拒絶
創立記念パーティーの夜から十日あまり経つがユンロンからの接触は無く普段どうり生活を送っていた葵だが、明るさが徐々に失われて行き周囲を心配させていった。
「御馳走さま……」
「葵、あまり食べてない様だが」
「食欲がないの 行って来ます…おじい様」
「ああ 気お付けて行っておいで」
心配げなおじい様に大丈夫だと言いたかったけどその言葉が喉から出ない
記憶喪失の身元も知れない私を大事にしてくれた人
記憶を取り戻した今、もう私は大沢葵では無くレイカなのだ
何れ青龍国に戻らなければならない
こんなに良くして貰ったおじい様を本当の祖父…父親のように思っていた。
何も恩を返せず黙って帰るのも躊躇われる。
だけと母様の現状をハクから聞いて今直ぐ帰りたい
まさか母様があれ以来ずっと眠りに就いているなんて思いもよらなかった。
私の帰りを眠りながら待っているのだ
だけど一番の問題はユンロン様
私の姿がこのままの限りは会いたくないけど、既に母様の姿でいる私に気付いているかと思うと居た堪れない
恋なんてしなければ良かった
恋に落ちるのに時間なんて関係なかった
名前も人柄も何も知らない男性を一目見て恋に落ちるなんて知らなかった
何故あの人を好きになってしまったのだろう
よりによって母様を愛する人なんて……こんな厄介な感情を消したいのに生まれてしまった思いを消せずに苦しい
毎晩掛かって来る紫さんの励ましの電話やハクがいなければ挫けそうだった。
車が学校の裏門に止まる。
「葵さん 着きましたよ」
「有難う 芝山さん」
長年大沢家の運転手をしている五十代の芝山さんがバックミラー越しに珍しく声を掛けて来る。
「顔色が悪いので引き返しましょうか」
「大丈夫。尚吾さんもいるから、気分が悪ければ電話します」
「はい。今日は旦那様も予定が無いので何時でもお呼び下さい」
「お願いします」
そう言って車を降りると尚吾さんが既に門に寄りかかり待っていた。
「お早う! 葵」
「尚吾さん お早う」
芝山さんに顔色が悪いと指摘されたので無理やり笑顔を作る。
紫さんに言われたからと言って登下校にクラスまで付き添ってくれてくれて女子の目が痛いけどそれ以外の接触は尚吾さんが控えているので今のところ被害は無い。
「 /// なあ 今度の日曜に出掛けないか 」
「ううん 外に出たくないの」
もし街でユンロン様に遇う可能性があるかと思うと外に出れない
「そっか じゃあケーキでも持って遊びに行くから」
「うん」
私を好きだと言ってくれる尚吾さんが私を見る瞳も辛い
私を取り囲む優しい全ての目が私を追い詰める
私は葵じゃない
この姿は偽りの自分
皆を騙しているような罪悪が付きまとう
クラスの前に来ると
「ホームルームが終わったら直ぐ来るから待ってろ」
「ありがとう」
そう言って別れ教室に入ると乃ノ華が私に気付き挨拶をする。
「おはよー 葵、宿題教えて!」
「おはよう いいよ」
何時もの日常
あんなに楽しかった日々がレイカの記憶が戻ると共に苦痛に変わる
そして今は葵を演じる自分に益々苦しくなるのだった。
昼休み乃ノ華達に誘われたけど一人になりたくって図書室に行くと言って校舎裏に来てしまう。
ここに来るのは編入初日以来
あの時同様に石に座りお弁当を広げるけど食欲が無く食べれない
「食べないのか?」
久しぶりに聞く声だけど直ぐに誰だかわかる。
「竜也君食べる?」
「君… うぜ…」
何時の間にか竜也君が私を見降ろしており、相変わらず金髪に染めた髪は綺麗……ファン様を思い出す。
竜也君はドカリと座り私のお弁当をヒョイととり上げ代わりに牛乳パックとパンをくれる。
「少しは食べないと倒れるぞ」
「ありがとう」
確かに何かお腹に入れておかないと体に良くないのは分かっているので有り難く牛乳を飲む横でお弁当を美味しく頬張っている竜也君
「ね…… 何処かに消えたいって思ったことある」
なんとなく聞いてみたくなった。
「ガキの頃は毎日だ」
「えっ」
「俺の家はヤクザだからガキの頃からシカとされて怖がられてダチなんていないし、そんな環境が嫌で何度も逃げだしたいと思ったぜ」
ヤクザと言う職業?は人に忌み嫌われるの知っていた。竜也君も私にはわからない辛い目に遭っているのだろう
「そっか…今もなの」
「今は別に、親は嫌いじゃないし組の奴らも俺には家族だから捨てられね…」
「皆いい人達なんだね」
「バーカ ヤクザが良い人の訳あるか」
「やっぱり犯罪行為とかしてるの」
「葵は直球だな。 今は一応真っ当な商売しかしてないぜ」
今は……真っ当じゃない商売ってどんなんだろう??
「いいな~いい家族がいて…私なんか父様に殺されそうになったり、我儘な主に振り回されて酷い目に遭っても消えたいなんて思った事もないわ」
我儘な主とはフォンフー様の事
久しぶりにフォンフー様を思い出し未だ虎の姿のままなんだろうか
「…… それってマジな話し?」
「マジだよ。 だけど好きな人が遠いとこから迎えに来てくれたのにその人を会いたくないの」
「次は恋愛相談……訳わかんねいしマジ有りえねぇ…… チェッ… トットとその男と帰ればいいだろ」
何故か不貞腐れる??
「だから会いたくないの」
「何で」
「だってその人は母様が好きで私って母様にそっくりなのよ。だから会う前に消えてしまいたいの」
「はぁ~? 益々解んねぇ…… それならその顔を使って迫れば一発じゃねぇ?」
「そんなの絶対嫌! 私を見て欲しいし、私だけ愛して欲しいの」
思わず本音が零れてしまう
「全部欲しいなんて我儘じゃねの そんな厄介な男諦めろ」
「それが出来たら悩まないわ……今直ぐ母様のところに帰りたい」
「それってアメリカか、それなら一人で飛行機に乗って帰ればいいだろう」
どうやら私が帰国子女だと言う噂を聞いたのだろう
「駄目よ 飛行機や船では行けないもっと遠い所だから… 」
そう言うと呆れた顔をする
「 少し頭が可笑しいと思われるぞその発言」
「そうね」
「良く状況は分からないけど逃げていても仕方ねえだろう。 つまり男か母親どっちを取るかだろうが」
ユンロン様か母様か
以前は簡単に母様を選べたのに
私はどうしてしまったの……
「御馳走さん」
何時の間にか食べ終わった弁当箱を私の目の前に突き出して立ち上がる。
「もう行っちゃうの」
「脈の無い女に興味ないし」
「へっ?」
それはそう言う意味だろうか
「まあ… 逃げたくなったら言ってくれ。 逃がしてやるから」
本気が冗談か判然とせず見詰めて油断してしまい気が付くと唇に何かが触れ直ぐにななれる。
チュッ
それがキスだと気付き睨む
「むぅ…興味ないんじゃないの!」
「葵は警戒心なさすぎなんだ。 別にいいだろこれ位」
「乙女の唇は好きな人しか許さないの!」
「もしかして俺が初めて?」
嬉しそうに聞く
「違う」
「チェッ せめてファーストキスぐらい俺だって言って欲しかった」
少し拗ねた顔は子供ポクって笑ってしまう
「フッフ 残念でした」
そんな私の顔を見て安心したように口元を緩め、おもむろに踵を返し
「パンの一個ぐらい食べとけよ」
そう言い残して校舎裏から姿を消してしまう
竜也君なりに慰めようとしてくれたのだろうか
でもキスは許せない
フォンフー様にも警戒心が薄いとよく言われたのを思い出す。
きっと今の私を見たら相変わらずバカ女だと言われそう
白虎国での楽しい思い出が甦り少し心が軽くなった私は竜也君がくれたメロンパンに噛り付くのだった。
皇女様の手掛かりを掴みモデルの仕事をこなしながら大沢葵について調べる。
二年前海岸に漂着したのを大沢氏が発見し病院に運び込むが外傷は無く直ぐ意識を回復
しかし記憶を失くしており日本語が話せず身元不明で警察にも該当者が無くそのまま大沢氏が身元引受人になり引き取る。
現在は私立聖桜花高等学校二年に在籍しているとまで分かった。
何とか接触しようとするがモデルの仕事が忙しく今日漸くオフを貰い少女が通う高校にやって来たのだが
一目少女を確認したかった。
校門内に入る訳にもいかず学校の周りを歩き始め中を伺うが不審者だと思われそうなので一周だけして下校時を狙う事にする。
「ハクは恐らく大沢邸に居るはずですから先ずそこを確認しに行くべきだったでしょうか…」
つい気が焦り失念していた。
取敢えずゆっくりと校舎を取り囲むフェンスを辿って行くと休み時間らしくチラホラと生徒の姿も見えているがここで皇女様に会えるとは考えていなかった。
校舎の裏の方に差し掛かると話声が聞え植え木の隙間から金の髪が見えた。
直ぐ側に行き気配を消し伺うと一人では無く二人
一人は金髪の少年にもう一人は後姿で顔は分からないが長い髪をお下げにした少女
会話の内容は聞こえないが少年が立ち上がったかと思うと少女に突然口付をする
どうやらとんだ出歯がめ行為だが少女の後姿に心惹かれる
もしや……
少女は怒っているようだが少年は少し言葉を交わし立ち去って行くと一人パンを齧り始めるが顔を見れず、焦れてサングラスを外しフェンスに体を押し付ける。
ガシャッ!
フェンスが軋む音にビックリとした少女が此方を振り向く
少女と視線が合うとお互い驚愕で目が見開き無言で見詰め合う
アオイ様!
その顔は正にアオイ様の顔だった。
体が勝手に動き2m近いフェンスを一瞬で飛び越えて少女の目の前に降りて間近でその顔を見て本人がいるかのように錯覚してしまう
「アオイ様……」
触れようとする手が震えるが
「触らないで!」
思わない拒絶の言葉に驚き動きを止めるとアオイ様の目には恐怖と拒絶が浮かんでいるのに気付き、自分の失態にも気付く
この少女がアオイ様では無く皇女様
しかも記憶を失っているので私が誰だかわからないのだ
突然見知らぬ男がフェンスを飛び越えてくれば恐ろしいと思うのは当然
「驚かせて申し訳ありません。 どうか私の話を……」
「嫌! 来ないで」
皇女様は今にも泣きそうな顔でそのまま私から逃げだし校舎に向かって走り出すが、動く事が出来ず立ち尽くす。
何故あんなに傷付いた顔をしているのか分からなかった。
もしや記憶が戻っている?
だが私を拒絶する意味が分からず後を追えない
しかし彼女が皇女である事は確か
胸元にある皇女の龍核が熱く反応するのを感じたのだ
龍核のネックレスを取り出すと仄かに光っておりそれを証明している。
「皇女様はどうされたのだ」
だがここで諦める事は出来ない
何とか記憶の有無を調べ青龍国に連れもどさなければならない
「事情を知っていそうなのはハクですね」
ここは狙いをハクに変えた方が早いだろう
そう考え直ぐさま高校のフェンスを再び飛び越え事前に調べてある大沢邸に急ぐのだった。