不器用な恋
第二皇子様に引きずり込まれたのは真っ暗な闇の世界だった。
まさかあの夜の男が第二皇子トルチェンフー様だったなんて誰が思うだろうか、確かに第三皇子様に面ざしが似ているとは思った。
瞑道を開ける程の神力を持った高位の虎族など初めて見て驚かされる。
しかも他人に化ける術を使って兵士になり済ましていたなどと驚くばかりだった。
初めて仙鳥に乗って空高く舞い上がった時、恥ずかしい話気が動転してしまい悲鳴を上げてしまう
どうやら私は高いところが苦手らしいのに初めて気が付く
「ギャァーーーー 降ろして下さい!!」
思わず兵士にしがみ付き叫んでしまい、こんな情けない姿をレイカに見られずに済んで良かった。
「おいおい、しがみ付いてくれるのは嬉しいがそんなに暴れられると落ちてしまうぞ」
落ちると聞いた途端体が硬直して動かなくなる。
「ヒィーーーー お願いですから、もう少し低く飛べませんか」
「そんな事したら隊列を乱した俺が罰せられる。諦めろ」
「そっそんな……」
王都まで此のまま飛行する自信が無い、体が自分でもガタガタ震えているのが分かる。
「そんなに怖いのか?」
兵士はバカにする風でも無く心配げに聞いてくる。私が仙鳥に同乗するのを殆どの兵士が不快な表情をする中でただ一人快く同乗を申しでてくれたので悪い人間には思えなかった。
「男として情けないですが高い場所は初めてで……」
すると背後から私を抱きしめてくる。
「 !! なっ何をするのです 」
「こうしていれば少しは安心かと思ってな。 それにしても細いな…」
「うっ……」
人が気にしている事を、だが男など抱きしめて嫌では無いのだろうか?
確かに兵士に抱きしめられていると少し恐怖が治まるが、下を見るとクラリと眩暈がするので目を瞑っているしか無く、逞しい腕に支えられ何とか我慢できたのだった。
そして恐怖と闘う長い時間に漸く終わりが見えて来た頃
「今夜泊る離宮が見えて来たぞ。あともう少しで降りられるからな~」
「本当ですか!」
兵士の言葉に振り返り兵士を見上げると何故か唇に何かが触れ兵士の顔が間近にある?
「うっ??!」
一瞬何が起こっているのか分からなかったが兵士の舌が口に割り込んで来た時に漸く何をされているのか気が付く!!
男同士で口付!?
そう言う輩が存在するのは知っていたがまさか自分が狙われるなどあり得ない
何とか男の舌を押し返そうとするが巧みにかわされたばかりか反対に攻められ、舌を絡まされたり吸われたしている内に段々感じ来てしまう。
考えてみればレイカを想うようになってからこう言う事はご無沙汰になっていた。
「 止め… あっう…… んんっん… ふぁぁ…ん 」
お互いの飲み込めず唾液が口の端から溢れ垂れて行くのが分かる
体の芯がしびれてきて体が熱を持ったように熱くなり、自分の反応が信じられない
危ないと思った瞬間漸く唇が解放される。
口を手で押え甘い息が漏れるのを抑えて興奮を治めようとすると、より一層きつく抱きしめて来るので体が強張る。
「降りるから確り掴まれ」
兵士はまるで何も無かったような平然とした声で耳元で囁くので目を思わず下を見てしまったのがいけない
「ヒィーー」
怒りより恐怖の方が勝り思わず兵士の腕にしがみ付いてしまい、目を開けていられない
「もう目を開けても大丈夫だ」
「……」
兵士の言う通り目を開けると地上に降りており、兵士は直ぐさま仙鳥から飛び降りて手を差し出して来る。
「掴まれ」
その手を拒否したかったが腰が抜けたような状態で一人では降りられそうにないので、仕方なく手を借りて降りるが一人では立っていられず、肩を借り密着した状態が続く中レイカの悲鳴を聞く。
見れば兵士に腕を取られ小さな体でもがいている。
フォンフー様は何をしてるのだ!
直ぐさま助けようと駆け寄ろうとするが此方の兵士も離してくれない。
「離して下さい。あの娘は私の婚約者なのです」
「婚約者!」
しかし、そうしている内に兵士は立眩みを起したように膝をついたかと思うとレイカが駆けより反対に私を助けてくれ、男として自分の情けなさに落ち込んでしまうのだった。
そしてフォンフー様が兵士の正体が第二皇子ルチェンフー様と知ると私に籠絡するよう命じた時は一瞬絶望感が襲ったが主であるフォンフー様が血が繋がっていないとは言え第三皇子様にその身を犠牲にしようとしているのに自分の甘さが嫌になる。
今は国の一大事
フォンフー様は皇子として立派にこの国を守ろうとしているのに
第三皇子様を討たねば白虎国は崋山に攻め入り滅んでしまうかもしれないのだ
愛などと言っている場合では無い
しかしこの方は何を考え私を欲してるのだろうか?
虎族としては格別美しい訳でも才に秀でている訳でも無い
初めて会った晩も泣いている姿を見られている。
こんな女々しいから男につけいられるのだろうか……多分からかわれているのだろう
そう思うと益々落ち込みレイカにこんな自分を見せたくないのだった。
まさかこんな場所で再会するとは思いもよらなかった。
初めて会ったのは王宮の庭園で月を眺めながら静かに涙を流している姿だった。
銀色の髪を月光で輝いており零れる涙は水晶のように美しいと思った瞬間
欲しいと思ってしまた。
一目見て男とは分かっていたので気の迷いだ思いながらも惹かれるようにその男に近づき思わずその涙を舐めてしまう。
舐めると酷く甘く感じ欲情してしまう自分が信じられなかった。
そのまま押し倒したくなるが相手は細身ながら男
躊躇ってしまい逃げて行くのをそのまま見逃してしまった。
今まで性愛の対象は女だけで男に欲情するなど無く気の迷いで直ぐに忘れてしまうだろうと軽く考えていたのだが何故か忘れられ無かった。
捜そうとした時には既に遅くイェンが政変を起こしたためにより困難になり諦めていたのだがまさか第八皇子の従者だったとは
イェンが無理やり王位に就いてまで欲しがっている弟を見たくなり気紛れでこの近衛兵士団に加わったのだが
田舎の屋敷を訪れ第八皇子フォンフーは弟ながら初めて見るのだが、確かに美しい少年ではあるがイェンが執着する程でも無いと不思議がっていると、直ぐ後ろに控える青年を見て驚く。
そこには2年近く捜し続けていた青年
これは運命だと瞬間に思ってしまう。
早速近づき自分の仙鳥に誘い込み口説こうとすれば高所恐怖症らしくそんな雰囲気にはなれなかったが確り体を触りまくっていたのに恐怖が勝っているのかちっとも気付かないが十分堪能できた。最後に我慢できず唇を奪えばかなり感度良好の反応。
男の喘ぎ声など御免だと思ったがインフーの声は何故か可愛く聞こえより一層啼かせたくなるから不思議だ……
しかしあのレイカと言う美少女が婚約者と聞き焦る。
近衛兵達がレイカを見た途端オスの本能むき出しで我先に抜け駆けし近づき虎視眈々としている程、男達を惑わす美貌は俺でさえも一瞬見惚れてしまい、俺を睨みつける気の強さも好みなのだが、それでもインフーが良かった。
これは自分でも重症だと自覚する。
ハッキリ言ってインフーは俺の好みのタイプと真逆、そもそも男
俺が何時も選ぶ女は明るい美人で気が強いのが好きで胸が大きければ尚更良いのに、インフーは美しいが性質は真面目で物静かな人間だと推察でき、俺とはそりの合わないタイプだ
少し親交を深めようと瞑道の中に引きずり込んだが、インフーの顔は暗く沈みこんでいる。
普通なら暗い男など視界にすら入れないが妙に色っぽく感じてしまう。
「俺といるのが嫌か?」
インフーを引き寄せ腰に手を回し逃げられないようにすると、体を緊張させながら俺の顔を見上げる。
「私は第二皇子様に身を任せれば良いのでしょうか……」
行き成り本題か…やはり生真面目のようだ
今日初めて会った弟であるフォンフーは中々一筋縄ではいかない癖のある男だから、従者であるインフーはかなり苦労してそれなりにこなれていても良さそうなのに、真面目さは崩れないようだ。
「俺としては嬉しいがインフーが俺に惚れてからでいいぜ」
「私はレイカを愛しています……第二皇子様に心を寄せるなどお許し下さい」
ズキリと心臓が痛む。
つまり心はやれないが体だけ差し出すと言うのだろう……ここは嘘でも俺に気のあるそぶりを見せて良いように俺を使えばいいのに、本当に真面目で不器用だ
「だがレイカは龍族だ、決して報われんぞ」
「分かっています。レイカも私を兄のように慕っているだけで恋をしている訳じゃない…だけど皇子様達より私が良いと言ってくれるだけで報われたような気がします。 本当は龍族になるなと懇願したいがそれではレイカは幸せになれない……今でさえ大きな力の片鱗を見せているのに龍族として覚醒すればかなりの高位の龍族になるのは分かり切っています。私のような虎族ではレイカを繋ぎとめられない……せめてレイカが龍族になって離れるまでは婚約者として命をかけて守りたいのです」
インフーは感きわまった様に美しい瞳からハラハラと涙を零す。
この涙だ
純粋な愛の涙…
これが俺の為に流させたかった。あのレイカの為に流すのかと思うと嫉妬が湧く
「ならば俺を頼れ、お前の願いなら何でも聞いてやろう」
「第二皇子様……」
「トルチェンフーと呼べ、お前が欲しい」
「でも私は……」
抱くつもりはまだ無かったが、この涙を見たら堪らなくなってしまう
「俺を利用すればいい…… だが俺がレイカを忘れさせ何時か全てを貰う」
インフーはより一層悲しそうな顔をするが今はそれで良かった。
無理やり口付をして全てを奪うようにこの闇で覆われた世界でインフーの体を貪るが、馴れないインフーには苦痛でしか無かったかもしれないが止められなかった。
自分にこんな激情があったとは
母に疎まれ寂しい幼少時代を送ったがそれでも良かった……王宮を抜け出しこの容姿を生かし街で気ままに暮らす方が楽しく王位も力にも何の執着も持てずにいた。
今ならイェンが邪神の力を得てまで王位を欲しがる気持ちが分かるような気がする。
神族も男同士の婚姻は許されないが、例外的に王だけが許された特権
伴侶の指環があれば男同士でも命を分かち合え死ぬ時まで一緒に居られるのだから
体を重ねより一層執着が強まるのを感じる。
多分インフーの命は俺の半部しかないだろう、インフーと命が繋げられるなら玉座を狙っても良いかもしれない。フォンフーも玉座を望むなら禍根なく消せばいいだけ
だがレイカは消せばインフーが心を閉ざすので青龍国にでも追い出せば話は済む
疲れ果てて気を失うインフーを抱きしめながら囁く
「お前は俺のもの、面倒な男に掴まってしまったと諦めろ。 愛しているインフー 」
今の一時だけは自分のものだ
インフーの全てを得る為にも先ずはイェンを討って父王を助けてから
しかし敵はかなり手強そうだ
昔のイェンではなく邪神……二年前に現れた時は歯が立たず瞑道を開けて逃げれたがそれ以上に強くなっているとしたら王が何人かかっても難しいかもしれない。
嫌われるだろうが危うくなったらインフーだけ助けて逃げればいいだろう
それまでは出来る限り協力するしかないだろう
それも全てインフーを手に入れる為の手段
そうでなければこんな面倒事には首を突っ込むなど俺では有り得ない。
恋の力とは人を変えるのだと初めてしたのだった。