【第2部】第13話:備えあれば患いなし
アンダルスの『産業革命』から、三ヶ月後。
急激な発展に沸き立っていた国に、冷水を浴びせるような凶報が飛び込んできた。
「――聖王国および、その属国群からなる巨大な連合軍が、エジプーシャ国境に迫っています!」
急遽、アンダルスの武官たちに召集がかけられる。
既に開通していた各国との電話回線が役に立ち、この緊急事態は同盟諸国に瞬く間に伝達されていた。
アンダルス司令部の机上に広げられた巨大な大陸地図。
そこに置かれた敵軍を示す赤い駒の数は、これまでの戦いとは次元が違った。
「敵の総数は……およそ三十万! さらに厄介なことに、敵はエジプーシャに向けたヘンドリクセン率いる本隊だけではありません」
伝令は震える手で、地図の『北方』と『東方』にも赤い駒を大量に並べた。
「北方よりアンダルス本国へ向けて五万。そして、東方の蛮王国へ向けて十万の別働隊が進軍中!」
「完全に、国力と物量に物を言わせた多方面同時飽和攻撃です!」
「……チッ。聖王国の連中、とうとう本気で我々を潰しに来たか。しかし、こんなもの内紛があったらどうする気なのだ」
ゼファーが舌打ちをし、黒い鱗に覆われた険しい顔で地図を睨みつける。
さらには、敵を指揮しているのはヘンドリクセンである。
このアンダルス軍の実力を認知しており、クオリアという脅威も把握している男だ。
すなわち、奇襲攻撃は通じないし、クオリアに対する対策も万全であると予想できる。
「カミラ王からの連絡も届いております。『すまない、東方からの猛攻を防ぐのに手一杯で、援軍は出せそうにない。そっちは耐えてくれ』……と」
会議室に、重苦しい沈黙が落ちた。
アンダルス単独の兵力では、エジプーシャに迫る本隊と、北方から迫る軍勢を同時に迎え撃つことは不可能に近い。
シャルロッテで一方を制圧したとしても、もう一方が抜かれればアンダルスは落とされてしまう。
「クソッ……どこぞの要害ならともかく、アンダルスは平野だ。全面を守ることは難しい」
「……すでに、周辺国へ援軍の要請の使者は飛ばしてあります。ですが……」
武官が言い淀む。
相手は世界最強の聖王国だ。
いかに電気コアの恩恵を受けているとはいえ、昨日今日で属国を離脱したばかりの小国たちが、聖王国に牙を剥くことなどあり得るのだろうか。
誰もが絶望的な観測を抱いていた、その時だった。
「ほ、報告ゥゥッ!!」
扉が勢いよく開き、別の伝令が転がり込んできた。
その顔は、興奮で真っ赤に上気している。
「西側の同盟国より返答がありました! なんと……要請を送ったほぼすべての国が、アンダルス防衛のための援軍派遣を決定!」
「現在、各国の軍が続々と北方防衛線に向けて集結しつつあります!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
会議室が、割れんばかりの歓声に包まれた。
魔石という聖王国の首輪を断ち切り、電気という新たな光を与えたアンダルスの行動は、間違いなく世界を動かしたのだ。
集結する同盟軍の数は、およそ十万。
これなら、北方軍どころか聖王国本隊とも十分に渡り合える。
「やった……! これで勝てるぞ!」
幹部の一人が喜びに拳を突き上げる。
だが、レオニダスの表情は晴れなかった。
「……待て。喜ぶのは早い」
楽観的な雰囲気を引き締めるようなレオニダスの低い声に、会議室が静まる。
「援軍が来てくれるのはありがたい。だが、連中は『クオリア』が使えないんだぞ」
「そ、それはそうですが……数が十万もいれば……」
「相手は、魔石の力で完全武装した聖王国の正規軍だ」
「対して、属国を離脱したばかりの同盟国は、魔石の供給を絶たれて備蓄が底を突きかけているはずだ」
「魔石の力がないただの兵士が十万集まったところで、高位魔法の的になるだけだ……! 一方的な虐殺になるぞ」
レオニダスの残酷な指摘に、会議室は再び絶望的な静寂に包み込まれた。
その通りだ。
電気が普及したとはいえ、それはあくまで都市のインフラの話。
軍事力において、魔石を持たない一般兵など、聖王国の魔導師部隊や魔法兵器の前では紙切れと同義である。
援軍が来てくれても、彼らを無惨な死地に追いやるだけ。
魔石という圧倒的な暴力の差を前に、為す術はないのか。
「――フン。揃いも揃って、戦う前から死人のような顔を晒しているな」
重苦しい沈黙を破ったのは、腕を組んで壁際に立っていた副団長、竜人族のゼファーだった。
巨大な黒鱗の体を揺らし、彼が鼻を鳴らすと、厳つい顔をしたレオニダスもまた、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「ゼ、ゼファー副団長? レオニダス将軍まで……何を……」
「貴様ら、我々がこの三ヶ月間、ただ街を明るくして鉄道を走らせるためだけに電気を作っていたとでも思っていたのか?」
ゼファーが力強い足取りで進み出る。
「この三ヶ月間、レオニダス将軍が裏でドワーフの工房に籠りきりだった理由を、今ここでお見せしよう」
バァァァァァァンッ!!
ゼファーの言葉を合図にしたかのように、会議室の重厚な扉が勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、顔中を煤と油で真っ黒に汚し、目を血走らせたドワーフの長――ドーランとテオだった。
「カッカッカッカ!! 暗い顔をしておるな、若造ども!」
ドーランは狂気すら孕んだ満面の笑みを浮かべ、ドスンドスンと足音を鳴らして進み出ると、手に持っていた鈍い銀色に輝く見慣れぬ『鉄の筒』を、ドンッ!と円卓の上に叩きつけた。
「間に合ったどころの話じゃないぞ! レオニダスの構想と、わしらドワーフの技術を結集させた新兵器。その全軍への『配備』が、今しがた完了したわい!」
「は、配備が完了、だと……?」
幹部たちが息を呑む中、ゼファーがその鉄の筒をトントンと叩く。
「そうだ。実はすでに完成し、水面下で極秘裏に量産体制に入っていたのだ」
「魔石を一切使わずに、電磁の力だけで聖王国の魔法障壁を紙切れのようにブチ抜く兵器。その名も『電磁投射砲』だ」
ゼファーは会議室の面々を見渡し、武人としての猛々しい笑みを浮かべた。
「もっと大型の兵器も用意した。これがあれば、高位の魔法ともやりあえる」
レオニダスは、武官たちを見まわし、グッと拳を突き上げた。
「……さあ、聖王国の連中に戦いの常識が変わったことを教えてやろうではないか」




