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龍王の娘  作者: 瑞佳
第一章 青龍国編
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結界の家





まだ五歳のレイカは十日に一度しか学問所に通っていないので平素は母とこの狭い結界の家で暮らしていた。何れ王都で平民として暮らす為に小さい頃から徐々に馴染ませる目的もあったがもう一つの理由は龍王にある……体を求めるため十日に一度必ずアオイの下を訪れるからだ。


龍王がアオイの下に渡る時、レイカは赤ん坊の頃から後宮にいる兄と慕うサンジュンロンに一晩預けていたのだがその延長線で五歳を迎え学問所に通わせる事にしたのだ。何故十日に一度家を出されるのか、小さいながら聡い少女が悟らせない内の方便でもあった


父親である龍王ルェイロンにレイカの存在を知られる訳にはいかない


レイカにも父親が龍王ルェイロンである事を知らせられない


家族を強く求めるアオイにとっては悲しい事だったが、娘と暮らす毎日は幸せだった……

この小さな幸せを壊したく無かった。


しかしその生活も後十年、小府の長官で後宮の主ファンニュロンとの約束でレイカが十五歳を迎えた時、結界から離れ王都で人間として暮らすまでの束の間の幸せなのだ…






アオイが小さな畑で作物の世話をしている中、レイカは遊びに来た子猿達と模造刀で遊んでいる。この子猿達は以前アオイが助けた子猿を育てた所、群れを作り数を増やしていったその子孫で何時の間にか安全な結界は託児所になっていたのだ。家の敷地の結界は、危険な猛獣や妖獣達は入ってこれ無いのだが小動物や昆虫などは普通に出入りできるのだ。


レイカは可愛い容姿に反しかなりお転婆で、猿達相手に遊ぶのが大好き


「えい! コラ!大勢で来るなんて卑怯よ!」


模造刀を振りまわし子猿達を蹴散らそうとするが、反対にからかうようにウッキッキーと挑発しながら逃げ回る子猿達の手にも模造刀が握られ、レイカの打ち込みも軽くなぎ払っている。


此処の猿達は以前一緒に暮らしていたおじいちゃんが教えたのが最初で、それから代々猿達が受け継いできたのだが、6年前におじいちゃんは此処で亡くなったのだが今もこうして猿達が親兄弟と教え合って強いオス猿が本物の剣を持ち群れを守るボス猿になるのだ。


だから子猿のうちから模造刀を持たせ遊ばせて剣の練習をしているのだが、結界の外は妖獣が支配する森、群れは確実に増えていくが全滅する群れも幾つもあるのが現状、猿達も決して楽な生活は送っておらず、結界の家が安らぎの場なのだ










さや豆を収穫しながら、八匹の子猿を相手にじゃれ合う娘を微笑ましそうに眺めるアオイにレイカは飛び付く


「母様! 今日のご飯はなに?」


母様の足にしがみ付くと優しく頭を撫でてくれる。


「昨日絞めた鶏肉があるから唐揚げにして、それと…さや豆を卵とじにしようか」


鶏の唐揚げと聞き思わずお腹がすく、母様の料理は全部美味しいが鶏の唐揚げは一番大好物


「やった! 母様一杯作って」


「その代わり、さや豆のすじを取るのを手伝ってね」


「する!」


「それじゃあ先にお風呂に入って泥を落とし来てからだよ」


「は~い」


早く唐揚げが食べたくて急いで露天風呂に駆けこんで飛びこむ


バッシャーーン!!


すると後を追ってきた子猿達もそれに習って次々と飛び込む所為で水しぶきが次々と襲いかかる。


「キャーー コラお湯が目に入るじゃない!!」


ムカついたので皆にお湯を掛けて反撃すると風呂場はお湯の掛け合いで凄い有様になる。


「レイカ! 止めなさい―――っ!」


ピッタ


母様の怒鳴り声に皆が一斉に動きを止めるとお風呂のお湯が半分に減っていたが、直ぐに新しい湯が湧きあがり元に戻る。


「お風呂で暴れちゃダメでしょ、しかもレイカ服を着たまま入ってるよ…困った子」


言われて見ると体に濡れた服が張りついてた…


慌てていたら服を脱ぐのを忘れていた


急いで脱ごうとしたが濡れていて中々脱げない


「こっちにいらっしゃい」


母様の呼び掛けに駆け寄ると服の紐を外して脱がしてくれる。


「もう少し落ち着いて行動しないと…街は馬車や人が多いんだから怪我しないか心配」


「ちゃんと避けるから大丈夫!」


そう言うと母様は呆れたような顔をするが何も言わなかった。


裸になると首に下げられた金の鎖が現れるとそれに付けられている丸い石を手に取り見詰める。この石はレイカが生まれた時手に握っていたらしいけど、ただの石なのに母様は何時も身につけて欲しいと言われている。


「母様、レイカもっと綺麗な石がいいな~」


「それはレイカの大事なお守りの石なんだから外しちゃダメだよ。ほら、今度は大人しく体を洗って」


お尻を軽くピシャリと叩かれる。


「母様のスケベ!」


娘にスケベと言われ軽くショックを受け固まるアオイ……貧民街の学問所に通わせる事により日々色々な言葉や知識を覚えて来るが、いい事ばかりでは無いようだ


しかもレイカは普通の五歳児に比べかなり確りしており、知識の吸収力に目を見張るものがあるのは、龍族の血がそうされるのかもしれなかった。


「着替えを此処において置くから…」


脱衣場に服を置き、陰鬱な雰囲気でふらふらと勝手口に向かう母を不思議に見やるのだった。


「変な母様?」


子猿達も何時の間にか居なくなり、一人湯船に浸かりそろそろ上ろうとした時、森の中の茂みから小さな白い顔が突き出し、視線が合うと怯えるように顔を直ぐ引っ込めてしまった。


「白い猿?」


今まで色々な動物達が結界にやってきたが白い生き物は初めて


茂みの側により葉の隙間を覗き込むと小さな白い猿が身を縮め震えている…大きさからして未だ母猿にしがみ付き乳を貰っている赤ちゃんの筈で、一匹でいるなんて不自然だ


「おチビちゃん、お出で」


怯えて動けないようで、手を伸ばして抱きあげればいいのだけど茂みは結界の外になり出来ない。


「そうだ!」


ある事を思い付き首の鎖を外して、赤ちゃん猿の側に投げて石を揺らすようにして興味を引き付けると警戒していた赤ちゃん猿が慣れて来て興味津々で石を手に取るのを見計らい、思いっきり引っ張る。


「えい!」


赤ちゃん猿は空を飛ぶように引っ張られたが、勢いが良すぎたようでお湯の中に落ちてしまう


ポッチャン!


「キャー、やり過ぎちゃった!」


お湯に沈んで行く赤ちゃんを急いで救いあげると意識も無くぐったりしている!!


「どうしよ!! 殺っちゃった?」


貧民街の子供の影響を多いに受けてしまっている言動は否めない


「母様! 母様! 」


急いで猿を抱いて勝手口から台所に跳び込むと、母様がギョッとした顔になる。


「レイカ…服はどうしたの……」


「服よりこの猿が死んじゃう!」


漸く、娘が抱きしめる小さな白い生き物に気が付く


「この子どうしたの…」


小さな猿を娘から受け取り、濡れた体を優しく拭きながら聞く


「お風呂で溺れたのを助けたの…大丈夫その子?」


……確かに嘘では無い


「ちゃんと息をしてるし怪我も無いようだけど、痩せて結構衰弱してるから母猿と逸れたのかもしれない……側に母猿はいなかった?」


「この子だけだった」


それを言うと何故か悲しそうな顔をする…?


「レイカ、私が温めているから貴女は服を着て来なさい」


「は~い」


脱衣所に戻り服を着てから一応母猿が居ないか辺りを捜したがそれらしき猿は見つけられず、諦めて母様の下に戻ると居間で赤ちゃん猿は目をパッチリと開けながら抱っこされている。


「うわぁー 目が赤いなんて珍しい」


大きな声で驚いたのか母様の腕の中に潜り込もうとする。


「あんまり大きい声を出すと怯えるから小さい声で」


「は~い」


「少し抱っこしていて…お腹を空かせてるようだから何か持ってくるから」


「ハイ」


震える体を慎重に受け取ると嫌がる風ではないが、落ち着かないように赤い目をキョドキョドさせて弱々しくレイカの手にしがみ付く


「お前の母様はどうしたの?」


優しく聞くが返事は矢張りない


お腹を空かせっていると聞き、指を口元に持って行くと赤ちゃん猿は直ぐに指先に吸いつく


「可愛い!」


だが、おっぱいを飲むように吸うが出ないと分かると噛みつかれてしまう


「イタッ!!」


赤ちゃんだと思って油断したが既に歯が生えており思ったより月が経っているのかも


痛いのを我慢してそのままにジーッとしていると赤ちゃん猿はレイカの血をチュウチュウ吸い始めたので慌てて引き離すと、物欲しそうに指を見る。


「血なんか吸ったら妖獣になっちゃうよ」


メッと軽く怒るが赤ちゃん猿は怯えを見せず、目に輝きが戻ったような気がした。


「?」


其処へ母様が手にお椀と匙を持って戻ってくる。。


「何を騒いでたの?」


「指を吸わせたら噛まれちゃった…」


「大丈夫!」


「うん、血は直ぐに止まったよ」


心配症の母様の為、血を吸われた事は黙っておく事にする。


「そう、それなら良いけど後で消毒はしようか。 先ずこの果汁を飲ませてあげて」


お椀を受け取り匙を使い甘い匂いのする果汁を口に持って行くと美味しいそうに飲み始めあっという間に飲み干す。


「歯が生えているなら、次は固形物でも大丈夫かもしれない」


微笑ましそうに二人を見ながら言う


「歯が生えているのに何故こんなに小さいの?」


偶に他の種類の猿も来るが、この子はこの結界周辺を縄張りにする同種の猿だ。だが歯が生えているなら今の倍以上の大きさなのに生まれて間もない感じだし、毛の色も真っ白で目も赤く他の猿と明らかに違う


「うーん…多分だけど母猿に育児放棄されたのかもしれない」


「育児放棄???」


「この子の色があまりに自分達と違うから、途中で見捨てられ今まで何とか一人で生きていたのかも……こんなに小さいのに頑張ったんだね」


優しく猿の頭を撫でる母様の言葉を聞いて頭に一瞬で血が昇る


「許せない!!」


「レイカ?!」


「親のくせに色が自分と違うから捨てるなんて、この子が可哀そう」


悔しくて涙がポロポロ零れるのが自分でも分かる……この子はレイカと同じだ


人と違う色だからと差別される


しかも自分の母親に


レイカには母様がいるけどこの子には誰もいない


「この子は今日から家の子よ!」


突然の宣言に呆気にとられる母様とキョトンとする子猿


「今日から私達は姉妹よ! お前は立派な猿になって母猿を見返し、レイカも一緒に頑張ってレイカの髪をバカにする奴らを地に平伏させるの!」









アオイはとても五歳の幼女とは思えない言葉に一瞬眩暈が起こる……


優しい可愛い女の子に育つと思っていたのに、何処で間違ってしまんだろう


確かに優しく正義感溢れる子だが偶に見せる激情が王様を見るようで怖かった。


「レイカ」


レイカと子猿を一緒に抱きしめて、興奮を抑えるように背中をさすってやる。


「その子の親も好きで見放した訳じゃないと思うよ。その子の色は白い所為で森の中で目立ってしまうから、暗闇だと特に白色は目立ってしまう…そうすると妖獣達に見つかり易くその子一匹の為に群れ全部が殺されるかも知れないんだよ」


昔、ソンを助けた時言われたおじいちゃんの言葉を思い出す。


「でも、お母さんなんだからその子と一緒に群れから出てあげてもいいじゃない!」


「妖獣はとても狡賢く恐ろしくて強い…群れから出れば襲われて食べられるのは時間の問題。せめてこの結界の側に捨てたのは少しでも生きてて欲しかったんだと思うよ」


「でもレイカは許せない!」


なかなか頑固な娘に困ってしまうが間違っている訳でもない


「レイカの言う事も正しいけど、全ての猿が妖獣に立ち向かえる程強く無いんだよ…弱い者の気持ちも分かってあげよう」


「弱いもの……」


「切り捨て無いと生きていけないそんな世界もあるんだよ…レイカは強くなって、そんな弱い人達を救ってあげれるようになるといいかもしれないね」


五歳の幼女にとんでもない事を言っていると思うが何故か口から出てしまう


この子には人間として平凡な幸せな家庭を持って欲しいと願っていたはずなのに


「レイカは強くなって悪者をやっつける!」


娘から返って来た言葉は中々勇ましい物だった


「強くなると言っても力の強さを言っているんじゃないよ…レイカは女の子だから弱い人の心を理解して救えるような強い優しい心を持って欲しいんだ。 レイカの髪が黒いからと意地悪する子を力で懲らしめてもその子は本当にレイカに悪いと反省するかな?反対により一層レイカを嫌うんじゃない」


「じゃあ…レイカは我慢するしかないの!」


「その子が何故レイカを苛めるか髪以外にも理由があると思うよ、その子の事を知るのも大事、それからどうするか考えて御覧」


「う~ん …… 」


いまいち納得してい無いようだが小さいのだから徐々に理解してくれれば良い


最近までこの結界の家と後宮の狭い世界しか知らなかったレイカ


大勢の子供達に揉まれて成長させる為にも敢て貧民街の学問所を選んだのだ


綺麗な世界だけ見せていてもいけないような気がした。


貧民街の子供の環境は過酷だ


身なりもみすぼらしくその日食べるのがやっとの生活


学問所を一歩出れは治安が悪い


学問所で勉強すればお昼御飯が食べられ、服も古着だが貰える。


その為に来る者が殆どだったが最近では熱心に学ぶ者も多い


ここ数年貧民街出身の人間が見事官吏の登用試験に合格して役人になったり、商売で成功する者が出始めたお陰だ


後で知ったのだが官吏になるのにも身分が必要だったが、王様が能力第一で採用するよう身分に関係無く登用試験を受けれるよう改正してくれたお陰らしい―――少し王様を見直したのは内緒


そんな中レイカの存在は異色だろう


身なりは自分たちと同じだが育ちの良さや龍族の血を引く者としてやっかみを受けるのは当たり前かもしれない


そんな中でも優しく人に接する子に育って欲しかった。


「ねー 母様お腹すいた……」


「夕飯の支度の最中だった、今日は手伝いは良いからその子を抱っこしてあげて」


「うん!」


未だ五歳なのだからこれから少しづつ成長して行くだろう


成長の為にも今は美味しい食事が必要


今夜のおかずは飛びきり美味しくしようと意気込む


人の為に作る食事は楽しい


何時か一人になってしまうが…今はこの時を楽しむアオイだった。











*補足


以前アオイは龍族の老夫婦と暮らしていたのですが、その時腕に怪我をした子猿を母猿から託され、育てたのがソンというオス猿でした。怪我のせいで片腕を失いましたがおじいちゃんの剣の訓練で猿とは思えない腕前に成長し、結界の外の妖獣の森で群れを作り頼もしいボスとしてアオイを守るように結界の周辺を縄張りにし数を増やしてきたのでした。子猿たちはその子孫達です。

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