皇子の事情
今から第三皇子イェンファフー様をお迎えすると思うと緊張で喉がカラカラだが呑気にお茶を飲むのも憚れて、玄関で立ちすくしかなかった。フォンフー様にも玄関にそろそろ御出で頂きたいのだがまだ着替えらていらっしゃるのだろうか?
私のような一介の虎族などが王族に仕えられるなど幸運だったが、第八皇子のフォンフー様と聞き少しがっかりしたのが本音。宮中でかなり素行が悪いと評判で教育係も何人も辞めさせる噂のあるお方にお仕え出来るか心配だったが、会ってみると傷ついた瞳を持った繊細少年でわざと虚勢を張り悪ぶっているように感じた。
きっと何かお辛い事があったのだろうと最初は同情でお仕えしようと思ったが今では畏れ多いながら弟のようにさえ感じ心からお仕えしよう心に決めていた。
フォンフー様はあまり王族らしからぬお方で自由奔放で豪奢な生活が窮屈らしく、この田舎で自由で気楽な生活をされていたので、私まで少し感化され緩い生活を送ってしまっていたため、今から王族中の王族で次期虎王とまで目されているイェンファフー様をお迎えするかと思うと、失礼がないか気が気ではない!!
なので今朝からシクシク胃が痛み食事も喉を通らずこのまま倒れてしまいたい気分……
緊張しながら立っていると階段の上からレイカちゃんの切羽詰まった声が聞こえる。
「インフー様!!」
名を呼ばれ振りかえると階段の上に居るレイカちゃんの顔を見上げるともっと驚かされる!!
レイカちゃんの左頬が真っ赤に大きく腫れて痛々しい姿に、最近富に美しさがました可憐な顔が
「レイカちゃん、その顔をどうしたのですか!!」
こんな事をするのはフォンフー様しかいない
昨日は知らない振りをしたが右頬の切り傷は剣に寄るものでフォンフー様が負わせたのだ
だが今回は許せない
「私よりフォンフー様がお倒れに!! 助けてください!」
「何ですって!!」
フォンフー様が倒れるなど異常事態だ、一体何があったのだ!?
さっきまでの怒りがどこかに飛んでしまう
兎に角階段を駆け上がりフォンフー様の元に駆けつけると真っ青な顔をし床に横たわっていた。
直ぐに抱き上げ、側の長椅子に横たえさせて呼び掛けてみる。
「フォンフー様どうなされたのです! 目をお覚まし下さい」
だが一向に反応が帰らず、神力で体を探るが悪いところはないがフォンフー様の虎核が枯渇しているのに気が付く
そこへ後を追って来たレイカちゃんが心配そうに聞いてくる
「フォンフー様は大丈夫ですか」
「いったい何があったのですか?」
「えーっとですね… 私がフォンフー様を怒らしてしまい殴られたんですけど… その後突然気を失って」
レイカちゃんを殴る行為は許せませんが、それだけでフォンフー様がこうなるのが解せない
「本当にそれだけですか?」
聞き返すとレイカちゃんの美しいい金の瞳が見る見る潤んで泣きだす。
「すみません… 私も訳が分からないんです… うっうううえ…ん…」
「あ~と……別にレイカちゃんを責めた訳ではないので泣かないで下さい」
急いで膝を付きレイカちゃんを慰めるよう優しく抱き寄せる、
以前は今よりもっと小さかったのに、今は膝を付けば視線を合わす事が出来る程背が伸び少し体も膨らみが出て来た。後五年もすれば大人になり、もう五年すれば成熟した女性に育つだろう
きっと誰もが振り向く女性になるだろうその時は……
はっ! いけない今はフォンフー様をどうにかしないと。
「フォンフー様は私が見ますから、レイカちゃんはチェンさんに頬を冷やして貰っておいで」
微笑んで言うと、安心したように涙を収めて頷く
「はい、フォンフー様をお願いします……」
そう言って部屋を出て行く。
フォンフー様が横たわる長椅子に戻り神力を注ぎ込もうとした時、下からざわめきが起こる。どうやらイェンファフー様がいらっしゃったようなので、一旦フォンフー様を寝室の寝台に横たえさせてから急いで玄関に向かうのだた。
階段を降りようとしたが、既にイェンファフー様と従者の三人の方が玄関に入られており家令が出向かい入れてくれていたようだ。
今回はお忍びでいらっしゃったらしく少人数で旅装束の簡易な服ながら相変わらずの凛々しいお姿、紺青の真直ぐの長髪を後ろを一つに束ね、切れ長の目を私に向けていた。
ゾクリっと背筋に冷たい物が走る。
イェンファフー様はかなり背の高いお方でお伴の方も警護を務める者達なのだろう何れも逞しい体をしてらしゃるがイェンファフー様もそれに負けてはおらず覇気さえ感じる。
上から見下ろすなど失礼なので、急いでイェンファフー様の側に行き跪く
「ようこそ御出で下さいましたイェンファフー皇子様、生憎と我が主フォンフー様が急に倒れられていまった為にお出向かいが遅れしまい心からお詫び申し上げます」
「フォンフーが倒れたのですか!」
驚いた声を出す。
「はい、イェンファフー皇子様をお出迎えする為に着替えている最中に突然倒れられ……」
言い終わるや否やイェンファフー様が階段を駆け上がり供の三人もそれに追随して行くさまはまるで群れを成す虎のように迫力がある。
玄関で茫然と見上げていると
「部屋はどこです!」
「あっハイ! 右を曲がった奥の部屋に……」
又しても最後まで聞かれず向かわれる姿は、弟を心配する兄の姿
噂にたがわず優しいお方だ、何故フォンフー様はお嫌いになさるのだろう。
それより後を追わねばと思い、急いでフォンフー様の部屋に急ぐが従者の三人が扉の前で立ち塞がれ入れない
「申し訳ありませんが、お通し願えませんでしょうか?」
「イェンファフー様のご命令で誰も通すなと言われております。フォンフー様は大丈夫ですので下で呼ばれるまでお待ちください」
「しかし……」
反論しようとしたがギロリと睨まれてしまい言葉が続けられない
立場は彼らの方が上だ
「分かりましたが、護衛は一人でご十分では? 宜しければ下にお茶の用意が出来ております」
「いいえ、イェンファフー様が休まれない限り我々も此方で構いませんのでお気遣いなく」
「そうですか、何かご用があればお呼び下さい」
一礼をしてその場を離れる。
なんだかとても肩がこる……長らく王宮を離れていたせいだろうか
何故かフォンフー様が心配になる。
あれ程嫌っているイェンファフー様と二人きりにするのが何故か不安だった。
一度お茶を持って様子を見に行こう
体がゾクゾクとして悪寒がする。
体に神力が流し込まれているがこの力は覚えがある……あいつだ
確かレイカに神力を食い尽され気を失ってしまったのを思い出す。糞女め後で覚えてろ!
今は糞女よりこの変態だ
「離れろ、変態」
目を開けると俺をうっとりと眺める紺青の瞳、寝台に寝かされた俺に添い寝しながら頬を撫でる
「相変わらず口が悪いね。昔はお兄様と呼んでくれたのに」
「誰が兄だ!」
「確かに兄では無いな…」
俺は急いで奴から離れる為に体を起こそうとするが力が入らない
「無理をしてはいけないよ。そんなに神力は回復させてないから……ところで、どうしたらそんなに成るまで神力を枯渇させられるんだい? 教えてくれないだろうか」
ニッコリと笑いながらも俺の手を捩じりあげてくる。
「グゥッーー 俺も分からない… 急に眩暈がして倒れ… 分かる訳がない……」
「う~ん 今一嘘くさいけど信じてあげよう」
奴を睨みつけてやると嬉しそうに唇を歪める。
「その目で見られるのと一番グッときます―― 早く成人の儀を迎えるのが楽しみだよ」
ガッキ!
「ウッ―― !!」
肩の骨が外され激痛が襲う。
「あんまり可愛い顔をするからつい力が入ってしまった。痛かったかい? フォンフー済まなかった、今繋げてあげよう」
あいつが右手をを外れた肩に手をやり外れた腕を左手で掴み引っ張ると肩に腕の骨が戻る
グッキ!
「ウァッーーー 」
痛みで気を失いそうだ、神力が無い状態では痛みを抑える事すらできない。嗜虐性趣味の変態はわざと俺に痛みを感じさせて楽しんでいる。
「さあー、もう少し神力を分けてあげよう」
「お前の物など要るか! サッサと出て行け」
「兄弟だろう、遠慮はいらない」
そう言うと同時に奴の力が俺に流れ込む。気持ち悪くて嫌な気が俺の虎核を満たしていく、こんな薄汚れた気など要らない、それよりレイカのあの純粋な気が欲しい
妖獣の森で受け取った力は清浄で強い光に満たされ、自分も清められたようだった。
俺はまたもやこいつに穢されているようで拒絶したいのに、力はどんどん俺の体を毒に犯されているようだった
くぅ……この状況が嫌悪感しか生まず精神が焼き切れそうで意識が遠のいて行く……
レイカの力が手に入ればこいつなど足下に平伏せてやるのに
その日を夢見て今は耐えるしか無かった。
イェンファフーは気絶してしまったフォンフーを見て苦笑してしてしまう。
「我愛しい君は本当につれない。そこが又可愛いのだが……」
気を失うフォンフーの唇の端に唇を落としてから、少しかさついた唇をペロリと舐めて顔を離す。
「あまり触れていると理性が切れそうだ。成人の儀まで待たねば楽しみが減ってしまうからね」
そう眠るフォンフーにそう言い残し部屋を惜しみながら静かに出て行くのだった。
イェンファフー様達は未だに降りては来られず様子を見に行きたいが、それでは失礼になってしまいそうでどうすれば良いかチェンさん夫妻に相談したが命令があるまで待機しておいた方が良いと助言を受け入れたが、フォンフー様が心配で落ち着かない。そう言えばレイカちゃんも頬を腫らせ大丈夫だろうか、チェンさんが冷やしてくれているらしいが、神力で治せればいいのだが残念な事にレイカちゃんには神力が効かない……
……まさかフォンフー様が倒れたのとレイカちゃんの神力が効かないのと関係があるのだろうか?
否、レイカちゃんは人間だそんなはずは無いだろうと否定するが、心に引っかかるのもがあるのは確かだった。
今は確かめる事も出来ず、階段の下で家令のトムチーさんとイェンファフー様達が降りていらっしゃらないか待っているしかない。
上から何人もの足音が聞こえて来るので漸く降りていらっしゃるようだ。
階段下の両脇に控えて頭を垂れ降りていらしゃるの待つ
私の前でイェンファフー様が立ち止まりお声を掛けて下さる。
「フォンフーは少し疲れている様なので寝かせておいてください。それよりフォンフーの着替えを手伝った者はいるのですか」
「はい、フォンフー様の侍女が手伝っておりました」
「フォンフーが倒れた時の様子を聞きたいの会わせて貰えませんか」
「そっそれがー レイカという十歳の人間の少女なのですが、フォンフー様が倒れる前に殴られた為かなり酷い怪我を負い伏せっております」
「そうですか……それなら仕方がありません。 それでは長旅で少々疲れましたのでお茶を貰えますか」
「はい、此方にどうぞ…別室にご用意をさせて貰っております」
「有難う」
ニッコリと優しげに私のような者にまで礼を言うイェンファフー様
だが少し不信感が湧く
何故私は部屋を閉めだされたのか、どうしてフォンフー様が兄であるイェンファフー様を嫌う?
だから咄嗟にレイカちゃんの事では、不敬ながら嘘を言ってしまった。レイカちゃんをイェンファフー様に会わせたくなかった……少し私情もあるが
女性はイェンファフー様の前ではどんな男も霞んでしまい目を奪われる。レイカちゃんも十歳とはいえ女の子、一目見て恋心抱いていまったらどうしていいか分からないのだ
それにレイカちゃんのあの容姿、イェンファフー様が目に留められ側に置きたいと言われればそれに従うしかない弱い立場の自分
最近では王都に戻らずともここで暮らした方が良いのではないかと考えていた
王都には虎族が大勢住んでいる為、王宮などでレイカちゃんが暮らせばそれだけ虎族の男達に目に留まる事になり狙われるのは必至! 第八皇子の正式な侍女になる予定のおかげで滅多な者は声すら掛けないだろうが王族や高位の虎族となれば話が違って来る。
何の後ろ盾の無い人間の少女は体を差し出さなければならない
それを阻止出来ない情けない自分……
第八皇子の教育係でしかない私には何の地位も力もない
だから私が成人の儀を迎えた暁には、レイカちゃんに結婚を申し込み正式な婚姻を結びたいと思っていた。
今回イェンファフー様が来たのはフォンフー様を王都に連れ帰るのが目的なら従うしかないのだが、早すぎる。
せめて後五年ここに留まれれば
フォンフー様の為を思うなら王都に戻った方が正解だが…これでは教育係失格だ
自分の勝手な思いであるのは分かっているが、それ程自分はレイカちゃんに囚われていた。
「フォンフー様 大丈夫ですか」
インフーの呼び掛ける声と体を揺すられ目が覚める。
「インフーか…… どうなった……」
あいつのせいで気分は最低だが、仮にもこの国の第三皇子を蔑ろには出来ず……この屋敷の主として最低限の持て成しをせねばならない
「イェンファフー皇子様は客室でお寛ぎ中ですが、半時程で夜食の時間の予定しており、お加減はどうですか?」
気遣うようにきいてくる。かなり心配させてしまったのだろう
「それよりレイカはどうしている?」
「頬をかなり腫らしているので自室で休むように言っておきました」
レイカの話になった途端凄い形相で俺を睨んでくるが無視だ
「レイカを兄上と会わすな、それと使用人達にもレイカの事を聞かれたら辞めさせられたと言い含めておけ。それと容姿の事も隠すんだ分かったな…」
「分かりました。それではそのように家令に言いに行きますが、直ぐに戻ってフォンフー様の支度を手伝いますのでお待ちください」
どうやらインフーもあいつとレイカを会わせたくないらし
その気持ちも分からないでも無い
性格はいざ知らず顔だけはずば抜けている……気位の高い虎族の女は全て誑し込まれていると言って過言ではないだろう
レイカがあいつにどう言う反応を示すか見たかったが、俺が神力を枯渇させた原因がレイカだと気取られては不味い
レイカの力は俺の切り札
あいつに知られる訳にいかない
歓迎の食事会はこいつの希望で俺とこいつ、そして従者の一人が控えているのみの閑散とした中で開かれた。
「フォンフー 元気になってよかった。 貴方が倒れたと聞いて気が気ではありませんでした」
弟を労る優しい兄の言葉
「有難うございます兄上。お出迎えも出来ず…その上ご迷惑を掛け申し訳ありませんでした」
それに感謝する弟を演じる俺
お互い空々しい挨拶を交わしながら食事が進み料理長の折角の料理も味など分からず、機械的に口にしていくだけで早くこの茶番を終わらせたかった。そして食事も終盤に差し掛かった時、漸く本題を切り出して来る
「ここでの生活はどうなのですか? 使用人も少なく十分な世話がなされてないため今日のように気を失うのではないのですか…兄として心配ですから、そろそろ王都に戻り、父王と私を安心させてください」
あの王が俺の心配などするはずがない、酒と女に溺れ実質国を動かしているのはこいつと第一皇子のアジュタイフーだ。どちらが次の王になっても遜色は無いとされているが水面下では他の皇子達も暗躍し色々動いているが知らないのだ……こいつの本当の力を
力を隠している事を
既に王すら越えた力を持ちながら今の状況を楽しんでいるのだ。兄弟達が必死に足掻く姿を
「今日はとんだ醜態をお見せしてお恥ずかしい限りですが、兄上がお越し下さると思うと緊張で倒れてしまったようです。こんな私では王族が多く住まう王宮では常に緊張を強いられやって行く自信がありませんのでお許しください」
俺はこいつに溺愛されているのは周知の事実で、王宮では常にやっかみを受けていたが
報復はキッチンとしていた。そして毎日のように起こる嫌がらせにウンザリしてしまい、しかも全て俺が悪者だ!
兄弟からは命を狙われ、他の奴からは嫌がらせの日々
「フォンフーにはあの王宮は住みにくいのは分かっています。だから私もソロソロ動こうと思っています」
分かっていても助けず、今さら何をするつもりだ? 第一俺はお前から逃げて来たんだ!
「どッどう言う事です……」
「可愛い弟を手元に呼ぶ為にも私の座るべき場所に坐するつもりです」
「!!」
つまりとうとう王になるのか!! 何故今なんだ――― !?
血の気が引く
「フォンフー、大丈夫ですか顔色が悪いですよ?」
空々しく聞いてくる。
「父王はまだまだ健在のこととお伺いしてましたが…… まだ早いのでは」
「強い者が王位に就くのが天帝様がお決めになった不文律 それに倣うだけです」
このままでは奴から逃げれない
「冗談じゃない!! 俺はここを動かないぞ―― 王は俺が成人するまで好きにすればいいと確約して下さった!」
「そんな物、王が代われば意味がないでしょ」
嘲笑い可哀想な憐れみの目で俺を見るあいつ
俺はその場を取り繕うのも忘れ、椅子をひっくり返して立ち上がる
ガッタ!!
「私は明日発ちますが、迎えに来るのを楽しみにしてください」
立ち上がった俺を見上げながら嬉しそうに笑う
こいつと同じ部屋に居る事に耐えきれず、奴の従者が立ち出口が塞がれているので窓に行ってそこから外に飛び出す。
今は屋敷にすらいるのが嫌でロウを呼び出す。
「ロウ!! 来い」
俺の呼びかけで何処からともなく現れたロウの背にとび乗り夜道を駆け抜ける。
このまま隣国に逃げ出したいが王族は勝手に国外に出れば天帝の罰を受けるとされ、俺を受け入れる国などないだろう。
逃げる事も隠れる事も出来ないのが俺の現状だった。
フォンフーが出ていた窓から顔をのぞかせる影が二つ
「宜しいのですかイェンファフー様? 今から追いかけましょうか」
「それには及びません。今はあの子の好きにさせてあげましょう」
「はっ」
「久しぶりにあの子の可愛い顔も見れた事ですし今回の目的は果たしました。明日の午前には出立の準備を」
「はい、かしこ参りまいた」
イェンファフーはこれから輝かしい自分の道を信じて疑わなかった。
玉座に座る自分をそしてその横に座るフォンフーの姿を想像しうっとりと夜空を眺めるのだった。
変態が二人に増えてしまった。