貴女が紫さんですね。確かにお美しい」
紫さんに優しく微笑む姿に胸がツキンと痛む
「有難う。でもユンさんに言われて嫌味にしか聞こえませんわ、本当に綺麗過ぎて恐ろしいくらい…その美しさで何人も身を滅ぼしそう」
「紫 失礼な言動は慎め」
「アラ? 誉めてるだけです」
「確かに我々神族は美しい者が多く私などそれ程目立つ存在ではありません」
「そうなの葵ちゃん」
「ええ とても綺麗な人ばかりです」
特に私の周囲は格別美形が多くで目が肥えすぎてしまっているのを自覚している。
「一度葵ちゃんの世界に行ってみたいわ」
「皇女様の本当の姿も私以上の美しさですよ」
「!! /// 」
ユンロン様に母様では無く私の姿を誉められて嬉しくて頬が熱い
「それは是非見たかったけど今の葵ちゃんの姿も十分綺麗だわ」
「知ってらしたのですか……皇女様の母上アオイ様も愛らしお方」
そう言って私を見る目が切ない
思わず俯いてしまいユンロン様を見れない
「それより夕食を如何かな ホテルに用意させているが」
「いいえ御好意は有り難いのですか直ぐにでも帰りたいと思っています」
「そうか…」
「皇女様 出来れば今直ぐ帰りの瞑道を開きたいんですが」
おじい様達とは十分別れを惜しんだのでこれ以上は辛いばかり
「はい…大丈夫です」
「帰る前にこれをお返しします」
そう言って差し出されたのは私の神核だったが最後に見た時と違い元の黒真珠の元の姿に戻っていた。
「私の龍核」
龍核をその手に取ると眩く光り出し辺りを白い光で周囲が分からなくなる
ピッカー―――!
皆があまりの光に目を瞑りる。
「なんだこの光は!」
「眩し――!」
龍核が私に反応して強い光を放つ
私はその光の源である龍核を見つめ続けて視界が一瞬真っ白になるが直ぐさま元に戻ると目の前のユンロン様が驚いた顔をしている。
「?」
一体何が起こったんだろうと周りを見ればおじい様も紫さんも私を見て目を見張り驚愕の表情を浮かべている。
「葵ちゃん?」
「葵?」
「どうしたの皆…」
『 レイカ 綺麗 元ニ 戻ッタ ! 』
「エッ???」
「葵ちゃんなの?……」
皆が今までとは違う視線で私を見ていた
おじい様はまるで別人を見るような訝しい目
紫さんはうっとりと見惚れた恍惚の眼差し
ユンロン様は目を見開き驚いてはいるが感情は読めなかった。
ハクの言葉により元の顔に戻った事が予想出来たけど本当に??
「どうしたの皆? 私元に戻ったの??」
自分の顔を両手で触ると微妙に違う気がするけどよく分からない…
紫さんはバッグからコンパクトを取り出し私に渡してくれる。
「見て御覧なさい。 絶対驚く!!」
鏡を受け取り小さな丸い鏡を覗くと美しい女性がいた。
金色に煌めく瞳に白い肌に赤い唇
全てが完璧に整った顔は以前に比べ格段に大人び美しさが増しており、母様の顔に見馴れていた私は別人のようの認識してしまう
「誰??」
思わず自分でも呟いてしまう。
「誰って葵ちゃんでしょう?!」
「私?!」
そう言われ漸く成長した自分だと認識してしまう。
自分で言うのも恥ずかしいけど凄い美人!!
これ誰? と叫びたいくらい
改めて自分の美しさを認識してしまうけど他人事のよう…これが私!?
「世が世なら正に傾国の美女よ!! ある意味あの姿で良かったわ、今の姿なら男達の間で血を見てたわ」
興奮して捲し立てる。
「それが葵…レイカの本当の顔か 確かに男達がこぞって押し掛けそうだ」
おじい様まで食い入るように私を見る。
「そうねかぐや姫の様に月に帰る時は求婚者の公達が帰れないように閉じ込め武装して守ったかも知れない―― ロマンチック!」
「その時は私が神力を解放してでも皇女様を奪い返します」
ユンロン様まで紫さんの冗談に乗り、奪い返すと言う言葉にドギマギしてしまい、言葉一つで一喜一憂してしまう
「はぁ…… やっぱりかぐや姫は月に帰る運命なのね…」
そう言って溜息をつく紫さん
完全にかぐや姫と私を重ねているみたい
「戯言はここまで。 さあ帰りましょう」
そう言ってユンロン様はポケットから黒玉を取り出し砂浜に投げつけるとそこにポッカリと穴が開くのを驚いたように見ている二人
恐らくマジックでも見ている気分だろう
私は最後の挨拶をする為におじい様に抱きつく
「おじい様これまで有難うございました。何時までもお元気でいて下さい」
「ああ…… レイカも息災で、 藍にわしが詫びていたと伝えてくれ」
「はい 必ず」
次に紫さんに抱きつく
「紫さん 色々教えてくれ有難う 本当のお姉さんみたいで大好きだった」
「私も葵ちゃんと姉妹に成りたかった」
暫らく抱き合い別れを惜しむ
「尚吾さんに御免なさいって伝えて」
「あの子は心配しなくても大丈夫。 きっと新しい恋を見付けるわ」
何時かきっと尚吾さんに愛する人が再び現れる事願わずには居られない
今はまだ無理だけど私も何時かは再びそんな人が現れるのだろうか
最後におじい様に抱き付くと優しく愛おしむように背を撫でてくれ、記憶喪失で苦しむ私を励ましくれた事を思い出す。
無言で抱き合っていると焦れたようにユンロン様が声を掛けて来る。
「さあ 皇女様行きましょう」
「はい」
おじい様からおずおずと体を放し離れ、ユンロン様に促され私は龍核のネックレスを首にして砂浜に開いた穴の側にユンロン様と立つ
「葵…元気で」
「葵ちゃん さようなら」
「おじい様 紫さん さようなら」
ユンロン様が私の手をとると思わず手が強張り震えてしまうが構わずユンロン様が強く握り絞めて来る。
「私から離れないで下さい。皇女様を何度も失ってはアオイ様に顔向けが出来ません」
「…… はい… ユンロン様には異界までお迎えに来ていただき有難うございます」
「臣下として当り前…貴女は皇女、私の事はユンロンとお呼び下さい」
「いいえ、私は父様に捨てられた身でただの人間です。皇女では無く私をレイカとお呼び下さい」
「陛下がどうであれ貴女は青龍国の皇女 名前など呼べません」
ならば母様だって王妃と呼べばいいのに今だに名前を呼んでいるのにこの人は気付いてるのだろうか
「ならば私もユンロン様とお呼び致します」
私の言葉に呆れた様子
「どうやらアオイ様とは大分違うようですね」
ズキリと胸が痛むが顔を俯かせ傷付いた心を隠す為にきつい口調でやり返す。
「私は母様では無いのは当り前です。 それより出発致しましょう」
「分かりました……それでは参りましょう」
ユンロン様が瞑道の穴に飛び込みその手を引かれ私も穴に飛び込み最後におじい様と紫さんに手を振り別れ、最後に見たのは涙を流しながら手を振るおじい様だった。
龍核を渡した途端に元の姿に戻られ、あまりの美しさに目を奪われてしまう
人間のままの皇女の二年という歳月がこれ程変えてしまうものだろうか…今まで見た女性も誰よりも美しい
少女から女性に生まれ変わろうとする刹那の美しさがあり、既にその体を誰かに許されたのだろうかと考えると苦々しい
先日海に沈めた男が出した1度会った事のある尚吾という名の青年は大沢会長の孫で皇女と親しい事が伺え、金髪の眼つきの鋭い青年と口付をしていた
あの下種な男の言葉を信じている訳ではないが何時までも心の底に引っかかている。
皇女様が大沢会長に抱き付き別れを惜しんでいる姿は正に祖父と孫の姿
一遍の疾しさもない
そして皇女様をかぐや姫に例える紫嬢
どうやら美しい姫の迎えを阻止しようとする話らしいが私の邪魔する者は許さない、例え皇女が拒否しようがアオイ様の元に連れ帰ると心に決めていた。
瞑道を開けて皇女様がこの期に及んで逃げ出さないよう確りと手を握ると明らかに手が力が入り強張るのがわかる。
自分が拒まれていると思うと憎らしくなり力を強める。
そして私を敬称で呼ぶ皇女様にも一線を敷かれているようで改めて欲しいが反発されより拒絶感を強められてしまう
アオイ様とは全く違う皇女様に戸惑うばかり
仕方なく皇女様のご不興を受けたままこの異界の地を後にする。
瞑道の狭間に入り込み皇女の確りと握り元の世界に戻る為に暗闇の世界を進むが冷たく冷えて行く皇女の手がまるで自分の心も冷たくして行く
「皇女様一旦崋山に行きたいと思います」
「母様の所ではないの」
「私の神力の封印を解いて貰うのと皇女様の神核も真の姿を取り戻していませんから慈愛の神に会う必要があるのです」
確か神核は皇女の元に戻れば金の神核に戻ると言っていたはずだが神核は小さく黒真珠の姿のまま、何故だろう
『 オ父サン 会エル ハク 嬉シイ!! ワーーイ 』
皇女の肩に乗るハクが喜ぶ。
「分かりました。ユンロン様の言う通りにします」
皇女は俯いたままでその表情も感情も読み取れず唯々諾々と私の言葉に従う
虎王との戦いの中少しは私に心を許していたと感じたのは勘違いだったのだろうか
閉ざした皇女様の心を再び開いて欲しいと思うのは我儘なのだろうと考えながら暗闇を進む。
何時しかアオイよりレイカの事で悩んでしまっているのにユンロンは気が付かずレイカの手を引き
レイカもユンロンに手を引かれながら時折その後ろ姿を盗み見ては切ない想いに駆られていた。
無言で二人は暗闇を進んで行く姿は何処かぎこちないのだった。
これで第3章は終わります。 レイカとユンロンがくっつくのかは最終章で書きたいですが龍王の娘は此処でペースダウンして玄武国をメインに連載します。