突きつけられた現実
最近の母様は可笑しい
ファン様に頂いたという真珠の耳飾りを時たま確認するかのように手を耳に持って行き、頬を染める。
其のしぐさがレイカの母ながら可愛いとつい思ってしまうが…
まるで恋する乙女のようだ
絶対に変!?
「ハクもそう思うでしょ?」
「ウッキ?」
相変わらずレイカの頭にへばりついただけの役にも立たないハク
ご飯を一杯食べるけど他の子猿と違いなかなか大きくならず、体格が引き離されるばかりで今だ子猿達の輪に入っていけない
ハクは矢張り他の猿と違うようだ。
あの耳飾りを初めて見たのは、レイカが前回の学問所から帰って来た時だったけど其の時も挙動不審
何時も髪を後ろで三つ編みにしているのに、その時は髪を解いて耳を隠す様にしていたが耳に始終手をやるのでチラリと見えた白い物に目が行く
「母様、耳のそれ何?」
瞬間に真っ赤になる母様の顔は見た事もない程うろたえていた。
「こっこれは…ファン様!ファン様に頂いた耳飾りなんだけど…取れなくなっちゃって…普段しないから恥ずかしくって……」
「レイカに見せて」
母様は恥ずかしそうにしながらも綺麗な黒髪をかき上げ耳を出し見せてくれる。
「外れないか見てくれる」
「うん」
母様が屈んでレイカに真っ赤な耳を差し出す。
「綺麗な石だね、これはなんて言うの?」
耳飾りに使われていた石は髪飾りと同じ物を使っていたので驚き、まだ返していないのでドギマギしてしまう
「これは真珠だよ」
「真珠…いいなー レイカもこんなの欲しい」
「レイカは小さいから大きくなったらね。 それより外れそう?」
真珠の耳飾りを触り金具をいじるが繋ぎ目もなくどうやって付けたのかも分からない
「外せそうにないよ? ファン様じゃないと無理みたい」
「そっか」
「でも母様にとっても似合ってる! すっごく綺麗!!」
「ありがとう…」
恥ずかしそうにうつ向く母様が嬉しそうに呟いた。
その時は別に何とも思わなかったが、日が経つにつれ徐々にそわそわし始めレイカがファン様のお屋敷に行く日は特に可笑しい程に赤くなったり、青くなったりしていた。
「ねっ! 変だと思うでしょう」
「知るか!」
学問所に来て直ぐにテジャを探し出して、建物の裏に引っ張り込みレイカの疑問を聞いて貰っている。
迷惑がっているのは知っているがレイカに相談できるのはテジャしかいなかった。
「だって、今まで宝石なんて身に着けなかったのに変! しかもレイカが小さい頃から十日ごとに家を出されるのも変よ! テジャはどう思う?」
「簡単だ、龍族のスケベ爺が通ってんだろ。その耳飾りも貢物」
「うっ…やっぱそうなのかな…… 」
レイカも小さい頃から定期的に家を出されるのが不思議で、ファン様の屋敷から戻った時の母様や家の様子で…もしかして誰かが来ているのではないかと思っていた。
レイカに内緒で母様が父様と会っている?!!!
酷いよ……母様
母様に裏切られたように思え、悲しくて涙が目から零れ落ちる。
何故母様はレイカを父様に会わさないんだろ?
父様はどうしてレイカに会わないんだろ?
疑問ばかりが湧き起こり悲しい答えばかりが思い浮かぶ
「おっおい、泣くな! 俺が泣かしてるみたいだろ」
「テジャの所為じゃないよ… 」
「ちっ 何時も生意気な奴が泣くと調子が狂うぜ」
そう言いなが髪の毛をグシャグシャと撫ぜてくれるが、折角の三つ編みまで乱れてしまう
「ちょっと! 乱暴にしないでよ! もっと優しくて! 」
「やっぱ、生意気だ」
呆れながら苦笑いをするテジャ
どうやら慰めてくれたらしいが、いじめっ子に慰められるのも変な感じ
龍族が嫌いだといってレイカを苛めていたのに
…………
「そう言えば、テジャは何で龍族が嫌いなの?」
「俺か? そうだなお前の事情ばかり知ってるのも不公平だから教えてやるか……俺の父親は龍族に裏切られて殺されたんだ、その所為で財産も家も失い母親まで此の掃き溜めのような街で泣きながら死んでいった。 ……だから俺は龍族は大っ嫌いなんだよ」
吐き捨てるように言うのを聞いてレイカはムカついてしまう。
「何それ!! それってレイカに関係無いじゃないの? レイカは龍族の血を引いているかもしれないけどテジャを裏切った龍族じゃない!! それだけで苛めるなんて最低!! 」
逆上してテジャに詰め寄るとばつが悪そうに頭を掻きながら謝る。
「悪い、悪い、そう言われればそうだけどよ……俺を裏切った龍族と同じ目の色を見たらつい…」
「目?」
「その金色の目だ。 知ってるか金の目を持つのは龍族でも珍しく二人しかいないんだと」
「たった二人! じゃあその一人がレイカの父様?!」
「それはあり得ないな」
キッパリ言い切るテジャ
「何でよ?!」
「一人は子供の龍族で俺を切り捨てた奴だ。 そいつの自慢が金色の目で龍王陛下様と同じで国では二人だけだとほざいてたのを覚えている」
皮肉げに言いながら憎々しげにレイカを睨む。
だからレイカはその子と違うから睨まないでよと言いたかったが、もう一人があまりに雲の上人過ぎて驚く
「龍王様が!!」
龍王様がレイカと同じ金色の目だと聞き驚くが、もし王様の子供ならレイカは王女様として王宮にいるはずだし、母様は王妃様として後宮で着飾り暮らしている……確かに有り得ない。
「じゃあ黒い髪の龍族って知っている?」
「黒い髪なら数年前婚姻した龍族の奥方が黒髪の絶世の美女で、巷で凄い噂になったが、その人は女性だから違うだろうし……う~む、黒髪はその人ぐらいだ。 最初お前はその人の子供だと勘違いしたからな」
「レイカと母様以外に黒髪の人がいたんだ!」
黒髪の人間がもしかすると他にもいるんじゃないかと喜ぶが、問題の父親が龍族の誰だか分からない。
「まっ諦めろ。 母親が秘密にするならそれなりの身分の龍族だ。詮索するとお前だけじゃなく母親も酷い目に遭うぞ……俺達家族みたいにな」
「そんな…」
母様が秘密にするのはレイカのためなのかもしれないと思うが知りたかった
父親を知って母様をあそこから出してとお願いしたかった……
だけどその所為で母様まで不味い立場になるのは嫌だ
多分母様は父様が好きなんだ
だって真珠の耳飾りを貰ってあんなに嬉しそう
だったら父様は?
母様が好きじゃないの???
ずっとあの結界の家に閉じ込めて十日に1度しか会いに来ない
テジャの言う通り龍族は人間に酷い事ばかりするの?
でもレイカの知っているファン様達やサンおじちゃま、フェンおじちゃまもレイカに優しくしている。
「テジャは龍族全部が嫌い?」
「龍族は一部の人間以外を奴隷としか思っていない奴らを好きだと思えるか…特に王都から遠い州にはそれが顕著にでている。 だけどよう此の貧民街に来て悪い龍族ばかりじゃないのも知った。 此の学問所だってこの間来たフェンロン大将軍の奥方が資金を出して開いて貧民街の子供達に希望を与えてくれている。龍王様だって能力さえあればどんな出自の人間でも官吏になれるようにしてくれた! 凄いだろ」
テジャの顔は今までの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばしキラキラと目を輝かせている。そいえばフェンおじちゃまに官吏を目指すって言ってたっけ
「テジャは官吏になりたいの」
「ああ、王都で官吏になって丞相府で上を目指し偉くなって、父上を陥れた龍族の不正を暴き、あいつにも俺の力を思い知らせてやるんだ!」
復讐なのか、なんかテジャっぽいけど
でもサンおじちゃまが官吏の試験に受かるのは並大抵の勉強じゃ無理だと言っていた。龍族でも落ちる人がいるくらいでサンおじちゃまも猛勉強してやっと受かった言っていたもの…テジャって頭が良いの??
「官吏になるのって難しんでしょ」
「俺は登用試験に合格だけなら今でも出来るぜ!」
自慢げに言うテジャが少し可愛く感じるけど本当かな
「レイカも官吏になろうかな…そしたら父様の事分かるかも」
「止めとけ、お前の場合はかなり上の龍族だ。フェンロン大将軍とも顔見知りなら父親もそのくらいの高位の龍族……あまり顔を突っ込みすぎると親子共々殺されるかもしれないぜ、それにお前の頭じゃ無理!」
「レイカは頭いいもん!」
「そうかそうか、だけど俺は主席合格を目指してるからお前に何時までも付き合ってる暇はねえんだ。 じゃあな」
全然信じていないように、あっという間に其のまま学舎に消えって行った。
レイカの頭が良いのを全く信じていないようだ
「レイカだって試験ぐらい受かるもん」
だけどテジャに相談して良かった。
レイカも官吏になれば父様の事が分かるかもしれない
確かに今は小さすぎて何も出来ない子供だ
大きくなって官吏の偉い人になれば龍王様にだって会えるかもしれない!
そうしたら龍王様に母様を助けてくれるようお願いすれば、幾ら高位の龍だって龍王様に逆らえないはずだ!!
「良し、レイカも今日から勉強を頑張ろう!」
レイカは希望を胸に意気揚々とテジャの後を追い学舎に入って行った。
まさかその龍王が自分の父親だと誰が思うだろう
レイカは自分の考えの皮肉さを知らなかった。
レイカは勉強に力をいれる為に教室を変わる事にした。今は簡単な字や計算を教える小さい子が多いので此の教室に入っただけで、本来のレイカの学力はもっと上だったが友達を作るのが目的のために入った理由が大きかった。
「教室変わる前にチュウリンちゃんに話とかないと」
教室には既に沢山の子供がいて騒然としているがチュウリンちゃんの姿を見る事が出来ない
「まだ来てないのかな?」
授業が始まる頃まで待つが現れない…何時もは早くから来るのに今日はお休みなんだろうか? 仕方無いので以前仲の良かった子に声をかけて見る。
「ねえ、チュウリンちゃん知らない?」
「あ~ぁ チュウリンならもう来ないんじゃない」
「何で?」
「さいきん来ないから、親に売られたんだよ」
その子はさも当たり前のように言う
「嘘つき! 親が子供売るわけない!」
「あんたバカじゃない、そんなのふつうだよ。 ふん!」
そう言いその子はレイカから離れていった。
チュウリンちゃんが売られた?
直ぐには信じられず確かめる為にテジャを探す。
テジャならこの学問所で顔が効くから何かも知っているかも知れない
廊下を走りながら教室を次々捜すが見つからない
「何でいないのよ? 勉強で忙しい… そうだ!特別教室 」
友達が官吏や上級の勉強を目指す子達の専用の教室があると言っていた。
確か書庫の部屋で行われているはずだ
一番端にある部屋に飛び込むとテジャの他に3人の大人がいたが、構わずテジャに飛びつく
「テジャ!!」
「ゲッ! 何しに来た!」
「テジャ、他の二人に迷惑だから外に行きなさい」
教師らしき大人がテジャにそう言うと、レイカを睨みながらもその言葉に従う
テジャは腹立たしげにレイカの襟元をぞんざいに引っ張り教室から出ていきそのまま建物の裏に引っ張り込んだ。
かなり怒っているのがひしひしと伝わり、流石に殴られそうな気配
「お前いい加減しろ…俺の邪魔をするな!!」
怖い顔で睨んで来るがそんな物に構っていられない
「これで最後にするから教えて! 二度とテジャに話し掛けない」
「本当か」
「うん」
「何だ?」
「チュウリンちゃんが何処にいるか教えて欲しいの、最近来て無いらしい」
「だったら親に売られたんだ」
あの子と同じ事を言う
「もしかしたら病気で来られないだけかもしれない、調べて」
テジャは渋々言う事を聞いてくれる。
「分かった。調べてやるから二度と俺に話しかけないと約束しろ。此処で待ってろ」
「うん」
テジャは直ぐに何処かに消えて行き、その場でジッと待つしかない
最後にあった時は何時も通りで何も言って無かった…というより家の事はあまり教えてくれず弟と妹がいるくらいしか知らない、家の場所も両親の事も全く話さないのを今になって気付く
他の子に比べても小さく痩せていた
給食も何時も家に持ち帰り兄弟に分け与えていた優しい女の子
あんないい子を親が売るなんて信じられない
思ったより早く戻って来たテジャが話しだす。
「チュウリンの家の近くの奴の話だと、人買いに売られた。貧民街ではよくある話だから忘れろ」
「何で親が子供売るの! そんなの酷い!!」
「バーカ 此処じゃあ常識だ 親が子供を学問所に通わすのも食料が貰えるかだし少し読み書きが出来ればその分高く売れる。そいつの話じゃ下の双子を今度学問所に通わせてチュウリンは用済みだから売ったらしいぞ」
冷たく言い捨てるテジャ
「そんな…」
「貧民街の大人が全部そうとは言わないが半分以上はそんな親だ…苦労知らずのお前には分からないだろうが食べるのがやっとの人間ばかりの街だ、飢えて家族全員が死ぬくらいなら子供一人を売ってその場を凌ぐ。 そういう俺も落ちぶれるまでこんな生活や街があるのも知らなかったからお前と同じだった。 だから言う、お前は他の学問所へ行け王都のな」
そう言い残しテジャは学舎に戻って行く。
そして入れ替わりのようにサンおじちゃまがやって来た。
「レイカ、大丈夫ですか」
しょんぼり項垂れるレイカに気遣うように声をかけて来るが、タイミングが良すぎる。
「聞いてたの」
「はい、レイカがテジャを連れ出したと連絡を受け捜している時に偶然」
どうやらこの間騒ぎを起こしたので注意されているようだ
やっぱりレイカは特別のかもしれない
子供が一人学問所に来なくなっても誰も気にしないのに
レイカとチュウリンちゃんの扱いに差がある。
「チュウリンちゃんが売られちゃったの…… お願いサンおじちゃんなら助けて」
「それは無理です」
「どうして駄目なの! 売られたのがレイカだったら助けるの?」
「そうですねレイカは別です…酷い話しかもしれませんが一人だけを助ける事は出来ません。この街では大勢の子供が売られているのに一人だけの生徒を助けたと知ったら此処に通う生徒全てを助けなければならなくなる。レイカに全ての子供を助ける事が出来ますか?」
「レイカは子供だもん…サンおじちゃまは龍族でしょ!何とかして」
「分かって下さい…一人だけを特別には出来ない。それにこれでも大分ましになったのですよ…昔はもっと子供達の入れ替わりが激しく今とは比べ物にならないくらい子供達は荒んだ目をしていました。 この現実が辛いなら王都の学問所に変わってもいいのですよ?」
ここの子供達とレイカは環境があまりに違いすぎていた
深い大人の愛情、三度のちゃんとした食事、清潔な衣服、何をとっても恵まれているレイカには、この酷い環境に育つ子供達の境遇が可哀そうでならないのだろう…それが仲のいい友達ならなおさら助けたくなるのは理解できた。
だけど自分が如何に無力であるか知らなければならない
まだ五歳のレイカには酷な事だが敢て突き放す。
サンジュンロンもまたファンニュロンと同様にいずれ龍族の力ある龍族と婚姻する事を望んでいた。そして時代を担う龍族を産み育てる母親として現実を知って欲しかった。
しかし、まだ子供で感情が先立つレイカには無理な話
「サンおじちゃまの意地悪! 大っ嫌い!! うぇーん うっうぇえんー 」
泣きながら走りだすレイカをただ見送るしかないサンジュンロン
「大嫌い……」
大っ嫌いと言われてしまった…
我が子同然の子供から初めて大っ嫌いと言われた衝撃は思ったより心を貫き思考を停止させ固まってしまう
数分後、
「 ……………はっ! レイカは何処に行ったんですか!!? 」
漸くレイカを追いかけなければいけない事に気付き、真っ青になりながら後を追ったのだった。
そして
レイカは警備の兵士に保護されていて無事発見でき安心したが、レイカは思いつめたようにその日は喋ってくれず落ち込むサンジュンロンだった。