巻き添えは遠慮願います
朝からお屋敷は騒がしく大忙しだけど私は部屋で大人しく本でも読むしかない。顔の腫れは引いたけど赤黒い痣のようになってしまい益々不細工になってしまった。
フォンフー様が帰って来たら文句を言わないと気が済まない!
当のフォンフー様は朝になっても戻らずインフー様がかなり心配しているが第三皇子様の滞在中では捜しに行けず意気消沈しているらしい……全く困った主を持ってお気の毒としか言いようがない。
第三皇子様は朝食を召し上がった後直ぐ王都にお戻りになるらしい。
なんて慌ただしい皇子様なんだろう、一体何しに来たの?…フォンフー様を怒らせに来ただけだったら全くの人騒がせ
窓の外から何かの羽ばたく音が聞こえ来るので外を覗いてみると見た事もない大きな鳥が二羽中庭に舞い降りて来たところだった。
「凄い!! なんて立派な鳥、初めて見るわ」
「ウッキィー」
肩に乗るハクも興奮している。
ハクは何時ものハクに戻り昨日の事が夢だったのかと思ってしまう。
そしてお屋敷から出て来た人々が鳥の周りに集まりその中に際立って背の高い青い髪の男性がいた。
「あのお方が第三皇子様かしら」
遠目でも分かる程に目鼻立ちのハッキリした精悍な顔立ちの素敵な人だけど、ファンおじちゃまくらいのカッコよさだ。ファン様や侍女さん達、サンおじちゃまを見馴れている私は目が肥え過ぎているのかもしれない。
懐かしい顔を思い出し、皆どうしているだろうか?
皆は龍族だから全然変わっていないだろうけど、私はかなり変わってしまいあったら皆は驚くだろうな……ウフッフフッフ~
皆の事を思い出し物思いに耽っているとフッと視線を感じ顔を向けると鳥に乗った皇子様と視線が合う―― かなりの距離があり私の顔が見えないとは思うけど慌てて隠れる。
程なくして鳥が羽をはばたかせ上空に舞い上がって行く姿を窓から眺める。どうやら皇子様一行はあの鳥で此処まで来たらしい、皇子様だから何人も従者や使用人を引き連れ豪華な馬車にでも乗ってやってくると考えていたのに、かなり想像と違っていた。
人望もあって文武にたけた美丈夫…まるで絵に描いたような皇子様
だけどフォンフー様が嫌うんだから、本当はフォンフー様より性格が悪いに違いない!
もし王宮に行く事になったらあの皇子様と顔を合わす事になるのかな?
フォンフー様が第三皇子様の暗殺を考えない限り関わり合う事は無い……絶対関わり合いたくない!!
何を考えているのか分からないフォンフー様
お戻りになったら色々話す事が沢山ある。
早く帰ってこないだろうか……第三皇子様が帰ったなら今日中には戻ってくるだろう
朝食を召した後に直ぐに出立する事になった第三皇子様御一行を屋敷の主だった使用にで見送っているのだが、その場に居るべき屋敷の主のフォンフー様は昨夜飛び出したままお戻りにならなかった。
「立つ前にフォンフーの顔を見たかったのですが…」
第三皇子イェンファフー様が寂しげに憂いを含んだ声で言う。
「申し訳ありません。教育係の私が到らぬばかりに… 後日フォンフー様にお詫びのお手紙をお出し致しますのでご容赦を」
「貴方のせいではありません。私がフォンフーを怒らせてしまったの原因なのですから、ですがフォンフーからの手紙は楽しみに待ってますよ」
普通なら私が責められお咎めを受けても仕方がないのだが優しくお許し下さる。
虎族は性質は気が短く好戦的で色を好む者が多い中、この方には全く当てはまらないように思える。
「はぁ…」
「アレは?」
「何か」
「屋敷の窓に黒い髪の少女が、黒髪とは珍しい…何者です?」
ギックリとする。
「あっそっその娘は下働きの者でイェンファフー様が気に掛けるよな者でもありません」
こんな帰り際にレイカちゃんを見とがめるとは…何とか気を逸らさければと慌てる。
「そうですか、間近で見てみたいですが今は急いでいるので諦めましょう。近い内に必ずフォンフーを王都に呼び戻すと伝えて下さい」
「はい、お受け賜りました」
レイカちゃんを見られずホッとする。
「それでは王都で」
「気をつけてお帰りくださいませ。皆様の帰路のご無事をお祈り申し上げます」
イェンファフー様は鷹揚に手を挙げると同時に二羽の仙鳥が空高く舞い上がり突風が下にいる我々に吹いて来るが神力でそれを打ち消す、私以外は人間なので堪ったものではないだろう
あっという間に天高く舞い上がり姿が見えなくなる。仙鳥は天帝が住む崋山の鳥で飛ぶ速度が速いため長距離を移動するのに最適だが、乗りこなす事が出来るのは極僅かしかおらず、流石にイェンファフー様は見事に乗りこなしていた。
「お疲れ様でインフー様」
「ありがとう」
家令のトムチーさんが労ってくれて漸く肩の荷が降りるが、問題が一つ消えただけでフォンフー様をこれから捜さねばならない。あのお方が賊や妖獣相手に引けを取らないのは分かっているが心配だ。
それにレイカちゃんも気に掛かる。今朝チェンさんに聞いたところ熱と腫れは引いたらしいが赤黒い痣が残っているそうだ! レイカちゃんは人間だから治りが遅いので当分残るかと思うと可哀想でならない、女の子の顔に酷い後を残すなんてフォンフー様には今回の事を含めコッテリ絞らないといけない
しかもイェンファフー様はフォンフー様を王都に戻させようとしているらしく頭の痛い事ばかり…確実に自分の体重がすり減っている事を自覚する。イェンファフー様や従者の三人の逞しい体を思い浮かべ、レイカちゃんも逞しい方が好きなら私ももう少し鍛えた方が良いのかもしれないと考えるのだった。
今はフォンフー様を捜しに行くのが先決だった。
結局フォンフー様がお屋敷に戻って来たのは三日後の夜で、インフー様はフォンフー様を捜し回り心労のほうで倒れてしまった。
私はハクを肩に乗せ夜中にこっそりフォンフー様の部屋を訪れる。
「フォンフー様、起きてますか」
扉越しに小さく声を掛けると直ぐ返事が帰ってきた。
「入れ」
静かに音をたてないように扉を開けて忍びこむと、フォンフー様が長椅子に横たわりなが本を読んでいた。珍しい事もある
そして私の顔を見た途端笑い出す。
「プーッアハッハッハー なんだその痣は酷い顔だな~」
「酷い! フォンフー様が殴ったせいでしょう、忘れたんですか!」
「ふん! 俺だって酷い目にあった」
思ったより元気そうなので安心する。
「フォンフー様はどこに行っていたんですか?インフー様が心配して倒れちゃったじゃないですか」
「ロウとその辺をうろついていただけだ」
「兄弟喧嘩の原因はなんですか? 第三皇子様に王都に戻れて言われたから」
第三皇子様の話になった途端、怖い顔になる。
「クソッ! あいつがこんなに早く王位に就くなんて! お前がサッサと力を引き出さない所為だ!」
「?? 何で私の所為なの……王位と何の関係が??」
「あいつが王位に就いたら俺はお終いなんだ! このボケ娘」
フォンフー様のお終いってどういう事だろう????
「まさか第三皇子様に殺されちゃうんですか!!」
「違うわ!ボケッ、ある意味殺された方がましなくらいだ」
フォンフー様は凄い剣幕で、殺されるより酷い事って何だろうと思わず考えてしまう。
「おい、こうなったらお前には瀕死の状況になって力を引き出して貰おうか……」
目が怖い、本気だわ…なんて自己中心的なの、本当に俺様なんだから
「待って下さい。その前にこれを見てください、これを!」
私は急いで服から龍石を取り出してフォンフー様の目の前に突き出す。
「お前の小汚い石なんか興味あるか!」
「良く見て下さい、此処が変化してるでしょ、ハクが言うには是は私の龍石で神力で満たすと私が龍族になるみたいなんです!!」
「ウッキィ!」
ハクも同意する。
「なんだと? これが龍石」
フォンフー様が手に取り眺める。
「本当だ一部が真珠層のように変化している……」
「フォンフー様の神力のお陰で此処までになったみたいなので、これからもお願いしますね」
可愛くニッコリ笑ってお願いしてみる。
「このどブス、五年間でこれだけなら、後どれだけ俺が神力を注げばいいと思っているんだ!」
どブス!! 私みたいな美少女を本気で貶すのはフォンフー様ぐらいである。美しさでいったらフォンフー様より私の方が絶対綺麗なんだからと反論したいけど、話が進まないので諦める。
「だからそれを相談しようと思って来たんです。 フォンフー様の神力だけじゃ一杯にならないしインフー様にも協力して貰いましょ」
「それは駄目だ」
「何故です?」
「この事にインフーを巻きこめないし、お前に過保護なあいつが許すはずがないだろ、しかもお前を龍族にする手助けなどしないと思うぞ」
「私が龍族になったらインフー様が困るの??」
「兎に角、インフーには言うな」
「ぶー 折角良い考えだと思ったのにねー ハク」
「ウキッキィ」
確かにインフー様は私が危険な事や掃除仕事をするのを嫌がる。先日私の痣を見て卒倒しんばかりの反応に思わず引いてしまう……まるでお姫様扱いに最近少し鬱陶しく感じるのは仕方ないと思う。
「そう言えば、ハクが言ったとはどう行く事だ」
「龍石を通すとハクと心で話が出来るんです。凄いでしょ! 龍石の事もハクが教えてくれたのよねーハク!」
「ウッキー!」
「なんだと!?」
「全くお前等は何者なんだ……」
「私が知りたいくらい」
私が普通でないと言われても産まれてからこの方、自分が変なんて自覚を持った事がない……私ってなんなんだろ?
「まあいいだろうだが……そんな事より今はお前の力を自由に操る事が先決だ。王位に就く前にあいつから神力を奪えなければお前も道連れだからな」
「なんですかそれ!?」
「明日から王都に向かう準備だ、お前も連れて行くから死ぬ覚悟をしておけ」
「覚悟って大袈裟」
「玉座が掛かった取引だ当り前だろ」
ニヤリと笑いながら何やらとんでもない事を考えているみたい
玉座って何ですか?
話がとんでもない方向に向かっているのは気のせい?
「言っときますけど私は母様を助けるのに力が欲しいんであって、フォンフー様はついでですから」
「俺の協力なしに神力を集められるのか」
「うっ 四十九歳のくせに十歳の子共を脅すなんて卑怯です」
「お前がただの十歳の子供かなら俺はお前などに用ない」
「むぅ~ フォンフー様の人で無しーーーー!」
「明日から忙しいぞ、ガキは早く寝ろ」
そう言われてフォンフー様の部屋から追い出されてしまい途方に暮れるしかなかった。
「ハク……此のままフォンフー様について行って大丈夫かな?」
「ウッキ~?」
目の前に暗たんたる雲が立ち込めてしまった。
レイカを追い出しこれからの事を考える。
あいつが父王から王位を継ぐためには、父があいつが自分より上だと認め他の虎族の中で如何に力あるか示さねばならない。多分第一皇子も名乗りを上げるだろう。その時二人が競い合い勝者が玉座に就く。その時レイカが奴の神力を奪えば奴は負け、第一皇子が奴を生かしておく訳が無くその場で殺すだろう。そうすれば俺は自由だ
その為にもレイカには死ぬ気で力を引き出させないといけない
しかしハクまで不思議な力を持つとは考えもしなかった。
なんなんだあの二匹は
一体どんな親からあんな規格外なのが生まれるんだ
金の瞳を持つ龍族か
本当は龍王の娘と言った方が納得してしまう
今の龍王は歴代龍王の中でも稀有の力があり我が国の虎王とは格が違い、あいつも龍王の足下にも及ばないはずだ。
インフーには悪いが諦めて貰おう、他種神族の婚姻は禁じられているのでレイカが龍族として目覚めれば婚姻はもちろん性的交渉も禁じられている。
恋人同士にすらなれない。
そもそもレイカがインフーを選ぶかは疑問だったが、憐れだが何れ自分にあった相手が現れるだろう。
恋だの愛だの俺にとっては薄気味の悪いものにしか感じない。
逃げてばかりでは何も変わらない
全ては自分の為
レイカが何者であろうが関係ない、レイカには死んだ気で頑張って貰うしかない
明日は王都に向けて準備しなければならないので、もう寝る事にする。
何としてもあいつを王になどしてたまるか。
絶対阻止してやる。